生成AI時代に経営者に必要な知識



清水直樹
最近、生成AIの急速な普及にともない、「これからは知識を覚える必要がなくなるのではないか」という声をよく聞くようになりました。AIに問いかければ、膨大な情報の中から答えが瞬時に手に入る。そんな時代に、人間が知識を蓄える意味はどこにあるのでしょうか。

 

AIに知識は不要と言われる時代だからこそ問われる「見識」と「胆識」

最近、生成AIの急速な普及にともない、「これからは知識を覚える必要がなくなる」という声をよく聞くようになりました。AIに問いかければ、膨大な情報の中から答えが瞬時に手に入る。そんな時代に、人間が知識を蓄える意味はどこにあるのでしょうか。

しかし、本当にそうでしょうか。古くからリーダーの世界では、「知識」だけでなく、物事の本質を見抜く「見識(けんしき)」、そして困難な状況で決断を下す「胆識(たんしき)」が不可欠であると言われ続けてきました。

生成AI時代に必要な知識

この「知識・見識・胆識」の3つは、思想家の安岡正篤(やすおかまさひろ)氏が提唱した「三識(さんしき)」という、人が成長するための段階を示した言葉です。安岡氏は、これら3つの要素を順に鍛え上げていくことが、人物を大成させる上で重要だと説きました。

  • 知識(Knowledge): 全ての出発点。学習によって得られる情報や理解であり、あらゆる判断の「材料」となります。
  • 見識(Insight): 知識が経験と結びつき、物事の本質を見抜く力へと昇華したもの。「なるほど、そういうことか」と深く理解し、自分なりの判断軸を持てている状態です。
  • 胆識(Courageous Action): 見識に基づき、「こうすべきだ」と判断したことを、困難を恐れずに断固として実行する力です。

ここで極めて重要なのは、優れた見識や胆識も、その源泉には必ず土台となる「知識」が存在するという点です。

AIが「知識」の一部を代替できるようになった現代だからこそ、この三識の関係性を改めて理解し、経営者として本当に身につけるべき知識とは何かを問い直す必要があります。

本記事では、この「三識」の観点を切り口に、AI時代だからこそ価値が高まる「経営者の知識」のあり方について、深く掘り下げていきます。

「答えはAIに聞けばいい」という幻想

「調べ物ならAIに聞けば一瞬だ。もはや知識を覚える必要はない」

このような「知識不要論」は、生成AIの能力の一側面しか見ていません。確かにAIは、特定の事実や情報を集める強力なツールです。しかし、経営の現場で本当に問われるのは、その先です。

  • どの情報が、自社の未来にとって本当に意味を持つのか?
  • その情報を、自社の理念や戦略とどう結びつけるのか?
  • そして、その知識からどのような未来を描き、決断するのか?

これらを判断するのは、AIではなく経営者自身です。AIはあくまで副操縦士であり、機長である経営者の構想力や判断力がなければ、高性能な飛行機も宝の持ち腐れになってしまいます。

経営者にとっての知識とは、クイズに勝つための雑学ではありません。それは、情報の大海の中から本質という宝石を見つけ出す「見識」を磨き、不確実な未来へ進むべき道を示す「胆識」を養うための、揺るぎない礎なのです。知識の習得を軽視することは、羅針盤を持たずに航海に出ることに等しく、いずれ進むべき方向を見失う危険性をはらんでいます。

【生成AI経営】経営者が今、真に学ぶべき「知識」とは?

では、これからの経営者は何を学ぶべきか。財務やマーケティングといった実務知識はもちろん重要です。しかし、これらの多くはAIによる効率化が進む領域でもあります。

今、経営者が意識的に学ぶべきなのは、AIには代替できない、人間ならではの思考力や判断力を養う「深く、本質的な知識」です。

古典(哲学・思想・歴史)

なぜ、時代を超えて読み継がれるのか。そこには「人は何か」「組織はどうあるべきか」「リーダーの役割とは」といった、経営の根幹に関わる問いへの答えが詰まっています。過去のリーダーたちの決断、成功と失敗の歴史は、現代の経営判断における最高のケーススタディです。

人間理解に関する知識(心理学・社会学など)

ビジネスは、人が動かしています。顧客も、そして社員も人間です。人が何を考え、どう行動するのかを深く知ることは、マーケティングや組織運営の精度を格段に高めます。特に、社員一人ひとりの力を引き出し、「普通の人が輝ける会社」を創るためには、人間への深い理解が欠かせません。

科学技術に関する知識(特にAI)

AIを使いこなす技術スキルはもちろんですが、それ以上に「AIが社会やビジネスをどう変えるのか」「自社の事業にとっての機会と脅威は何か」を見極める知識が不可欠です。技術の本質を理解してこそ、自社の戦略に組み込むことができます。

芸術・文学など(リベラルアーツ)

一見、経営と無関係に見えるこれらの分野は、凝り固まった思考を壊し、新たな視点やイノベーションの着想を与えてくれます。多様な価値観や美意識に触れることが、経営者の感性を豊かにします。

これらの知識は、すぐに利益に結びつく特効薬ではないかもしれません。しかし、これらは経営者の思考OSそのものをアップデートし、表面的なテクニックを超えた、本質的な問題発見・解決能力を育むのです。

なぜ「本質的な知識」が、経営者の「見識」と「胆識」に変わるのか?

それは、これらの学びが単なるインプットではなく、「物事を多角的に捉え、自分の頭で考え抜き、判断の軸を創る訓練」になるからです。

見識を磨く

哲学は「常識」を疑う視点を、歴史は現代を相対化する視点を与えてくれます。目先のトレンドに惑わされず、長期的な視野で物事の本質を見抜く力が養われます。多様な文化や思想に触れることで、複雑な状況を正しく理解する思考の柔軟性が生まれます。

胆識を養う

歴史上のリーダーたちが、いかに苦悩し、それでも信念を貫いたかを知ることは、現代の経営者が感じるプレッシャーや孤独への「予行演習」となります。「自分は何を成し遂げたいのか」という哲学的な問いは、経営者としての「軸」を創り上げます。この軸があるからこそ、周囲の雑音に惑わされず、困難な状況でも「これをやるべきだ」と決断し、前に進む「胆識」が生まれるのです。

このように、深く本質的な知識は、経営者の思考の質を高め、人間的な深みを与え、結果として、変化の時代を生き抜くための「見識」と「胆識」を育んでいきます。

学びを「経営力」に変えるために

知識をインプットするだけでは、宝の持ち腐れです。学んだ知識を、実際の経営に活かし、自らの血肉とするプロセスが不可欠です。

批判的に考える

学んだことを鵜呑みにせず、「自社に当てはめるとどうなるか?」と常に自問する。特に海外の理論は、日本の文化や自社の実情に合わせて応用する視点が重要です。

対話し、議論する

学んだことを社員と共有し、議論する。多様な視点が加わることで、理解が深まり、組織全体の力に変わります。「意見が尊重される文化」は、知識を組織の力に変えるために不可欠です。


実践し、検証する

知識から仮説を立て、経営の現場で試す。「挑戦と失敗から学べる環境」が、知識を真の知恵へと昇華させます。

自社の理念と結びつける

「この知識は、自社の理念を実現するためにどう役立つか?」と考える。経営者の想いを中心に据えることで、知識が行動を促すエネルギーへと変わります。

知識は、使われて初めて価値を生みます。思考、対話、実践というアウトプットを繰り返すことで、知識は「見識」と「胆識」へと進化していくのです。

まとめ:生成AI時代の「経営者の知識」は、未来を切り拓く羅針盤

生成AIの進化は、私たちに「人間にしかできないことは何か?」と問いかけています。その答えが、深い知識に裏打ちされた「見識」と「胆識」であることは間違いありません。

生成AI経営の時代、経営者の知識は不要になるどころか、その質がより一層問われます。求められるのは、小手先のテクニックではなく、人間や社会の本質に向き合うための、深く、本質的な知識です。

古典や歴史、そしてAIを含む現代の知見を学び、思考し、実践する。このプロセスを通じて、経営者は変化の本質を見抜く「見識」と、未来を切り拓く「胆識」を磨き上げていくのです。

これは、一部のエリートだけのものではありません。むしろ、リソースが限られる中小企業の経営者こそ、このような本質的な学びを通じて自社の進むべき道を確信し、他社には真似のできない競争優位性を築いていくことができるはずです。


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