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新・家元制度/サクセスナビゲーター提唱者 前田出様インタビュー

今回のレポートは、新家元制度を提唱したことで有名な前田出さんです。

 

前田出さん詳細プロフィール:

一般社団法人 協会ビジネス推進機構会長
神戸山手大学 現代社会学部観光文化学科客員教授
社会に良いことをしながら、儲かる仕組みを作る。協会ビジネスⓇ提唱者

「夢実現」を応援するコミュニティリーダー「サクセスナビゲーター」を1000名、夢応援拠点を200か所作ろうと新たなプロジェクトを始めました。「好きを仕事にしよう!」をテーマに、13年間で47,000名のを養成。楽習フォーラム はホビークラフトで最大のコミュニティーとなった。結婚式のブーケを押し花にする事業部門で年商1億円超の主婦、ビーズの認定講師として、カルチャー教室で年商4000万円のカリスマ主婦を誕生させる。ホビークラフトで作り上げた認定講師が活躍する仕組みをビジネスモデルとして、2007年より他の業態に「新・家元制度®」を提唱。2008年よりビジネス業界に「新・家元制度」を提唱。著名な著者達が協会を設立し、新たなビジネスモデルを構築。10年間で200協会の設立に関わり、年商3000万円超えが70協会、うち年商1億円超えの協会が24協会。

2歳と5歳の子供を持つ主婦が、4年で認定講師を6000名育成した協会。企業研修で1年間で10万名超え受講を実施した協会。5年で年商5億円超えの協会等の成功事例が多数。2020年までに年商1億円超の200協会設立を目指す。

 

関連ウェブサイト:

http://www.maeda-izuru.com/

http://best-life-academy.net/

 

前田さんは協会ビジネスを推進する協会ビジネス推進機構を立ち上げたことで知られていますが、現在はそのビジネスを息子さんに承継され、新しい仕組みとしてサクセスナビゲーター®を提唱されています。(上記ウェブサイト参照)

今回のインタビューでは、

・これまでのキャリアをどう積み上げてこられたか、

・新しいビジネスモデルをどう発想するのか?

・人を巻き込むためには?

・これから求められるコミュニティとは?

・うまくいく社長の共通点

などをお伺いしています。

ぜひ以下からご覧ください。

 

 

清水

皆さん、本は読んでるか、読んでなくても知ってると思うので、今日はなるべく本に書いてないところをお伺いしたいなと思ってます。最初に、何度もお話されてると思うんですけど、今までどういうキャリアでこられたか、何を考えてそのキャリアを選んだかをお伺いできればと思ってます。

 

前田さん

サクナビ(後述)を63歳で始めたときに、自分の人生振り返ってみたら、10年ごとに仕事を大きくシフトしてて、そのシフトした業界の中で一番になるとか、ポジショニング取ろうということを考えてた。

自分のポジショニングをどこに取るか?が最初に考えることで、このポジショニングでこういう絵が描けるよねとか。その外枠作りが一番得意なので、枠を作り上げて、その中に専門家が入ってくれて動き出す仕組みを作る。

大学出てすぐに、前田商店っていう実家の黒板屋さんに入って、23才から33才ぐらいまでやってた。だから、年収が140万とか、月収が10万ぐらいで10年間ぐらいやってて、そのときにミュージカル劇団をやった。ミュージカル劇団は小椋佳さんに曲を書いてもらって、10年間で10万人動員して、アマチュア劇団で初めて全国ツアーをやったりとか、厚生年金の大ホールで公演したりとか、そういう特殊な劇団のプロデュースとキャストをやってた。

 

清水

なぜ劇団と関わり始めたんですか?

 

前田さん

結婚して、仕事はそんなに一生懸命する気なかったので、何か他にすることないかなと思って。やったことないけど面白そうと思って劇団に入った。劇団に入って、やり出したらミュージカルで面白かったので、知ってもらうためにどうしようかと。

和歌山でやっても全然認められなかったんで、全国から逆輸入しようという発想で、東京でやったりとか、雑誌に出たりとか、テレビに取り上げられるにはどうしたらいいかっていう発想をしてた。小椋佳さんに曲書いてもらうのが大きなブランドになるし、小椋さんのブランドあったらいろんな展開できるということでアタックしたら、うまく曲を書いてもらえた。

そのあと、和歌山が元気ないので、和歌山まちづくりを始めた。建築家たちと一緒にまちづくりを始めるっていうことで、KJ法とか経営に関するいろんなものを、この時のまちづくりで建築家たちから学んだんだよね。

ちょうどそのときに、先輩がレコードと本の店の全国展開をフランチャイズでやり出した。最終的に120店舗で200億ぐらいまでいって、レコードでは日本で3位の売上になったんだけど、そのフランチャイズ展開をやるプロデューサーとして僕が入って、全国に10坪~150坪ぐらいの店を展開していった。

そのあと選挙のプロデュースに関わって、知事選とか、国会議員の選挙とか、市長選、県会議員まで、大きいのから小さいのまでいっぱいやった。

選挙で一番面白いのは、3月1日に投票日があるとしたら、その時点で1票でも負けてたら終わりということ。たとえば、他のものだと、開店日のときに調子悪くても、1ヶ月後とか2ヶ月後に回復できる。ただ選挙って、「あと10日あったら勝ってたよね」って話は全然なくて、ここで負けたら終わり。選挙ほど締め切りがきっちりしてるものないんだよ。

いま逆算思考って言ってるけど、選挙は、この締め切りまでに1票でも上にいくっていう戦略を作らないとだめ。

そんな感じで人を動かすっていうこと、演じる舞台をやってきたこと、まちづくりで自治体と関わってきたこと。振り返ってみると、年収が低かった頃にやったいろんなことがすべて協会ビジネスに生きてきた。点を紡いでいったらこうなったと。

 

清水

スティーブ・ジョブズ的な感じですね。このときは、まだ前田商店に所属しながらっていうことですか?

 

前田さん

そう。だから、ほとんど仕事よりもプライベートのほうが忙しかった。

それからアイシーエスという会社を作ったのが33才か34才ぐらいのとき。10年間やりたいことやってきてそろそろ金儲けしようということで、フランチャイズのプロデュースとか店づくりとかっていうのをいろいろやってた。

40才になるぐらいに押し花をプロデュースしてブームになって33億円ぐらいまでいってたね。全体で100億円ぐらいの会社だったんだけど、押し花で33億円くらい。

そこから43才ぐらいでコロネットっていう会社を作ったんだよね。コロネットがだいたい8~9億円ぐらいでずっと推移してた。社員が20人ぐらい、派遣さん入れて30人。もともと30以上にしないっていうのでスタートしたので。

 

清水

めちゃくちゃ儲かるビジネスですね。

 

前田さん

そうだね、利益率はけっこう高いモデル。その会社を2012年、58才のときに売却して協会ビジネスを推進機構にして、息子に譲ったのが、2年前かな。

だからアイシーエスという会社を作ったのが33才、コロネット作ったのが43才、その会社売却して、53才のときに協会ビジネスで黄色い本出して、今、その協会ビジネスを息子に譲った。だから10年単位ぐらいで変わってきてると。

 

清水

会社売却した理由は、やっぱりキャリアを変えていこうっていう考えがあったからですか?

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