「経営戦略」(一倉定の社長学シリーズ)から考える、社長の役割



清水直樹
一倉定の社長学シリーズ第一巻「経営戦略」の概要と私の所感をご紹介していきます。

 

一倉定の社長学シリーズ第一巻「経営戦略」とは?

全10巻からなる一倉定氏の社長学シリーズの第一巻になります。社長学シリーズは一倉定氏の教えを集大成としてまとめ上げたものですが、きっちり体系立てて書かれているわけではないので、必ずしも第一巻から読まなくてもよいと思います。実際、第一巻「経営戦略」の中にも、”すでに「社長の姿勢」で述べたが・・・”のように他の巻を読んでいる前提で書かれている部分もあります。また、会社は社長次第でどうにでもなる、というのが一倉氏が徹底して伝えていることであり、それが同氏が社長だけにコンサルティングを提供していた理由でもあります。

一倉定氏のプロフィール(amazonプロフィールより)

事業経営の成否は社長次第で決まるという信念から、社長だけを対象に情熱的に指導。空理空論を嫌い、徹底して実践現場主義と顧客第一主義を標榜。社長を小学生のように叱りつけ、時には手にしたチョークを投げつける厳しさの反面、誰でも敬遠したがる倒産寸前の会社を建て直すために、社長とともに幾夜にもわたって眠れない血の出るような苦労をし、金策に走り、業績急伸策を練って、売上利益を上げる信念の人。
その人柄に多くの経営者が親しみ、生涯の師と仰ぎ、「社長の教祖」と呼ばれる。指導した会社は大中小5000社に及ぶ。一九九九年逝去。

 

一倉流の経営戦略とは?

一倉流の経営戦略の定義は「自然に高収益が上がるような事業構造を創ること」です。業績の大部分はこの経営戦略によって左右され、その経営戦略は全て社長の責任において決定される。営業担当者のガンバリや社員の活躍などはさして影響を与えないというのが同氏の基本的スタンスかと思います。

経営戦略の基本的な構成要素

経営戦略を考えるにあたって、考慮すべき基本事項は次の通りです。

  • どんな市場にするか?
  • どんな商品構成/グレードにするか?
  • どんな得意先構成にするか?
  • どんな店舗展開をするか
  • どんな供給体勢(内外作区分、仕入れ態勢)にするか
  • 未来事業の推進体制をどうするか
  • 人員構成をどうするか

本書には記載が無いですが、同氏の考えからすると、重要な順に並んでいると考えてよいでしょう。

 

経営戦略を立てるステップ

本書には、ステップバイステップで経営戦略を立てる方法が書かれているわけではありませんが、後半に基本的な順序として以下のように書かれています。

  1. わが社の現状分析から必要な基礎固めを行い、
  2. まず商品と市場を限定して、この中で占有率を高めていく。
  3. 次に新しい商品と市場を開発して事業の複合を行い、さらに総合化を行う。
  4. 事業全体を見直して、スクラップアンドビルドを行うことにより、市場に確固たる地位を築いていく。

 

先述した順序に沿って、経営戦略の立て方を見ていきましょう。

 

1.わが社の現状分析から必要な基礎固めを行う

市場の地位はどうか?

まず市場における自社の地位を知るところから始めます。つまり、いった自社の市場シェアはどれくらいか?を把握することです。同書の中では、「企業の危険度は企業規模の二乗に逆比例する」と書かれています。これはランチェスターの法則を参考にした一倉氏の法則です。

具体的に言えば、市場シェア10%以下の商品は限界生産者という立場になり、かなり厳しい状況と言えます。一方、業界における占有率が高すぎるのも危険と指摘しています。なぜならば、高い占有率を確保するために、本当は儲からない案件にも手を出すことになるからです。また、高い占有率が社内の慢心を招く可能性もあります。

売上が伸びているからと言って、安心できません。他社が自社以上に売り上げを伸ばしていれば、相対的に占有率は下がっていることになり、限界生産者に近づきます。また、業界全体の伸び率よりも、自社の売上の伸び率が低ければ、同様に占有率が下がっていることになります。

売上の傾向(年計)はどうか?

売上は絶対額ではなく、傾向が大切です。そのために「年計」という見方をします。年計とは、現在を起点として、過去12か月分の売上累計を見ていく方法です。これによって、

  • 長期的な変動を見れる
  • 景気の変動を見れる

という利点があります。

月々の売上推移を見ている会社は多いと思いますが、これだと季節変動やその時々の運などを考慮することが出来ません。そこで年計が役に立ちます。

年計は、総売上、商品別、顧客別に作成し、グラフ化して傾向が見れるようにします。

生産性はどうか?

生産性は、その会社が”儲かっているかどうか”を示す数値です。

生産性は、売上総利益/総経費

で計算できます。いくら売上があったとしても、粗利(売上総利益)が低ければ、実は生産性が低い、という会社もたくさんあります。

生産性を高めるには、分母を小さくするか、分子を大きくするかという二通りしかありません。一倉氏の考えでは、分子を大きくすることが第一です。(注:分母を小さくするのは、内部管理の領域であり、一倉氏が毛嫌いする領域でもある)

参考:生産性の目安は?

人時生産性の計算式や業種別平均値、改善&向上方法を解説

 

商品の収益性と将来性はどうか?

いうまでもなく、会社の利益は、商品によって生み出されます。したがって、どのような商品構成にするかが会社の将来を決めると言っても良いでしょう。そこで一倉氏は、以下のように商品分類をすることを勧めています。

6つの商品分類

  • 昨日の商品(斜陽商品)

過去に売れていたが、徐々に需要が減っている商品。成行に任せて収束させる。

  • 今日の商品(安定商品)

今最も収益を生み出している商品。そのうち”昨日の商品”になるので、投入資源を減らしていく。

  • 明日の商品(成長商品)

まだあまり売れていないが、将来性がある商品。資源投入を増やし、将来の収益増加を目指す。



  • 不必要な特殊品

ごく限られた用途や顧客にしか売れない商品。将来性が無いので、切り捨てていく。

  • 経営者の我の申し子

社長の肝いりで作ったが、将来爆発的に売れる見込みがない商品。ひとりよがりの商品である可能性が高いので切り捨てる。

  • シンデレラ

収益性と将来性が高いが、社内の日の目を浴びていない商品。資源投入を増やし、育てていく。

大切なのは、これらのうち、収益性が高くて、将来性のある商品に力を入れることです。6つの分類のうち、「明日の商品」「シンデレラ」がそれにあたります。他の商品は切り捨てるか、資源投入を減らしていきます。ちなみに一倉氏によると、多くの社長は「捨て去る」が出来ないと言います。捨て去る決断こそ実は緊急なのにも関わらずです。

 

得意先はどうか?

すべてのお客様は同じではなく、良い得意先から悪い得意先まで存在します。手間はかかるけど、全然儲からない顧客を相手にし、本来、注力すべき顧客に資源を注げていないということもあるのです。

したがって、得意先についても、

  • どのような業界か?
  • 占有率はどれくらいか?
  • 収益性と将来性はどうか?

ということを考慮しなくてはいけません。

95%の原理(パレートの法則)

得意先の分析をするために、一倉氏の提唱する95%の原理を活用します。これは得意先別の売上を分析し、下位5%にリソースを割かないようにするための方法です。いわゆるABC分析(パレート分析)というものを行います。一倉氏の経験によれば、得意先の半数で売上の95%を占めていて、あとの半数は残りの5%にしか貢献していないとのことです。5%にしか貢献していない得意先に社内のリソースを割いているのは何とももったいない、という話です。したがって、下位5%を切り捨てて、効率の良い活動に投入します。

この原理は得意先別の分析だけではなく、商品別の分析にも同じように活用できます。

パレート分析については以下の記事に詳しく載せております。

パレートの法則(80対20の法則)を使って仕組み化する

 

2.商品と市場を限定して、この中で占有率を高めていく

分析が出来たら、商品と市場を限定して、この中で占有率を高めていきます。これを一倉氏は重点指向と呼んでいます。

商品を絞るのではなく、品種を絞る

商品を限定すると言っても、一品勝負にしろ、というわけではありません。一品勝負ではリスクが大きすぎます。そうではなく、商品の品種を絞り、その中で品目を多様化することです。たとえば、同書の中では、サンドイッチに特化したお店が紹介されています。このお店は、一つの種類のサンドイッチを販売しているわけではありません。これだと味に飽きられたり、素材の仕入れが出来なくなったらもう終わりです。そうではなく、様々な種類のサンドイッチを展開する、というのが正しい絞り込みです。これによって、”サンドイッチを買うならあの店”というブランドが築かれるわけです。

 

3.新しい商品と市場を開発して事業の複合を行い、さらに総合化を行う

重点指向で占有率を高め、利益が上がる会社になったら、今度は多角化していきます。これによって、会社全体の安定性やさらなる成長が見込めるようになります。具体的には、

  • 業界の組み合わせを増やす
  • 得意先の組み合わせを増やす
  • 商品の組み合わせを増やす

という感じで多角化していきます。

ここで大切なのは、まったく関係のない業界や商品にいきなり参入しない、ということです。言い方を変えれば、「内部的には専門技術を深化させ、外部的には市場を多角化する」ということです。

多角化の話は、以下の記事に詳しく載せておりますので、合わせてご参照ください。

会社を成長させる4つの方法「アンゾフの成長マトリックス」

 

多角経営の事例から学ぶ、失敗と成功はどこで差が付くか?

 

自社事業の定義づけを行う

本書では後半に書かれているのですが、このフェーズで大切なことは、自社の事業の定義づけを行う、ということだと思います。多角化を進める際、注意したいのは、”なんでも屋”になってしまい、どれも中途半端になることです。そこで、改めて、自社はいったい何屋なのか?を定義することで、事業の一本筋が通り、”なんでも屋”にならずに済みます。究極的に言うと、自社は顧客にどんな価値を提供しているのか?何を売っているのか?を定義しなおすことです。

本書には登場しませんが、これに関して参考になるのは、任天堂でしょう。

任天堂はカードゲームの開発から始まり、ファミリーコンピュータ(ファミコン)で世界的に大ブレイク、その後、様々な形態のゲーム機本体とゲームソフトをヒットさせ続けています。任天堂は、自社の事業を”カード屋さん”ではなく、”ホームエンターテインメント”と定義し、時代の環境に合わせて自社が開発するものを変化させ続けているのです。



任天堂の経営方針についてはこちらに詳しく載せております。

経営方針の例や考え方、発表会の方法について解説

 

4.事業全体を見直して、スクラップアンドビルドを行うことにより、市場に確固たる地位を築いていく

一倉氏によれば、順調に成長してきた会社であっても、年商30億円~50億円くらいで、踊り場になることが多いそうです。その原因は、行っている事業の制約条件があるからです。要するに、どんなに頑張っても、工夫をしても、これ以上は成長できない、というわけです。一方社長としては、事業が持続成長するようにしていかなければいけません。そこで、事業全体を見直し、スクラップアンドビルドを常に行っていかなければいけない、ということになります。

言い方を変えれば、これまでに見てきた、1から3のステップを常に繰り返していくことが、社長の役割である、ということになります。

 

 

一倉氏の「経営戦略」を読んで個人的なコメントや補足

以上、一倉氏の社長学シリーズ第一巻「経営戦略」をまとめてみました。最後に私の所感を述べておきたいと思います。

常に新しい事業を生み出す

第一に、今回ご紹介した経営戦略の1~4のステップは、私も大いに納得する部分です。私の師匠である、マイケルE.ガーバー氏は、書籍の中で以下のように書いています。

どのような会社であっても、社会が大きく変化して、存在意義を失い、顧客の要望にこたえられなくなる時は来るものさ。それを予め予想して、新しい会社 – 起業家としての第二の人生の始まり – の準備を進めなきゃならないんだ。

会社の部分を事業と置き換えてもらえれば、一倉氏の提唱するスクラップアンドビルドを繰り返していくという考えと一致します。

内部管理をいくらやっても会社は変わらない

一倉氏の特徴的な主張の一つとして、内部管理にいくら力を注いでも、会社は変わらず、倒産する、というものがあります。これは彼がもともと内部管理の仕事を会社員として行っており、いくらその仕事を一生懸命やっていても、会社がつぶれてしまった、という経験から来る教訓だと思います。

これも私は賛成です。会社はまず「理念」があります。将来こういう会社を創り、社会にこういう価値を提供していきたい、という想いです。そして、その理念を実現するために「事業モデル」があります。「事業モデル」は、どうやって理念を実現しながら利益を上げるか?であり、まさに本記事でご紹介した「経営戦略」そのものと言えます。そして、最後に、事業モデルを運営するために「組織」があります。一倉氏が言っている内部管理とは、この組織の事だと言えます。事業モデルが崩壊しているのに、組織をいくらいじってもムダ、それは手段と目的を逆にしてしまったことになるわけです。

一方で、組織をおろそかにしてはいけないと私は考えます。いくら戦略が優れていても、計画が優れていても、商品が優れていても、それを実行する組織が崩壊していれば、全て絵に描いた餅になるからです。組織は事業モデルを実行するだけの優秀さを備えていないといけないわけです。

一倉氏は、本書の中で、「正しい組織論は”責任の範囲は明確にしてはならない”、”仕事の分担は、その境目を明確にしてはならない”」と書いています。かつての松下電器の方針だったそうですが、いまはどうか知らないと書いてあります。

これに関しては疑問が残ります。たしかにかつての日本企業では、責任範囲が不明瞭だった気がします。ただ、そのやり方で立ち行かなくなってきたのが今の日本企業だと言えます。いまの政治家などを見ても、誰が何の責任を負っているのかが全く分からない、という点が不信感を生み出しているとも言えます。

 

コンピューターの活用は?

また、これは時代背景から仕方がないことだと思いますが、本書の中では、コンピューター化を随分とやり玉に挙げている記述があります。しかし今やコンピューター無しでまともに運営できる会社など無いのではないでしょうか。これも当時はそうだった、という程度の理解に留めておくのがよさそうです。

 

業績不振会社の特徴

最後に結論としては、本書に書かれている個々の方法論に関しては、より洗練された手法が出てきていますが、社長にとって考えないといけないことがたくさん詰まっていると思います。

本書の主テーマである「経営戦略」とは若干離れますが、本書の冒頭に、業績不振の会社の特徴と、優秀な会社の特徴が書かれています。これはどんな社長も念頭に置いておくべき項目と言えます。

業績不振の会社の特徴

  • 環境整備が出来ていない
  • 事務所の建物が身分不相応に立派で広く、事務員が多くいる
  • 事務所の机の配列が、学校式になっている
  • 張り紙が多い。その多くは社員の姿勢や心得についてのもの
  • はやりものの精神運動をやっている

 

優秀会社の特徴

  • 怠慢追放(社長の怠慢は、自分で決めない、お客様のところに行かない、数字を見ないこと)
  • 成果はお客様から得られると考えている
  • スクラップアンドビルドを繰り返す
  • 集中している
  • 動機づけ(社長自身の動機づけが行われている)

 

というわけで、一倉定氏の「経営戦略」についてご紹介してきました。より詳しく知りたい方は、書籍を手に取ってみてください。

 

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