三方良し

近江商人「三方良し」の起源と意味や経営における使い方



清水直樹

「三方良し」という言葉を知っている人は多いと思います。今日はあまり知られていないその起源や実際に経営で活かす方法についてみていきましょう。

動画でも解説しています。

三方良しの意味や起源

「三方良し(さんぼうよし、さんぽうよし)」とは、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」、つまり売り手の都合だけで商いをするのではなく、買い手が心の底から満足し、さらに商いを通じて地域社会の発展や福利の増進に貢献できるのがよい商売であるという、近江商人(江州商人)の心得を表した言葉です。

近江商人は「三方良し」とは言っていない?

「三方良し」の原典は長らく明らかではありませんでしたが、末永國紀同志社大学教授らの調査により、宝暦4年(1754年)に近江国神崎郡石場寺村(現在の滋賀県五個荘町石馬寺)の麻布商、中村治兵衛(法名宗岸)が残した書置(遺言状)「宗次郎幼主書置」であることが確認されています。

三方良しの起源とされる「宗次郎幼主書置」

その書置11条には以下のような文章があり、これが「三方良し」の起源だとされています。

たとえ他国へ行商に出かけても、自分が持参した商品を、その国の人々が皆気分よく着用してもらえるように心掛け、自分のことばかりを思うのではなく、まずお客のためを思って、一挙に高利を望まず、何事も天道の恵み次第であると謙虚に身を処し、ひたすら行商先の人々のことを大切に思って、商売をしなければならない。そうすれば、天道にかない心身ともに健康に暮らすことができる。自分の心に悪い心が生じないように、神仏への信心を忘れないこと。地方へ行商に出かけるときは、以上のような心構えが一番大事なことである。このことをよく心掛けることが一番である。

現代文出典:吉田實男(2010).『商家の家訓』清文社

つまり、「三方良し」とは、近江商人であった中村治兵衛が口にした言葉ではなかったのです。

中村治兵衛とは?

書置を遺した中村治兵衛は中村家6代目、中村治兵衛家2代目の当主に当たります。中村治兵衛家初代となる源右衛門が、年貢負担の軽減のため近国から麻苧(あさお)を仕入れ、それを村人に配布して麻布の生産を始めました。中村治兵衛は家業を受け継ぎ、信州に行商し、帰路、麻を買い入れ、やがて他国産の綿も東方地方に行商することになり、それが「江州持ち下り商人」の起こりであると言われています。

近江麻布は著名な国産品となり、商売は信用を得て成功します。その後、長男に3代目治兵衛(宗壽)に家督を譲りますが、延亨4年(1747年)に3代目宗壽が34歳で亡くなったため、孫娘の妙寿に養子宗次郎を迎え、4代目中村治兵衛(宗哲)を継がせています。

三方良しの言葉の誕生

実際に「三方良し」という言葉が近江商人の理念として登場するのは、近江商人の研究者であった小倉榮一郎滋賀大学教授が昭和63年(1988年)に出版した『近江商人の経営』が最初で、それまでは広く認知された言葉ではありませんでした。『近江商人の経営』の中で小倉榮一郎は「有無相通じる職分観、利は余沢という理念は近江商人の間で広く通用しているが、ややむずかしい。もっと平易で『三方良し』というのがある」と述べています。

三方良しは順序が大事?

この「三方良し(売り手良し⇒買い手良し⇒世間良し)」という言葉、「売り手良し」が最初にくることに違和感を抱いた方もいらっしゃると思います。ビジネスにおいて、われわれはどうしても「お客さまファースト」「お客さまの満足に貢献することが使命である」といったイメージに囚われがちになってしまいます。

永続しなければ買い手も世間も良くならない

それ自体は決して間違いではないのですが、中村治兵衛をはじめとする近江商人は、「まず自分たちが豊かに(幸せに)なること、それができなければお客さまも社会も豊かにすることはできない」という理念を掲げ、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」という順序で表現したわけです。

ですから、皆さんの事業が一時的な成功ではなく、永続的に豊かであり続けるためには、「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」という順序は非常に大切であると理解しなくてはいけません。

 

三方良しを経営理念に取り入れている例

三方良しは多くの経営者に影響を与えていますが、そのまま経営理念に取り入れている会社はそこまで多く無いようです。

伊藤忠は三方良しを経営理念に

伊藤忠商事の創業者で近江商人でもあった伊藤忠兵衛は、「三方良し」の哲学を色濃く反映した「商売は菩薩の業、商売道の尊さは、売り買い何れをも益し、世の不足をうずめ、御仏の心にかなうもの」という言葉を座右の銘としていました。

現在でも伊藤忠グループは、「三方良し(三方よし)」の精神を企業理念として掲げています。具体的には「自社の利益だけでなく、取引先、株主、社員をはじめ周囲の様々なステークホルダーの期待と信頼に応え、その結果、社会課題の解決に貢献したいという願い。『三方よし』は、世の中に善き循環を生み出し、持続可能な社会に貢献する伊藤忠の目指す商いの心です」と説明しています。

ホンダにおける三方良しの使い方

ホンダもまた「三方良し」の精神を経営に取り入れていますが、ホンダの創業者、本田宗一郎はこれを自社向けに「つくって良し」「売って良し」「使って良し」とアレンジしています。

従来の「三方良し」と比較して特徴的なのが「つくって良し」という部分ですが、これはメーカーならではの考え方で、「商品やサービスの品質が良く、仕入先・取引先・地域社会・環境にも貢献できるものをつくろう」ということです。

この考え方は、ホンダが掲げる基本理念である「三つの喜び(買う喜び・売る喜び・創る喜び)」にも強く結び付いています。

 

「三方良し」を掛け声だけにせず、体現する仕組み

三方良しを知っていても、それを経営にどう活かすかを意識している人は少ないのではないでしょうか。そこでここでは、三方良しを掛け声で終わらせず、実際に体現する仕組みにしていく方法を見ていきましょう。

「売り手良し」を体現するには?

「売り手良し」とは、自社の事業が、提供している価値に見合う十分な利益が出せることを意味します。会社の経営において、永続的に事業を継続していくためには、利益を生み続けなければいけません。そのために次のような仕組みが必要になります。

値決めの仕組み:適切な利潤を確保する

冒頭で説明したように、地域社会の発展や福利の増進に貢献するためにも、適切な利潤を確保し続けなくてはいけません。そのために、自社の商品やサービスを差別化し、提供する価値にふさわしい価格設定をします。値決めは経営と言われている通り、値決め次第で会社は繁栄もし、崩壊もします。値決めの方法にはいくつかのパターンがありますが、以下の記事で解説していますので合わせてご覧ください。

値決めは経営。価格設定のパターンと高い値付けでも売れる商品の特徴を完全解説。



営業の仕組み:理想の顧客に販売する

良い顧客を対象にするのは商売の基本だと言えます。良い顧客は、自社の商品に正当な価値を見出してくれます。自社の商品やサービスにこだわりがあり、質の高さに自信があれば、彼らはそれに対する対価を認め、高い値段でも買ってくれるわけです。また、世の中には残念ながらなんにでも難癖をつける人もいます。そういった顧客を対象にすると、社員が疲労し、ストレスが溜まり、最終的には離職してしまう可能性もあります。そうならないためにも、自社にとって理想の顧客像を定義し、彼らに向かって販売する仕組みを整えることが必要となります。

営業の仕組み化で気合と根性から抜け出す方法

社員満足度を高める仕組み

良い顧客を対象に商売をすることで、クレームが減る、手間がかからないなど、社員のストレスが減って社員満足度が高まるというメリットもあります。これは「従業員エンゲージメント(会社と社員の一体感)」の向上にも一役買うことになります。従業員エンゲージメントが高まることが顧客サービスにつながり、会社の継続的なファンが増え、収益性も上がるということは数々の事例が証明しています。

従業員エンゲージメントとは?その意味から高める方法まで。

 

「買い手良し」を体現するには?

「買い手よし」とは、自社の商品やサービスが顧客の利益につながることを意味します。簡単に言えば、顧客の満足度をどれだけ高められるかということです。ただし、「品質を重視する顧客」と「価格を重視する顧客」がいるように、顧客ごとにそれぞれの価値観がありますので、それを理解することが大切です。

高い品質

品質が良いというのは、単に顧客から「良い商品」と言われるだけでは十分ではありません。他の誰よりも優れたものを、一貫性を持って、顧客に約束したものを約束した通りに届けることで高い品質という評価が確固たるものになるわけです。言うまでもなく、高い品質を保つことはビジネスを運営し続けることそのものであり、競争優位性そのものであり、事業が成長するために欠かせないものとなります。

適切な値段

自社の商品やサービスに対する適切な値段を決めるためには、まず顧客が喜んでくれる値段を知らなくてはいけません。そのためには当然、顧客がどのような価値や結果(成功)を望んでいるのかを把握する必要があります。さらに、その値段で実際に商品やサービスを提供できるような経営努力をしなくてはいけないわけですから、そこには経営者の人格すべてが現れると言っても過言ではありません。

顧客体験を最高なものにする

顧客体験とは、顧客が自社の商品やサービスに興味を持ち、その商品やサービスを利用するまでの一連の体験のことです。最高の顧客体験を提供できれば、顧客と信頼関係を築け、自社の支持者になってもらうことができます。最高の顧客体験を達成できた顧客は、自社の継続的なファンとなり、自社に代わって友人や家族、同僚に宣伝してくれるようにもなります。

顧客の満足度を測定する

顧客満足度調査に使われている指標に「CES(カスタマーエフォートスコア)」と「NPS(ネットプロモータースコア)」というものがあります。CESとは「顧客がいかに努力せずに問題を解決できたか、結果を得ることができたか」を測り、NPSは「顧客どれくらい自社の商品を他の人に紹介したいと思っているか」を測ります。もちろん両者はリンクしていて、CESが高い会社はNPSも高くなる傾向があります。

顧客努力指標(カスタマーエフォートスコア)とは?感動サービスやおもてなしを止めたほうが会社は儲かる。

 

「世間良し」を体現するには?

「世間良し」とは、自社の顧客ではない他者や社会にも貢献することを意味しています。実は、近江商人の行商というビジネスモデルがこの「世間良し」という言葉を生んだとも言えます。つまり、縁もゆかりもない地方に出向いて信頼されるためには、自分たちの商売が世間の役に立っており、地域へ貢献するためにやっているという姿勢を見せ続ける必要があったのです。他者性を意識しながらも商いを拡大させていくという彼らの思想が、この言葉に凝縮されているわけです。

世間における自社の存在意義とは?

経営理念とは、企業の存在理由や価値観を明確に表現したもので、その中にミッション(何を行うか)・ビジョン(どこを目指すか)・バリュー(どのように実現するか)が含まれています。ここまではよく知られているのですが、新たに「パーパス」という概念にも注目が集まっています。これは「何のために自社は存在するのか」という存在意義のことで、経営理念と近い概念ですが、より社会とのつながりを強く意識したものです。最近では、経営理念の代わりにこのパーパスを掲げる企業も多くなっています。

 

まとめ:三方良しを掛け声で終わらせない

「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」というのは日本人の国民性に非常に親和性の高い考え方であると言えますし、「Win-Win」と似たイメージもあって耳触りの良い言葉でもあります。

しかし、利益を求めて顧客や社員のことを顧みない、あるいは顧客を優先するあまり利潤が低い、さらには社会をないがしろにして、曖昧なイメージのまま「三方良し」の掛け声だけが先行して終わってしまうようでは、事業の継続は望めません。

「三方良し」の実現のためには、理想の顧客像の設定・社員満足度の追求・高い品質の維持・価格設定の精査・顧客満足度の測定など、多岐にわたる具体的な仕組みづくりが必要となります。今一度、自社にとっての「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の詳細な定義を見直し、自社の存在意義の実現に向けた仕組みづくりへと動き出してみてはいかがでしょうか。

なお、仕組み経営では今申し上げたような、自社の理念に基づく仕組みづくりをご支援しています。詳しくは以下の仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。

>仕組み化ガイドブック:企業は人なりは嘘?

仕組み化ガイドブック:企業は人なりは嘘?

人依存の経営スタイルから脱却し、仕組みで成長する会社するための「仕組み化ガイドブック」をプレゼント中。

CTR IMG