この記事では坂本路子氏のコーヒー事業「LITA coffee」の仕組み化についてご紹介します。
坂本路子氏はもともとマイケル・ガーバーの認定ファシリテーターであり、今では私たち一般社団法人日本アントレプレナー学会の評議員でもあります。
その坂本氏が立ち上げたlita coffeeについての事例発表を「仕組み経営サミット2025」でしていただきましたので、その内容についてお届けします。
イントロダクション
12、3年ほど前、清水さんにご紹介いただき、マイケル・E・ガーバーさんのプログラムに参加した際に思い描いた夢がありました。
その長年の夢であった「仕組み化」に、ようやく去年の春から取り掛かることができました。本日は、私たちがどのような仕組みを作ってきたのか、その過程の全てをお話ししたいと思います。
私たちの取り組みは、仕組み化の基本である「守破離」を忠実に守って進めています。すでに完成しているものから、現在テスト段階のものまで、私たちの仕組みづくりの全貌をご紹介します。
本日、会場でコーヒーを淹れてくれているスタッフをはじめ、来られるメンバーは全員ここに集まっています。私たち「lita coffee」は、九州や東京、そして海外など、普段は離れた場所で仕事をしていますが、今日はこのメンバーで構成されています。どうぞ気軽に声をかけてください。
私たちの考える「仕組み化」とは
「仕組み化」と聞くと、「機械的で、マニュアル通りに人間を動かすもの」「経営者にとっては都合が良いもの」といった、少し冷たいイメージを持たれることが少なくありません。
しかし、私たちが目指す仕組み化は全く違います。それは、私たちが叶えたい夢やビジョンを実現するための「手段」です。仕組みを通じて届けたいのは、その先にある「人を支える」という想いです。
これは、私たちのような福祉事業所に限らず、あらゆるビジネスに共通することだと考えています。
【スタッフ 北野氏より】lita coffeeが向き合う課題
(lita coffee 北野氏) 皆様こんにちは。会場でコーヒーを淹れておりました、スタッフの北野と申します。 私は一般財団法人日本アントレプレナー学会の理事を務める傍ら、横浜でITの会社を経営しています。10年ほど前に清水さんと出会い、「社長が3ヶ月不在でも会社が回るようにしなさい」という言葉を実践した結果、自分の時間ができました。その時間で何か社会問題の解決に貢献したいと考えていたところ、福岡で障害者の就労継続支援B型事業所を運営している友人と出会いました。
そこで、障害を持つ方々をITエンジニアに育成するという活動を始めたのです。
障害者雇用の厳しい現実
皆さんは、就労継続支援B型事業所で働く方々の平均工賃(賃金)がいくらかご存知でしょうか。この令和の時代にあっても、月給の全国平均は約1万7,000円です。私はこの現状を何とかしたい、せめて私の初任給と同じくらいの17万円、つまり10倍に引き上げたいという強い想いを持って活動しています。
障害と一言で言っても、その特性は一人ひとり全く異なります。むしろ、記憶力が非常に優れていたり、特定の分野で驚くべき専門性を発揮したりと、非常に尖った才能、いわゆる「凸凹」を持った方々が多くいます。その個性を強みとして活かし、輝ける場所を作ることが重要だと考えています。
私たちが福岡市で運営に関わっている「つなぐコミュニティズ」では、障害を持つ方や貧困家庭の子供たちにスキルを学ぶ機会を提供し、地域の活性化に繋げる活動をしています。具体的には、コーヒー豆の販売のほか、私の専門であるITエンジEアリングや、AIに学習させるためのデータ作成(アノテーション)、ECサイトの運営サポートなど、多様な仕事を生み出しています。一人ひとりの才能が花開くような環境づくりに、これからも関わっていきたいと思っています。
【坂本氏】LITA coffeeの仕組み化ストーリー
(坂本氏) 北野の話にもあったように、私たちは活用されていない才能を掘り起こすという、大変なことに挑戦しています。だからこそ、しっかりとした「仕組み化」が不可欠なのです。業務の効率化や属人化の防止はもちろん、これまで見過ごされてきた才能を発掘・育成し、誰もが安定して成果を出せるようにすること。さらには、スタッフのふとした思いつきやアイデアが、次の仕組みづくりのヒントになるような、創造的な副産物を生み出すことも目指しています。
1. すべての原点「ストーリー」から仕組み化する
では、私たちはどこから仕組みづくりを始めたのか。それは、私たちの「創業ストーリー」を言語化するところからでした。
私たちの物語は、一人の自閉症の青年から始まります。彼はコーヒー焙煎にだけ興味があり、その話をする時だけ心を開くものの、社会との繋がりを持てずに引きこもっていました。しかし、彼は決して一人でいたいわけではなく、社会と繋がりたいという気持ちと、それができない自分とのギャップに苦しんでいました。
一方、私と北野さんは、以前から知り合いではありましたが、お互いがコーヒー好きであることは知りませんでした。ある日、久しぶりにお茶をした時に初めて「コーヒー」というキーワードで繋がり、意気投合したのです。北野さんから「坂本さんの家の近くに、コーヒーでビジネスをしたいという福祉事業所があるんだけど、会ってみる?」と誘われたのが始まりでした。
この偶然のような出会いが、実は必然であったと後で気づくことになります。私たちは、この創業ストーリーを、これから困難に直面した時にいつでも立ち戻れる「原点」と位置づけています。物語は、私たちの仕組みの出発点なのです。
2. 「こだわり」を仕組み化する
次に、私たちが「これだけは譲れない」という「こだわり」を仕組み化しました。
こだわり①:品質へのこだわり「ハンドピック」
コーヒー豆には、カビ豆や虫食い豆といった「欠点豆」が混ざっていることがあります。これらは味を損なうだけでなく、健康に害を及ぼす可能性も指摘されています。私たちは、この欠点豆を手作業で一粒一粒、徹底的に取り除く「ハンドピック」にこだわっています。
この地道な作業は、驚くほどの集中力を発揮する障害を持つ方の特性に非常に向いています。誰が作業しても安定した品質を保てるよう、独自のルールやマニュアル、トレーニング動画(YouTubeで公開)を用意し、高品質なスペシャルティコーヒーとしてお客様に届けられる仕組みを整えました。
こだわり②:人の成長を支える「成長ステップ」
ここでの経験が、一人ひとりの確実な成長と自信に繋がるよう、明確な「成長のステップ」を設計しました。
- 選別トレーニング
- 焙煎トレーニング
これらのステップをクリアしていくことで、着実にスキルアップできる道筋を示しています。将来的には、ステップをクリアするごとにコインが貯まる「リタコイン」のような、ゲーム感覚で成長を楽しめる仕組みも考えています。 「仕組み=マニュアル」ではありません。こうした成長を支える仕組みがあって初めて、マニュアルが活きてくるのです。
こだわり③:仕事の流れを可視化する「なんちゃってかんばん方式」
トヨタの「かんばん方式」を参考に、日々の業務の流れを可視化するボードを導入しました。これにより、「誰が」「何を」「どこまで進めているか」が一目瞭然になります。急な欠員が出た場合でも、このボードを見れば誰もがヘルプに入ることができ、業務が滞りなく進みます。この改善も、スタッフが日々、地道な作業を続けてくれているおかげです。
こだわり④:時空を超える「ツール活用」と「カルチャー」
私たちは、チャットツールやタスク管理ツールを駆使することで、九州・東京・海外と、メンバーがどこにいても一緒に仕事ができる環境を整えています。
しかし、ただツールを導入すれば良いわけではありません。そのツールが機能するための土台となる、**「正直さ」や「寛容さ」といった共通の価値観(コアバリュー)**が何よりも重要です。私たちのチャットには、「つれづれエグサ」という雑談チャンネルがあり、日々の気づきやアイデアを気軽に共有できる風土があります。この風土があるからこそ、ツールが本当の意味で活きてくるのです。
ティール組織の要素を取り入れた、自律型組織への挑戦
私たちはさらに、自律型組織である「ティール組織」の要素を部分的に取り入れ、仕組み化を進めています。 (注意:ティール組織を目指すこと自体が目的ではありません。自社の文化や目的に合わないのに無理に目指すと、組織は崩壊します。私たちは、自社の文化を壊さない範囲で、有効な要素をポイント的に導入しています。)
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振り返りの仕組み(KPT法) 四半期ごとに、ステークホルダー全員で「KPT(Keep/Problem/Try)」というフレームワークを用いて振り返りを行います。付箋を使いながら「継続すること」「課題と向き合うこと」「挑戦すること」を可視化することで、感覚的な会議に陥らず、次のアクションを明確にしています。
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協奏の仕組み(外部コラボレーション) 外部の企業様と積極的にコラボレーションしています。例えば、イベントに呼んでいただく際に、私たちの活動をその企業様のCSR(社会的責任)活動のアピールとして活用していただく、という仕組みです。
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自律性を促す仕組み(ホラクラシー的アプローチ) 組織図から役割を決めるのではなく、「lita coffeeが機能するために必要な役割(ロール)は何か?」を全員で洗い出します。そして、その役割に対して「私やります」「そこできます」と、各自が自律的に手を挙げて担当を決めていきます。これにより、一人ひとりが当事者意識を持って組織に関わる「自律型」の文化が生まれます。
仕組みを定着させる「リタ・ウェイ」7つのステップ
私たちが仕組みを導入し、組織に定着させるために独自に考案したのが「リタ・ウェイ」という7つのステップです。
- ビジョン形成:私たちが叶えたい夢を、誰もが見える形にする。
- 仕組みの洗い出し:ビジョンを動かすために必要な仕組みを全員で考える。
- 風土の設定:リーダーが中心となり、目指す組織の風土を明確にする。
- 文化の醸成:設定した風土が、日々の活動を通してチームの文化として育まれるのを待つ。
- 仕組みの設置:文化が育ってきたタイミングで、新しい仕組みを「導入します」と知らせる(まだ動かさない)。
- 行動の明確化:その仕組みを動かすために、具体的にどんな行動が必要かを明確にする。
- 実装とフィードバック:仕組みを動かし始め、出てきた課題に対してフィードバックを受け、再調整を繰り返す。
このサイクルを回し続けることで、仕組みが組織に根付いていくと考えています。
未来へ向けて
今後は、個人の価値観と組織の価値観をすり合わせる「ティール組織マップ」などを活用しながら、価値観と仕組み化の融合をさらに進めていきたいと考えています。
私たちの事業名にある「つなぐコミュニティズ」の名の通り、私たちはコーヒーを介したコミュニケーションで、人と人、人と社会を「つなぐ」ことを目指しています。
私たちの活動は、Instagramでも発信しています。ぜひフォローして、私たちの仕組み化の挑戦を見守っていただけると嬉しいです。
私たちがなぜこの活動をしているのか。その原点を突き詰めると、「コーヒーを通じて、世界を優しい場所にする」という想いにたどり着きます。この夢に立ち返りながら、これからも仕組み化の道を歩んでいきたいと思います。
いつか皆様を、私たちの「lita coffee」にご招待できる日を楽しみにしています。 本日はありがとうございました。