今日は「一利を興すは一害を除くに如かず」という言葉の意味と、経営や仕事における活用法をご紹介していきます。
「一利を興すは一害を除くに如かず」を遺した耶律楚材とは?
耶律楚材(やりつそざい、1190年7月24日~ 1244年6月20日)はモンゴル帝国初代皇帝のチンギスハンと、その後継であるオゴタイ・ハーンに仕えた重臣です。
チンギス・ハンに呼び出され、会談した際には、「長い髭を持つ男」と称され、非常に高く評価されたそうです。 翌年には、西征に同行しました。その後、オゴタイ・ハーンの時代には、軍事や国事に関する議論に携わり、大臣の礼儀作法を整え、税制を確立し、法律の大枠を確立したとされています。
彼は、軍が都市を占領した際、住民を虐殺する旧制度を廃止し、占領した領土のそのまま人々を生かすようにしました。 編纂所、経典所を設置し、儒教の古典を印刷し、学者を養成する学校を開くなど、幅広く活躍しました。
チンギスハンは、息子のオゴタイ・ハーンに「楚材は天からわが家に賜ったひとだ。これからの国政はすべて彼に任せるがよい」と語ったと伝えられています。
「一利を興すは一害を除くに如かず」の意味とは?(原文:興一利不若除一害)
「一利を興すは一害を除くに如かず(原文:興一利不若除一害)」とは、「有利なことをひとつはじめるよりは、有害なことをひとつ取り除いた方がよい」という意味です。
その後に、「一事を生ずるは一事を減ずるに若かず」、つまり、「新しいことをひとつはじめるよりは、余計なことをひとつやめる方がよい」という言葉が続きます。
亡くなった大平元首相がこの言葉を座右の銘にしていたことでも有名です。
「一利を興すは一害を除くに如かず」の原典は?
「十八史略」に次のようにこの言葉が掲載されていますが、
「楚材毎に言う、一利を興すは一害を除くに若かず、一事を生ずるは一事を滅するに若かず、と。平居妄りに言笑せず。士人に接するに及んでは、温恭の容、外に溢る。その徳に感ぜざるなし」
耶律楚材がどのようなシーンでこう語ったのか、正直、調べても定かではありません。
「一利を興すは一害を除くに如かず、一事を生ずるは一事を滅するに若かず」を経営や仕事に活かすには?
では、「一利を興すは一害を除くに如かず」を経営や仕事の現場で活かすにはどうすればいいでしょうか。今日はいくつかヒントとなる視点をご紹介したいと思います。
理念をどんどん付け加えるのではなく、シンプルにする
皆さんの会社にも理念があると思います。理念という言葉の代わりに、ミッションやビジョン、クレド等の言葉を使っているかもしれませんが、会社として大事にしていること、という意味では同じです。この理念ですが、勉強熱心な社長ほど、どんどん付け加えていく傾向にあります。たとえば、これまではミッション、ビジョン、バリューという3つで会社の理念を定義する会社が多かったです。しかし最近はパーパス、という言葉がはやりだし、これまでのように3つではなく、4つの言葉で理念を掲げている会社もあります。世の中で流行っているからわが社もパーパスを掲げよう、というわけです。また、クレドが流行ったときにも同じようなことが起こりました。会社の経営方針を色々掲げているにも関わらず、そこにさらにクレドを掲げる会社が増えました。
このように、”理念らしきもの”をどんどん付け加えていく会社が多いです。
理念らしきものを増やすのは、「一事を生ずる」こと
理念は会社にとって非常に大切なものですが、だからといって、どんどん付け加えていく行為はどうなのでしょうか。社長にとっては満足感があるかもしれませんが、実際のところ、社員からすると、”また社長が新しいことを言い出した。もう覚えられない”となるのが関の山、ではないでしょうか。実は私の前職で所属していた会社もそのような傾向があったのです。
”理念らしきもの”をどんどん付け加えていく行為はまさに、「一事を生ずる」ことにあたります。理念は大切なものであるがゆえに、それが組織全体に共有されていなければ意味がありません。そして、組織全体で共有するには、それが分かりやすく、シンプルなものである必要があります。理念らしきものがどんどん増えることによって、当然ながら複雑性は増し、組織内での共有難易度が高まります。
理念は伝わりやすく、「一事を滅じて」使えるものに
理念はメンバーに伝わりやすいものであり、かつ、日常の業務で指針になるものである必要があります。そのためには、どんどん付け加える(一事を生ずる)のではなく、「一事を減する」ことが大切かと思います。
新規事業によって「一利を興す」よりも、既存事業による「一害を除く」
事業そのものに対しても、「一利を興すは一害を除くに如かず」は活用できます。経営を安定させるためには、新規事業を展開し、”多角化”していくことが大切と言われています。
しかし、多角化を進めるよりも、生産性が低く、儲かっていない事業を畳んだほうが有効であるケースも多々あります。社長は起業家精神が強いので、どんどん新しいことを始めたがります。まさに、一利を興したがる人種なのです。しかし、新規事業を起こそうとすれば、会社のリソースもエネルギーも大きく割かれてしまいます。果たしてそれをカバーできるほどの”利”が得られるのかどうかはわかりません。
なので、まず既存事業の中で、畳んだほうが良いものを畳み、その余ったリソースで新規事業を始めたほうが良いことも多いわけです。
多角化するなら撤退ルールを
そもそも、事業の多角化が正解かどうかもわかりません。たとえば、日本を代表する企業であるユニクロやニトリなんかは、ある程度の規模に成長するまでは、多角化どころか、ワンブランドで一点突破してきたわけです。新規事業を考えるよりも、まず本業で確固たる地位を築くことの方が、よっぽど経営の安定化につながるでしょう。
多角化を進めるのであれば、撤退する際のルールを決めておくべきです。だいたい儲かっていない事業をダラダラ続けるのは、社長の個人的な思い込みや固定概念が原因になっていることが多いです。”これはいつか花開くに違いない”という顧客視点ではなく、自分視点の思い込みや、”これだけ投資したのだから成功しないと困る”という未来ではなく過去へのこだわりが「一害を省く」ことの妨げとなっているのです。そうならないようにルールを決めておくことです。
戦略とは、「一事を減ずる」こと
戦略についても同じことが言えます。よく言われていますが、戦略とはやらないことを決めることです。これはまさに、「一事を減ずる」ことを指します。
あれこれ手を出せばそれだけ会社のリソースは分散し、”本来得られるはずだった利益”も見逃してしまうことになります。
上司は部下のムダな戦いを省こう
会社の管理職の中には、社員にどんどん指示を出し、あれこれやらせるのが良いと思っている人もいます。しかし、本来の管理職の仕事は逆なのです。管理職の仕事は、仕組みを創り、部下が楽に成果を出せるようにすることです。そのためには、あれこれ指示を多く出すのではなく、なるべく指示を少なくし、重要な仕事に集中できるようにするべきなのです。
社内ルールを付け加えるのでなく、取り除く
「法律の多い国は無能な法律家の国である」
あらゆる問題をすべて特殊な問題として解決しようとするために、
これはまさに、「一利を興すは一害を除くに如かず、一事を生ずるは一事を滅するに若かず」を言い換えた言葉とも言えますね。耶律楚材も法律を決める立場だったでしょうから、その経験からこの言葉が生まれたのかもしれません。
ルールが多い会社の社長は無能
さて、この法律を”会社のルール”に置き換えてみれば、
”ルールが多い会社の社長は無能”と言えます。
何かトラブルが起こるたびに新しいルールを付け加えていき、誰も覚えられないくらいルールが増えている会社もあります。本来はそのようなやり方ではなく、少ないルールで様々な事象に対応できるようにすべきなのです。
また、「トムソーヤーの冒険」で有名なマーク・トウェインは、
「手紙が長くて申し訳ない。 短い手紙を書く時間が無かった」
普通に考えれば、時間が無ければ手紙は短くなるのですが、
じっくり考えれば、伝えたいことは短い文章で収まるはず。
これは会社のルールを創る際にも当てはまると思います。
社内ルールについては以下の記事で詳しく解説しています。
整理整頓は、一事を滅することから始まる
5Sや整理整頓を実践している会社も多いと思います。そういった会社であれば、整理整頓とはまさに、一事を滅することから始まることをご理解されていると思います。
整理整頓とは単に掃除をすることではありません。「整理」して、「整頓」する、という言葉の順序が大切なのです。
整理とは、要るものと要らないものを分け、要らないものは捨てることです。
整頓とは、「必要なもの」を「必要なとき」に「必要なだけ」取り出せる状態にすることです。
たとえば、部屋を整理整頓しようとするとき、まずモノを入れる入れ物を買おうとする人がいます。これは一事を減する前に、一事を生じてしまっているのです。
整理整頓の正しい順序は、まず、”一事を減すること、必要なものを必要なときに必要なだけ取り出すことの妨げになっている”一害”を取り除くことなのです。
5Sや整理整頓のやり方は以下にもう少し詳しく解説しています。
「一利を興すは一害を除くに如かず」は社長が常に頭に入れるべき言葉
以上、一利を興すは一害を除くに如かずについて、事業そのものの話から、身近な整理整頓の話まで活用方法を見てきました。私たちは日頃、会社経営の仕組み化をご支援しているのですが、その際にも、一利を興すは一害を除くに如かずの大事さを感じることがあります。それほどリソースが豊富なわけではないにも関わらず、様々なことに手を出している会社は仕組み化が難しいのです。それよりも、不要な事業、不要な戦略、不要なルール、不要なモノを排し、会社の経営自体をシンプルにすることが第一、これによって社長の頭の中もシンプルになります。そのようにして、精神的にも物理的にも余裕がある状態になってこそ、仕組み化をスムースに進めていくことが出来ます。
「一利を興すは一害を除くに如かず」は、社長が常々社長が頭に入れておくべき、非常に大切な概念だと思います。何かアイデアを思い付いたら、それを実行する余力を創るために、何を止めるか?を同時に考える癖をつけると良いかもしれません。