マイケルE.ガーバー氏は私たちが「仕組み経営」を開発するきっかけを作ってくれた人物であり、本ページで彼のプロフィールや思想、人物像などをまとめておきたいと思います。

目次

マイケルE.ガーバー氏とは?

マイケルE. ガーバー(Michael E. Gerber)氏は、1936年生まれのアメリカの著名な経営コンサルタントであり、中小・成長企業経営者のアドバイザーとして知られています。米INC誌によって世界No.1の経営アドバイザーとして認められたこともあり、多くの企業や経営者に影響を与えてきました。

マイケルE.ガーバーの功績

ガーバー氏の最も有名な著書は「The E-Myth Revisited: Why Most Small Businesses Don’t Work and What to Do About It(和訳:はじめの一歩を踏み出そう)」であり、この中でガーバー氏は、職人としてのスキルだけではなく、経営者としての視点が成功するビジネスに不可欠であると説いています。そして、起業した人が職人から経営者に変わる必要性を強調しています。ガーバー氏はその他にも多くの著書を執筆しており、彼の思想哲学は、多くのビジネスオーナーや経営者に経営の新しい視点を提供し、その影響は広範であると言えます。

マイケルE.ガーバー氏の考え方やノウハウ

マイケルE.ガーバー氏が提唱してきた考え方やノウハウは、彼の起業家としてのキャリアの前半と後半に大別することが出来ます。

「はじめの一歩を踏み出そう(原題:E-Myth Revisited)」の考え方

「はじめの一歩を踏み出そう(原題:E-Myth Revisited)」は、1995年に初版が出版された本であり、ガーバー氏の基本的思想はこの本の中に書かれています。本書の考え方を端的にまとめると、次のようになります。

起業家の神話

ガーバー氏の代表的な概念であり、多くの中小企業経営者が「職人(テクニシャン)」の延長でビジネスを始めるが、それだけでは成功しないと説いている。ビジネスには職人(技術者)だけでなく、「起業家(Entrepreneur)」と「マネージャー(Manager)」の視点が必要だとする。

Work ON Your Business, Not IN It(自分がいなくてもうまく回る仕組み)

経営者は自分が現場で働く(IN It)のではなく、ビジネスそのものを構築し、仕組みを作る(ON It)ことに集中すべきだと主張。これにより、経営者が現場に依存せずに成長できるビジネスを作ることができる。

フランチャイズ・プロトタイプモデル

マクドナルドのように、どこでも同じクオリティのサービスや商品を提供できるシステムを構築することを推奨。ビジネスをフランチャイズ化するかどうかに関係なく、仕組みを標準化することで、経営者不在でも事業が回る状態を目指すべきだとする。

3つの人格

成功するビジネスオーナーには以下の3つの人格が必要だと説明。 職人(テクニシャン):実務をこなす。自分のスキルを活かして働く。 マネージャー:組織を管理し、安定させる役割を担う。 起業家:未来を描き、ビジョンを作り、革新をもたらす。 多くの経営者は「職人」の視点に偏りすぎており、これがビジネスの成長を妨げる要因になっていると指摘する。

会社そのものが本当の商品

ビジネスオーナーの役割は、自分の持つスキルや技術を売るのではなく、「システムとして機能するビジネス」そのものを作ること。これにより、事業が再現可能で成長しやすくなる。

事業のライフサイクル

ビジネスには「幼年期」「青年期」「成熟期」という発展段階があり、経営者の役割も変わるべきだと説く。多くの企業は「幼年期(創業者がすべてをこなす段階)」から抜け出せずに停滞する。

ドリーミングルームの考え方

マイケルE.ガーバー氏は、69歳の時に自身が創業した会社、EMyth社を離れることになります(その理由は後述します)。そして、彼の新しい事業であるドリーミングルーム(Dreaming Room)をスタートさせます。

マイケル・E・ガーバー氏が69歳になって「ドリーミングルーム」という新しいプログラムを開発した背景には、彼が長年のビジネス経験を通して見出した、起業家たちが抱える共通の課題と、それに対する解決策があります。 

ガーバー氏は、数多くの起業家と関わる中で、彼らが以下のような悩みを抱えていることに気づきました。

  • ビジネスのビジョンが不明確: 具体的な目標や方向性が定まらず、迷走している。
  • 日常業務に追われ、長期的な視点が持てない: 日々の業務に忙殺され、将来を見据えた計画を立てる余裕がない。
  • 企業の成長が停滞している: 一定の規模で成長が止まってしまい、次のステップに進めない。

これらの問題は「はじめの一歩を踏み出そう」に書いた、単純なマニュアル化やルール化では解決できないものだったのです。そして、起業家たちが「夢」や「ビジョン」を明確にしていないことが原因の一つだと、ガーバー氏は考えました。

「ドリーミングルーム」は、このような課題を抱える起業家たちが、自分自身の夢やビジョンを明確にし、ビジネスを成長させるためのプログラムです。

以下はその中核的な考え方です。

起業家の4つの役割

起業家には、ビジネスを成長させるために果たすべき4つの役割がある。まず、ドリーマーとしてビジョンを描くことが必要だ。 次に、シンカーとして戦略を考える役割が求められる。さらに、ストーリーテラーとして、人を動かす力が不可欠となる。そして最後に、リーダーとして組織を導く役割を果たす必要がある

マイケルガーバーのドリーミングルーム
  • ドリーマー(Dreamer) – 起業家は常に「何が欠けているのか?」と問い続け、新しいビジネスを発明する創造者である。単なる商品ではなく、独創的で人々の想像力をかき立てるビジネスそのものを生み出す。
  • シンカー(Thinker) – ただ夢を見るだけではなく、その夢を現実のものとするために深く考える存在。ビジネスの構造や成長戦略を組み立て、成功へと導く知的な計画を練る。
  • ストーリーテラー(Storyteller) – 起業家は優れた語り手でもあり、自らのビジョンやアイデアを他者に伝え、共感を得ることで人々を巻き込んでいく。顧客や社員に対し、魅力的なストーリーを語れることが重要。
  • リーダー(Leader) – ビジネスを成長させるために、チームを率い、組織を動かす存在。発明したビジネスを自分の手で回すのではなく、システムとして機能させ、人々がそのビジョンを実現できるようにする。

インパーソナルドリーム

インパーソナルドリームとは、個人の欲求や利益に基づく「パーソナルドリーム」と異なり、他者、特に顧客のニーズに焦点を当てた夢。アントレプレナー(起業家)は、顧客がまだ気づいていない欲求を満たすために創造的な行動を取る。これは単に自分のための成功を追求するのではなく、他者の人生に深い影響を与えることを目指す夢である。

1万倍のビジョン

偉大なビジネスは、正しく運営されれば、今の1万倍の規模に成長できる。多くのビジネスは、オーナーが個人的に運営しているため、愛することをしているという理由だけで続いているが、それでは本当のビジネスではない。成功するためには、愛することをするのではなく、していることを愛し、成長できる仕組みを作ることが大切である。1万倍の成長を目指すには、ビジネスを規模拡大に適した形にし、他者が同じ成果を生むための仕組みを整えることが必要だ。

4つの選好(プリファレンス)

ビジネスには、顧客や関係者の心を満たす4つの選好がある。視覚的プレファレンスは、見た目やデザインの魅力。感情的プレファレンスは、感情的な共鳴やつながり。機能的プレファレンスは、使いやすさや効率性。財務的プレファレンスは、価格の妥当性と投資対効果。これらを満たすことが、ビジネスの成長に繋がる。

関連記事

ドリーミングルームの内容については、「あなたの中の起業家を呼び起こせ!」という書籍に詳しく書かれています。以下は翻訳者近藤さんのインタビュー記事です。

ガーバー氏の思想の原点にあるもの

ガーバー氏の思想の基となっているのは、子供の頃に習っていたサクソホンの先生からの教え、百科事典のトップセールスマンとしての経験、そしてかつて没頭していた思想家や哲学者からの学びだったとされています。

サクソホンの先生からは、物事を極めていくために必要な心構えと順序を学びました。それがクライアントにコーチングをする際のプロセスに反映されています。セールスマン時代には、営業をシステマチックなものとして捉えて成功し、それが“ビジネスの仕組み化“の発想へと進化しました。

また、若い頃に傾倒していたグルジエフなどの思想家、哲学者からは、人間や人生に対する深い洞察を得ました。グルジエフは、ほとんどの人間は“寝ている状態”で生きており、真の意味で生きていないと主張していました。ガーバー氏がドリーミングルームで目指したのは、人々の中に眠っている起業家的人格を呼び覚ますことであり、これはまさにグルジエフが求めていた「目覚め」のプロセスと重なる部分です。

マイケルE.ガーバー氏の創業物語

ガーバー氏は元々、自称流浪のユダヤ人であり、大工や百科事典などの営業で生計を立てていました。あるとき、牧歌的な生活を夢見て旅に出ました。途中、彼がビジネスの世界に足を踏み入れるきっかけが訪れます。そのきっかけとは、実の兄嫁の夫、エースからの一言でした。エースはシリコンバレーで広告代理店を経営しており、その顧客の一人がリードをセールスに転換するのに苦しんでいました。エースはガーバー氏にこう言いました。

「マイケル、君なら何か助けになるかもしれない。少しアドバイスをしてあげてくれないか?」

当初、ガーバー氏はビジネスについて何も知らないと思っており、特に興味もありませんでした。「ビジネスのことは何も分からないし、興味もないよ」と断ったのです。しかしエースは「君には思っている以上に知識があるんだよ。ちょっとだけでも話をしてみてくれ」と説得しました。仕方なく、ガーバー氏はエースに付き添い、顧客であるボブの元へ向かいました。

ボブとの最初の出会いでは、ガーバー氏はボブに対して「このビジネスのことは何も知らない」「君の製品についてもほとんど分からない」と正直に答えました。ボブは「それならどうして俺を助けられるんだ?」と聞き返してきました。その時、ガーバー氏はこう答えました。「分からないけど、エースが君を助けられると言っているんだ。1時間一緒に過ごしてみよう」と話しました。

その後、ガーバー氏はボブに対して質問を重ねることで、彼がビジネスにおいて根本的なことを理解していないことに気付きました。驚いたことに、ボブには販売システムが全く存在しなかったのです。その時、ガーバー氏はかつて販売の仕事をしていた経験を思い出しました。特に、百科事典を販売する際に学んだ販売システムが役立つと感じました。そこで、ガーバー氏は「君には販売システムが必要だ」とボブに販売システムを作る提案をしました。

その結果、ボブはガーバー氏を販売コンサルタントとして採用することに決めました。エースが帰ってきた時、ガーバー氏は「彼が僕をコンサルタントとして採用してくれた」と伝えました。エースは驚きました。「どうして君がそんなことできるんだ?君はビジネスについて何も知らないじゃないか?」と。しかしガーバー氏は「だからこそ、僕ができたんだ。僕が気づいたのは、実は僕の方がビジネスのことを知っていたということだった」と答えました。この出来事が、後の「E-Myth」理論の誕生につながるのです。

EMythの成功

その後、ガーバー氏は「Michael Thomas Corporation(マイケル・トーマス・コーポレーション)」という企業を設立し、小規模企業向けのコンサルティングを行いました。トーマスというのは当時のビジネスパートナーの名前です。

特に、1985年に「E-Myth」を出版した際、その成功を予想していなかったガーバー氏は、驚きの結果に直面します。書籍は予想以上に売れ、ガーバー氏はその後、会社名を「E-Myth Academy」へと変更し、さらには「E-Myth Worldwide」へと成長させていきました。

自ら創業した会社を追われる

EMyth社は大きな成功を収め、ガーバー氏の名前は世界中の中小企業オーナーに広まりました。しかし、ガーバー氏が70歳に近づいた頃、思いもよらぬ出来事が起こります。

彼の元妻であり共同経営者でもあった人物が、新たな経営者を連れてきて、ガーバー氏を会社から追い出すことを決めたのです。元妻とその新しい経営者は、会社を時代に合わせて革新的に進化させたいと考えていましたが、ガーバー氏は昔ながらのやり方に固執しているというのが、追い出す理由でした。

これを聞くと、元妻がひどい人物だと思うかもしれません。しかし、EMyth社の成功やその書籍がベストセラーになった背景には、元妻が会社をしっかりと仕組み化し、書籍の内容にも大きく貢献していたことがあります。つまり、元妻は文字通り共同経営者であり、会社の事を考えて決断をしたのです。
※ちなみにこの物語は非常に個人的なものですが、彼自身、公開インタビュー等で語っている内容なので、ここにも記載させていただきました。

会社を追い出されたガーバー氏は、やることが無くなってしまいました。70歳間近なので、もうそのまま引退してもよかったのかも知れません。しかし、彼の中には何かやり残したことがある、という想いがありました。当時まだ存命中だった彼の母親にも相談をし、もう一度何かをしなければいけない、という想いになっていきます。それが先ほどのドリーミングルームの誕生につながりました。

そして、69歳の時、第一回目のドリーミングルーム(3日間の講座)をスタートします。その内容は先述のとおり、起業家的人格を目覚めさせるものです。

私がガーバー氏に出会ったのは、彼が50回目のドリーミングルームを開催したころでした。

日本での展開

マイケルE.ガーバー氏と清水直樹

私がマイケルE.ガーバー氏に初めて会ったのは、2010年です。当時、私は通販やインターネット関連のビジネスなど、いわゆるスモールビジネスを何年か経営していました。しかし、完全に自分の労働に経営が依存する“職人型ビジネス”になってしまっていました。生活に不自由しない程度の収益は得ていましたが、同時に365日、24時間営業のような状況になってしまっており、これからどう成長させていけば良いのか、まったく見当がついていませんでした。

ちょうどその時、マイケルE.ガーバー氏のドリーミングルームが開催されるということを知り、友人と二人で米国に会いに行ったのです。

ガーバー氏がドリーミングルームで語っていたことは、正直、ピンとくることもあれば、そうでないこともありました。ただ、自分に完全に欠けていた考え方があることを知りました。

運の良いことに、当時ガーバー氏は、自分が行っていたドリーミングルームを世界に広めようと、認定ファシリテーター制度を始めたところでした。そんなときに日本からやってきた私たちに「3日間で知ったことを日本中の経営者にも伝えなさい」と言いました。

そして、帰国後、ドリーミングルームを開催する準備を始めました。テキストの翻訳からウェブサイトの構築はもちろん、知人友人を辿って、最初の受講生になってくれる人を探しました。

結果として、最初は4人の受講生(しかもほとんどが友人)からスタートしました。

その後、徐々に活動が広がり、2011年10月には私たちが日本のマスターファシリテーターとして、一緒に活動してくれる認定ファシリテーターを日本で募集することが出来るようになりました。

私はそれまでにやっていたことをすべて止め、この活動に集中することにしました。それまでにやっていたことよりも、この活動のほうが価値があると考えたからです。

最終的にはドリーミングルームの卒業生は日本で300人以上、認定ファシリテーターは20人以上輩出することが出来ました。これは世界最多になりました。(実際のところ、他の国では米国も含めドリーミングルームの販売はあまりうまく行っていなかったのでそうなったのですが)

1945年、ひとつの国が生まれ変わった。
打ちのめされ、焦土から、何の希望もなく立ち上がったこの国は、その後、地球上のどんな国の人たちも信じられないほど成長した。
誰がやったのか?起業家である。
誰がやったのか?あなたも名前を挙げることが出来るはずだ。
日本は起業家によって動かされる、起業家的な国だった。 その後、何かが起こり、政治家によって動かされる、 官僚的な国になった。 だから私たち全員の中にいる、 起業家を見つける必要があるのだ。
それこそ、日本が抱えている問題を 解決する唯一の道である。

ドリーミングルームの終了

他国でのドリーミングルームの不振などもあり、2015年頃にはドリーミングルーム、そして認定ファシリテーター制度は世界的に終了するということになりました。

なぜ世界的に知名度があるガーバー氏のドリーミングルームがそれほど売れなかったのか?

その原因について私の考えを述べると、ドリーミングルームは多くの中小企業経営者が抱える「目の前の課題」には直接応えられなかったということだと思います。ガーバー氏が『E-Myth』で提唱した「自分がいなくてもビジネスが回る仕組み作り」という考え方は、忙しい経営者にとって理想的なアプローチでした。ですが、ドリーミングルームは経営者が自身の起業家精神やビジョンを見つけることに重点を置いており、現実的な問題に対処することに焦点を当てていませんでした。そのため、多くの経営者は「今、そんなことを考えている場合ではない」と感じたのではないでしょうか。

さらに、ドリーミングルームに参加する多くの受講生は、ガーバー氏が「仕組み化の方法を教えてくれる人」というイメージを持って参加したと思われます。しかし、実際に参加してみると、ドリーミングルームでは仕組み化の話はほんの一部に過ぎなかったため、期待外れに感じる受講生も多かったのではないでしょうか。結果として、ドリーミングルームは広がりを欠き、世界的にはあまり成功しませんでした。

とはいえ、ガーバー氏はドリーミングルームをあきらめたわけではなく、ファシリテーター経由ではなく、オンラインで行う形にシフトして続けています。

私も当初、ドリーミングルームの内容についてはあまり有用性を感じられなかったというのが事実です。そのため、具体的な仕組み化の方法を世界中からかき集め、徐々に受講生にも伝えるようにしていました。

しかし、今振り返ってみると、彼の言っていること、そして、彼が仕組み化を伝え続ける中で感じてきたであろうジレンマ(単純な仕組み化だけでは事業は成長しないということ)が理解できるようになってきました。

それは私が日本の歴史や思想、そして素晴らしい日本企業を見てきた中で、世間一般に言う仕組み化に欠けているピースがあることに気が付いたからです。

ただ、それでもドリーミングルームというプログラムの中で、その価値を見出すのはとても難しいだろうというのを今でも感じています。彼が言っていることを例えるならば、『ドリーミングルームで「悟り」とは何かを教えるから「悟りなさい」』と言っているようなものだからです。これが難儀であることは、数千年来、宗教家が説いてきたことです。

内容は大事であるものの、それをプログラムとして提供するのはなかなか難しいよね、というのが私の最終的な感想です

マイケルE.ガーバー氏の仕組み化理論の限界と発展

ガーバー氏は、中小企業に仕組み化(システマイゼーション)という概念を広めた人物です。仕組み化の重要性はいまも変わっていません。しかし、彼の理論や考え方をもとに仕組み化を支援していく中で、限界を感じることもありました。つまり、いくら彼のいう仕組みを作っても社内で機能しない、ということが発生したのです。

幸いなことに、その解決策は我が国、日本にありました。そして、仕組み経営はその解決策をもとに開発したものです。

この辺の経緯や、私が感じたガーバー氏の理論の限界については以下の自己紹介ページで述べております。

清水直樹プロフィール

一般財団法人日本アントレプレナー学会 代表理事 仕組み経営株式会社 取締役 大学卒業後、マイクロソフト日本法人に入社。その後、モバイル事業の創業メンバーとして参加し、上場を目指すが経営メンバー同士の空中分解によって頓挫。2010年、マイケルE.ガーバー氏(「はじめの一歩を踏み出そう」著者)と出会い、2011年1月に同氏の「ドリーミングルーム」を日本で初開催。以降、ドリーミングルーム卒業生を300人

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清水直樹プロフィール

一般財団法人日本アントレプレナー学会 代表理事 仕組み経営株式会社 取締役 大学卒業後、マイクロソフト日本法人に入社。その後、モバイル事業の創業メンバーとして参加し、上場を目指すが経営メンバー同士の空中分解によって頓挫。2010年、マイケルE.ガーバー氏(「はじめの一歩を踏み出そう」著者)と出会い、2011年1月に同氏の「ドリーミングルーム」を日本で初開催。以降、ドリーミングルーム卒業生を300人

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マイケルE.ガーバー氏の人物像

本ページの最後に、私から見たガーバー氏の人物像についてご紹介しておこうと思います。多少、失礼なことを書くかもしれませんが、彼には大変感謝していることは変わりませんのでご了承ください。

本ページの述べた通り、ガーバー氏とは2010年に出会い、オンライン、オフライン何度も会話をすることが出来ました。

その結果、私が彼に対して抱いた印象を一言でいうならば、「ガンコで付き合いにくい爺さん」です。

ガンコというと悪口のように聞こえると思いますが、言い方を変えれば、”哲学が明確である”といでも言えるでしょう。

思えば、アップル創業者のスティーブジョブズも若い頃は性格がかなりガンコできつく、それがために自ら創業した会社を追い出されています。ジョブズの場合には、アップルに復帰した後には、多少性格が柔らかくなっていたとの話がありますが、ガーバー氏の場合には、少なくとも私がやりとりしていた時にはずっとガンコでした。

実際のところ、彼が創業した会社を追われたのも、昔のやり方に固執していたからです。私たちが日本でドリーミングルームを開催しているときにも、様々なアイデアや提案をしましたが、一切受け付けてくれることはなかったと記憶しています。

私が知っている限り、彼の周りには常に様々なビジネスパートナーが存在していました。私が最初に彼に会ったときには、ジムという講師役の人がガーバー氏の代わりに講座を行っていました。また、彼が作った出版社の社長をやっていた女性やかつてのE-Myth社の社員だった女性コーチなども一時期、一緒にドリーミングルームをやっていました。ドリーミングルームのプロモーションについても、様々なインターネットマーケターと組んで取り組みをしていましたが、それらのビジネスパートナーの多くがいつの間にかいなくなっているのです。

そういったことを考えても、付き合いにくい人、という印象はあながち間違っていないでしょう。

とはいえ、これは彼を批判しているのではなく、何かを成し遂げる人とはそんなものであるのだと思います。

あと、私自身、他人の事を言えたものではなく、”ガンコで付き合いにくい”というのは、まさに私に宛てた言葉でもあります。

ガーバー氏が欲した「仕組み化できる人」

ガーバー氏は、仕組み化という概念を世の中に広めた人、とも言えます。しかし皮肉なことに、彼自身が仕組み化が得意だったかというとそうでもないと言うのが事実だと思います。

彼は最初のマイケル・トーマス・コーポレーションを創業してから、わずか2年でコンサルティングの現場から離れることに成功しました。これは仕組み化が成功したから、と言えます。しかし、その立役者だったのは、当時のビジネスパートナーだった、トーマスという人物なのです。これはガーバー氏も認めています。ガーバー氏は夢を描き、トーマスはガーバー氏の夢を現実にする人、つまり、仕組みを創る人だったのです。

また、E-Myth社がその後に成長していったのも、先述の元妻の活躍が大きかったはずです。私は一度だけその女性に会ったことがありますが、非常に聡明でまさに仕組み化思考が強い方だと感じました。

ガーバー氏はおそらく、自分はドリーマーであり、その実現を助けてくれる人が必要であることを認識していたのだと思います。だから積極的にパートナーを選んだのでしょう。

惜しむらくは、彼がドリーミングルームを始めた時には、そういった仕組みづくりをしてくれるパートナーがいなかったことです。

ジムという講師役の人はいましたが、ガーバー氏は彼の働きに満足できなかったらしく、途中からいなくなってしまいました。

これもガーバー氏の批判をしているようですが、実際のところ、私自身に言い続けていることでもあるのです。

私自身も仕組み化をお伝えしている身ながら、ドリーマー気質、探求者気質であり、人の力を借りるということを中々出来ないでいました。それを自分で押さえつけて、自分のビジネスの仕組み化に取り組んでいるのです。

結局のところ、このように振り返ってみると、自分と似た者同士だな、という感想なのです。

私はガーバー氏の思想から独立し、それを超えるために東洋と西洋の思想を統合しようと取り組んできました。仕組み化された会社を増やすことによって、普通の人が成果を出し、幸せに生きられる成果を作るべく活動しています。

そのような自分の人生の使命を発見することが出来たのは紛れもなく、マイケルE.ガーバー氏との出会いがきっかけです。

もう私がガーバー氏と会うことはないでしょうが、彼には感謝しかありません。

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