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起業の神話。なぜIBMのトーマスワトソンは大成功したのか?【動画書き起こし 2/4】

 この記事・動画は、マイケルE.ガーバー氏の講演内容を要約し、日本語に翻訳して、「職人型ビジネスから起業家型ビジネスへの変革」というテーマでまとめたものになります。

 

起業の神話。なぜIBMのトーマスワトソンは大成功したのか?【6:04~14:00】の書き起こし

こんなに多くのビジネスがつぶれるのはなぜか? ビジネスを素晴らしいものとして経験している者がこれほどに少ないのはなぜか? 自分がしていることに真に情熱をそそいでいる者がこれほどに少ないのはなぜか? なぜこれほどまでに喜びが感じられないのか? ほとんどのビジネスが情熱を殺してしまうのはなぜか? 仕事に行くのが好きな社員がこれほど少ないのはなぜか? なぜ「いい人が見つからない」のか。いい人が見つかっても引き留めておくことができない。明けても暮れてもビジネスにおいて経験するあらゆる問題はどうして経験しなくてはならないのか? 人のエネルギー、想像力、力、信念を吸い取ってしまうビジネスがあるのはなぜか? 情熱はどこにあるのか?

それらの原因は「起業の神話」としてまとめることが出来る。世の中においてビジネスを手がける者は、皆が考えるような起業家ではないのだ。実際のところ彼らは想像しうる限り起業家からは最も遠い人たちだ。そしてそれが問題だ。起業家でないなら彼らは何者なのか? 言わせてもらえば、彼らは「起業家的発作」を持った職人なのである。ここで言っているのは、大工は工事請負業者になり、会計は会計ビジネスを、プードルの床屋はプードルの床屋ビジネスを始め、自動車整備士は自動車修理工場を始めるということだ。会計士が経理事務所、医師が病院、弁護士が法律事務所、機械工が機械工場を、である。

これが一般的に考えられている、起業である。彼らは、ビジネスの技術的側面に習熟しているから、その技術を使うビジネスを構築できると信じているのだ。

髪を切ることができれば、美容室を経営できる、車を修理できれば、修理工場を経営できる、と信じている。

しかし、ここで言っておきたい。

「ビジネスの技術的側面に習熟しているから、その技術を使うビジネスを構築できる」とは真実の真逆である。たいていのビジネスの基礎の背後にある致命的な思い込みなのだ。実をいえば、ビジネスの技術的な仕事ができないほうがうまくいく。自動車整備士はプードルの床屋を手伝ったほうがうまくいく。なぜか? 仕事ができないからビジネスの構築方法を学ぶ必要に直面するからだ。

どれだけの人が、自分が技術的仕事をひたすらに、本当にひたすらに行っていることに気づいているだろうか。ここで言っている、行うというのは、ビジネスにおいて行う必要のある単調な作業を行うという意味だ。作って、売って、発送して、作って、発送して、電話に出て、顧客に応対して、売り込みの電話をすることだ。あなたはそういった一日を送っているだろうか?送っていなければ、素晴らしいことだ。なぜ素晴らしいのか、理由がわかるだろうか?

ここでIBM創設者のトーマス・ワトソンについてお話ししたい。誰もが認めなくてはならないだろうが、IBMは比較的に成功している会社でありながら、誰もがそうであるように、問題を抱えている時期もあった。とはいえやはりIBMはすでに成功している会社だ。さて、スモールビジネスを所有・経営している人たちにIBMの話をすると、こいつは少しおかしいのではないかという顔をされる。「何のためにIBMの話などするのか? うちはIBMではない。IBMになりたいわけではない。IBMは巨大企業で、うちはスモールビジネスに過ぎない。巨大企業になるつもりなどない」というわけだ。

しかし、IBMとあなたたちの間にはまったく違いはない。IBMが現実にどれだけ大きいかをご存じだろうか? 業績をご存じだろうか?IBMが持つ売上、資産は、いくつかの国より大きいくらいだ。トーマス、どんなふうにやったんだ?と聞きたくならないだろうか?

トーマスはあなたと同じように、朝起きて、朝食を取って、仕事に行って、私たちが一緒に働いているのと同じような人たちと働いた。同じように自然の力に対処し、私たちの間にも経験した者がいるような大きな不況や景気後退をくぐり抜けたのだ。

しかし、あの男はどうやったのだろう? トーマス、いったいどうやったんだ? 誰かの質問に答えて彼は次のように言った。

IBMでわたしは3つのことをした、と。これは重要なことだから書きとめて欲しい。

トーマス・ワトソンがしたのは、単に人々が集まるビジネスをつくったということではない。彼がしたことのエッセンスこそが重要なのだ。IBM創成期においてトーマスが最初にしたのは、ビジネスが最終的にできあがったときにどんな姿をしているかの青写真を持つことだった。彼はビジネスが最終的にできあがったときにどんな姿をしているかの青写真を持った。あなたも自分に対して問いかけて欲しい。自分のビジネスが最終的にどんな姿を取るのかを。

言わせてもらえば、この問いに返答できたビジネスオーナーにいまだかつて出会ったことがない。ビジネスは最終的にどんな姿を取るのか? ビジネスが最終的にできあがったときにどんな姿をしているかの青写真を持たないなら、ビジネスは決してできあがらないのだ。

さらに付け加えよう。ビジネスが最終的な姿になったらどうするのか?それを売り払って、別のビジネスを創設することだ。そして、それも完成したら売っては別のを創って、売っては別のを創って、また売るのだ。

トーマス・ワトソンは言った。彼はビジネスの青写真を持っていて、最終的な姿が分かっている、と。あなたのビジネスは最終的にできあがったときにどんな姿をしているだろう? 売るためにはどんな姿をしている必要があるだろう? 収益の20倍、収益の30倍、収益の40倍、あるいは収益の10倍で売るにはどんな姿をしている必要があるだろうか? もし第三者に売れなかったら誰が買う? あなたしかいない。

毎日あなたは仕事に行って自分のビジネスを買う。営業している店に行って毎日それを買う。

つまり、働き続けるのだ。それはどれだけの価値があるだろうか?

投資に対するリターンは受けているか? エクイティに対するリターンは受けているか? 自分の時間に対する適正なリターンは受けているか。

「起業家的発作」を病む者は額に汗する労働を受け取る。なかにはマクドナルドの店員ほどの所得も得られない者もいるが、彼らはそれを受け入れる。なぜならば、そのビジネスは彼らが額に汗して運営してきたものだからだ。だから労働を受け入れざるをえないのだ。

さて、トーマスが第2にしたのは、ビジネスが最終的に、青写真に描いたような姿になるならば、それを実現するためにどれだけの能力が必要なのか、それを実現するための能力を持っている人がどれだけ必要なのかを考えた。

あなたはあのIBM創設者たちの姿を知っているだろうか。ダークスーツ、糊の効いた白シャツ、黒光りするウィングチップシューズを身につけた彼らは、熱狂的で他に類をみない販売会社だった。世界を見回してもあのようなことをした者は他にいない。

いったいあのような人たちはどこから現れたのか? 誰もが言うのだ。「あのような人たちはどこにいるのか、トーマス・ワトソンよ」と。あのようなひらめきを持った人たちをどこで得ることができるのか?

IBMは銀行家よりも銀行業について知っていた。IBMは配給業者より配給業について知っていた。小売業者より小売業について知っていた。サービス業者よりサービスについて知っていた。そんな人たちをどこで見つけてきたのか?

そしてIBMは典型的なサービスビジネスである。分類上は製造業者であり、自分を製造業者と認識してはいるが、開業以来つねにサービスに重点を置き続けてきた。彼らは 作業にではなく最終結果に集中してきた。作業ではなく結果に、である。作業ではなく結果に集中したのだ。だから行った作業、行っている作業が、彼らを他の皆から完全に差別化したのだ。

IBMで第3に彼らがしたのは、ビジネスが最終的にできあがった姿と現在の姿の差を埋めることだった。彼らは、実際には大企業とスモールビジネスの間に何の違いもないということに気がついた。大企業とは、単に正しいことをしているスモールビジネスだ。大企業とは、正しいことをしてきたスモールビジネスだ。彼らは頭のなかのイメージを現実にするべくIBMで働いた。彼らは、1日ごとに自分たちがどれだけうまくやっているか、そして、目標を達成するためにどれだけうまくやる必要があるかを振り返り、理想と現実の差異を測ったのだ。

ところで、どうしてビジョンが必要なのか?ビジョンとは一体何なのか?ビジョンというのは言葉ではない。ビジョンとは、実現しようとすることを心の中に抱く個人の能力のことである。心の中で、実現しようとすることのイメージを抱かなければ、どんな仕事をしても、日々のルーティンの領域から脱することはない。働いて、働いて、忙しい、忙しい・・・でも何のために?優れたキャンペーンをやり、優れたセールをやり、いい社員を採用し、、素晴らしいことをしたことで、一時的な満足を得るかも知れない。

しかし、それは、真の意味で自分の目的、目標に近づくというよりも、自分のビジネスからわずかに得られるものを得ているだけなのだ。自分たちの使命は何なのか、目標は何なのか、自分たちはどこに向かっているのか、何が必要なのか、何のために完璧なシステムを造り出しているのか、何のために売買可能なビジネスを作り出しているのか。