起業家精神とは何か

起業家精神とは?意味と特徴、中小企業で社員が発揮する仕組み



清水直樹

「起業家精神」と聞くと、多くの方は「一部の天才的な才能を持つ人が、ゼロから画期的なビジネスを生み出す特別な力」といったイメージを持たれるのではないでしょうか。あるいは、リスクを恐れず果敢に挑戦する、特別な資質を持った人物像を思い浮かべるかもしれません。

しかし、本当にそうでしょうか。

実は「起業家精神」は、会社の規模に関係なく、中小企業の経営者にも、そこで働く一人ひとりにも発揮できるものです。そしてそれが、会社が成長し続けることと、働く人のやりがいを高めることの両方の鍵になります。

起業家精神(アントレプレナーシップ)とは、不確実な状況の中でも自ら機会を見つけ、新しい価値を生み出すために行動する姿勢のことです。

この記事では、まず起業家精神の一般的な意味と、企業家精神・社内起業家などの似た言葉との違いを整理します。そのうえで、中小企業の社長と社員が日々の仕事で起業家精神を発揮するための考え方と、そのための仕組みを解説します。

私たちが特に伝えたいのは、起業家精神は特別な才能を持つ人だけのものではない、という点です。「仕組み」を整えれば、誰もが発揮できる状態をつくれます。この考え方は、社長に依存した経営から抜け出すことにも、「言われたことしかやらない」社員が多い職場を変えることにもつながります。

起業家精神(アントレプレナーシップ)とは?一般的な意味と定義

起業家精神とは、英語のアントレプレナーシップ(Entrepreneurship)の訳語です。新しい価値を生み出すために、不確実な状況の中でも自ら機会を見つけて行動を起こす姿勢や考え方を指します。

もともとは「起業家(アントレプレナー)」が持つ資質を表す言葉として生まれましたが、現在では新しい事業を立ち上げる人だけのものではなく、既存企業の中で働く人にも求められるマインドセットとして広く使われています。日本では、2022年を境に国の政策文書でも「起業家精神」「アントレプレナーシップ教育」という言葉が頻繁に登場するようになりました。いまでは大学や高校での教育、大企業の新規事業開発、中小企業の組織づくりまで、あらゆる場面で語られています。

一般的な起業家精神は、以下のような要素を含む概念として捉えられています。

創造性とイノベーション

新しいアイデアを生み出し、それを形にする力です。既存の枠にとらわれず、革新的な発想で価値を創造しようとする姿勢を指します。

リスクテイク

不確実性の高い状況でも、成功の可能性を信じて挑戦する勇気です。失敗を恐れずに一歩踏み出す行動力と言い換えることもできます。

機会の発見と追求

変化を敏感に察知し、そこにビジネスチャンスを見出す力です。そして、その機会を最大限に活かそうと積極的に行動することです。

リーダーシップと実行力

目標達成に向けて他者を巻き込み、具体的な行動計画を立て、実行に移す力です。困難に立ち向かい、粘り強く物事を進める力も含まれます。

自己成長への意欲

常に新しい知識やスキルを学び、自分自身を成長させ続けようとする向上心です。変化に適応し、自己をアップデートしていく柔軟性も重要です。

これらの要素は新規事業の立ち上げだけで求められるものではありません。既存企業の中での新しいプロジェクトの推進や業務改善など、さまざまな場面で求められます。

起業家精神と似た言葉の違い

起業家精神と混同されやすい言葉がいくつかあります。それぞれの違いを整理しておくと、この後の話が理解しやすくなります。

「企業家精神」は、経済学者シュンペーターが唱えたイノベーションの担い手を指す言葉です。起業家精神とほぼ同じ意味で使われます。ただし、新しく会社を興すことよりも、既存の事業の中で新結合(イノベーション)を起こすことに重心があります。

「社内起業家(イントラプレナー)」は、会社に雇われながら、起業家と同じように新しい事業や改善を自発的に推進する人を指します。本記事で扱う「社員が起業家精神を発揮する」という状態は、この社内起業家に近い考え方です。

「ベンチャー精神」「チャレンジ精神」「パイオニア精神」は、挑戦する姿勢そのものを指す言葉です。起業家精神の一部分を切り出したものと考えるとよいでしょう。

なお「企業精神」と検索されることがありますが、多くは「起業家精神」か「企業家精神」の変換違いです。会社の創業時の考え方を指す場合は「創業の精神」と呼ぶのが一般的です。

いずれにしても、多くの中小企業では、「言われたことを正確にこなすこと」が重視されがちです。もちろん、それも組織運営においては必要な要素ですが、それだけでは従業員一人ひとりが持つ本来の創造性や問題解決能力が十分に引き出されません。

なぜ中小企業にこそ起業家精神が必要なのか

起業家精神というと、スタートアップや大企業の新規事業部門の話と思われがちですが、実は最も必要としているのは中小企業です。理由は大きく三つあります。

ひとつ目は、社長への依存です。中小企業では、重要な判断や顧客対応が社長に集中しやすく、社長がいなければ会社が回らない状態になりがちです。社長一人の起業家精神で会社が動いている限り、会社の成長は社長の時間と体力の上限に縛られます。

ふたつ目は、人材の戦力化です。採用しても「言われたことだけをやる」状態で止まってしまうと、人を増やしても管理の負荷だけが増えます。社員が自ら問題を見つけ、改善を提案し、行動する組織と、指示を待つ組織では、同じ人数でも生み出す成果がまったく違います。

三つ目は、事業承継です。社長の起業家精神が社長個人の中にだけ存在していると、次の世代に会社を引き継ぐ際に、事業そのものの価値が引き継がれません。起業家精神を個人の資質ではなく、会社の仕組みの中に埋め込んでおくことが、承継を成功させる前提になります。


つまり、中小企業にとっての起業家精神とは、社長が頑張るためのものではなく、社長が頑張らなくても会社が成長するためのものだと言えます。

中小企業が取り入れるべき「起業家精神」とは?一般的な定義との違い

私たちが考える「起業家精神」は、ここまで述べてきた一般的な定義とは少し視点が異なります。一般的な起業家精神が個人の資質や能力に焦点を当てがちなのに対し、私たちは「仕組み」によって誰でも起業家精神を発揮できる状態を作ることを重視します。以下にその考え方を見ていきましょう。

1.すべての人に「起業家精神」が眠っていると信じる

私たちは、「すべての人の中に起業家精神が眠っている」と強く信じています。会社の経営不振や、ひいては地域経済や国全体の停滞といった問題の根底には、この内なる力が十分に発揮されていないことがあると考えています。多くの人は、日々の業務や既存の枠組みにとらわれ、自らが持つ創造性や変革の可能性に気づいていません。

見方を変えれば、社長自身と社員一人ひとりがこの眠れる力を目覚めさせることで、会社は活力を取り戻せます。新たな成長の軌道に乗ることも可能です。それは、単に新規事業を立ち上げることだけを指すのではありません。現状をより良くしようと問いかけ、問題を解決するための新しい方法を考え出し、主体的に行動すること、そのすべてが起業家精神の表れです。この力を解放することが、個人、組織、そして社会全体の活性化につながる鍵となります。

社員の起業家精神を目覚めさせる二つの条件

では、どうすれば社員一人ひとりの起業家精神を引き出し、会社の成長へとつなげられるのでしょうか。精神論だけでは不十分で、具体的に二つの要素が欠かせません。

ひとつは、会社の使命感を明確にすることです。会社全体が進むべき方向を示す羅針盤として、「会社の使命感(ミッション)」を定義し、組織全体で共有します。

もうひとつは、人が成果を出せる仕組みを創ることです。その使命達成に向けて、特別な才能を持つ人だけでなく、「普通の人が輝けるような仕組み(システム)」を構築します。これにより、個々の従業員の主体性と創造性が引き出され、組織全体として一貫した結果を生み出すことが可能になります。

「動機や志を問う」のではなく「仕組みで引き出す」という順番が大切です。起業家精神が発揮されないのは、社員の意識が低いからではありません。発揮できる構造がないからです。そう捉えると、打ち手がまったく変わってきます(参考:内発的動機づけとは?)。

2.「職人の罠」に気づく:起業家精神を眠らせているのは社長自身

社員の話に入る前に、まず社長自身の状態を確認しておく必要があります。なぜなら、社員の起業家精神を眠らせている最大の原因が、社長自身の働き方にあることが多いからです。

マイケル・E・ガーバー氏は、中小企業の社長が陥りがちな状態を「職人の罠」と呼びました。自分の専門技術を活かして会社を始めたはずが、気づけば朝から晩まで「仕事、仕事、また仕事」に追われています。自由を求めて起業したのに、自分という最悪の上司の下で働いている。そんな皮肉な状況です。

次のような状態に心当たりはないでしょうか。

「自分がいなければこの会社は回らない」という思いを、責任感という名目で正当化している。顧客対応や実務作業に追われ、一日の終わりには何も考える余力が残っていない。会社を「改善」しようとはするが、自分がいなくても機能する仕組みを作るための時間を確保する勇気が持てない。何かをしていないと不安で、立ち止まって考える時間を自分に許せない。

これらは、あなたが無能だから起きているのではありません。ガーバー氏の言葉を借りれば、「その仕事のやり方を知っていること」と「その仕事をするビジネスの構築方法を知っていること」はまったく別の能力だからです。これを「致命的な誤解」と呼びます。

職人の罠から抜け出す第一歩は、自分がその罠にはまっていることを認めることです。そして、「ビジネスの中で働く」ことから「ビジネスの上で働く」ことへ、意識を転換することです。この転換こそが、起業家精神の始まりです。

職人・マネージャー・起業家の三つの人格

ガーバー氏は、経営者の中には「職人」「マネージャー」「起業家」の三つの人格が同居していると説きます。職人は「いかにこの作業を完遂するか」に関心があり、マネージャーは「いかに仕事を整理し秩序を保つか」に関心があります。そして起業家だけが、「いかにこのビジネスが回る仕組みを作るか」「この仕事はなぜ重要で、どんな未来を創るのか」を問います。

三者の違いは、製品の定義ひとつとっても表れます。職人は顧客に提供する商品やサービスそのものを製品と考えます。起業家は、ビジネスというシステムそのものを製品と考えます。自由の定義も、職人にとっては「誰にも命令されない自由」ですが、起業家にとっては「自分が不在でも価値を生み続ける自律」です。恐れる対象も、職人は空白の時間を恐れ、起業家は仕組みがないこと、再現性がないことを恐れます。

職人、マネージャー、起業家の人格については以下の記事で詳しく解説しています。

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3つの人格それぞれの特徴とタイプ別の傾向は、経営者の3つの人格とは?でまとめています。

3.「高い目的」を持つ

ここで重要になるのが、「高い目的」を持つことです。私が仕組み化を学んだマイケルE.ガーバー氏は、明確な「夢(Dream)」「ビジョン(Vision)」「目的(Purpose)」「ミッション(Mission)」を持つことの重要性を繰り返し説いています。これらは単なる利益追求を超えた、ビジネスが存在する根源的な「理由(Why)」です。ガーバー氏自身が起業家とは何かを語った講演は、起業家とは?ガーバーが語る起業家精神と普通の会社との違いで紹介しています。

「夢」とは、将来創り上げる会社が顧客に対して行う「約束」を意味します。この「高い目的」は、ビジネスに進むべき方向を示し、情熱を燃え上がらせ、共感する従業員や顧客を引き寄せます。

さらに、「高い目的」はビジネスを人生を豊かにするための「乗り物」と捉え、仕事に人生を捧げるのではなく、ビジネスが人生に貢献する関係性を築くための基盤となります。究極的には、次世代に価値あるものを遺す「伝説(Legacy)」を築くことにもつながります。

この「高い目的」を持つことは、「起業家」の人格と本質的に結びついています。「職人」が仕事のやり方(How)に、「マネージャー」が仕事の整理(Organizing)に集中するのに対し、「起業家」だけが、より大きな文脈の中でその仕事がなぜ重要なのか(Why)、そしてそれがどのような未来を創り出すのか(What)を問うからです。

「個人的な夢」から「非個人的な夢」へ

ガーバー氏は、起業家が最終的に目指すべきものは、個人の欲望を満たす「個人的な夢」ではなく、自分が去った後も世界に貢献し続ける「非個人的な夢(Impersonal Dream)」だと語ります。

社長が「自分が儲けたい」「自分が認められたい」という個人的な動機で会社を動かしている間は、社員はその夢に参加する理由を持てません。しかし、「この地域の後継者不足を解決する」「この業界の働き方を変える」といった、社長個人を超えた目的が掲げられたとき、社員は初めて自分の仕事をその目的の一部として捉えることができます。起業家精神が組織に広がる土台は、ここにあります。

明確に言語化された「高い目的」は、強力な競争優位性ともなり得ます。特に、単なる取引関係を超えて優秀な人材を引きつけ、顧客ロイヤルティを構築する上でその力は絶大です。価格や機能だけでは実現できない方法で、ビジネスを差別化できるのです。現代の従業員や消費者は、単なる仕事や製品ではなく、意味や価値観との一致をますます求めるようになっています。説得力のある目的は、感情的なつながりを生み出し、ロイヤルティとエンゲージメントを育みます。この目的を定義し、伝え続けることに時間を使うのは、哲学的な営みではありません。長く成功し、他社と差をつけるために欠かせない経営の仕事です。


4.顧客中心主義を根付かせる

顧客中心主義はビジネスが存在するまさに「理由」そのものです。ビジネスとは、根本的に顧客に対する「約束」を果たすために存在します。社員全員が、社長の指示に従うためではなく「顧客の夢をかなえるために」働くようになれば、主体性は自然と発揮されます。業績にも良い影響が出てきます。

商品販売からの脱却

重要なのは、単に製品やサービスを「売る」ことではなく、顧客が抱える「問題」を理解し解決すること、あるいは彼らの「願望」を満たすことに焦点を移すことです。

顧客への深い理解

成功のためには、顧客に対する徹底的な理解が欠かせません。「顧客は一体誰なのか」「彼らは何に不満(フラストレーション)を感じているのか」「彼らが本当に価値を置いているものは何か」。

カナダのオーデジー・グループのブランドン・ドーソン氏の事例は、この点を明確に示しています。オーデジー・グループは、顧客である聴覚訓練士が「診察以外の業務に煩わされている」という具体的なフラストレーションを深く理解しました。そして、彼らが本来の専門業務に集中できるよう、その他の業務をサポートする「システム」を構築することで、大きな成功を収めたのです。これは、顧客の問題解決を中心にビジネスを設計した、まさに顧客中心主義の実践例です。ガーバー氏が言うように、まるで顧客に関する博士論文を書くかのように、徹底的に顧客を理解することが求められます。

「情報」ではなく「結果」を提供する

もう一つの重要な洞察は、顧客は製品の機能や情報そのものではなく、それによってもたらされる「結果(Results)」を購入しているという点です。フェニックス大学の例がこれをよく表しています。学生たちが求めていたのは、伝統的な教育プロセスそのものではなく、「学位」という具体的な結果でした。フェニックス大学は、その結果を効率的に提供することに特化したビジネスモデルを構築し、成功しました。あなたのビジネスにおいて、「顧客が本当に求めている『結果』は何ですか」と問いかけることが重要です。

顧客中心主義と仕組みの連携

顧客が求める「結果」を理解することは、仕組みを設計するための出発点となります。仕組みは、その特定の結果を一貫して確実に提供するために構築されるべきなのです。

会社の上から働く

「会社の上から働く」とは、自分が現場で手を動かすのではなく、会社全体をどう動かすかを考え、仕組みや方針をつくって経営することです。つまり、「自分が働く」のではなく「会社が働くようにする」のが仕事、という考え方です。「会社の上から働く」の逆が、「会社の中で働く」です。両者の違いは以下の動画でご紹介しています。

顧客中心主義を根付かせるには、「会社の上から働く」という視点を必然的に要求します。「会社の中で」日々の業務に集中する「職人的経営者」は、顧客とのやり取りを場当たり的、あるいは自身のスキルベースで捉えがちです。一方、「会社の上から」働く「起業家」は、顧客体験全体を仕組みとして設計します。顧客の根本的な問題を解決し、望ましい結果を届け続けるためです。顧客を深く理解するには、日々の業務から一歩引いて観察し、調査し、分析する時間が必要です。

トレンドや分析よりも顧客

このように顧客への深い理解を徹底することは、イノベーションや意思決定における強力なフィルターとしても機能します。市場のトレンドや競合の動きに振り回されないことが大切です。戦略の中心に置く問いは「これは『私たちの』特定の顧客に、望ましい結果をより効果的に届けるのに役立つか」です。これにより、戦略的な選択が簡素化され、組織全体が顧客価値の創造に向けて一貫してリソースを投入できるようになります。

5.成長のためのエンジン:仕組みを構築する

顧客を理解したら、顧客への約束を果たし続けるために仕組みを作ることが大事です。社員は仕組みに沿うことで、顧客の夢を叶え続けることができ、それが彼らの内発的動機付けになります。

仕組み化とは?

仕組み化とは、ビジネスで行われる全ての活動について、文書化され、再現可能なプロセスを創り上げることです。それは、単にビジネスが販売する製品やサービスについてではなく、ビジネス「そのもの」を製品として構築することを意味します。目標は、誰が作業を担当しても、予測可能で一貫した結果を生み出すビジネスを創ることです。これは、成功のための「ここでは、こうやる」という運営マニュアルを作成するようなものです。

ガーバー氏が説く「起業家における5つの現実」の第一条は、「起業家はビジネスそのものを製品として捉える」というものです。ビジネスを自分自身と同一視するのをやめ、それを一つの客観的なシステムとして突き放して眺める。この視点の転換が、仕組み化のすべての出発点になります。

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なぜ仕組みが重要なのか?

仕組み化がもたらすメリットは計り知れません。

第一に一貫性です。常に信頼できる品質と顧客体験を提供できます。第二に拡張性です。社長の存在や超人的な努力に頼らずに、ビジネスを成長させられます。第三に効率性です。ミスや無駄を減らし、個人の記憶への依存をなくします。第四に社長の解放です。社長を日々の運営業務から解放し、戦略的な仕事(オン・ビジネス)に集中したり、他の関心事を追求したりする時間を与えます。第五に資産価値です。社長個人から独立した価値を持つビジネスを創り出し、売却や事業承継を容易にします。

仕組み構築の三段階:イノベーション・数値化・オーケストレーション

ガーバー氏は、仕組みを構築するプロセスを三つの段階に分けています。

最初の段階はイノベーションです。既存の「やり方」を疑い、顧客に驚きを与える新しい価値創造の方法を試作します。ここで大切なのは、大きな発明ではなく、「電話の出方を変えてみる」「見積書の順番を変えてみる」といった小さな試みです。

次の段階は数値化です。感情や勘に頼らず、イノベーションの結果を数値で捉えます。試した方法が本当に成果を上げたのかを、問い合わせ件数や成約率、作業時間といった数字で確認します。これは現実を直視し、思い込みを削ぎ落とすプロセスです。

最後の段階はオーケストレーションです。数値で裏付けられた最善の方法を、誰がやっても同じ結果が出る「仕組み」へと昇華させます。マニュアルや手順書、チェックリストの形で文書化し、全員が同じやり方で実行できる状態にします。

この三段階を繰り返すこと自体が、社員の起業家精神を育てる訓練になります。「もっと良いやり方はないか」と問い(イノベーション)、「本当に良くなったか」を確かめ(数値化)、「全員ができる形にする」(オーケストレーション)。この循環が日常業務に組み込まれていれば、社員は指示を待つのではなく、自ら改善を提案する存在に変わっていきます。

マクドナルドの事例

仕組み化の重要性を最もよく示す古典的な例が、レイ・クロックとマクドナルドの話です。マクドナルドが提供していた製品(ハンバーガー、ポテト)はごく普通のものでした。しかし、それを世界中で一貫した品質で提供するための「システム」は並外れていました。レイ・クロックはハンバーガーを発明したのではありません。それを効率的に提供する「事業の試作モデル」を完成させたのです。これは、ガーバー氏の「ごく普通のビジネスを偉大な方法で行うことによって、偉大なビジネスになる」という言葉をまさに体現しています。

才能の仕組み化

「私のビジネスは、特別な才能やスキルに依存しているから仕組み化は難しい」という反論はよく聞かれます。しかしガーバー氏は、たとえユニークなスキルであっても、プロセスに分解して他の人が学べる形にできると主張します。そしてそれは、成長のために欠かせない作業だと言います。ビジネスは、創業者個人の才能を反映するだけでなく、ビジネス「自体」が持つ才能を反映すべきなのです。これは、単なる「個人事業」を超えて、拡張可能な「ビジネス」へと移行するために極めて重要です。

フランチャイズプロトタイプの考え方

これは、たとえフランチャイズ展開するつもりがなくても、あたかもフランチャイズ化するかのようにビジネスを設計するという考え方です。この考え方に立つと、すべての業務プロセスを文書化し、標準化せざるを得なくなります。その結果、誰でも運営できる状態(ターンキーオペレーション)ができあがります。実際のフランチャイズ化の手順はフランチャイズ化とは?で解説しています。

仕組みを設計し、文書化し、改善していくことこそが「起業家」の中核的な仕事です。「職人」が会社の中で行う仕事とは、はっきり区別されます。マクドナルド(レイ・クロック)のような例は、単にハンバーガーを作るのではなく、「運営モデル」そのものを構築することに焦点を当てていたことを示しています。

仕組み化の注意点:仕組みは目的ではない

ここで一つ注意しておきたいことがあります。仕組み化を「楽をして稼ぐための自動販売機作り」と考えてしまうと、起業家精神とは正反対の方向に進んでしまいます。

マニュアルを作ること自体が目的になり、現場が「マニュアルに書いてあるからやる」「書いていないからやらない」という状態に陥ると、せっかくの仕組みが社員の思考を止める道具になります。仕組みはあくまで、顧客への約束を果たし続けるための手段であり、社員が「もっと良くできないか」と問い続けるための土台です。仕組みを作ったら終わりではなく、仕組みを改善し続ける文化を同時に育てる必要があります。


6.起業家のマインドセット:想像力、願望、そして行動を身に付ける

ビジネスをシステムとして構築し、成功へと導くためには、経営者自身の内面的な変革、すなわち「起業家のマインドセット」を育むことが欠かせません。このマインドセットは、四つの要素から構成されます。

自己認識

まず、自分が現在どの「帽子」(職人、マネージャー、起業家)をかぶっているかを客観的に認識することから始まります。「職人の罠」から抜け出す第一歩は、自分がその罠にはまっていることを認めることです。そのためには、一歩引いて自身の行動や思考の焦点を観察する必要があります。

想像力

ガーバー氏は、ビジネスにおける限界の多くは、実は「想像力の限界」であると喝破します。ウォルト・ディズニーが一匹のネズミから世界的な帝国を築き上げた例は、想像力の持つ絶大な力を示しています。社長は常に「もし〜だったら」と問いかけ、現状の制約を超えた可能性を思い描くことが奨励されます。

ディズニーの伝説的なイマジニアであるマーティ・スクラー氏は、白紙を「何かを描かなければならない恐怖」と捉えるか、「想像力をあらゆる方向に羽ばたかせ、まったく新しいものを創造できる最高の機会」と捉えるか、その違いがすべてを決めると語りました。職人は白紙を恐れます。彼らは「やり方」を知っていても「創り方」を知らないからです。起業家は白紙を歓迎します。

願望

これは、先に述べた「夢」や「ビジョン」、「高い目的」と深く結びついています。真の起業家の推進力は、特定の成果に対する深く、抑えがたいほどの願望から生まれます。この願望こそが、困難を乗り越えるための粘り強さを与えます。それは、常に語り続けるべき「ストーリーのハート」です。

行動

ビジョンや願望がいかに素晴らしくても、行動が伴わなければ何の意味もありません。ただし、それは単なる忙しい作業ではなく、戦略的な行動、すなわち仕組みの構築や計画策定でなければなりません。単に「実行して、実行して、実行して、ということを止める」ことが重要です。行動とは、システムを導入し、時には厳しい決断を下し、ビジョンと顧客からのフィードバックに基づいてビジネスモデルを継続的に改善していくことを意味します。そして、時間は有限であることを忘れてはなりません。

要素間の相互作用と挑戦

想像力、願望、そして行動は、互いに依存し合う関係にあります。強い願望(ビジョン)は、可能性を見るための想像力を刺激し、その両方が、ビジョンを実現するためのシステムを構築する戦略的な行動を動機付けます。どれか一つが欠けても、起業家の推進力は損なわれます。願望なき想像力は行動に結びつかず、想像力なき願望は現状の壁の前で立ち往生し、行動なき願望と想像力は空想に終わります。そして、願望と想像力を欠いた行動は、目的のない多忙さにつながります。したがって、起業家のマインドセットを育成するには、これら三つの要素を好循環させながら、バランスよく育む必要があります。

しかし、これを実際に行うことは、時間に追われる中小企業の社長にとって、おそらく最も困難な挑戦でしょう。それは、最も貴重な資源である「時間」を、意識的に、そして困難を伴いながら再配分することを要求します。これは、緊急性の高い日々の業務から、重要性の高い戦略的な仕事へと焦点を移すことを意味します。多くの中小企業の社長は、緊急の課題に圧倒されています。「会社の上から働く」時間を確保するには、「会社の中」の仕事の一部を断る必要があります。最初はそれがリスクの高いことに感じられるかもしれません。この時間配分の変革を促すために、外部からの支援も有効です。

7.「経験メタボ」を捨てる:初心が起業家精神を呼び覚ます

起業家精神を阻むものは、経験不足ではなく、むしろ経験の過剰であることが少なくありません。

長く同じ業界にいる経営者ほど、「この業界ではこれが常識」「前にやって失敗した」「うちの客はそんなものを求めていない」という判断を無意識のうちに下しています。知識や経験がたまるほど、新しい現実を見る目が曇っていきます。この状態を、私は「経験メタボ」と呼んでいます。

創造性に達するには、知識を足すのではなく、不要なものを捨てるプロセスが欠かせません。これを井戸掘りに例えると分かりやすいかもしれません。泥の層(過去の記憶や業界の慣習、他人の期待)を掘り進め、それらを汲み出した先にしか、純粋な起業家的衝動という清らかな水脈には到達できないのです。

そのために必要なのが「初心」です。専門知識の限界に縛られず、「なぜ、こうではないのか」という素朴な問いを立てること。過去の模倣ではなく、白紙からゼロで考えること。知識よりも直感が導く方向に従ってみること。この初心を保てていると、「突然の予見」と呼べるような、物事の本質が一瞬で見える気づきの瞬間が訪れます。

これは社員についても同じです。ベテラン社員ほど、「昔からこうやっている」という理由で改善を止めてしまいがちです。逆に、新入社員の「なぜこんなやり方なんですか」という素朴な疑問こそ、起業家精神の原石です。仕組み経営では、この疑問を潰すのではなく、改善提案として拾い上げる仕組みを作ることを重視しています。

起業家精神の実践例:徳島県上勝町「いろどり」~おばあちゃんの起業家精神が開花した奇跡~

「すべての人に起業家精神が眠っている」という考え、そして「普通の人が輝ける仕組み」の可能性を鮮やかに証明しているのが、徳島県上勝町の株式会社いろどりの事例です。人口約1400人、高齢化率50%を超えるこの小さな町で、主役となっているのは地元の「おばあちゃん」たちです。

無価値だと思われたものを売る

きっかけは1980年代、町の基幹産業だったみかんが寒波で全滅したことでした。当時、農協職員だった横石知二氏(現・株式会社いろどり代表取締役)は、代替産業を模索する中で、料理の「つまもの」(添え物の葉や花)にビジネスチャンスを見出します。山に自生するモミジや南天といった、これまで価値がないと思われていた葉っぱを商品化し、「彩(いろどり)」ブランドとして販売することを思いついたのです。

当初は「葉っぱがお金になるわけがない」「恥ずかしい」といった声もありました。横石氏は料亭に通い詰めて市場ニーズを研究し、粘り強くおばあちゃんたちを説得しました。そして、この「葉っぱビジネス」は年間売上2億6千万円に達するほどの成功を収めました。

おばあちゃんが起業家精神を発揮

この成功の鍵は、単に葉っぱを売ったことではありません。おばあちゃんたちの中に眠っていた「起業家精神」が、仕組みによって引き出されたことにあります。彼女たちは、パソコンやタブレット端末を駆使し、市場の価格や需要動向をリアルタイムで把握します。そして、どの葉を、いつ、どれだけ出荷すれば最も高く売れるかを自ら考え、判断し、行動するのです。毎朝の注文取りは早い者勝ちの競争で、おばあちゃんたちはゲーム感覚で楽しみながら参加しています。売上ランキングも公開され、それが更なる意欲向上につながっています。

「忙しゅうて、病気になっとれんわ」「死ぬまで(この仕事を)する」と語るおばあちゃんたちの姿は、年齢や経験に関係なく、誰もが目的意識と主体性を持って輝けることを示しています。

いろどりの事例から学べる「仕組み」の設計

この事例を仕組みの観点から分解すると、中小企業が応用できる要素が見えてきます。

まず、情報が全員に開かれていることです。市場価格や需要が誰でも見られるから、「自分で判断する」ことが可能になります。情報が社長の頭の中にしかない会社では、社員は判断のしようがありません。

次に、結果が即座に見えることです。出荷すれば翌日には売れたかどうかが分かり、ランキングで位置づけも分かります。自分の判断と結果がつながると、人は自然と工夫を始めます。

そして、参加の自由度です。いくら出荷するか、どの葉を選ぶかはそれぞれが決めます。強制ではなく選択できるからこそ、ゲームとして楽しめます。

株式会社いろどりの事例は、内に秘めた起業家精神を目覚めさせ、それを支える「仕組み」を構築することの価値を物語っています。それは個人の生きがいにも、会社の成長にも、地域全体の活性化にもつながりました。

中小企業で起業家精神を育てるための実践ステップ

ここまでの内容を、自社で実践するための順番に整理します。

最初にやるべきは、社長自身の時間の棚卸しです。一週間の仕事を「会社の中の仕事」と「会社の上の仕事」に分類してみてください。ほとんどが「中の仕事」で埋まっていることに気づくはずです。まずは週に数時間でも、「上の仕事」のための空白を確保します。


次に、会社の使命と顧客への約束を言語化します。「私たちは誰のどんな問題を解決するために存在するのか」を、社員が自分の言葉で説明できるまで繰り返し伝えます。

三番目に、社員が判断できる情報を開示します。売上、利益、顧客の声、改善の結果。いろどりのおばあちゃんたちがそうだったように、情報があって初めて人は判断できます。

四番目に、改善提案を拾い上げる仕組みを作ります。「なぜこのやり方なのか」という疑問を、イノベーション・数値化・オーケストレーションの循環に乗せる場を設けます。週一回の改善会議でも、提案用紙一枚でも構いません。

最後に、仕組みを文書化し、誰でも実行できる形にします。良い改善が属人化せず、会社の資産として蓄積されていく状態を作ります。

この順番を守れば、特別な才能を持つ人を採用しなくても、今いる社員の中から起業家精神が立ち上がってきます。

起業家精神についてよくある質問

起業家精神は生まれつきのものですか?

いいえ。一般的には先天的な資質と思われがちですが、私たちは「すべての人に眠っている」と考えています。いろどりの事例が示すように、70代、80代の方でも、仕組みが整えば起業家精神を発揮します。問題は資質の有無ではなく、発揮できる環境があるかどうかです。

社員に起業家精神を求めると、離職や独立につながりませんか?

この懸念はよく聞きます。しかし、実際には逆のことが起きます。自分の判断が結果につながり、会社の目的に貢献している実感がある職場は、定着率が高くなります。離職が起きるのは、起業家精神を発揮したのに評価されない、提案しても何も変わらない、という状態が続いたときです。

起業家精神と仕組み化は矛盾しませんか?

「マニュアル通りにやらせること」と「自分で考えさせること」は矛盾するように見えますが、仕組みの捉え方が違います。仕組みは思考を止める道具ではなく、顧客への約束を確実に果たすための土台です。土台があるから、その上で「もっと良くするには」を考える余裕が生まれます。仕組みがない会社では、毎日の火消しに追われ、改善を考える時間そのものがありません。

起業家精神がある人には、どんな特徴がありますか?

よく挙げられるのは「決められたやり方を疑う」「問題を見つけたら自分から動く」「失敗を学びの材料として扱う」の3つです。ただし、これを採用の基準にするのはおすすめしません。同じ人でも、提案が歓迎される職場では発揮し、提案が無視される職場では発揮しなくなるからです。特徴を持つ人を探すより、特徴が表に出てくる環境を先につくるほうが確実です。

社長の起業家精神と、社員の起業家精神は同じものですか?

向きが違います。社長の起業家精神は「どんな会社をつくるか」という会社全体の設計に向かいます。社員の起業家精神は「自分の担当範囲をどう良くするか」という改善に向かいます。社長が社員に「もっと起業家らしく」と求めてうまくいかないのは、この2つを混同して、社員に会社全体の設計まで求めてしまうときです。社員に渡すべきなのは、判断してよい範囲と、判断のよりどころになるコアバリューです。

起業家精神を測る指標はありますか?

直接測る指標はありません。代わりに、社員からの改善提案の件数、提案が実際に仕組みに反映された割合、社長が不在でも判断が進む業務の割合などが使えます。これらが増えていれば、組織に起業家精神が根付き始めている証拠です。

結論:起業家精神の発揮で、普通の人が非凡な成果を生み出す

以上、本記事では、一般的に語られる「起業家精神」とは一線を画す、私たちの考える起業家精神についてお伝えしてきました。

多くの人が考える起業家精神とは、「リスクを取って事業を興すこと」「他人に頼らず自分の腕で稼ぐこと」といった、いわば「現場に立ち続ける強い個人」の姿かもしれません。

しかし、私たちが重視するのは、その先にある「仕組みを通じて、会社を自律的に成長させる力」です。

社長が現場で働き続けるのではなく、自分の代わりに働いてくれる「仕組み」を持った会社を創るべきだということです。そしてその仕組みは、社長一人の起業家精神を複製するためのものではなく、社員一人ひとりの中に眠る起業家精神を目覚めさせるためのものです。

これによって、「普通の人が輝ける会社」、そして「社長自身の人生の目標にも貢献できるビジネス」を創ることができます。

こうした考え方を日本の中小企業経営に落とし込み、実践の道筋として整理したのが、私たちが提唱する「仕組み経営」です。

仕組み経営とは、ガーバー氏の原理原則を出発点としつつも、日本人の価値観や文化に根ざした、より実践的で持続可能な経営思想と方法論です。

理念・組織図・職務定義・人事制度・数値指標・マニュアル・改善プロセスといった構成要素を通じて、会社を「社長がいなくても働く存在」に変えていきます(参考:自律型組織とは?)。

あなたがもし今、「忙しいのに売上が伸びない」「人が育たない」「自分ばかりが働いている」と感じているなら、それは社長が「会社の中で働いている」状態です。次のステージへの鍵は「会社の上から働く」状態をつくることです。会社という仕組みによって価値を生み出す体制を整えることを指します。

私たちは、その道のりを「仕組み経営」という考え方で支援しています。自分の代わりに働く会社をつくりたい、自社の社員がもっと主体的に動く組織をつくりたいという方は、以下から「仕組み化ガイドブック」をダウンロードしてご覧ください。


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