ルールを守らない人の特徴と心理|職場で守らせる方法と定着の仕組み



清水直樹
決めたはずのルールが守られない。同じ人が何度も同じことを繰り返す。そんな悩みを抱える経営者や管理職の方は少なくありません。本記事ではルールを守らない人の特徴と心理を整理したうえで、その裏にある会社側の原因と、ルールを職場に定着させる方法をご紹介します。

なお、他によくある仕組み化の悩みについてはこちらの仕組み化の全体像のページでご紹介しています。

ルールを守らない人の7つの特徴

まず、実際に守られていない現場でよく見られる特徴を挙げます。ここで一つだけ先にお伝えしたいことがあります。特徴として現れるものの多くは、本人の性格ではなく会社側の設計で説明がつきます。それぞれの特徴の下に、裏側にある会社の問題を並べました。

1. そもそもルールを知らない

いちばん多い特徴です。決めた本人たちは全員に伝わったと思っていますが、会議に出ていない人、その後に入社した人には届いていません。悪意はまったくありません。

裏にある会社側の問題は、ルールの置き場所が決まっていないことです。どこを見れば現在有効なルールの一覧が分かるのか。この問いに即答できない会社では、知らない人が出続けます。

2. 目的が分からないまま従っている

言われたから一応やっているだけの状態です。忙しくなると真っ先に省かれます。本人にとって、その作業は成果と結びついていないからです。

裏にある問題は、ルールに「なぜ」が書かれていないことです。手順だけが書かれた文書は、忙しい日に守る理由を持ちません。

3. 守ると自分の仕事が終わらない

意外に多いのがこの型です。ルールどおりに進めると時間が足りなくなる。それでも成果の締め切りは変わらない。本人は板挟みになり、静かにルールのほうを外します。

裏にある問題は、ルールを増やしたときに仕事の量や締め切りを見直していないことです。守ると損をする構造が残っているかぎり、意識に訴えても行動は変わりません。

4. 守らなくても何も起きないと知っている

一度守らなくても誰も何も言わなかった。その経験があると、そのルールは事実上なくなります。周囲もそれを見ています。

裏にある問題は、守られなかったときにどうするかを決めていないことです。罰を決めるという意味ではありません。誰が気づき、誰が声をかけるのかが空欄になっている、ということです。

5. 上司や社長が守っていない

これがあると、他のすべての対策が効かなくなります。仕組みや決まりごとが作られても、社長や管理職などのリーダーが守らなければ完全に形骸化します。

裏にある問題というより、これは原因そのものです。あとの章で詳しく扱います。

6. ルールが多すぎて覚えられない

問題が起きるたびにルールを一つ足してきた会社で起こります。数十個に増えた時点で、全部を覚えている人は誰もいなくなります。結果として、その日の気分で守る対象が選ばれます。

裏にある問題は、ルールを足す仕組みはあるのに減らす仕組みがないことです。増えたまま放置されたルールは、守らない人を量産します。

7. 過去に守って損をした経験がある

ルールどおりに報告したら叱られた。手順どおりに進めたら遅いと言われた。こうした経験が一度でもあると、人はルールより上司の顔色を見るようになります。

裏にある問題は、ルールと評価が食い違っていることです。ルールを守った行動が評価されない会社では、ルールは建前になります。

7つのうち、本人の資質の問題と言えるものは一つもありません。すべて会社側で直せます。守らない人を探して指導する前に、この7つのどれに当てはまるかを確認してください。

ルールを守らない人の心理

特徴の裏側にある心理も整理しておきます。ここを理解しておくと、対処の順番を間違えなくなります。

「自分は例外だ」と考えている

自分の仕事は特殊だから、自分は経験があるから、という理由でルールの外に立とうとする心理です。属人化をわざとする人にも共通する考え方です。ベテランや成績の良い人に多く見られます。本人に悪気はなく、むしろ会社のためだと考えていることさえあります。

損得を計算している

守る手間と、守らなかったときに起こることを天秤にかけている状態です。前の章の3番と4番が重なると、この計算は必ず「守らない」に傾きます。人は計算を間違えているのではありません。会社が示した条件どおりに正しく計算しています。

決めた人や決め方への不信がある

現場に相談なく決まった。決めた人が現場を知らない。こうした感情があると、ルールの中身とは無関係に抵抗が生まれます。「また上からの指示か」という反応は、内容ではなく決め方への反応です。

悪気なく忘れている

もっとも多く、もっとも軽視されがちな心理です。意志の弱さではありません。思い出すきっかけが業務の流れのなかに置かれていないだけです。

これら四つに共通するのは、心理を変えようとしても直らないという点です。変えるべきなのは、その心理が生まれる条件のほうです。忘れる人には思い出す仕組みを、損得で計算する人には計算結果が変わる条件を用意します。

ルールが定着しない、守られない根本原因

ルールが守られない背景には、表面的な問題だけでなく、組織の深い部分にある原因が関わっています。マニュアルが活用されない理由と重なる部分も多くあります。以下で、主な原因を具体的に見ていきましょう。

「なぜ」が伝わっていない

ルールが定着しない大きな原因は、そのルールの「目的」や「背景」が全員に伝わっていないことです。ルールを作る際に理由や意義を説明しないと、社員はその重要性を理解できません。たとえば「毎日報告書を提出する」といったルールでも、なぜそれが必要なのかを知らされていなければ面倒に感じ、守らなくなってしまいます。意味を感じられないルールは、ただのノルマで終わってしまいます。


強制的なトップダウン

ルールが一方的に押しつけられ、社員がその導入に対して反発することもよくあります。「また上からの指示か」と感じられてしまうと、社員が心から納得して動くことは難しくなります。上からの強制ではなく、なぜそのルールが必要なのか、どうして全員が協力しなければならないのかを理解してもらうことが大切です。

アイデンティティとの不一致

組織の価値観や文化とルールが一致していないと、社員は違和感を覚え、ルールを守りたくなくなります。たとえば「お客様第一」を掲げている会社で「効率を優先して電話対応を最小限に」というルールがあったとしたら、社員はその矛盾に気づき、「本当にお客様第一なのか」という疑問を抱きます。組織の価値観とルールが合致しないと、守られることはありません。

短期的な行動変容だけを求めている

ルールの導入で求めるべきは、単に行動を変えることではなく、深い価値観の変化です。表面的にルールを守っているだけでは、時間が経つとまた元に戻ってしまいます。たとえば挨拶を徹底しようと決めても、心のこもっていない挨拶では意味がありません。その背後にある価値観や目的が理解され、社員が納得して自発的に行動することが重要です。

フォローアップが不足している

ルールを導入した後のフォローアップが不十分だと、定着しません。ルールを守っているかどうかをチェックし、実際に効果が上がっているのか、改善が必要な点がないかを確認することが求められます。また、ルールに対する評価やフィードバックも重要です。社員が努力していることを認め、称賛することで、ルールは次第に組織文化として根付いていきます。

理念と仕組みがつながっていない

もう一つ、根の深い原因があります。理念とルールが別々に存在している状態です。仕組み経営でご相談を受けるとき、次のような話をよく聞きます。

  • 業務のマニュアル化をしよう。その結果、使われない立派なマニュアルができた
  • 職務分掌で責任を明確にしよう。その結果、縦割り組織になり他責の文化ができた
  • 社内ルールを明確にしよう。その結果、形骸化し続けるルールができた

これらに共通する原因は、会社の理念と仕組みが連動していないことです。理念と仕組みの組み合わせは四つに分かれます。どちらも無い状態は「無法地帯」で、各人が勝手に振る舞います。ルールだけがあって理念が欠けている状態は「官僚主義」です。形式主義に陥り、本来の目的を見失います。理念だけがあって仕組みが無い状態は「精神論」で、理想は掲げられるものの実行方法がありません。

ルールが形骸化する会社の多くは、この「官僚主義」の側に寄っています。目指すのは理念と仕組みが融合した状態です。理念が仕組みに生命を吹き込み、仕組みが理念を現実のものにします。具体的な進め方は経営理念の浸透方法で解説しています。

ルールを守らない人への対処法

特定の個人が守らない場合の進め方です。順番を守ってください。いきなり最後の手順から入ると、たいてい関係だけが悪くなります。

手順1:本人に事実だけを確認する

「なぜ守らないのか」と聞くと、人は防御に入ります。聞くのは事実です。いつ、どの場面で、どうしたのか。そして「守ろうとしたときに、何が邪魔になりましたか」と尋ねます。この聞き方だと、時間の不足や手順の不備といった本当の理由が出てきます。

手順2:守れない理由を三つに分類する

出てきた理由を次の三つに分けます。

  • 知らなかった:伝達と置き場所の問題です。会社側で直します
  • できなかった:時間、道具、権限のどれかが足りていません。これも会社側で直します
  • やらなかった:知っていて、できる状況で、選ばなかった場合です。ここで初めて本人の話になります

実際に分類すると、多くの案件が上の二つに入ります。三つ目に入るものは思ったより多くありません。

手順3:ルール側を直すか、基準を明文化するかを決める

上の二つに入ったものは、ルールか業務量のほうを直します。三つ目に入ったものは、守るべき基準と、守られなかったときに誰がどう扱うかを文書にします。文書にする理由は罰するためではありません。次に同じことが起きたとき、対応が担当者の性格で変わらないようにするためです。

手順4:それでも守らないときの扱いを先に決めておく

三回目まで同じことが続いたらどうするか。誰が話をするか。これを事前に決めておきます。決めていないと、現場は見て見ぬふりをするか、感情的な指摘をするかのどちらかになります。どちらも組織を痛めます。

そして、決めた基準は例外なく適用します。成績の良い人だけが例外になると、ルールはその日に効力を失います。

アイデンティティベースの習慣形成とは

aomic habits

ここからは、ルールを定着させるための考え方をご紹介します。『アトミック・ハビット』の著者であるジェームズ・クリアは、人が行動を変えて習慣を定着させるには3つのレベルがあると説明しています。それは以下の3つです。

アイデンティティベースのルール

  • まず最初の「結果レベル」というのは、何を達成したいかです。たとえば「売上を10%アップさせたい」「クレームを減らしたい」といった目標そのものです。ここではゴールに注目しています。
  • 次に「プロセスレベル」は、どんな行動をとるかです。たとえば「毎日営業日報を出す」「5W1Hを意識して報告する」といった具体的な行動やルールがここに該当します。
  • そして最も深いのが「アイデンティティレベル」です。これは自分たちはどんな人間でありたいのか、どんな会社として在りたいのかという存在意識に関わるものです。

アイデンティティベースのルール

たとえば、こんな違いがあります。

売上を上げるために「クレームがあったら即報告しろ」というルールをつくっても、社員にとっては面倒な義務にしか映りません。これは結果レベルとプロセスレベルだけでルールを導入している状態です。

一方で「私たちはお客様の期待を超えるサービスを追求する会社である。だからクレーム情報は全員で共有し、すぐに改善につなげるべきだ」という考え方が前提にあると、報告の意味がまるで違ってきます。ここには社員一人ひとりの行動の背景に「私たちはこういう会社なんだ」という意識があります。

このように、ルールが定着しない、あるいは守られない大きな原因は、「なぜこのルールが必要なのか」「このルールを守ることが自分たちの存在とどう結びついているのか」が社員に伝わっていないことにあります。

ルールを行動として定着させたいなら、その前に「私たちは何者か」「どんな組織でありたいのか」を明確にして、社員がそこに共感できる状態をつくることが必要です。

ルール定着のための「アイデンティティベース」アプローチ

では実際にどうやって守られるルールを創ればいいのかを見ていきましょう。

STEP1:組織のアイデンティティを明確にする

まず最初に取り組むべきは、「自分たちは何者なのか」という問いに正面から向き合うことです。これは、ただ企業理念を再確認するという話ではありません。現場のメンバーも含めた全員が参加し、自分たちの組織が大切にしていること、誇りに思っていること、今後どうありたいのかを語り合う場を設けることが大切です。

そのためには、ワークショップという形式が効果的です。経営層と現場が垣根なく対話し、「お客様から感謝された経験」や「仲間と困難を乗り越えた瞬間」など、感情のこもった実体験を共有するなかで、組織が大切にしている価値観が浮かび上がってきます。


そのなかからキーワードを抽出し、「私たちは〇〇する組織である」という文章を3〜5個程度にまとめます。言葉の整え方はミッション・ビジョン・バリューの作り方が参考になります。これが組織のアイデンティティの土台になります。ただし、これは一方的に決めて押し付けるものではありません。いったん案を持ち帰って各部署で共有し、「本当に自分たちを表しているか」を確認し、違和感があれば修正します。最終的に全員が「これが私たちだ」と納得できるものに練り上げることが大切です。

言葉にしたアイデンティティは、単なるスローガンではなく、視覚的にも意識できるような工夫が必要です。イメージやシンボルを用いてオフィスのなかに掲示し、日常的に目に触れるようにします。

ここで大切なのは、かっこよさや理想を追い求めるのではなく、メンバーの心に響くリアルな言葉であることです。そして最初から完璧なものを目指すのではなく、これから育てていくつもりで取り組むことです。経営層自らがそのアイデンティティを体現する覚悟も欠かせません。

STEP2:アイデンティティから必要なルールを導き出す

アイデンティティが明確になったら、次はそれを実際の行動につなげるステップです。「私たちはこういう組織でありたい」と言葉にしただけでは、現場の行動は変わりません。日々の仕事のなかでどのような行動がそのアイデンティティに沿っているのかを明らかにする必要があります。

具体的には、「このアイデンティティを実現するために、私たちはどんな行動をしているべきか」をチームで話し合います。そのとき、具体的な場面や状況をイメージしながら、抽象的な言葉を行動に落とし込んでいくことが重要です。

次に、その行動を自然に行えるようにするためのルールを検討します。ここで注意すべきは、「〜してはいけない」「〜しなければならない」といった強制的なルールではなく、「〜するために、こういう仕組みを持つ」という目的を伴ったルールにすることです。

すべてのルールを一気に導入するのではなく、重要度や現場での実現可能性に基づいて優先順位を決め、まずは3〜5つの核となるルールから始めましょう。そして、それぞれのルールがなぜ必要なのかを明文化します。この「なぜ」が明確でないと、現場では「また上から押し付けられた」と受け取られてしまいます。

ルールを実践するための方法も具体的に決めておきます。チェックリストやテンプレートなど、日々の業務で自然に使える形にすることがポイントです。現場で無理なく取り入れられるものでなければ、定着しません。

STEP3:小さな成功体験を積み重ねる

ルールを決めたら、いきなり全社展開するのではなく、まずは一部の部署やチームで試験的に始めてみましょう。前向きなメンバーが多いチームからスタートすることで、うまくいく確率が高まります。

試行期間は2週間から1ヶ月など、比較的短い期間で設定するとよいでしょう。完璧に実践することが目的ではなく、どれだけ実際にやってみたか、どんな課題が見つかったかに注目します。

「70%できれば成功」といった現実的な成功基準を設け、小さな前進を実感できるようにします。そして、そのなかでうまくいった事例や工夫をチーム内で共有し、称賛する文化を育てていきます。

うまくいかなかったことは、責めるのではなく学びの材料として活用します。定期的な振り返りの時間を設けて課題と改善案を出し合い、柔軟にルールや方法を調整することで、制度の質も高まります。

経営層もこの試行に参加し、現場と同じ目線で取り組むことが重要です。一緒に取り組んでいるという一体感が生まれ、組織全体の信頼関係が深まります。

STEP4:仲間の力を活用する

行動を継続するためには、個人の意志だけに頼るのではなく、仲間との支え合いが欠かせません。そこで、チーム単位で「私たちはこの行動を大切にする」という約束をつくることが効果的です。

また、チーム内でペアを組んでお互いに実践状況を確認し合う仕組みを取り入れたり、定期的に「困っていることはないか」「どう支援できるか」を話し合う機会を設けたりすることで、孤立を防ぎ、実践を継続しやすくなります。

良い実践をしているメンバーを代表者として認定し、その工夫や行動を全社的に共有することも有効です。さらに部門を超えて実践事例を交流することで、多様な視点からの学びが生まれます。

新しく入社したメンバーに対しては、受け入れの過程でアイデンティティとルールを伝えるプログラムを組み込みましょう。先輩社員が相談役となり、実践方法を具体的に教えることで、自然と文化が受け継がれていきます。

この段階で大切なのは、協力の文化を育てることです。競争ではなく、全体としてどう成長するかに重きを置く姿勢が求められます。先輩が教えるだけでなく、新人からの気づきを受け入れる柔軟な態度も欠かせません。

STEP5:環境をデザインする

行動の継続には、環境の影響も大きく関わります。行動を促進するような環境の整備を並行して行いましょう。

まず、アイデンティティやルールを視覚的に表現し、オフィスの目につく場所に掲示します。見える場所にあるだけで、意識しようという気持ちが自然と生まれます。

また、日々の行動を支える道具や設備も使いやすく配置し、行動を妨げる要因を減らしていきます。

デジタル環境では、チャットや案件管理の道具に通知を設定し、ルールの実践を自然に促す工夫が必要です。進捗状況や達成度を見える化する画面を用意するのも有効です。

さらに、業務の流れそのものにルールを組み込むことで、「守るべきこと」ではなく「自然にそうなる」状態をつくり上げていくのが理想です。いちばん強い定着策は、守らないと次の工程に進めない形にしてしまうことです。意志や記憶に頼らずに済みます。

このように、アイデンティティから始まり、それを支える行動、ルール、仲間、環境まで一貫して整えていくことで、ルールは単なる決まりごとではなく、自分たちがこうありたいからこそ行うこととして自然に根づいていきます。

アイデンティティベースのルールの成功例:リッツ・カールトンの取り組み

リッツ・カールトンの組織文化の中心にあるのが「私たちは紳士淑女に奉仕する紳士淑女である」という明確なアイデンティティです。これは同社が世界共通で掲げているモットーです。


これは社員一人ひとりの在り方、自己認識の根幹を表す言葉です。この一文には「私たちは自分自身を尊厳ある存在と捉え、お客様も同様に尊厳ある存在として接する」という深い意味が込められています。

アイデンティティから生まれたルールや仕組み

リッツ・カールトンは自分たちのアイデンティティを体現するためのルールや仕組みを創り上げ、高品質なサービスを生み出しています。

1. ゴールド・スタンダード

リッツ・カールトンでは、アイデンティティを具体化した「ゴールド・スタンダード」という行動指針を作成しています。これには「クレド」(信条)、「モットー」、「3ステップサービス」、「サービスバリュー」という要素が含まれています。

特に「サービスバリュー」は12の具体的な行動指針となっており、たとえば「問題の所有者になる」「お客様のニーズを先読みする」といった内容が含まれています。

重要なのは、これらが上から押し付けられたルールではなく、「紳士淑女」というアイデンティティから自然と導き出される行動だという点です。社員はルールだから従うのではなく、「自分はそういう人間だから、自然とそう行動する」という動機で実践しています。

2. 2,000ドルの権限委譲

リッツ・カールトンで特に有名な仕組みが、全スタッフへの「2,000ドルの権限委譲」です。これは、顧客満足のためなら一人のスタッフの判断で2,000ドルまで使ってよいという仕組みです。

多くの企業ではこのような大きな権限委譲はリスクが高いと考えるでしょう。しかしリッツ・カールトンでは「私たちは紳士淑女である」というアイデンティティがあるからこそ、責任ある判断ができる人材として信頼し、権限を与えることができるのです。

実際、現場のスタッフが迅速に判断して問題解決することで、顧客満足度が大きく向上しています。それは単なる権限付与ではなく、「あなたは責任ある紳士淑女だ」というアイデンティティの確認でもあります。

3. ラインナップ(朝礼)文化

リッツ・カールトンでは、毎日の勤務開始前に「ラインナップ」と呼ばれる15分間のミーティングを行います。日本の会社であれば朝礼にあたります。ここでは単なる業務連絡だけでなく、以下のような活動を行っています。

  • その日の感動体験を創出するための具体的な計画
  • 前日に起きた感動体験の共有と称賛
  • サービスバリューの一つを取り上げて、実践例を話し合う

このラインナップは、単なる情報共有の場ではなく、アイデンティティを日々確認して強化する文化的な儀式となっています。「私たちはどんな組織で、どう行動するのか」を毎日少しずつ、しかし確実に浸透させる仕組みです。

4. MR BIV(問題発見・解決の仕組み)

リッツ・カールトンには「MR BIV」と呼ばれる問題解決の仕組みがあります。これはミス、手戻り、機能不全、非効率、ばらつきという5つの言葉の頭文字をとったもので、サービス品質に関する問題を体系的に発見して解決するための枠組みです。

単なる問題解決の手法ではなく、「紳士淑女として最高のサービスを提供するために、常に改善を追求する」というアイデンティティの表れとして機能しています。問題を指摘することが批判ではなく、お互いを高め合うためだという文化が根付いているのです。

リッツ・カールトンがルールを導入したプロセス

リッツ・カールトンがこのようなアイデンティティベースの文化を作り上げた過程も参考になります。

1. 採用段階からの一貫性

リッツ・カールトンでは採用段階から「紳士淑女」としての資質を重視します。技術やスキルよりも、思いやりの心や誠実さといった人間性を優先して採用しています。

採用面接では「あなたが最後に誰かを助けたのはいつですか」「あなたが最後に感謝されたのはいつですか」といった質問を通じて、アイデンティティに合う人材を見極めます。

2. 充実した入社オリエンテーション

新入社員は2日間の集中オリエンテーションを受けます。ここでは業務手順の説明だけでなく、リッツ・カールトンの歴史や理念、アイデンティティについて深く理解する時間が設けられています。

特に重要なのは、経営層自らがこのオリエンテーションに参加し、「私たちはなぜこのように行動するのか」を直接語ることです。これにより、単なるルールではなく私たちの在り方として理解される土壌が作られます。

3. 継続的な強化と称賛

リッツ・カールトンでは「First Class Card」というカードを活用し、理念に沿った素晴らしい行動をした社員を即座に称賛する文化があります。このカードは単なる評価ではなく、「あなたは本当の紳士淑女として行動した」というアイデンティティの確認でもあります。

また、月に一度の品質会議では、顧客満足度調査の結果を全員で共有し、改善点を話し合います。これも「より良い紳士淑女になるため」の取り組みとして位置づけられています。

ルールをさらに定着させ、守らない人を生まないために

アイデンティティベースのルール作りはとても有効ですが、これはあくまで出発点です。さらにルールを定着させ、守らない人を生まないための原則を見ていきましょう。

経営層の率先した行動

まず最も重要なのは、経営層が自ら率先してルールを守っていることです。トップ自らがルールを大切にし、実際にその姿を示すことで、社員にルールの重要性を伝えることができます。たとえば「5分前行動」のルールがあるなら、社長自身が常に会議の5分前に到着することで、社員も自然とその姿勢を見習います。

ここで、中小企業ならではの落とし穴に触れておきます。中小企業の社長は、経営者であると同時に株主であることが多くあります。株主は会社の外にいる存在なので、社内のルールが直接適用されるわけではありません。しかし、社長が日々の運営に携わっているのであれば話は別です。社員に日報を出すよう求めたなら、社長自身も日報を出す必要があります。そうでなければ社員は「なぜ我々だけがこれをしなければならないのか」と考えます。

仕組み経営のお客様のなかに、実際に社員と一緒に日報を出している社長がいます。その日に自分が行ったことや気づいたことを毎日全社員に配信しています。結果として社員との信頼関係が築かれ、お互いに言いたいことが言える生産性の高い組織になりました。

ルールの背景と目的の共有

次に重要なのは、ルールがなぜ必要なのか、どんな価値を守るためのものなのかが組織全体で理解されていることです。単に「やれ」と言われているのではなく、その意図や目的が共有されていると、社員は納得してルールを守りやすくなります。たとえば「日報を書く」ルールが単なる義務ではなく、「チーム全体でお客様対応の質を向上させるため」という目的が伝わることで、社員はその意義を理解し、自発的に行動するようになります。

ルールの実践結果とフィードバック

ルールを実践することで得られた成果や、現場での課題がしっかりと共有されていることも重要です。ルールを守ったことに対して反応がないと、社員のやる気は維持できません。成果や課題が定期的にフィードバックされる仕組みが必要です。たとえば定例ミーティングや日常の会話のなかで「クレームが減った」「手間が増えた」など、実際の声が交わされることが望ましいです。上司やチームリーダーが現場の声を積極的に聞く仕組みが求められます。


ルールの定期的な見直し

時間が経つと、どんな優れたルールでも現場とのズレや形骸化が起こります。そのため、一定のタイミングでルールの見直しを行うことが必要です。ルールが現場に合っているか、目的を果たしているかを確認し、改善が求められる場合は前向きに手を加えることが重要です。見直しの目的は「ダメだからやめる」ではなく、「より良い結果を得るために改善する」という姿勢を持つことです。

見直しの場では、増やすことと同じくらい減らすことを議題にしてください。ルールの総数を増やさないと決めておくと、新しいルールを足すときに古いものを一つ捨てる判断が働きます。覚えられる量に収まっているルールだけが守られます。

ルールを守る行動の評価と称賛

最後に、ルールを守る行動がきちんと評価され、称賛されることが欠かせません。社員はどんなに良い行動をしても、それが認められなければやる気は低下します。逆に良い行動が評価されることで、ルールを守ること自体が誇らしい行動になります。日常的に「その対応、素晴らしかった」「チーム全体でルールを守ってうまく動いているね」といった称賛の言葉が交わされる職場では、ルールが自然に守られるようになります。

ルールが守られないことについてよくある質問

ルールを守らない人にはどう注意すればよいですか

最初は注意ではなく確認から入ってください。「守ろうとしたときに、何が邪魔になりましたか」と聞きます。知らなかった、できなかった、やらなかったの三つに分けたうえで、最初の二つなら会社側を直します。三つ目のときだけ、基準に沿って本人と話します。

社内ルールが浸透しないのはなぜですか

いちばん多いのは、現在有効なルールの一覧がどこにあるか決まっていないことです。次に多いのが、ルールを増やし続けて誰も全部を覚えられなくなっていることです。浸透の前に、置き場所と総数を確認してください。

ルールを徹底させるにはどうすればよいですか

徹底させるという言葉を、意志の話ではなく設計の話に置き換えてください。もっとも確実なのは、守らないと次の工程に進めない形に業務の流れを組み替えることです。考え方は型化の記事にまとめています。申請書が出ていないと発注できない、確認欄が埋まらないと提出できない、といった形です。

ベテラン社員がルールを守りません

自分は例外だと考えている場合がほとんどです。ここで例外を認めると、他の社員は「守らなくてよいのだ」と正しく学習します。まずそのルールが本当に必要かを見直し、必要だと判断したら例外なく適用してください。むしろベテランこそルール作りに巻き込むほうが早く解決します。

ルールが多すぎる気がします。減らしてよいのでしょうか

減らしてください。問題が起きるたびに足してきたルールは、たいてい役目を終えたものが混ざっています。年に一度、一覧を見て「これがなくなると誰が困るか」を確認します。答えられないものは廃止の候補です。

ルールを守らせる前に、何から手をつければよいですか

経営層と管理職が守っているかの確認からです。ここが崩れていると、他のどんな対策も効きません。社員に求めていることのうち、自分たちにも当てはまるものを一つ選び、まず自分たちが例外なく守るところから始めてください。

まとめ:ルール定着のための「アイデンティティベース」の考え方

ルールを守らない人がいるとき、原因を本人の性格に置くと打つ手がなくなります。この記事で見てきたとおり、特徴として現れるものの大半は、伝達、業務量、評価、リーダーの姿勢といった会社側の設計で説明がつきます。

そのうえで、ルールを定着させるには、単に何をすべきかだけでなく、なぜそれをするのか、それによって私たちはどんな組織になるのかというアイデンティティのレベルでの変化が必要です。

このアプローチを実践することで、守らされるルールから自ら守りたいルールへと変わり、真の定着が実現します。組織文化の根幹にあるアイデンティティと結びついたルールこそが、長期的に機能し続けるのです。

なお、仕組み経営では、会社のアイデンティティを明確にするところから、実際のルール作り、仕組みづくりまでを一貫してご支援しています。

詳しくは以下から仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。


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