マイケルE.ガーバー氏とは
マイケルE.ガーバー氏は、私たちが「仕組み経営」を開発するきっかけを作ってくれた人物です。私たちは2010年に彼と出会い、彼のプログラムを日本で世界最多回数開催し、著書だけでなく、彼が長年続けたラジオ番組や公開メンタリングの記録まで読み込んできました。このページでは、彼のプロフィールと思想、その思想の根にあるもの、そして私たちが彼から何を受け継ぎ、何を書き換えたのかをまとめます。
マイケルE.ガーバー氏とは
マイケルE.ガーバー(Michael E. Gerber)氏は、1936年生まれのアメリカの経営コンサルタントで、中小企業向けの「仕組み化」という考え方を世界で最初に体系化した人物です。米INC誌によって世界No.1の中小企業アドバイザーと評されたこともあります。
代表作は『The E-Myth Revisited』(邦題『はじめの一歩を踏み出そう』)で、「腕の良い職人が独立しても、経営者として成功するとは限らない」という単純だが見過ごされてきた事実を出発点に、社長がいなくても回る会社の作り方を説きました。著書は37冊にのぼり、40年以上にわたって7万社以上の中小企業を見てきた経験が、その思想の裏付けになっています。
創業物語:ビジネスを知らない男が、ビジネスを教え始めた
ガーバー氏はもともと大工や百科事典の営業で生計を立てていた人で、ビジネスの世界に足を踏み入れたのは偶然でした。シリコンバレーで広告代理店を経営していた義兄のエースから、「顧客の一人が売上に苦しんでいる。君なら何か助けになるかもしれない」と頼まれたのです。
ガーバー氏は断りました。「ビジネスのことは何も分からないし、興味もない」。それでもエースに押し切られ、顧客のボブの元へ向かいます。ボブに「このビジネスのことは何も知らない」と正直に告げると、「それならどうして俺を助けられるんだ」と返されました。ガーバー氏は答えます。「分からない。でも1時間一緒に過ごしてみよう」。
質問を重ねるうちに、ガーバー氏は驚くべきことに気づきます。ボブの会社には、販売の仕組みがまったく存在しなかったのです。百科事典を売っていた頃に叩き込まれた販売システムを思い出し、「君には販売システムが必要だ」と提案すると、ボブはその場で彼をコンサルタントとして雇いました。
エースは驚いて聞きました。「どうして君にそんなことができたんだ。ビジネスなんて何も知らないじゃないか」。ガーバー氏の答えはこうでした。
1977年、彼はマイケル・トーマス・コーポレーションを設立し、シリコンバレー一帯のあらゆるスモールビジネスのドアを叩きました。水道屋、電気工事、グラフィックデザイン、ソフトウェア開発。業種はばらばらなのに、聞こえてくる話は驚くほど同じでした。オーナーたちは皆、昨日の後処理に追われ、明日は今日の後処理で忙しくなる。誰もが「ビジネスを創った」のではなく、自分自身のために「世界で最悪の仕事」を作り出していたのです。この発見が、後の「E-Myth(起業家の神話)」理論になりました。
ガーバー氏の思想の全体像
彼の思想は「Work ON your business」の一言で知られていますが、それは入口にすぎません。著書とラジオ番組を通して読み解くと、次のような一つの体系になっています。順番にも意味があり、職人の罠に気づき、視点を変え、白紙に戻ってから、夢を描き、仕組みに落とし、学校にする、という一本の道になっています。
1. 起業家の神話と「命取りの仮説」
多くの人は「ビジネスを始める人は皆、起業家である」と信じています。しかしガーバー氏が見た現実は違いました。そこにいたのは起業家ではなく、「起業家熱に駆られた職人」でした。腕の良いパン屋が「自分の店を持てば成功する」と信じて独立する。これをガーバー氏は「命取りの仮説」と呼びます。その仕事のやり方を知っていることと、その仕事をするビジネスの動かし方を知っていることは、まったく別のことだという事実を見落としているからです。
私たちの内側には、未来を夢見る「起業家」、秩序を守る「マネージャー」、今この瞬間に手を動かしたい「職人」の三つの人格が同居しています。問題は、ほとんどの経営者において職人が支配的になり、起業家が眠ってしまっていることです。職人は、自分のスキルに頼らないシステムを作ることを嫌います。誰でもできる仕組みを作れば、自分の存在価値が失われると恐れるからです。
2. 視点の転換:ビジネスは「自分とは別の命」である
ガーバー氏の哲学の核心は、ビジネスの「中」で働くのではなく、「上」から働くという視点の移動です。上空6,000メートルから自分のビジネスを見下ろし、「このビジネスは何をしようとしているのか」を問う。そのとき、起業家にとっての本当の商品は、顧客に売るモノやサービスではなく、「ビジネスそのもの」だと分かります。
彼が繰り返し投げかける問いがあります。「この仕事を、自分の経験もスキルもない1万人が同じように再現するには、どう設計すべきか」。この「1万倍の問い」を自分に向けた瞬間、人は職人ではなく、システムの設計者として考え始めます。
ガーバー氏は「もしあなたがビジネスそのものであるなら、あなたは深刻なトラブルの中にいる」と警告します。それを象徴するのが、造園業者バディ・ブリックハウス氏の話です。彼は脚に重い癌を患い、「脚を切断して3年生きるか、脚を残して6ヶ月で死ぬか」という選択を迫られました。彼は脚を失う道を選び、長い闘病に入ります。しかし彼は以前からガーバー氏の教えに従って仕組みを作っていたため、その間もビジネスは彼なしで動き続け、利益を上げ、従業員の雇用を守り抜きました。ガーバー氏はこれを、金銭的成功ではない「本当の豊かさ」の証明だと語っています。
視点を変えるための具体策として、彼は「退出のルール」を勧めています。オフィスから出て、通りを下った別の場所に自分の部屋を構えること。現場にいて誰でもすぐに会える状態では、社員は依存し続け、社長も「答えを出す職人」であることをやめられないからです。
3. 真っ白な紙と初心者の心:創造はプランの前に始まる
ビジネスを始めるとき、多くの人はすぐにビジネスプランを書こうとします。ガーバー氏はそれを否定します。真の出発点はプラン以前にあり、唯一のルールは「真っ白な紙と初心者の心」で始めることだ、と。この「初心者の心(Beginner's Mind)」という言葉は、彼が晩年に傾倒した日本の禅、とりわけ鈴木俊隆老師の『禅マインド ビギナーズ・マインド』から来ています(後述)。
私たちは、過去に学んだこと、信じていること、失敗の記憶といった「古い習慣」の監獄に閉じ込められています。創造を始めるには、その荷物をいったんすべて下ろし、自分を空っぽにしなければならない。彼の言葉を借りれば、「あなたのビジネスがスタートアップなのではない。あなた自身がスタートアップなのだ」。ビジネスが生まれる前に、その人の中の創造者が目覚めていなければならない、というのです。
ラジオの相談コーナーでも、この言葉は繰り返し出てきます。30年以上印刷業を営み、息子に継がせたいのに自分が執着してしまうという経営者には、「今日を最後の出勤日にして、息子に『私はもう戻らない』と告げなさい。そして自分は真っ白な紙を前にして、70歳からの新しい夢を追いかけなさい」。アイデアが多すぎて集中できず、いっそ非営利にしようかと迷う税理士には、「限界は外部にあるのではなく、あなたの想像力と成長への決意の内側にある。真っ白な紙からスタートし、起業家としての夢を再定義せよ」。彼にとって「初心者の心」とは、何十年会社をやっていても、いつでも会社を再創造できるという宣言でもあります。
4. 起業家の四つの人格と、「何が欠けているか」という問い
晩年のガーバー氏は、起業家の内側に四つの人格があると説きました。「何を」創るかを描くドリーマー、「どうやって」実現するかを考えるシンカー、「なぜ」やるのかを語るストーリーテラー、そして実行を司るリーダーです。それぞれが、夢・ビジョン・目的・ミッションという四つの指針に対応しています。

そして起業家は本質的に「発明家」です。ただし一般の発明家が新しい製品を作るのに対し、起業家は「新しいビジネス」そのものを一つの製品として発明する。その視点は常に、「この絵の中に何が欠けているか?」という問いに向けられています。約束どおりに提供されないサービス、届かない製品、不親切なタクシー運転手。世の中の「本来あるべきなのに、そこにないもの」を見つけ、そのピースをビジネスという形で埋めるのが起業家の仕事だ、というのです。
この問いは相当に厳しいものです。あるピアグループを運営する経営者ジョセフが、自分のウェブサイトに欠けているのは「メールアドレスを集める手段」だと考えて相談すると、ガーバー氏は彼にサイトを開かせてこう言いました。「ジョセフ、その絵にはすべてが欠けている」。それは、汚れたシャツと破れたジーンズでデートに現れて「さあ夕食に行こう」と言っているようなものだ、と。技術的な要素の話ではなく、部外者の目で見たときに、そのサイトに「エネルギー」がないという指摘でした。
5. 利他的な夢:起業家は他者の痛みから始める
ガーバー氏は夢を二つに分けます。自分がどうなりたいかという「パーソナルドリーム」と、他者に何をもたらしたいかという「インパーソナルドリーム」です。真に偉大なビジネスは後者から生まれると彼は言います。
模範として彼が挙げるのが、グラミン銀行を創設したムハマド・ユヌス氏です。ユヌス氏は「世界の貧困を根絶する」という、一見不可能で傲慢とも思える夢を掲げました。彼は銀行家ではありませんでしたが、既存の銀行が「持たざる者には貸さない」という欠落を見抜き、無担保融資という新しい絵を発明して数百万人の女性を自立に導きました。
ラジオの相談コーナーには、こんなやりとりも残っています。あるグラフィックデザイナーが「組織は作りたくない。1日3〜4時間だけ働き、好きなプロジェクトだけ選んで豊かに暮らしたい」と相談すると、ガーバー氏は「それは自分の欲を満たすための個人的な夢であって、起業家の夢ではない。起業家は、顧客の問題をどう解決するかから始める」と一蹴しています。
6. 黄金のピラミッド:一人の経済から1万倍へ
「いつか大きな会社に」という夢は、構造が伴わなければ幻想に終わります。ガーバー氏はビジネスを三つの階層で捉えます。
土台が「プラクティス」です。最小かつ完全に自立した運営単位で、会社のDNAそのもの。すべてのプラクティスには、見込み客を獲得する仕組み、成約する仕組み、そして顧客への約束を果たす仕組みという三つのシステムが含まれていなければなりません。しかも、特別な才能を持つ個人ではなく、最小限の訓練を受けた社員が誰でも同じ結果を出せるように、文書化されている必要があります。
そのプラクティスを複数集めて統合したものが「ビジネス」、複数のビジネスを束ねたものが「エンタープライズ」です。マクドナルド、スターバックス、ウォルマートは、このピラミッドを体現した企業です。重要なのは、これが「今いる場所から始められる」ということです。自宅で一人でマッサージをしているセラピストでも、顧客が体験する全プロセスをシステムとして設計した瞬間、その活動は世界に広がるプラクティスの第一歩になる、とガーバー氏は言います。
7. システムこそが解決策:平凡なことを非凡に行う
多くの経営者は「優秀な人材さえいれば」と考えます。ガーバー氏はそれを根底から覆します。非凡な会社とは、非凡な人々によって創られるのではなく、「普通の人々が非凡な結果を出せるシステム」によって創られる。40年以上説き続けた真理は、「システムこそが解決策である」の一文に集約されます。
革新(イノベーション)を、彼は「流行を追うこと」ではなく「平凡なことを非凡な方法で行うための発明」と定義します。ハンバーガー、フライドポテト、ミルクシェイク。どこにでもある平凡な商品を世界クラスのシステムで提供したことで、マクドナルドは世界最大のブランドになりました。顧客が惹きつけられるのは味の良さではなく、「いつ、どこで利用しても期待どおりの体験ができる」という圧倒的な一貫性です。
ビジネスを製品として設計するとき、満たすべき要素は四つあります。第一印象を決める視覚的要素、その場で顧客が抱く感情的要素、約束どおりに機能する機能的要素、納得感のある財務的要素。そして非凡さを維持するには、細部への執拗なこだわりが要ります。彼はこれを「インペカブル(非の打ち所がない)」な基準と呼びます。レイ・クロックは店の周囲1ブロックのゴミをすべて拾わせ、ディズニーランドは毎年5,000ガロンのペンキを塗り替え、フェデックスは毎日7万ドルをかけてトラックを洗います。これは清掃ではなく、ブランドの誠実さを守るための投資だ、というのが彼の見方です。
8. すべてのビジネスは学校である
ガーバー氏の哲学において、ビジネスの究極の姿は利益追求の場ではありません。彼は「すべてのスモールビジネスは学校であり、そこで働く全員が生徒である」と断言します。社員が単に生計を立てるためではなく、集中、識別、秩序、革新、コミュニケーションという「人生のスキル」を学ぶ場を提供することが、リーダーの責任だというのです。
この考えを事業モデルにまで具体化したのが、彼が晩年に構想した架空のプロジェクト「Who is Manny Espinosa?」です。雇用機会から取り残された移民コミュニティの若者を対象にした人材事業で、六週間の集中トレーニングを中核に据え、彼はこれを「ライフアカデミー」と呼びました。そこにはこんな一節があります。
彼らはエントリーレベルの仕事を、仕事ではなく学校だと認識している。彼らにとってそれは、お金をもらえる教育なのだ。
この事業は「誰がやっても同じ結果が出る、拡張可能な事業の雛形」の理想形として設計されています。ところがその中身は、徹頭徹尾、人を育てる事業でした。仕組み化の極致として設計した事業が、人間教育そのものになっている。この入れ子構造こそ、彼の「システム」が人を部品にするためのものではなかったことの、いちばん強い証拠だと私たちは考えています。
彼は社員一人ひとりを「自分株式会社(Me Inc.)のCEO」と呼びます。清掃員であれウェイターであれ、自分の持ち場を一つの小さなビジネスとして捉え、自分の行動がどう顧客満足につながり、どう利益を生むのかを理解する。仕組み化の目的は、組織に依存する労働者を作ることではなく、自らの人生に責任を持つ自立した個人を育てることにある、というのが彼の到達点です。
思想の根にあるもの
ここからは、あまり知られていない話です。ガーバー氏の経営論は、その下に精神的・哲学的な土台を持っています。西洋の神秘思想から、インドの非二元論、そして日本の禅まで。これを知らずに彼の言葉を読むと、「マニュアル化の人」という誤解に留まってしまいます。
グルジエフ:人間は眠っている機械である
ガーバー氏が最も強い影響を受けたのは、アルメニア出身の神秘思想家グルジエフです。若い頃、彼はサンフランシスコで「グルジエフ・ワーク」に約12年間没頭しました。市内を見渡す屋敷で週に数回、特別な動きを通じて自分自身を観察し、「自分を想起する」訓練を続けたのです。
グルジエフの人間観は厳しいものです。人間は目覚めていると思っていても、実際には深い眠りの中にあり、習慣と周囲の刺激に機械的に反応しているにすぎない。ガーバー氏は、経営者が日々の業務に埋没している状態を、この「眠り」に重ねました。彼が「ビジネスの上で働け」と言うとき、それは管理手法の話ではなく、機械的な労働から脱却し、意識的な創造者として生きよという、グルジエフ的なメッセージなのです。
彼が語る原体験があります。ある夜、ワークを終えて意識が極限まで研ぎ澄まされた状態で帰宅すると、階段の上に預かっていた巨大なドーベルマンが座っていた。一瞬恐怖を感じたその時、「恐怖を感じている自分」を客観的に観察しているもう一人の自分を経験した。犬も周囲も「ありのまま」に鮮明に見えた。これが後に彼が説く「真っ白な紙と初心者の心」の原型になりました。
12年の後、彼はそのコミュニティを離れます。自宅の裏庭にろうそくを灯し、グルジエフに関する本をすべて埋める儀式を行って、人生のその章を閉じました。「教えを達成できなかった者とのワークだった」と振り返りつつ、そこで学んだ「自己想起」の重要性は、その後の彼のビジネス哲学に深く刻まれています。
「I AM」:観察者としての経営者
晩年の彼は、インドの聖者ニサルガダッタ・マハラジの『アイ・アム・ザット』を繰り返し引用しています。多くの人が「自分」だと思い込んでいるものは、名前や職業や経歴といった過去の記憶で作られた「自意識の檻」にすぎない。そこから脱するための唯一の言葉は、述語のない「I AM(私は在る)」だ、と。
これは経営論と無関係ではありません。自分の心や身体、ビジネスで起きる出来事に「同化」せず、ただ静かに観察する「証人」になること。この客観性があって初めて、経営者は「私がいなくても回るシステム」を設計できる。動いているカメラを客観的に見つめる監督のような存在であれ、というのが彼の言う「Work ON」の精神的な意味です。
禅:「初心者の心」の出どころ
グルジエフとマハラジに加えて、晩年のガーバー氏がもう一つ深く学んでいたのが、日本の禅です。「初心者の心」という言葉そのものが、サンフランシスコに曹洞禅を伝えた鈴木俊隆老師の『禅マインド ビギナーズ・マインド』に由来しています。
あまり知られていないことですが、彼はその学びを一冊の本にまとめようとしていました。『禅と通じるスモールビジネス道――経済におけるスピリチュアル・エクササイズ』。正式には出版されておらず、私たちはその原稿を本人から受け取っています。冒頭にはこの一節が掲げられています。
素人の心には、多くの可能性が宿っている。だが玄人になると、そのほとんどが失われている。
鈴木俊隆『禅マインド ビギナーズ・マインド』(同書の巻頭に引用)
この本で彼が語ろうとしたのは、人生には「精神」と「経済」という二つの世界があり、どちらか一方では実りある人生は送れない、ということでした。彼の言う経済とは金儲けのことではなく、「時間、エネルギー、資本、結果の尺度」です。果物が食べたければ、木を買い、植え、世話をし、実るのを待ち、収穫する。そのすべてに時間とエネルギーと資本が投じられている。人生とはそういう投資と結果の連続であり、だから「あなたの人生そのものが、一つのスモールビジネスである」と彼は言います。
そして禅の定義については、こう書いています。「私は芸術家だ」「私は父親だ」「私はスモールビジネスオーナーだ」。「私」に述語を足した瞬間、「私」は主語から目的語に変わり、そこにいなくなる。禅とは、「私」を認識することなく存在することである、と。これはマハラジの「述語のないI AM」とまったく同じ場所を指しています。西洋の神秘思想から入った彼が、最後に日本の禅で同じ答えを確かめていた。そう読むことができます。
この原稿は「これまで書いたことのない、まったく新しい方法で取り組んでいる」「本書はスモールビジネスの構築方法を教えるものではない。そのための正しい精神状態に到達するためのものだ」と宣言しています。ガーバー氏の仕組み化理論が、最後まで精神性と切り離せないものだったことを、これほど端的に示す文書はありません。
職人技の再定義:システムは人を歯車にするためのものではない
もう一つ、彼の「システム」観を正しく理解するうえで欠かせない話があります。ガーバー氏は、哲学者マシュー・クロフォードの『ショップ・クラス・アズ・ソウルクラフト』を高く評価していました。整備士が古い車の故障を見て、その日の雨と自分の泥だらけのブーツから「湿気が原因だ」と直感する。こうした「状況的知識」は、教科書からダウンロードできるものではなく、現場で生きることでしか得られない、という主張です。
そして彼は、巨大組織の中で個人の責任が分散し、指示されたルールに従うだけの存在に成り下がることを「学ばれた無責任」と呼んで警戒しました。「システムこそが解決策」と説く人物が、システムが人を思考停止させることを最も恐れていたのです。彼にとって優れたシステムとは、普通の人が特定の個人に依存せず、現実に対する責任を持って最高の結果を出せるように設計された「知的な仕組み」でした。バイオリンを弾く喜びに固執するのではなく、その音楽の魂が自分のいないオーケストラでも鳴り続けるように楽譜を書く。それが彼の言う「職人技の拡張」です。
宇宙の法則と、創造者としての人間
彼はまた、ビジネスの成功は気まぐれではなく、自然界を支配する一貫したパターンに基づくべきだと考えていました。ヒマワリの種の配列、オウムガイの螺旋、台風の渦に共通する黄金比。ビジネスもこの「調和」「一貫性」「効率性」をモデルにすべきだ、と。そして人間は「消費するため」ではなく「創造するため」に生まれた存在であり、起業家とは、世の中の不完全な部分を修復し、新しい秩序を創り出す役割を担う者だ、と語っています。彼にとって起業家は、単なるビジネスの所有者ではなく、世界を癒す仕事の担い手なのです。
E-Myth社、そしてドリーミングルーム
E-Mythの成功と、自ら創業した会社を追われるまで
1985年に出版した『E-Myth』は、彼自身の予想を超えて売れ、会社はE-Myth Academy、E-Myth Worldwideへと成長しました。しかし70歳近くになった頃、彼の元妻であり共同経営者でもあった人物が新しい経営者を連れてきて、彼を会社から追い出す決断をします。会社を時代に合わせて進化させたい側と、昔ながらのやり方に固執する彼、という構図でした。
これを聞くと元妻がひどい人物に思えるかもしれませんが、E-Myth社の成功と書籍のベストセラー化の背景には、彼女が会社をしっかりと仕組み化し、書籍の内容にも大きく貢献していた事実があります。文字どおりの共同経営者として、会社のことを考えて決断したのです(この話は非常に個人的なものですが、彼自身が公開インタビューで語っている内容なので記載しています)。
会社を追われた彼には、やることがなくなりました。引退してもよい年齢でしたが、何かやり残したことがあるという想いがあり、存命だった母親にも相談して、もう一度何かをしなければならないと考えます。そして69歳で、ドリーミングルームという3日間の講座を始めました。
ドリーミングルームが目指したもの
ドリーミングルームは、これまで述べた「四つの人格」「インパーソナルドリーム」「1万倍の問い」「四つの選好」を中核に、経営者の中に眠っている起業家的人格を呼び覚ますためのプログラムでした。彼が数多くの経営者と関わる中で見てきた、ビジョンが不明確、日常業務に追われて長期の視点が持てない、成長が止まっている、という悩みは、マニュアル化やルール化では解決できない。夢やビジョンが明確でないことが原因だ、と彼は考えたのです。
ドリーミングルームの内容は、「あなたの中の起業家を呼び起こせ!」という書籍に詳しく書かれています。以下は翻訳者近藤さんのインタビュー記事です。
日本での展開

私がガーバー氏に初めて会ったのは2010年、彼が50回目のドリーミングルームを開催した頃です。当時、私は通販やインターネット関連のスモールビジネスを何年か経営していましたが、完全に自分の労働に依存する「職人型ビジネス」になっていました。生活には困らないものの、365日24時間営業のような状態で、これからどう成長させればよいのか見当がつかずにいました。
ドリーミングルームで語られたことは、正直、ピンとくることもあれば、そうでないこともありました。ただ、自分に完全に欠けていた考え方があることを知りました。運の良いことに、当時ガーバー氏は認定ファシリテーター制度を始めたところで、日本から来た私たちに「3日間で知ったことを日本中の経営者にも伝えなさい」と言いました。
帰国後、テキストの翻訳からウェブサイトの構築まで準備を進め、最初は4人の受講生(ほとんどが友人)からスタートしました。2011年10月には日本のマスターファシリテーターとして認定ファシリテーターを募集できるようになり、私はそれまでにやっていたことをすべて止めて、この活動に集中しました。最終的に、ドリーミングルームの卒業生は日本で300人以上、認定ファシリテーターは20人以上となり、これは世界最多になりました。
1945年、ひとつの国が生まれ変わった。
打ちのめされ、焦土から、何の希望もなく立ち上がったこの国は、その後、地球上のどんな国の人たちも信じられないほど成長した。誰がやったのか?起業家である。
誰がやったのか?あなたも名前を挙げることが出来るはずだ。
日本は起業家によって動かされる、起業家的な国だった。
その後、何かが起こり、政治家によって動かされる、
官僚的な国になった。
だから私たち全員の中にいる、
起業家を見つける必要があるのだ。それこそ、日本が抱えている問題を
マイケルE.ガーバー、2012年12月@カールスバッド
解決する唯一の道である。
ドリーミングルームの終了と、そこから学んだこと
他国での不振もあり、2015年頃、ドリーミングルームと認定ファシリテーター制度は世界的に終了しました。世界的に知名度のあるガーバー氏のプログラムが、なぜそれほど売れなかったのか。
私の考えでは、ドリーミングルームは経営者が抱える「目の前の課題」に直接応えるものではなかったからです。参加者の多くは「仕組み化の方法を教えてくれる人」というイメージで来ますが、実際には仕組み化の話はほんの一部で、経営者自身の起業家精神やビジョンを見つけることに重点が置かれていました。多くの経営者は「今、そんなことを考えている場合ではない」と感じたのだと思います。
私自身も当初は、その内容にあまり有用性を感じられませんでした。そのため、具体的な仕組み化の方法を世界中からかき集め、受講生に伝えるようにしていました。しかし今振り返ると、彼が言っていたこと、そして彼が仕組み化を伝え続ける中で感じてきたであろうジレンマ、つまり単純な仕組み化だけでは事業は成長しないということが、理解できるようになりました。
それでも、ドリーミングルームというプログラムの中でその価値を見出すのは難しいと、今でも感じています。彼が言っていることを例えるなら、「『悟り』とは何かを教えるから、悟りなさい」と言っているようなものだからです。これが難儀であることは、数千年来、宗教家が説いてきたことです。内容は正しい。しかしそれをプログラムとして提供するのは、別の難しさがある。それが私の最終的な感想であり、後述する私たちの選択の出発点でもあります。
最新の挑戦『Gerber AI』
ドリーミングルームをオンラインに移しながら活動を続けていたガーバー氏ですが、2026年6月、もう一つ新しい形に踏み出しました。「Gerber AI」です。彼のビジネス哲学とメンタリングの手法を、AI(主にClaude)に組み込んだもので、経営者がビジネスの「中」で日々の作業に追われるのではなく、ビジネス「そのもの」を構築する側に立てるよう、専属のメンターとして対話する仕組みになっています。
興味深いのはその作り方です。彼が書いた37冊の著書に加え、これまで表に出してこなかったE-Mythの教材、そして1,000時間以上に及ぶ実際のメンタリング通話の録音をもとに構築されています。さらにAIを使って心理学やNLPの観点から彼の対話の構造を分析させ、「何を語るか」だけでなく、「どう問いかけ、どう導くか」という思考のプロセスまで再現しようとしています。
たとえば「SNS運用を外注したい」と相談すると、普通のAIは外注先の探し方を返してきます。しかしGerber AIは、「なぜ外注したいのか。本当の問題は、スケジュール管理や請求の仕組みが壊れていて、あなたが日々の作業に追われていることではないか」と、根本の原因を掘り下げる問いを返してきます。「答えを与えるのではなく、根本を問う」というのは、まさに彼が生身で行ってきたことそのものです。
私たちが受け継いだもの、書き換えたもの
ここまで読んでいただければ、私たちがガーバー氏の思想をどれだけ土台にしているかは伝わったと思います。三つの人格、Work ON、仕組みは人生の目的の下に置くという順序、会社は学校であるという定義、普通を非凡に変えるという発想。これらは変えていません。
そのうえで、私たちは三箇所を書き換えています。彼の理論をもとに日本の中小企業を支援する中で、いくら彼の言う仕組みを作っても社内で機能しない、ということが起きたからです。幸いなことに、その解決策は日本にありました。
一つ目:「現場を離れろ」ではなく、「現場だけにいるな」
ガーバー氏の「Work ON business, not IN it」を、私たちは「not ONLY in it」に言い換えています。現場を知らない経営者が上から設計しても、机上の空論になります。稲盛和夫氏は創業当時、工場の現場で働き、事務所に戻って改善のアイデアを考え、また現場に戻る、ということを繰り返したと語っています。現場に入り、戻って考え、また現場に戻る。日本の経営者はそうやってきましたし、それが現実的です。
二つ目:経営者が導入するのではなく、現場が作る
ガーバー氏の原型では、経営者が設計者です。マクドナルドのように、誰がやっても同じ結果が出る雛形を上から作る。この発想は突き詰めれば、百年前の科学的管理法と同じ構造を持っています。正しい手順と統制を設計すれば、誰がやっても同じ成果が出る、という考え方です。しかし上から入れられた型は、現場から見れば押しつけにしか見えません。
私たちは仕組みを「自社独自の再現性のある仕事のやり方」と定義しました。この定義を置いた時点で、作り手は決まります。その仕事を知っているのは、その仕事をしている人だけだからです。社長は方向を定め、社員が自分たちの手で仕組みを作る。自分たちで作ったものだから反発が起きず、根づく。
実はこれは、ガーバー氏の深いところにある考えと矛盾しません。彼が「学ばれた無責任」を警戒し、システムは人を歯車にするためのものではないと言い、社員を「自分株式会社のCEO」と呼んだことを思い出してください。私たちは、彼の表層の方法論ではなく、その根にある思想のほうに忠実であろうとした結果、作り手を現場に置くことになったのです。
三つ目:目覚めを、入口の条件にしない
ガーバー氏の核心は「内なる起業家を目覚めさせよ」です。グルジエフに由来するこの思想は正しい。しかし先に述べたとおり、それは「悟りなさい」と言うのに似て、目覚めた人にしか始められない道になってしまいます。ドリーミングルームが広がらなかった理由も、ここにあると私は考えています。
私たちは順序を逆にしました。高い志も、特別な才能も、始める条件にはしません。やることは決まっています。順番も決まっています。決められた順番で、決められたことをやれば、資質にかかわらず誰でも同じ場所に着く。目覚めているかどうかは、入口では問わない。それが、仕組み経営が掲げる「社長も社員も頑張らなくていい」という言葉の意味です。
この三つがそろってはじめて、仕組み経営はガーバー氏の原型とも、世の中の「型を導入する」仕組み化とも、別のものになりました。この辺りの経緯は、以下の自己紹介ページでも述べています。
マイケルE.ガーバー氏の人物像
最後に、私から見たガーバー氏の人物像を紹介しておきます。多少失礼なことを書くかもしれませんが、彼に深く感謝していることは変わりません。
ガンコというと悪口のように聞こえますが、言い方を変えれば「哲学が明確である」ということです。私たちが日本でドリーミングルームを開催しているとき、様々なアイデアや提案をしましたが、一切受け付けてくれることはなかったと記憶しています。彼の周りには常に様々なビジネスパートナーがいましたが、その多くがいつの間にかいなくなっていました。付き合いにくい人、という印象はあながち間違っていないでしょう。とはいえ、何かを成し遂げる人とはそういうものだと思います。
ガーバー氏が欲した「仕組み化できる人」
皮肉なことに、仕組み化を世に広めた彼自身が仕組み化が得意だったかというと、そうでもないというのが事実だと思います。最初の会社を創業してわずか2年でコンサルティングの現場から離れられたのは仕組み化の成功ですが、その立役者はビジネスパートナーのトーマスでした。これは彼自身も認めています。ガーバー氏が夢を描き、トーマスがそれを現実にする。E-Myth社の成長も、元妻の活躍が大きかったはずです。私は一度だけその女性に会ったことがありますが、非常に聡明で、まさに仕組み化思考の強い方でした。
彼はおそらく、自分がドリーマーであり、その実現を助けてくれる人が必要だと認識していたのだと思います。惜しむらくは、ドリーミングルームを始めたときには、そういう仕組みづくりをしてくれるパートナーがいなかったことです。
これは彼の批判のようですが、実際のところ、私自身に言い続けていることでもあります。私も仕組み化を伝える身でありながら、ドリーマー気質、探求者気質で、人の力を借りることがなかなかできずにいました。それを自分で押さえつけて、自分のビジネスの仕組み化に取り組んでいるのです。振り返ってみると、似た者同士だな、という感想です。
私はガーバー氏の思想から独立し、それを超えるために、東洋と西洋の考え方を統合しようと取り組んできました。仕組み化された会社を増やすことによって、普通の人が成果を出し、幸せに生きられる社会を作るべく活動しています。そのような自分の人生の使命を発見できたのは、紛れもなく、マイケルE.ガーバー氏との出会いがきっかけです。
もう私がガーバー氏と会うことはないでしょうが、彼には感謝しかありません。

