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人ではなく法で統治する。人に依存する危険と仕組みを作る価値。- 「キングダム」

人ではなく法で統治する

映画も漫画も大人気のキングダム。先日全巻一気読みしました。せっかくなのでこのキングダムから学べる経営やリーダーシップに関するヒントをメモっておきたいと思います。その2のテーマは「人ではなく法で統治する」です。

キングダムとは?

原泰久によるマンガ。青年マンガ誌「週刊ヤングジャンプ」(集英社)で2006年9号より連載中。13年4月現在、単行本は30巻まで刊行されている。争乱が続く春秋戦国時代の中国を舞台に、大将軍を目指す少年・信と、後に始皇帝となる秦王・政の活躍を史実とフィクションを織り交ぜて描く。12年6月よりNHK(総合・BS)でテレビアニメが放送開始。13年、手塚治虫文化賞でマンガ大賞を受賞した。(コトバンクより引用)

 

政、斉を落とす

秦の国王である政と、斉の国王との話し合いでは、政は“人ではなく法で統治する”と宣言します。

この話は私たちがいつも仕組み経営で伝えている、“人依存”ではなく、“仕組み依存”とさも似たりだったので、外すわけにはいきません。

斉の国王は、“中華の統一というのは分かった。ただ、秦に侵略されたほうの国の国民の気持ちはどうなるのだ?”と政に問い詰めます。

その質問に対して、政が用意していた答えは、これは秦による侵略戦争ではなく、新国立国のための戦争であり、人ではなく、法によって統治する、というものでした。王侯ですら、その法に従うという法治国家の設立を宣言します。

この宣言に斉王は心打たれます。自国の民も、この政のもとであれば虐げられることも無いだろうと思うに至るのです。結果、口約束ではありますが、政は一滴も血を流すことなく、実質的に斉を落とすことになりました。

 

人依存の危険性とは?

なぜここで政は人ではなく法で統治すると言ったのでしょうか?

人に依存することの危険性は、国でも会社経営でも変わりません。これはいつも私たちがお伝えしていることなので、こちらから詳しく見ていただければと思います。

「企業は人なり」は幻想?「人依存」から「仕組み依存」へ

中でも、政が法による統治を目指したのは、人に依存した統治では、代替わりすると方針が変わり、国が浮き沈みすることが予想されたからではないでしょうか。

この時代の王国は、まさに王様が法であり、王様の気分次第で国の方針が変わり、国民は迷うことになります。まして代替わりで王様が変われば、またガラっと方針が変わり、これまでと全く違う国になってしまうわけです。これではとても永続する国は創れませんし、国民の生活も安定しません。

会社においても同じだと思います。“社長が法”になっている会社はたくさんあります。そういう会社は社長のご機嫌伺いをする社員が増殖し、視点が顧客ではなく内部に向いていき衰退していきます。これは歴史上、何遍も繰り返されてきた経営の間違いと言えるでしょう。

政の言う“法“というのは、国でも会社でも同じだと思います。会社における法を私たちは”仕組み“と呼んでいるわけです。

特に、国でいう”法“に近い仕組みは、”ミッション、ビジョン、コアバリュー“です。

”ミッション、ビジョン、コアバリュー“は、社長も含めた全社員の意思決定の指針となるものです。

また、“人“による統治では、下図のとおり、どうしても経営側と社員側の対立構造が生まれやすくなります。これは経営側が自分の個人的な感情や基準を社員に押し付けようとするからです。いまの時代、そんなことをされて嬉しい社員はいませんね。

”人が法”になってしまうと経営陣と社員の対立が生まれる。

一方、みんなで共有している“法”、つまり、”ミッション、ビジョン、コアバリュー“があれば、全員がそれに従うことになります。そういった組織では、”人としての平等さ“を感じることが出来ます。さらに、”ミッション、ビジョン、コアバリュー“を軸とした社内の様々な仕組みを整えれば、社員は自発的に働けるようになります。

全メンバーが従う”法”が会社を動かす

 

李斯、昌文君に「法とは何か?」を問う

政が法治国家の建国を宣言した後、部下である昌文君は、“中華を統一するような法とはいったい何なのか?”と悩みます。おそらく彼がその法を作らないといけない立場だからでしょう。

そこで、昌文君は、かつて敵対していた李斯に頼み込んで教えてもらうことにします。個人的にはここのやり取りがかなり好きですね。

この会話の中から3つのポイントをご紹介しましょう。

 

1.法は生き続ける

李斯は当時、牢屋に閉じ込められていましたが、その中で新しい法の草案を作っていました。牢屋に閉じ込められているので、彼がその法を提案できる機会はもう無いのです。それでも李斯は法を作っていました。

そのとき李斯はこういいます。 “俺が死んでも法は生き続ける。成長を遂げながら”。このセリフにはまさに、政が法で国を治めようとした理由が表れているのではないでしょうか。人は代替わりしていっても、法は残り続け、国は続いていくということです。

会社も”法”が残れば永続性が生まれます。老舗の家族経営企業には家訓があり、それが家族の行動を決定づけます。以下、参考記事。

【仕組み化の原則】永続性 ~社長が交代しても経営できる会社~

 

2.法治国家の妨げになるのが文化形成

7国を統一するとなると、各国の文化の違いが法治の妨げになると李斯は言います。会社でいえば、各人の価値観の違い、多様性と言えるでしょう。最近は価値観の違いを認めましょう、多様性を受け入れましょう、という言葉がはやっていますが、この言葉を間違って捉えて、個人個人の自己裁量に任せると会社はとんでもなく混乱します。

優れたリーダーは、どこが譲れない部分なのか?という経営の軸を持ったうえで、各メンバーの多様性を受け入れます。組織が多様性を受けいれるためにも仕組みが必要なのです。その仕組みの上で動いている限り、人は自分の個性を出すことが出来ます。

アメリカは日本と違って多民族国家で、各人の価値観の違い、多様性が大きいと言えます。だからこそ、システマチックに会社を経営していこうという気運が日本よりも強いのかもしれません。

 

3.法とは願い。国家がその国民に望む人間の在り方の理想を形にしたものだ。

これはまさに法を“仕組み”という言葉に置き換えられます。

仕組みとは、会社が社員に望む働き方の理想を形にしたもの。

仕組みづくり、マニュアル作りというと、社員を縛り付けるもの、と考える人もいるようです。現に、昌文君は“法とは刑罰によって人を律するもの“と考えていました。

しかし、仕組みは正しく創れば社員の可能性を最大限に発揮させるものとなります。

李斯は昌文君に、法を作る前にまずその理想を思い描けと言います。

仕組み作りもそれと同じで、社長の理想とする会社とはどんな会社なのか?では、そのためにどんな仕組みが必要なのか?という順序が大切になります。仕組み化ありきで仕組みづくりをすると、“仏作って魂入れず”になります。

 

理想の組織を思い描き、仕組みを作る

ということで、ここでは人ではなく法によって国を治めるという点に着目してみました。

ちなみに史実では、政は法治国家の設立に成功するわけですが、法が間違っていたのか、徹底されていなかったのか、残念ながら代替わりの時にまたクーデターに合います。結果、暗君が後継者になってしまったため、あっさり秦の時代は終わってしまいます。

ただ、今現在世界のほとんどの国は法治国家になっていることを考えると当時の政のビジョンは先見性があったと言えるでしょう。

ぜひあなたも自社の理想的な姿を思い描き、その実現に向けてどんな仕組みが必要なのかを考えてみてください。