「社員が評価に納得してくれない」
「制度が会社の理念と合っていない気がする」
「一部の優秀な社員に業務が集中し、組織として成長できない」
「もっと社員のやる気を引き出し、組織的に成長したい」
多くの経営者が、人事に関するこうした悩みを抱えています。
人事制度とは、一般的に「等級」「評価」「報酬」という3つの柱で構成される、社員の処遇を決定するためのルールや仕組みのことです。しかし、単に給与を決めるための仕組みと捉えてしまうと、本質を見誤ります。

優れた人事制度は、社員を管理・コントロールするための道具ではありません。経営者の「想い」や「理念」を会社全体に浸透させ、社員一人ひとりの創造性や主体性を引き出すための「土壌」そのものです。
今の時代、社員は「我慢して頑張る」ことよりも「納得して関わる」ことを求めています。理念に共感でき、自身の成長と貢献が正当に評価される環境でこそ、人は自ら考え、行動します。
この記事では、単なる制度設計の手順だけでなく、「属人化」から脱却し「普通の人が輝ける場所」をつくるための、再現性のある人事制度の設計方法と、改革のヒントを詳細に解説します。
1. なぜ今、人事制度の見直しが重要なのか?
従来の人事制度は、社員を「管理」し、いかに効率よく「言われたことをやってもらうか」という側面が強いものでした。しかし、それでは社員は自分で考えなくなり、挑戦と失敗を恐れ、組織は活力を失っていきます。
特に多くの中小企業では、一部の「すごい人」の頑張りや、経営者個人のカリスマによって業績が支えられがちです。これが「属人化」の状態です。この状態は、そのエース社員や経営者が不在になった瞬間に、業務が止まるという大きなリスクを抱えています。
真に成功している会社は、一部のスタープレイヤーに依存しているのではなく、ごく普通の人が集まっても成果を出せる「人の力を引き出す仕組み」を持っています。
人事制度は、その「仕組み」の根幹です。
会社の理念や大切にする価値観に基づき、「どのような人を評価し、称賛し、報いるか」を明確に示すことで、社員は「何をすればよいか」が分かり、安心して挑戦し、自ら考えて行動できるようになります。
目指すべきは、経営者の理念に共感した社員が、自律的に考え、行動し、成長できる環境。それこそが、組織が「仕組み」で成長していく状態であり、経営者が現場の細かなマネジメントから解放され、未来の戦略に集中できる体制の構築にもつながるのです。
2. 人事制度 設計の5ステップ
では、具体的にどのように人事制度を設計すればよいのでしょうか。ここでは、基本的な5つのステップで詳細に解説します。
ステップ1: 現状診断
まずは、自社の現状を客観的に把握することから始めます。等級、評価、給与制度が現状の課題や理念とどれだけ合っているか、またはズレているかを診断します。
- 理念・ビジョンの浸透度: 理念やビジョンが明確に示され、社員に理解されているか?
- 評価基準の明確性: 評価基準が曖昧で、評価者によってバラつきが出ていないか?
- 制度への納得感: 社員は現在の評価や給与に納得しているか?(アンケートやインタビューも有効です)
- 成長ステージとの適合: 会社の成長ステージ(創業期、成長期、安定期など)と、求める人事機能が合っているか? 例えば、創業期に複雑すぎる制度は不要かもしれません。
現状診断シートなどを活用し、理念・等級・評価・給与・教育・運用など、複数の観点から課題を洗い出し、どこに問題があるのかを明確にします。
ステップ2: 人事ポリシー(方針)の策定
ここが人事制度の「魂」であり、最も重要なポイントです。ここでの決定が、以降のすべてのステップの「判断基準」となります。
人事ポリシーとは、「社員に対する会社の根本的な考え方」です。このポリシーによって、評価の項目や報酬の決め方がすべて変わってきます。
単に「成果主義」や「年功主義」といった言葉を選ぶことではありません。経営者の「想い」や「理念」に基づき、自社が「どのような組織でありたいか」を徹底的に議論し、言語化します。
何を大事にして評価するか?
- 成果主義: 達成した業績(数字)を評価する。短期的業績に直結しやすいが、プロセスが見えにくくなる側面も。
- 行動主義: 理念に沿った行動や、目標に向けたプロセスを評価する。文化醸成や挑戦の促進につながる。
- 能力主義: 持っているスキルや知識を評価する。専門性の高い組織に向くが、能力がどう業績に繋がったかが見えにくいことも。
- これらを、自社の理念に基づき、どのようなバランスで組み合わせるかを決定します。
何に対して給与・賞与を払うか?
- 過去の実績(精算): 既に出した成果に対して支払う。公平感は高い。
- 将来への期待値(投資): その人の将来性やポテンシャルに対して支払う。優秀な人材の確保につながるが、評価が曖昧になるリスクも。
人材への考え方は?
- 社員を「資本」と考え、長期的に育成することを重視するか。
- 社員を「資源」と考え、まずは決められた役割を果たしてもらうことを重視するか。
- また、自社が今必要としているのはどのタイプの人材か(例:新しい価値を生む「コア人材」、専門性を極める「スペシャリスト」、運用を担う「オペレーター」など)を明確にすることも、ポリシー策定に役立ちます。
どのような働き方を求めるか?
- 個人プレイか、チームプレイか: どちらをより推奨し、評価するか。
- Do / How / What: 言われたことをきっちりやる(Do)か、やり方を自ら考える(How)か、何をすべきかまで自ら考える(What)か。どのレベルを求めるか。
このポリシーが、制度全体の「背骨」となります。他社の真似ではなく、自社独自の「理念」に基づいたポリシーを確立することが不可欠です。
ステップ3: 等級の設計
人事ポリシーが決まったら、それを「等級(格付け)」に落とし込みます。
等級とは、社員に求める役割や能力、責任のレベルを段階的に定義したものです。
等級と役職の違いを明確にする:
- 役職(部長、課長など): 組織図上の役割(ロール)であり、組織変更によって変わり得ます。
- 等級(M-1、R-1など): その人自身の格付け(プレイヤーレベル)であり、給与や賞与のベースとなります。頻繁には変更されません。
- (例:等級はシニアレベルだが、役職はプロジェクトリーダー/等級はミドルレベルだが、役職は課長)
等級定義書の作成:
- 各等級に「どのような役割や行動を期待するか」を具体的に定義します。(例:R-1等級は定型業務を上司の指示のもと確実に遂行できる、M-1等級はチームを率いて自律的に課題解決ができる、など)
客観的な等級設定(職務評価):
- 感覚的に等級を決めるのではなく、「人材代替性」「専門性」「裁量性」「経営への影響度」といった複数の基準で、各ポジション(職務)の重みをポイント化(職務評価)する方法もあります。これにより、なぜその職務がその等級に該当するのか、客観的な説明が可能になります。
等級体系の設計:
- 管理職コース(M)と一般社員コース(R)だけのシンプルなものから、専門職コース(E)を設けるなど、自社のキャリアパスに合わせて設計します。
ステップ4: 評価制度の設計
評価制度は、ステップ2で定めた「人事ポリシー」を最も色濃く反映する仕組みです。社員に「何を目指して行動してほしいか」という具体的なメッセージそのものになります。
評価対象は、一般的に以下の3つを組み合わせて設計します。それぞれの設定方法と理由を詳述します。
コアバリュー(理念)評価:
- 目的: 会社の理念や価値観(コアバリュー)を体現できているかを評価します。これは会社の文化形成に直結する、非常に重要な項目です。
- 設定: コアバリューを「具体的な行動レベル」に分解し、それをどれだけ実践できたかを評価します。全社員共通の行動基準にする方法と、各社員が自分の業務に置き換えて具体的な行動目標を設定する方法があります。
結果目標(業績)評価:
- 目的: 期首に設定した目標(売上、生産性向上など、数値化できるもの)をどれだけ達成できたかを評価します。短期的な業績に影響します。
- 設定: 会社の全社目標から部門目標へ、さらに個人目標へとブレイクダウン(展開)して設定します。重要なのは「目標の難易度」です。簡単な目標を立てて100%達成するより、挑戦的な目標を立てて80%達成した方が価値が高い場合もあります。この難易度自体も評価に加味する仕組み(例:目標の難易度と達成度で評価が決まるマトリックス)を導入すると、挑戦を促すことができます。
行動目標(プロセス)評価:
- 目的: 結果目標を達成するために、どのような行動を取ったかを評価します。
- 設定: なぜこの項目が重要かというと、結果は外部要因(景気や運)にも左右されますが、行動は本人がコントロール可能だからです。「結果は出なかったが、理念に基づきこのような挑戦をした」というプロセスを評価できる仕組みが、社員の主体性と成長を促します。
- 期首に「結果目標を達成するために、具体的に何をするか」を上司と部下で合意します。9マスマンダラなどを使って、目標達成のための行動を具体的に洗い出すのも有効です。
評価ウェイトの設定:
- 等級(役割)によって、これらの評価ウェイトを変えるのが一般的です。例えば、一般社員(R等級)は、まずは理念の体現が重要なので「コアバリュー:70%、行動目標:20%、結果目標:10%」のように設定します。一方、会社の業績に責任を持つ上級管理職(L等級)は「コアバリュー:20%、行動目標:20%、結果目標:60%」のように、結果のウェイトを高めます。
昇格・降格のルール:
- どのような評価結果であれば昇格(または降格)するのか、ルールを明確にします。例えば、「2期連続で総合評価A以上」などです。
- 昇格の考え方として「入学型(上位等級でも活躍できそうという期待で昇格させる)」を採用すると、組織の新陳代謝が促されます。
ステップ5: 賃金制度の設計
最後に、ステップ4の評価結果を「賃金(報酬)」にどう反映させるかを設計します。
基本給レンジの設計:
- ステップ3で設計した等級ごとに、基本給の上限と下限(レンジ)を決定します。
- このレンジの持たせ方には、等級が上がるとレンジも上がる「開差型」や、上位等級のレンジが下位等級のレンジと一部重なる「重複型」など、いくつかのパターンがあります。重複型は、昇格時の柔軟な賃金決定が可能になるメリットがあります。
業績連動型の昇給(ポイント制):
従来の「評価Aなら+5,000円」といった固定昇給額(ピッチ)方式は、会社の業績が悪い(昇給原資が少ない)場合、昇給額を捻出するために評価自体を調整(甘く/辛く)せざるを得ず、不公平感を生む原因になります。
そこでお勧めするのが、資料でも推奨されている「ポイント制」です。
仕組み:
- 評価結果(例:85点)を、等級ごとに設定された「ポイント換算表」に当てはめ、個人の獲得ポイント(例:75ポイント)を確定させます。
- 全社員の合計ポイントを算出します。(例:全員合計で3000ポイント)
- 会社が確保できる「昇給原資(人件費の予算)」(例:月額30万円)を、全ポイントで割り、1ポイントあたりの単価を決定します。(例:30万円 ÷ 3000pt = 100円/pt)
- 個人の昇給額を計算します。(例:75ポイント × 100円/pt = 昇給額7,500円)
メリット: この方法なら、会社の業績(昇給原資)に応じて1ポイント単価が変動するため、評価を歪めることなく、公平性と透明性を保ちながら人件費をコントロールできます。
手当の見直し:
- 住宅手当や家族手当といった「属人的」な(その人の生活状況による)手当も見直します。これらは成果や貢献との相関が薄いため、昨今は廃止し、その原資を基本給や成果に連動する賞与に回す企業が増えています。人事ポリシーに基づき、「本当に成果や貢献に報いるために必要な手当か?」という視点で整理することが大切です。
- 中途入社者で、前職給与が自社のレンジより高い場合は、「調整給」として一時的に差額を支給し、1年後などの評価時点で、実力に応じて昇格させるか調整給を外すかを判断する、といった柔軟な対応も必要です。
3. 人事制度改革のヒント:成功する導入と運用
優れた制度も、導入と運用がうまくいかなければ「絵に描いた餅」になります。実務的な観点から、成功のヒントを2つ紹介します。
ヒント1: アジャイルな導入(プロトタイプ型)
従来の人事制度設計は、半年~1年かけて専門家が完璧な制度を作り、一斉に導入する方式(ウォーターフォール型)が主流でした。しかし、それでは時間がかかりすぎる上、いざ導入すると現場の実態と合わないケースが多発します。
そこでお勧めするのが、「プロトタイプ(試作品)を短期間で構築し、テスト運用しながら完成度を高めていく」というアジャイルな方法です。
まずは3ヶ月程度で制度の骨子(プロトタイプ)を作り、特定の部門や幹部だけでテスト運用してみる。そこで必ず「この評価項目は分かりにくい」「この等級定義は実態と合わない」といった課題や矛盾が出てきます。それらを即座に修正し、改善を繰り返しながら、徐々に全社に広げていきます。
仕組みは「作って終わり」ではなく、社員と一緒に「育てていく」ものなのです。
ヒント2: ルールの周知徹底(社員を「プレイヤー」にする)
人事制度は、社員にとって「ゲームのルール」になることが理想です。
ルール(=何が評価され、どう処遇に反映されるか)が明確で、全社員に完全に理解されていれば、社員は「どうすれば成長できるか」「どうすれば会社に貢献できるか」を自分で考え、主体的に行動(プレイ)できます。ルールが不明確だと、社員は不安になり、上司の顔色をうかがうようになり、主体的な行動は生まれません。
そのためには、採用時、入社時、日々の面談など、あらゆる場面でルールを伝え続けることが重要です。特に、部下を持つ評価者(管理職)がルールを深く理解し、自分の言葉で部下に説明できる状態にする必要があります。
評価サイクル(推奨は四半期ごと)を回し、期初の「目標設定面談」、期中の「中間面談」、期末の「評価面談」を丁寧に行うこと。このサイクル自体が、ルールを再確認し、目標のズレを修正し、部下の成長を支援する「制度を運用し、改善する」ための強力な仕組みとして機能し始めます。
まとめ
人事制度は、社員を縛るための「ルール」ではありません。
会社の「理念」を体現し、社員一人ひとりの「力」を引き出し、会社を継続的な成長に導くための「仕組み」です。
重要なのは、他社の真似ではない、自社の理念に基づいた「独自」の制度を設計すること。そして、それを一方的に押し付けるのではなく、社員と「共に」作り上げ、運用し、改善し続けることです。
ぜひ、御社らしい「普通の人が輝ける」人事制度の構築に挑戦してみてください。


