「上司の指示なしに、社員が自律的に動き、組織全体が進化していく」――そんな理想的な組織モデルとして注目を集める「ティール組織」。しかし、その導入は容易ではなく、失敗するという声も少なくありません。
なぜ、理想とされるティール組織への移行は失敗に終わることがあるのでしょうか?
なお、ティール組織については、当会でティール組織マップというものを配布していますので、合わせてご参照ください。
また、ティール組織についての詳細は以下の記事にも詳細を載せております。
清水直樹 「ティール組織」を読んだけど、どこから実践したらいいのかな?という方に向けてティール組織の基礎から実践のためのヒントまでご紹介していきます。 本記事の信頼性 本記事は一般財団法人日本アントレプレナー学[…]
1.ティール組織とは?
まず、ティール組織の基本的な考え方と、なぜ「失敗」という側面が注目されるのかを確認しましょう。
1.1. ティール組織の定義と3つのブレイクスルー
ティール組織とは、フレデリック・ラルー氏が提唱した、組織を自己進化する「生命体」と捉える次世代型の組織モデルです。従来の階層型組織(ヒエラルキー)とは異なり、以下の3つの重要な特徴(ブレイクスルー)を持ちます。
- 自主経営(セルフマネジメント): 上司の承認なしに、メンバーやチームが自ら意思決定を行う。
- 全体性(ホールネス): 仕事において、論理性だけでなく感情や直感なども含めた「ありのままの自分」を表現できる。心理的安全性が重視される。
- 存在目的(エボリューショナリーパーパス): 組織が社会の中で独自の存在意義を持ち、その目的は固定されず進化していく。
1.2. なぜ「失敗」したという声が聞こえるのか?
ティール組織の理念は魅力的ですが、その実践は非常に困難です。従来のトップダウン型のマネジメントからの脱却は、単なる仕組みの変更ではなく、働く人々の意識や組織文化そのものの変革を伴います。
この「理想と現実のギャップ」や「変革の難しさ」から、導入を試みたものの、
- かえって混乱が生じた
- 期待した成果が出なかった
- 形だけ導入してもうまくいかなかった
といった失敗事例が報告されているのです。
2. ティール組織への進化中に実際に起きた「失敗」事例
では、具体的にどのような失敗が報告されているのでしょうか?いくつかの事例を見てみましょう。
事例/情報源 | 試みられたティール要素 | 報告された問題/失敗 | 原因とされる要因 |
ベンチャー企業 | セルフマネジメント(権限移譲) | 経営陣と従業員の乖離、方向性の喪失、組織の統制不能 | 不適切な権限移譲、コミュニケーション不足、ティール概念への理解不足、準備不足 |
Andy Yokoyama氏の会社 | 自律分散、フラット化 | 代表への権限集中、労働法規とのミスマッチ、売上不振、従業員の怠慢・サボり、責任所在の曖昧さ | 日本の制度との不整合、インセンティブ問題、トップ不在の弊害、セルフマネジメントへの過信 |
オズビジョン社(初期) | トップダウンによるティール化 | 経営と現場の意識のズレ、高い離職率 | リーダーシップの未熟さ、メンバーの準備不足、共創プロセスの欠如、性急な変革 |
その他 | フラットな組織構造、自主経営 | 従来の階層的行動をとるメンバーの孤立、離脱 | 既存文化への固執、フラットな組織への適応困難、自律性・責任への抵抗感 |
参考:Andy Yokoyama氏の記事(https://note.com/andyyokoyama/n/n6db99b4dfcb6)
参考:オズビジョン社の記事:(https://www.excite.co.jp/news/article/ds_journal_dsjournal23971/)
これらの事例から、単に役職をなくしたり権限を移譲したりするだけではうまくいかず、準備不足やコミュニケーション不足、リーダーシップの問題などが失敗に繋がっていることがわかります。
3. なぜティール組織は失敗するのか? 共通する7つの原因
失敗事例の背景には、いくつかの共通する根本原因が存在します。
【能力】セルフマネジメント能力の不足
メンバーが自分で計画し、優先順位をつけ、実行し、責任を負うスキルを持っていない。指示待ち文化に慣れていると、自由を与えられても動けない、あるいは責任を恐れる。
【構造・プロセス】仕組みの欠陥
- 誰が何をしているか、進捗状況を把握する仕組みがない。
- 意思決定のルール(助言プロセスなど)が曖昧、または煩雑で時間がかかりすぎる。
- 組織全体のリスク管理が難しくなる。
【リーダーシップ】リーダーの役割転換の失敗
- リーダーが従来の指示・管理型から抜け出せず、メンバーを信頼して任せられない。
- 逆に、完全に放任してしまい、必要なサポートや方向付けができない。リーダー自身がボトルネックになることも。
【文化】変化への抵抗と心理的安全性の欠如
- 既存の階層文化や価値観が根強く、変化に対する抵抗が起こる。
- 失敗を恐れたり、本音を言えなかったりする雰囲気(心理的安全性の欠如)があると、自主性や全体性は発揮されない。
【目的】共有された目的の不在
組織として何を目指すのか(存在目的)が不明確だったり、メンバーに浸透していなかったりすると、自律的な動きがバラバラになり、組織としての求心力が失われる。
【環境】外部環境とのミスマッチ
- 日本の労働法や会社法など、既存の法制度が従来の組織構造を前提としているため、完全なティール化が難しい場合がある。
- 組織規模が大きくなると、調整コストが増大し、ティール原則の維持が困難になることも。
- 業種や事業特性によっては、中央集権的な指揮命令の方が適している場合もある。
【誤解】ティール概念の誤解と不適切な適用
- 役職廃止など表面的な施策だけで満足し、根底にあるマインドセットや文化変革に取り組まない。
- ティールを固定的な完成形と捉え、自社の状況に合わせて柔軟に適用できない。
- セルフマネジメントを「好き勝手やっていい」と誤解し、責任を果たさないメンバーが現れる。
これらの原因は単独で存在するのではなく、相互に絡み合って失敗を引き起こします。特に、個人の自律性を重視するあまり、それを支えるための関係性(信頼、コミュニケーション、共通理解)の構築や、適切なプロセス設計を怠るケースが多く見られます。
4. ティール組織の限界と批判:万能薬ではない理由
ティール組織は理想的なモデルとして語られがちですが、上記失敗事例があるように、即座に成功できるような万能なものではありません。以下のような限界や批判も認識しておく必要があります。
- 普遍的なモデルではない: ラルー氏自身も、ティールが全ての組織にとって最適解ではないと認めています。組織の状況や文化、業種によっては適合しません。
- 導入・維持の難しさ: メンバーの高い成熟度や主体性が求められるため、実現可能性に疑問の声もあります。
- 構造なき支配のリスク: 公式な階層がなくても、非公式な権力関係が不透明な形で生まれる可能性があります。
- 責任の所在が曖昧になりやすい: 問題発生時に誰の責任かが不明確になり、対応が遅れたり、誰も責任を取らない状況になったりするリスクがあります。
- 意思決定の遅延: 助言プロセスや合意形成に時間がかかり、スピードが求められる場面で不利になる可能性があります。
- フリーライダー問題: 貢献度の低いメンバーへの対処が難しくなることがあります。
- 感情的な負担増: 全体性の重視や密な人間関係構築が、かえって感情的な負担(感情労働)を増やす可能性も指摘されています。
ティール組織の持つ柔軟性や自律性といった強みは、裏を返せば、混乱や調整の難しさといった弱みにもなり得るのです。
5. 他の組織モデルとの比較
ティール組織の課題をより深く理解するために、他の組織モデルと比較してみましょう。
次元 | 伝統的ヒエラルキー | ホラクラシー | ティール組織 |
意思決定 | トップダウンで迅速な場合も、承認で遅延 | ルールに基づき分散、プロセスが煩雑な可能性 | 助言プロセスにより遅延の可能性 |
適応性 | 低い、硬直的 | 高い、継続的な見直し仕組みあり | 非常に高い、生命体のように適応 |
役割の明確性 | 高い(役職) | 高い(ロール定義) | 流動的、固定的な職務記述書なし |
導入難易度 | 確立されたモデル | 高い(厳密なルール、学習コスト) | 非常に高い(文化・マインドセット変革が必要) |
主な課題 | 硬直性、官僚主義、モチベーション低下 | ルールの複雑さ、導入・定着の難しさ | 能力開発、調整、文化変革、責任所在、誤解、スケーリング |
- ヒエラルキーは、明確性と統制に優れますが、変化に弱く、個人の主体性を抑制しがちです。
- ホラクラシーは、ティールに似ていますが、より厳格なルール(ホラクラシー憲法)に基づくシステムであり、導入のハードルが高い一方、再現性はティールより高い可能性があります。
- ティールは、最も柔軟で適応性が高い可能性を持ちますが、明確な「やり方」がなく、組織自身で文化やプロセスを創り上げていく必要があり、導入・維持の難易度が最も高いと言えます。
どのモデルにも一長一短があり、自社の状況や目指す姿に合わせて最適な形を模索することが重要です。
6. ティール組織の失敗を回避し、成功確率を高める5つの方針
では、どうすればティール組織導入の失敗を避け、成功に近づけるのでしょうか?以下の5つの方針が鍵となります。
【基盤】揺るぎない文化と信頼を築く
- 心理的安全性の醸成: メンバーが本音で話し、挑戦や失敗から学べる雰囲気を作る(傾聴、フィードバック文化)。
- 透明性の確保: 財務状況や意思決定プロセスなどの情報をオープンにし、信頼関係の土台を作る。
- 存在目的の共有と対話: 組織が何のために存在するのかを明確にし、継続的な対話を通じてメンバーのベクトルを合わせる。
心理的安全性については以下に記事を書いております。
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【人材】ティールで活躍できる能力を開発する
- 研修の実施: セルフマネジメント、コミュニケーション、対立解消、意思決定など、必要なスキルを体系的に学ぶ機会を提供する。
- コーチングとサポート: 新しい役割や責任に挑戦するメンバーを、上司や同僚が継続的に支援する体制を作る。
【仕組み】自律性を支え、混乱を防ぐプロセスを作る
- 明確な意思決定プロセス(助言プロセスなど): 誰がどのように意思決定に関わるかのルールを定め、形骸化しないよう運用・改善する。
- 進捗の見える化: マイクロマネジメントに陥らずに、お互いの状況を把握し、協力し合える軽量な仕組み(朝会、共有ツールなど)を導入する。
- 対立解消メカニズム: 意見の衝突や人間関係の問題に建設的に対処するためのルールや場を設ける。
- ティールに合った人事制度: 評価(ピアレビュー、ノーレイティング)、報酬(自己申告制)、採用(文化適合重視)などを再設計する。
【リーダー】「管理する人」から「場を創る人」へ役割を進化させる
- 指示命令ではなく、メンバーの話を聴き、問いかけ、成長を支援する(コーチング、メンタリング)。
- ティール原則が守られるよう、文化の番人としての役割を果たす。
- メンバーが自律的に動けるよう、障害を取り除く。
【導入】焦らず、段階的・適応的に進める
- 小さく始める: 全社一斉導入ではなく、特定のチームやプロジェクトで試験的に導入し、学びながら進める。
- 自社に合わせてカスタマイズ: 他社の成功事例を鵜呑みにせず、自社の文化や状況に合わせてティール原則を応用する。
- 長期的な視点を持つ: ティール組織への変革は時間がかかることを理解し、経営層が強いコミットメントを持って粘り強く取り組む。
これらの方針は、ヒエラルキー構造を取り払うだけでなく、自律性を機能させるための文化、スキル、プロセスを育むことに焦点を当てています。自由と責任、個人の成長と組織の目的達成のバランスを取ることが、成功の鍵と言えるでしょう。
7. まとめ:ティール組織は型を「導入」するものではなく組織を「進化」させるもの
ティール組織は、社員の主体性を引き出し、変化に強く、目的意識の高い組織を実現する可能性を秘めた魅力的なモデルです。
しかし、その導入は多くの困難を伴い、安易な導入は失敗を招きかねません。表面的な仕組みの模倣ではなく、組織の文化、メンバーの意識、リーダーシップのあり方といった根幹からの変革が求められます。
重要なのは、ティール組織を完成された設計図として「導入」しようとするのではなく、自社の状況に合わせて、メンバーと共に試行錯誤しながら、より良い組織へと「進化」させていくプロセスと捉えることです。
そのためには、
- 心理的安全性と信頼に根差した文化
- メンバーの自律性と協調性を支える能力開発
- 透明性の高い情報共有と明確なプロセス
- メンバーを支援するリーダーシップ
- 長期的な視点と粘り強いコミットメント
が不可欠です。
ティール組織への道は平坦ではありませんが、本記事で紹介した失敗の原因と対策を理解し、自社に合った形で実践していくことで、より健全で生産性の高い組織へと進化していくことができるはずです。
なお、ティール組織については、当会でティール組織マップというものを配布していますので、合わせてご参照ください。
また、ティール組織についての詳細は以下の記事にも詳細を載せております。
清水直樹 「ティール組織」を読んだけど、どこから実践したらいいのかな?という方に向けてティール組織の基礎から実践のためのヒントまでご紹介していきます。 本記事の信頼性 本記事は一般財団法人日本アントレプレナー学[…]