見て覚えろ、見て覚える、は意外と正しい。

「仕事は見て覚える」は意外と正しい? – 背中で教える経営哲学


清水直樹

「見て覚えろ」――。この言葉を聞くと、一昔前の職人気質や、説明を省略した非効率な指導を連想されるかもしれません。現代の経営においては、明確な指示やマニュアル化、仕組みによる効率化が重視される傾向にあるのは事実です。

しかし、果たして「見て覚えろ」は完全に時代遅れの考え方なのでしょうか?

実は、この「背中で教える」というアプローチには、言葉やマニュアルだけでは伝えきれない、組織の根幹を成す価値観や文化、高度な技術や判断力を継承していく上で、極めて重要な知恵が隠されています。

経営者であるあなたの日常業務における判断、顧客への対応、困難な状況での振る舞い。これらはすべて、社員にとって最も強力な「学びの機会」となり得ます。あなたが意識しているかどうかに関わらず、その「背中」は常に組織の方向性を示し、社員の成長に影響を与えているのです。

本記事では、「見て覚える」ことの本質的な価値を深掘りし、その光と影を理解した上で、現代の組織づくりにどう活かしていくべきか、経営者の視点から考察します。


目次

なぜ「見て覚える」という考え方は残り続けるのか?

「見て覚えろ」という指導法が根強く残ってきた背景には、言語化が難しい知恵や技術を伝承する必要性がありました。

徒弟制度と職人文化の合理性

かつての職人の世界では、師匠の技はまさに「見て盗む」ものでした。言葉で説明できる部分は限られ、弟子は師匠の一挙手一投足から感覚や身体知として技術を習得しました。これは、再現性を担保しつつ、個々の創意工夫も促す、ある種の合理的なシステムでした。

暗黙知の伝承という核心

経営学でいう「暗黙知」、つまり経験に基づき言語化が難しい知識やノウハウ(熟練者の勘、コツ、タイミング、場の空気の読み方など)は、言葉やマニュアル(形式知)だけでは伝えきれません。これらは、実際に優れた実践者の行動を観察し、模倣する中でしか体得しにくいのです。この暗黙知の継承こそ、「見て覚えろ」の核心的な価値と言えます。

文化的土壌:「以心伝心」の価値観

日本には古来、「多くを語らずとも伝わる」「背中を見て学ぶ」ことを美徳とする文化があります。これが「見て覚えろ」という指導法を支える一因となってきた側面も否定できません。

「見て覚える」ができない時代?

しかし、「見て覚えろ」には明確なデメリットやリスクも存在します。これらを理解せず安易に用いることは、むしろ成長を阻害し、組織に悪影響を及ぼしかねません。

非効率性と再現性の低さ、属人化

学習に時間がかかり、習熟度に大きな個人差が生じます。結果として、特定の個人にしかできない業務が増え、組織全体の能力が安定せず、事業継続上のリスクともなる「属人化」を招きます。

誤解や我流、間違った学習の危険性

指導者の意図が正確に伝わらず、表面的な模倣に終始したり、誤った方法を自己流で習得したりする可能性があります。一度定着した悪い癖の修正は困難です。

モチベーション低下と心理的安全性への懸念

十分なサポートやフィードバックがない環境は、学習者を不安や孤立に陥らせ、モチベーションを著しく低下させます。自由に質問したり、失敗を恐れずに試したりできる心理的な安全性が確保されていなければ、「見て覚える」ことは機能しません。

ハラスメントとの境界線

最も注意すべき点です。具体的な指導や説明責任を放棄し、「見て覚えろ」と突き放す行為は、単なる指導放棄であり、パワーハラスメントと認定される可能性があります。責任転嫁や丸投げの言い訳として使われるケースも後を絶ちません。

【失敗する典型パターン】

  • 指導者自身が、自身の持つノウハウや思考プロセスを言語化する能力・意欲に欠ける。
  • 指導者と学習者の間に、信頼関係や尊敬の念が構築されていない。
  • 「見て学ぶ」ための十分な時間や機会(観察、模倣、試行錯誤)が与えられていない。
  • 観察後のフィードバックや質疑応答の機会がない、あるいは形式的なものになっている。
  • そもそも指導者自身が、「見て学ぶ」に値する模範となる行動を示せていない。

「見て覚えろ」で「価値観」と「姿勢」を伝達する

「見て覚える」ことは、単に作業手順を習得することに留まりません。より深いレベルで、仕事に対する真摯な姿勢、困難な状況への対処法、そして会社が真に大切にしている理念や価値観といった、目には見えないけれども極めて重要な要素が、リーダーの行動を通じて自然と伝わっていくのです。

もちろん、マニュアルによって手順(How)を明確に伝えることは可能です。しかし、その仕事が持つ「意義(Why)」や、「プロフェッショナルとしてのあるべき姿(Be)」といった本質的な部分は、文字だけで深く理解させることは困難でしょう。

経営者の「三つの顔」:それぞれの背中で見せる

経営者は、組織内で多様な役割を演じています。ここでは特に重要な「職人」「マネジャー」「起業家」という三つの側面から、あなたの「背中」が社員にどのような学びを提供しているかを見ていきましょう。

社員はリーダーの背中から見て覚える

なお、これら3つの人格については以下の記事で詳しく触れていますので、合わせてご覧ください。

関連記事

『どんな事業を始めればいいのだろうか?』これが本当に起業家的な質問なんだ。」マイケル・E・ガーバー語録 vol.2 https://youtu.be/lfK1BefB5u0?si=SZ_BF1GTAl3oEXeU […]

どんな事業を始めるか?

1.「職人」としての社長の背中:こだわり

まず、ご自身の専門分野や現場の仕事で見せる「職人」としての姿です。

社員が見ているのは、こんなところ

社長が持つ深い知識や確かな技術、品質に対する並々ならぬこだわり。「ここまでやるか!」という細部への気配り。そして何より、仕事に対する真剣な姿勢や情熱です。

例えば… ソフトウェア開発会社の創業者が、どんなに忙しくても自らコードをチェックして、品質に一切妥協しない姿を見せ続ける、といった場面です。

社員はここから、こんなことを学びます

o 「これがプロの仕事のレベルなんだ」という基準の高さ
o どうすれば正確に、そして効率よく仕事を進められるか
o 品質に対するプライドと、それを守る責任感
o 難しい課題にも、粘り強く取り組む姿勢
o 常に自分のスキルを磨き続けようとする向上心

2.「マネジャー」としての社長の背中:判断基準や考え方

次に、組織を運営し、チームをまとめていく上での「マネジャー」としての姿です。



社員が見ているのは、こんなところ

普段、社長がどのように物事を判断し、何を優先しているのか。問題が起きた時に、どうやって解決策を見つけ出していくのか。チーム全体をどのように動かしているのか。メンバーとどんな風にコミュニケーションを取っているのか。プレッシャーがかかる場面でも、どれだけ冷静でいられるか。
o 例えば… 小売店の店長が、クレームを受けた際に、まずスタッフの話をしっかり聞き、冷静に事実を確認してから対応策を決める、という一連のプロセスを見せる場面です。

社員はここから、こんなことを学びます

o 「なるほど、こういう基準で物事を判断するんだな」という考え方
o 自分だけでなく、チームや組織全体を見る広い視野
o 問題が起きた時の、うまい解決の進め方
o 周りとのスムーズなコミュニケーションの取り方
o 感情的にならず、落ち着いて判断する力
o 誰に対しても公平で、言うことがブレないリーダーとしての態度

3.「起業家」としての社長の背中:情熱と覚悟

そして、会社の未来を切り拓いていく、「起業家」としての姿です。

社員が見ているのは、こんなところ

社長が会社の将来像(ビジョン)を熱く語る姿。変化を恐れずに新しいことにチャレンジする勇気。時にはリスクを取ってでも決断する潔さ。失敗してもそれを糧にして立ち直る強さ(打たれ強さ)。世の中の流れやチャンスを見抜く目。逆境の中でも諦めずに粘り強く進む力。こうした挑戦し続ける姿勢は、社員自身の「自分も何かを成し遂げたい」「もっと成長したい」という想いを刺激し、自ら学び挑戦しようという意欲(志)を引き出す大きな力にもなります。

例えば… アパレルブランドの社長が、市場の変化に合わせて事業の形をどんどん変えていく。過去の失敗も隠さずに、「あれは間違っていた」と率直に認め、すぐに次の手を考える姿勢を見せる場面です。

社員はここから、こんなことを学びます

o 未来の目標を描き、周りの人を巻き込んでいく力
o 先が見通せない中でも、覚悟を持って決断する勇気
o 失敗から学び、それをバネにして前に進む力
o 変化に柔軟に対応していくしなやかさ
o 新しいチャンスを見つけ出すアンテナの高さ
o どんな困難にもくじけずに立ち向かう、諦めない心

「見られて覚えられてしまう」ことを知れ

最後に、もう一つ強調しておきたいことがあります。 それは、「見て覚えろ」とあなたが意図して何かを伝えようとする場面以上に、あなたの日常の何気ない言動、判断、あるいは無意識の癖までもが、常に社員に見られているという事実です。そして、良くも悪くも、彼らはそこから何かを学び取り、影響を受けています。

つまり、あなたが「教えよう」と思っていなくても、常に「見られて、覚えられてしまう」危険性と隣り合わせなのです。もし、あなたの言動に一貫性がなかったり、掲げる理念とは異なる行動を取ってしまったりすれば、それはあなたが意図しないネガティブなメッセージとして組織に広がり、不信感や間違った文化を生み出す温床となりかねません。

意識しているかどうかに関わらず、あなたは常に周りの人々をトレーニングしています。これはリーダーとして大きな責任であると同時に、彼らを成長させる喜びでもあるのです。あなたの「背中」が、次世代のリーダーを育てる教科書となることを心に留めて、日々の経営に取り組んでいきましょう。

「見て覚える」文化を育み、社員が成長する会社を作る方法

これまでの内容を踏まえ、「見て覚える」ことを定着させて、社員の成長につなげる方法を見ていきましょう。

1.「見られている」自覚を持ち、意図的に手本を示す

自身の言動が常に社員の学びの対象となっていることを意識します。特に重要な場面では、思考プロセスや判断の背景を可能な範囲で言語化し、共有することを心がけましょう。(例:難しい交渉に社員を同席させ、「今日の交渉では、相手の反応を見ながら提案内容を調整する点に注目してほしい」と事前に伝える)

2.「振り返り」の場を設け、対話を通じて理解を深める

観察しただけでは誤解や解釈の違いが生じます。定期的に振り返りの場を設け、「さきほどの判断の意図は?」「あの場面で何を考えていたか?」といった対話を通じて、行動の背景にある思考や価値観を共有することが重要です。(例:週に一度「背中の振り返り」タイムを設け、質問を受け付ける)

3.失敗体験とその克服プロセスも隠さず共有する

完璧な姿ばかりを見せる必要はありません。むしろ、**「失敗から立ち直る姿」こそが、最も価値ある学びを提供します。**自身の判断ミスや挫折経験を率直に認め、そこから何を学び、どう修正したかを見せることで、「失敗は学びの機会である」という健全な文化が醸成されます。弱さを見せられるリーダーは、社員にとってより身近で共感できる存在となります。(例:大きな商談に失敗した際、経営者がその事実と原因分析、対策を社員に共有する)

4.多様な経験・観察の機会を戦略的に提供する

社員があなたの様々な側面を見られるよう、意識的に機会を創出します。(例:通常は参加しないレベルの会議への若手の抜擢、部門横断プロジェクトの推進、ジョブローテーションの実施)

5.「観察のポイント」を具体的に示唆する

特に経験の浅い社員には、何に注目して観察すべきかを具体的に伝えることが有効です。(例:「この提案書では、顧客の潜在ニーズをどのように引き出し、解決策に結びつけているかを見てほしい」)

「見て覚える(暗黙知の継承)」と「丁寧に説明する・仕組み化する(形式知化)」の組み合わせ

「見て覚える」は重要ではありますが、教育の再現性を高めるためには、言語化・マニュアル化・仕組み化といった「形式知」への転換も不可欠です。

基礎知識・基本スキルの習得段階

初心者には、まず体系的な知識や標準的な手順を明確に教える必要があります。基礎がないまま高度な実践を見ても、効果的な学習は望めません。

個々の学習スタイルの違いへの配慮

人によって得意な学習方法は異なります。視覚優位、聴覚優位、実践重視など、多様な学習スタイルに対応できるよう、複数のアプローチ(説明、実演、質疑応答、実践機会)を用意することが望ましいです。

複雑な概念や抽象的な思考の伝達

経営理念や長期戦略といった抽象度の高い概念は、行動だけで伝えるには限界があります。これらは、言語化し、対話を通じて時間をかけて理解を深めていく必要があります。

以上のように、組織の状況、教える内容、対象者のレベルに応じて、両者を柔軟に使い分ける視点が経営者には求められます。

まとめ:「見て覚える」は社長も社員も成長させる

これまで見てきたように、「見て覚える」文化は、単に社員が一方的に学ぶだけのものではありません。実は、社長自身の成長をも力強く後押しする、双方向の成長エンジンなのです。

社員は、社長の「背中」(職人・マネジャー・起業家としての姿)から、マニュアルだけでは得られない実践的な知恵や仕事への価値観、挑戦する姿勢を学び取り、自律的な成長を遂げていきます。

一方で社長も、常に「社員に見られている」という意識を持つことで、自身の言動を客観的に振り返り、掲げる理念や目標に対する一貫性を自ら問い直す機会を得ます。また、「見せる」ことを前提に自身の考えや技術を整理しようとすることで、自己理解が深まり、指導者としての力量も向上するでしょう。

そして何より、自身の「背中」を見て社員が成長していく姿は、経営者にとって大きな喜びであり、さらなる自己成長や挑戦へのモチベーションとなるはずです。

このように、「見て覚える」文化は、社長と社員が互いに影響を与え合い、刺激し合いながら、共に成長していく好循環を生み出します。この「共に成長する」という価値を理解し、「見て覚える」機会を意識的に組織の中に育んでいくことが、会社全体の持続的な発展に繋がるのです。



なお、仕組み経営では、これらの考え方をもとに、人が成長する仕組みづくりをご支援しています。詳しくは以下から仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。

>仕組み化ガイドブック:企業は人なりは嘘?
仕組み化ガイドブック:企業は人なりは嘘?
>

人依存の経営スタイルから脱却し、仕組みで勝手に成長する会社するための「仕組み化ガイドブック」をプレゼント中。

CTR IMG