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第二創業期を成功させたリフォーム会社の方法

今回は「第二創業期」を見事に成功させた海外のリフォーム会社の実例をご紹介します。

第二創業期とは?

第一創業期はもちろん、その会社が創業した時のこと。会社の創業期は、ゼロの状態からスタートし、徐々に顧客が付き、売上が拡大していきます。しかし、どんな企業であっても、そのままでは成長が頓挫していくものです。

以下の図のように、Maturity(成熟期)を超えると衰退します。一方で、そこから点線のように再度成長曲線に乗る会社もあります。

ビジネスのライフサイクル

Image: CFI’s FREE Corporate Finance Class.

衰退の理由は外部環境の変化や組織の硬直、創造力の欠如、などいくつか挙げられるでしょう。ほとんどの会社はそのような状況の変化に対応することが出来ず、倒産していきます。これが多くの会社が10年持たない、または、会社の寿命は30年、などと言われる理由です。

一方、長寿企業は同じような状況になった時、創業期の再来かと思えるようなさらなる成長を遂げることがあります。それが第二創業期です。第二創業期が発生する要因としては、経営者の代替わりで新しい発想が持ち込まれる、企業文化の大胆な変革、ヒット商品の誕生、外部人材の登用、などが考えられます。

社長の大けがをきっかけに第二創業を成功

今日は、マイケルE.ガーバーの書籍(未翻訳)から抜粋して、とあるストーリーをご紹介させていただきます。社長の大けがをきっかけに第二創業を成功させた非常に示唆深いストーリーです。

タイトルは、「マリノ・サントス物語」です。(ちなみに実話となっています)以下からどうぞご覧ください。

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マリノ・サントスは毎日仕事に行くのに黒の服を着ていた。彼は赤のスカーフをつけており、それが黒髪にマッチしていた。

マリノ・サントスは黒が好きだった。彼にとって、黒はマスタリー(達人)であることの象徴であり、真剣さを表し、同時に危険さも表現していた。

黒はマリノ・サントスを世の中で彼を際立たせる色であった。黒は彼にとってのシールドになっていた。一方で赤はマリノ・サントスの心を表していた。彼の赤いスカーフは情熱の象徴であり、彼の人生の中で、心の中で絶え間なく燃える炎のようなものだった。

黒い服は、“自分は際立っている”と言い、赤いスカーフは“今にも爆発しそうだ”と言っているようなものだった。

実際のところ、彼は毎日の仕事で燃えていた。それは彼が本来持っている仕事に対する姿勢だった。マリノ・サントスは建造物の骨組みを作る人だった。彼と彼のスタッフはカリフォルニア、アリゾナ、ネバダ、コロラドなど、仕事があるところならどこでも、骨組みを作る仕事をしていた。

彼らを雇うゼネコンの間では、サントス・クルーとして知られていた。彼らは自分たちが中小企業であるものの、”オンリーワンの存在“であると認識していた。

現場にいるとき、彼らは他のメンバーたちとは一線を画していた。スターがそうするように、休憩時間には彼らだけでコミュニティを作り、静かに彼らの中だけで会話をしていた。しかしひとたび仕事に取り掛かると、そんな状況は吹き飛んだ。

彼らのハンマーはうなりをあげてたたきおろされ、あっという間に壁が出来てしまうのだった。コンクリートの塊から、次々と住宅が出来上がっていくようだった。その中心にいるマリノ・サントスは声をあげて、スタッフたちをリードしていた。マリノ・サントスのスタッフたちにとって、毎日の仕事はパフォーマンスをしているようなものだった。そのお陰で彼らの名前は広く知れ渡っていた。それが彼らの生きる道だった。

7月中旬のある水曜日の朝、マリノ・サントスは仕事に行くため、バーストー(地域名)に向かって時速150キロで車を走らせていた。突如タイヤが吹き飛び、彼の車は5回転ほどしてようやく止まった。ハイウェイパトロールが彼を発見するまで、彼は13時間もの間、背中を怪我したままでトラックの傍に横たわっていた。

彼が生き延びたのは奇跡のようなものだった。しかし彼はもはやこれまでの仕事を出来なくなってしまった。

彼のような人物がもう骨組みを作ることが出来なくなったらどうなるだろうか?

まして彼のように名前が知られている人物だったら?

スターがその突出した能力を奪われてしまったら?

身体を使って生計を立てている人が、もう身体を動かすことが出来なくなったら?

もし企業が優秀な人材を突如失ってしまったら?

最初の6ヶ月間、マリノ・サントスは飲んだくれるしかやることがなかった。彼は朝起きるなり飲んだくれていた。そして夜まで飲んでいるばかりだった。

彼のスタッフは毎日やってきたが、スタッフは彼のそんな姿を見るのが嫌だった。彼らはマリノ・サントスの近くに座り、何もしゃべらなかった。彼らはもう二度と元のようになれないことを恐れていた。彼らはマリノ・サントスと一緒に音楽を楽しみ、お酒を飲んでいた。彼らに出来るのはそれくらいだった。

しかし、そんな日々も終わりを迎えた

ある日、彼はスタッフを呼び出した。

“みんなに謝りたい。”

彼は言った。

“過去の6ヶ月間のことではない。酒びたりになったことでもない。それは仕方が無かったのだ。私が謝りたかったのは、骨組みを作る仕事について。そして自分の身体に対する考えについてだ。私が馬鹿だったことを謝りたい。もう馬鹿なことはやめる。いまが新しいビジネスを始めるときだ。”

マリノ・サントスは新しいビジネスがどんなものかは気にしなかった。ただ、それは建築に何かしら関係のあるものだろうということ以外は。

建築は彼にとっての生きがいだった。彼は木の香りが好きで、何もないところから一夜にして何かが出来上がるのを見るのが好きだった。彼は建築が世の中に対して何かしらの影響を与えることが好きだった。それらは何年経っても見ることが出来、触ることが出来るのだ。

建築であることは間違いなかったが、どんな種類の建築かは問題ではなかった。

ただし次のことを除いて。

彼の新しいビジネスは、彼の古いビジネスと同じように、彼の周りの人たちに影響を与えるものである。

しかし新しいビジネスは彼や彼のスタッフの身体的な能力に依存することがない。新しいビジネスは彼らがいなくても運営されるものである。

最初、彼のスタッフは意味が理解できなかった。彼らはいつも身体を使って働いていた。彼らは身体的な能力に自信を持っていた。そのように働かないということの意味がわからなかった。彼らは身体を使って働く楽しみを見出し、コンクリートの塊から壁を作り上げることで働き甲斐を得ていた。

そのようなことをもうやらないというのは、彼らにとって悲しいことだった。

しかし彼らはマリノ・サントスを慕っており、尊敬していたので、彼の話に耳を傾けた。そして徐々に、マリノ・サントスの言っていることは、彼らから何も奪わないどころか、彼らがこれまで得ることの出来なかった、新しいことを与えてくれると気が付いた。

たくさんの会話の中でマリノ・サントスはこういった。

“私たちは働けなくなるまで、生活のために働かないといけない。

彼は自分が証だというように、腕を広げた。

または私たちは自分たちのために働いてくれるビジネスを築く方法を見つけることも出来る。私たちは自分たちのような人間がいなくても、出来る方法を探さないといけない。私たちのような世の中で特殊な人間がいなくても出来るビジネスを築かないといけない。

私たちをユニークにしているのは、高いプライドであるが、それを普通の人、それを元々持ち合わせていない人にも与える方法を学ぶ必要がある

彼らが私たちの会社にいる限り、私たちと同じような人間になれるようにしないといけない。それが我々から彼らへの贈り物だ。それをやる方法を探さないといけない。

私たちのビジネスは世界のほかのどこでも手に入らないものを彼らに与える。結果として、彼らは私たちの会社にとどまってくれ、私たちのビジネスは繁栄する。これが彼らから私たちへの贈り物だ。”

マリノ・サントスはしばし間をおくと、スタッフの目を見渡した。

“みんな、これはリスクのあるベンチャーかもしれない。これが上手くいくかどうか、知る方法はない。しかし、私の心はこの道に従えと言っている。”

いつものように、彼らの心がひとつになると、マリノ・サントスと彼のスタッフは真剣に新しい道へと歩き出した。マリノ・サントスの指示にしたがって、スタッフは各自、建築業界の中で、どこに進むべき道があるかを探し始めた。

彼らは建築業界を新築、改築、商業用、住居用などにセグメント分けした。さらにそれらをパーツに分け、どの部分に最も見込みのあるビジネスがあるかを探し始めた。

マリノ・サントスはスタッフに、時間をかけても良いといった。重要なのは時間ではなく、正しい選択だった。彼らに彼らの目的を達成させてくれるような、すばらしいセグメントを選択することだった。

そのセグメントは経済の状況に関わらず、成長傾向にある必要があった。同じ仕事の繰り返しであり、始めたり管理するのに多額の資金が必要なく、他の建築会社とは独立して運営でき、ゼネコンなどに依存しないで出来るセグメントである必要があった

マリノ・サントスのキッチンが彼らのオフィスになった。毎晩、彼らはビールを酌み交わしながら状況を報告しあった。

最初、議論は白熱した。各自、他のメンバーが出した結論とは異なる結論を出したがった。しかし徐々に彼らは賢くなり、結果について慎重に考え始めた。議論は徐々に落ち着いてきた。

2年半の間、リサーチや計画に没頭した結果、彼らは遂に決断を下した。

マリノ・サントスのキッチンが彼らのオフィスになった。毎晩、彼らはビールを酌み交わしながら状況を報告しあった。

最初、議論は白熱した。各自、他のメンバーが出した結論とは異なる結論を出したがった。しかし徐々に彼らは賢くなり、結果について慎重に考え始めた。議論は徐々に落ち着いてきた。

2年半の間、リサーチや計画に没頭した結果、彼らは遂に決断を下した。

それはシンプルで後から考えてみればまったく複雑ではないものだった。

彼らはキッチンを改築するビジネスを選んだ。そしてそれをスリー・デイズ・キッチンと名づけた。

それは一見すると普通のビジネスであった。特に重要さを感じない、ささいなものだった。

彼らはどんなビジネスをやるかということに、とてもたくさんの努力と時間を費やした。キッチン改築ビジネスをやるという決断をすることに。

それくらいの時間があったら、他の人は何をするだろうか?

MITを卒業する、オリンピックに挑戦する、本を書く、、、

進むべき道を選ぶのに、彼らほど多くの努力と知性と注意を傾けた人を他に知っているだろうか?

ひとつのことを行うために、こんなにも情熱を傾けた人をどれだけ知っているだろうか?

2年半もの間、最初の目的を思い出し続けた人を知っているだろうか?

比類のない意思の力ではないだろうか。

ところで、彼らのビジネスはどこに他と異なる点があるのだろうか?

実際のところ、彼らは最初のキッチンを完成させ、支払いを受けるまで、さらに2年の月日を費やした。

彼らは練習のため、何百ものキッチンを作り上げた。想像できるあらゆる問題に直面し、それらに打ち勝ってきた。

彼らはマリノ・サントスが借りた倉庫で、週末の夜に働いた。そこで彼らはキッチンを作る練習をし、問題点を分析し、議論し、このビジネスで想定されるあらゆることを理解していった。

マリノ・サントスのスタッフは昼間の仕事をしている中で気が付いたキッチンに関する問題点をメモし、それを週末に議論した。

彼らは、キッチンの改築ビジネスに関して言えば、自分たちほど多くの時間を費やし、多くの問題に突き当たり、知性を持ってそれらを解してきた人たちはいないことを確信していた。

彼らはそれをやると決めたのだった。

彼らは世の中の人々が見たこともないような、キッチンの改築システムを作り上げようとしていた。駆け出しの職人でも、そのシステムさえ学べば、完璧に正しく出来上がるのだった。

そして壁、窓、床、キャビネット、ライトなど、キッチンに関するあらゆることについても完璧に、3日以内に改築が完了するようになっていた。そしてそれが保証されていた。

さらに彼らは競合と比べて、劇的にコストを下げる方法を理解していた。もちろん、品質も類を見ないほど良いものだった。彼らが得る利益についても考えられていた。

競合は彼にとっては問題にならなかった。

彼のスタッフは日々の仕事の非効率さ、無駄、能力のなさなどを報告してきた。通常の現場では素材や職人は遅れるのが当たり前だった。

大きな改築工事では、よく新しい発見があり、作業が数時間や数日遅れていた。やっつけ仕事が当たり前で、職人は訓練もされていなかった。利益率は低く、新しい人を訓練する時間もお金も無かった。

他の建築会社はスリー・デイズ・キッチンが上手くいくかどうか見当が付かなかったが、マリノ・サントスと彼のスタッフは確信していた。

彼らはこれまでにないほど働いた。

彼らはやると決めたのだ。

キッチンは他の部屋と異なり、一定の基準に沿って作られている。それぞれのキッチンがユニークな問題点を抱えているわけではなかった。マリノ・サントスとスタッフが発見したのは、ほとんどのキッチンは同じようなもので、いくつかの数えられる程度のバリエーションが存在するだけだった

そのため、彼らのキッチン改築システムは、そのキッチンがどのバリエーションに相当するのかを見極めることが出来れば、3日間で完成することを保証してくれるものだった。

彼らは初心者の職人を使って、彼らのシステムを勉強させた。そしてマリノ・サントスやスタッフが、改築が正確に、スケジュールどおりに行われているかどうか、状況をチェックできるようなマネジメントのシステムを作った。

それから彼らは何度も何度も、それらのプロセスを練習した。全ての問題が解決されるまで。

最初のキッチンに対する対価が支払われた翌日の夜は、彼らにとって特別なものになった。

それは何の滞りも無く完了した。

しかし彼らはずっと前から、そうなるものだと知っていた。彼らはそうなるように計画し、練習していた。当然のことだった。

彼らの顧客は驚いていた。

仕事が約束したとおりに終わったことに対してだけではなく、それをやった職人たちがとても清潔で、礼儀正しかったことに。

顧客はマリノ・サントスに喜びの声を伝えてくれた。仕事が正確なだけではなく、それが自分の仕事を愛している人によって行われたことに。

“こんな良い人たちをどこで見つけたのですか”彼女は聞いた。

“知っていたら良かったのに。”

マリノ・サントスは笑って答えた。


 

いかがだったでしょうか。少し長かったですが、元々は自分たちの属人的な能力に頼っていたビジネスを、非属人的なビジネスへと変革させた事例でした。

 

職人型ビジネスは仕組み化で第二創業期を成功させよう

今見た物語は海外のものでしたが、実は日本企業こそ参考にして欲しいのです。

日本には、経営者の職人的なスキルや技術によって創られた会社がたくさんあります。それは素晴らしいことですが、一方で、その属人的な運営方法が問題となって、事業承継が出来ない会社が多いのも事実。

このマリノサントス物語のように、職人的な能力に頼るのではなく、仕組みでサービスを提供するモデルに変革出来れば第二創業期を成功させることも出来るでしょう。