「好況良し、不況また良し」の心構え
不況はこれまで勉強してきた商店に顧客が集まる
お互い事業をやる者といたしまして、よく考えておかねばならないことは、好況なときは少々 の不勉強でありましても、またサービスが不十分でありましても、 品物が足りない、どこも忙し い。だから注文をしなくてはならないから、まあ、 どこでも注文してくれるというわけです。だから経営の良否ということはそう吟味されなくて事がすむ。 ところが不景気になってまいりますと、 買うほうは非常に強くなると申しますか、十分に吟味 して買う余裕ができてくる。そこで商品が吟味され、 経営が吟味され、経営者が吟味されまし て、事が決せられるということになるわけであります。 そうでありますから、非常にいい経営をもっておるところ、またいい経営のもとに、いい人が 育っておる店は、好景気にはもちろん結構でありますが、 不景気にはさらに伸びるというわけで あります。そういう店は好景気によし、 不景気にさらに伸びるということになろうかと思うので あります。 -松下幸之助発言集
この言葉にあるように、日頃からまともな経営をしている会社には不況時にはお客様が集まり、繁盛するというわけですね。
不況予防策と対策
次に具体的な不況への予防策と対策を見ていきましょう。ここでは同じく経営の神様という扱いを受けている稲盛和夫氏の話を引用したいと思います。
不況予防策:高収益体質を作る
まず予防ですが、
不況への対処として最も大切なことは、普段から高収益の経営体質を作り上げておくことです。
とおっしゃっています。
具体的には、経常利益率10%以上が基準となります。経常利益率が高ければ多少の売上減にも耐えることが出来ますし、何より日頃から内部留保を貯めておくことが出来ます。内部留保とは、要は会社の貯金であり、内部留保が多ければ不況で売り上げが落ちても、社員を喰わせていくことが出来るわけです。これは松下幸之助氏が提供したダム式経営に則っており、資金のダムを貯めることで、土俵際で勝負をしなくても済むことになります。不況はいずれ好況へと循環しますから、不況時には内部留保を使って経営を整え、好況時にさらなる飛躍を遂げることが出来るわけです。ちなみに京セラの内部留保は、2020年時には、1兆8730億円となっています。
第一次オイルショックも乗り越えた
1973年には日本にオイルショックがありました。原油価格が3カ月で約4倍に高騰したのです。その時、京セラも日に日に受注が減っていったそうです。1974年1月に、月27億円あった受注が、同年7月には3億円にまで減るという極端な受注減だったのです。売上が1/9になるというとんでもない不況ですね。しかしこの時にも京セラは、一人もレイオフも自宅待機させることなく、給料を払った上で、なおかつ利益をあげていくことができたそうです。それも日頃から高収益体質を実現させてきた結果といえます。
不況時の5つの対策
では実際に不況になったときにはどうするか?これについて稲盛氏は5つの対策を挙げています。
1.「全員で営業する」
先ほどのオイルショックの際、京セラでは「全員で営業をしよう」と提唱しました。何しろ、売上が1/9ですから営業しかやることがないのです。そこで、研究者、技術者まで含めた全社員が営業に駆り出されました。当初は戸惑いもあったでしょうが、自らが「モノ売り」の苦労を知ることで、製造部門と営業部門の対立関係が解消に向かったと稲盛氏は振り返っています。
お客様のニーズを探り出す努力
京セラが扱う工業用セラミックス素材は一般の流通では売れるものではありませんでした。そこで従来の取引先に足を運び、「ウチはこういう製品をつくっています。おたくで役立つものはないでしょうか」と新たな需要を探り当てようと努力を重ねました。
稲盛氏が語るように、「商店の小僧のようにもみ手をしながら」サービス精神を持ち、懸命に提案を続ければ、新規顧客や新たな販路が開けてくるでしょう。
2.「新製品開発に全力を尽くす」
平時は現場が忙しく手が回らず、いくらアイデアがあっても実現できないことが多いものです。しかし不況となり、仕事が減れば余力ができるはずです。その余力を新製品開発に注ぎ込み、これまで着手できなかったアイデアを具現化すべきなのです。
釣り市場へ参入
稲盛氏が例に挙げるのが、京セラの釣り竿用セラミックガイドリングの誕生です。当初、京セラは繊維機械向けにセラミック製の部品を供給していました。ところが不況で繊維機械メーカーからの受注が途絶えました。そこで営業員が新たな販路を求め、釣り具メーカーを訪れたのです。提案したのが、竿のガイドリングをセラミック製にすることでした。セラミックスならテグス(釣り糸)の摩耗が少なく、大物を釣り上げる際の切れも防げると説得し、新製品の採用に成功しました。
このように、不況で現場が一時的に手が空く状況を活用し、従来実現できなかったアイデアを形にすることができます。そのためには技術陣だけでなく、営業やマーケティングなど全社で取り組む必要があります。営業を通じてお客様のニーズを探り、それに合わせた製品開発を行えば、新たな市場を切り拓けるかもしれません。売上が落ち込む厳しい不況環境ですが、その分新製品開発に注力できるチャンスととらえ、全社を挙げて新たなシーズを見つけ出すことが何より重要なのです。
3.「原価を徹底的に引き下げる」
不況となれば、受注単価や受注数量が急激に下落していきます。そうした厳しい環境の中で企業が採算を確保するには、受注単価の下落以上に原価を引き下げていく必要があります。しかし、「現行の方式ではもう限界だ」と腰を落とすのではなく、「できないと思ったところが始まり」と、改めて従来の手法を見直し、思い切った変革に踏み切らねばなりません。
旧態依然とした製造方法の抜本的な見直しや、不要な組織の統廃合など、徹底した合理化と原価低減に取り組まなければなりません。好況時には原価低減が難しくとも、不況期にこそ可能になるのです。注文が減り、売上が落ち込んでいる最中にこそ、背に腹は代えられません。従業員一人ひとりが必死になって、廊下の電灯を消す、便所の電気を切るなど、あらゆる経費を徹底的に削減し、原価引き下げに努力を重ねるチャンスなのです。
不況時に原価を下げれば好況時には高収益企業になる
稲盛氏は言います。「不況のときに原価をどこまで下げていけたかということが、その後の企業の成長と経営に大きな影響を及ぼします」と。不況で受注単価が下落しても、それでも利益が残る体質を築いておけば、景気が回復し売上が回復する際には、たちまち高収益企業に生まれ変わることができるのです。
例えば京セラは第1次オイルショックで売上が7割も減少したものの、利益率30%の高収益体質を維持できました。原価を徹底的に引き下げていたからこそ、赤字に転落することなく乗り越えられたのです。
このように、不況期に原価引き下げに全力を尽くし、利益が出る体質を作り上げておく努力こそが、次なる景気回復時の飛躍につながるのです。景気の良し悪しに左右されない強靭な企業体質を、不況期の原価低減で築き上げることができるのです。
4.「高い生産性を維持する」
不況で受注が減少し、製造ラインの仕事が減ってくると、従来通りの人員で対応していたのでは生産性が低下してしまいます。職場の空気が衰えたものになり、一度落とした生産性を後に取り戻すのは容易ではありません。
そこで稲盛氏は、つくるものが3分の1に減った際、製造現場の人員も3分の1に削減しました。残りの人員については、生産ラインから切り離し、工場の整備や従業員教育など、景気回復に備えた仕事を任せたのです。こうすることで、現場では最小限の人数ながら、かつての最盛期と同じスピードと緊張感を維持できたというわけです。
一方で、工場を綺麗に清掃したり、フィロソフィの勉強会を開いたりと、従業員のモチベーション向上にもつながりました。このように、不況期に一時的に余剰となった人員を有効活用することで、高い生産性を落とすことなく乗り切ることができたのです。
ただし、稲盛氏が言うように、このような対応が可能だったのは京セラが高収益体質を維持できていたおかげです。内部留保が潤沢にあり、従業員の雇用を守りつつ、生産性低下の防止策を講じられたわけです。
このように不況に備えた高収益企業体質を平素から作り上げておくこと、そして余剰人員を適切に活用し、生産ラインの生産性を維持することが何より重要なのです。一時的な雇用や生産調整で済ますのではなく、将来の成長に向けた投資として、不況期の人員活用を行うべきなのです。
5.「良好な人間関係を築く」
不況は、経営者と従業員の信頼関係が試される重要な機会です。景気が良いときは表面的な労使関係でごまかせても、厳しい局面に直面すると本当の姿が現れてしまうのです。
不況はリトマス試験紙
稲盛氏は言います。「不況は労使関係のリトマス試験紙」だと。経営者が従業員に賃下げやボーナスカットなど、つらい要求をしなければならなくなったときに、これまで培ってきた人間関係の本当の姿が露わになるのです。
稲盛氏自身、第1次オイルショック当時、賃上げ凍結を労働組合に申し入れました。この要求に対し、京セラの労組は「会社の発展に貢献する」との理念から、上部団体の反対を押し切って賃上げ凍結に賛同したのです。さらには上部団体から脱退する勇気ある行動に出ました。このように苦難を乗り越えようと一致団結できた背景には、長年の良好な労使関係があったからこそです。
一方で、このとき人間関係が希薄だと分かった企業もあるかもしれません。しかし、そうであれば反省の上に立ち、新たな労使関係を再構築するチャンスととらえるべきだと稲盛氏は説きます。
景気のよい時は見えなかった人間関係の実態が、不況のときにはっきりと分かる。だからこそ、この難局を人と人との絆を強める好機ととらえ、互いに助け合い、苦労を分かち合える職場風土を築き上げていく必要があるのです。
終わりに
不況は経営者にとって厳しい試練です。しかしそこに立ち向かい、創意工夫を重ねることで、企業はさらに強固な基盤を築くことができます。本記事で述べた心構えや予防策、対策を実行すれば、不況が単なる苦難ではなく、成長のチャンスとなるでしょう。