「あーもう、この仕事は自分でやっちゃった方が早いな…」
リーダーやマネージャーの立場なら、一度はこう思ったことがあるのではないでしょうか。特に、現場でバリバリ活躍してリーダーになった、いわゆる「デキる人」ほど、この考えにハマりやすいようです。
はじめに:「自分でやった方が早い」って、つい思っちゃいませんか?
この「自分でやった方が早い」という考え、一見、効率が良さそうに見えて、実は大きな落とし穴なんです。この考えにとらわれていると、リーダー自身の成長が止まってしまうだけでなく、部下が育つチャンスを奪い、チーム全体のパワーダウンにつながり、結果として会社全体の成長まで邪魔してしまうかもしれません。ひどい場合には、リーダーが燃え尽きてしまったり、チームがギクシャクしたり、最悪、組織がうまく回らなくなってしまうことだってありえます。
この「自分でやった方が早い病」を治して、チームや会社の力を最大限に引き出すカギ、それが「上手な仕事の任せ方」です。仕事を任せるって、単に作業を分けることじゃないんです。それは、部下を育て、チームを成長させ、リーダー自身がもっと大事な仕事に集中するための、ものすごく重要なリーダーとしての力なんですね。
この記事では、「自分でやった方が早い病」の正体を、リーダーの「心の問題(心理面)」と「やり方の問題(技術面)」の両方から見つめ直します。そして、それぞれの側面から、この病を克服し、部下を育て、チームを成長させるための具体的なヒントを、「仕組み経営」の考え方も交えながら、分かりやすくお伝えしていきます。
なぜ「自分でやった方が早い」と思ってしまうのか? ~リーダーの心のブレーキ~ (心理面)
「自分でやった方が早い」と感じてしまう背景には、リーダー自身の心の中に潜む、いくつかの「ブレーキ」が影響していることがあります。
リーダーが抱えがちな「心のブレーキ」とは?
- 過去の成功体験が忘れられない(トッププレイヤーの罠): プレイヤーとして自分で成果を出してきた経験から、「自分でやった方が確実だ」「自分のやり方が一番良い」という思い込みが強くなりがちです。リーダーとしての新しい役割や評価基準に、気持ちがすぐには切り替わらないことがあります。
- 部下を信じきれない・低く見てしまう気持ち: 「部下に任せても、期待通りの成果は出ないんじゃないか…」「失敗されたら結局自分が困るし…」といった不安や、部下の能力を無意識に過小評価してしまうことがあります。
- 完璧を求めすぎる・失敗への強い恐れ: 仕事の質に非常に高いこだわりがあり、「任せて質が落ちるくらいなら自分で」と考えてしまいます。また、失敗することへの恐れが強く、全てを自分でコントロール下に置きたがる傾向があります。
- 仕事を人に頼むことへの申し訳なさ・遠慮: 「こんな仕事を頼んだら、部下に負担をかけてしまうのでは…」「忙しそうだから、頼みにくいな…」と、必要以上に気を遣いすぎてしまうことがあります。
- 自分の存在価値への不安(無意識のことも): 仕事を手放すことで、リーダーとしての自分の価値や影響力が薄れてしまうのではないか、という漠然とした不安を感じることがあります。
- 時間がない!という焦りからの短期思考: 日々の業務に追われていると、部下に丁寧に教えて任せる時間的・精神的な余裕がなくなり、「目先のこの仕事を片付けるには、自分でやった方が手っ取り早い」と短期的な判断に流されてしまいがちです。
心のブレーキを外すには? ~考え方を変えるヒント~
- リーダーの役割をアップデートする:
リーダーの主な仕事は、自分でプレイヤーとして動き回ることではなく、「チームメンバーの力を最大限に引き出し、チームとして大きな成果を出すこと」「部下を育て、将来の会社を担う人材を育成すること」だと、意識を切り替えましょう。 - 意識して部下を「信頼する」ことから始める:
最初から完璧な信頼は難しくても、「信じてみよう」と意識することからスタートです。小さな仕事を任せてみて、部下の意外な能力や成長を発見する経験が、信頼を育てる第一歩になります。日頃のコミュニケーションを通じて、部下の強みや意欲に関心を持つことが大切です。 - 「100点満点じゃなくても大丈夫」と心にゆとりを持つ:
すべてにおいて完璧を目指すのではなく、「ここまでできれば合格」という基準を設け、ある程度の幅を許容しましょう。もし失敗が起きても、それを責めるのではなく、「次にどう活かすか」をチームで考える学びの機会と捉える文化を作ることが重要です。 - 「任せる=未来への投資」と長期的な視点を持つ:
今、仕事を任せるために使う時間や労力は、短期的には「手間」に感じるかもしれません。しかし、それは部下の成長、チーム全体の能力アップ、そして将来的にはあなた自身の時間創出につながる、非常に価値のある「投資」なのです。 - 小さな「任せた成功体験」を積み重ねる:
いきなり大きな仕事を任せるのが不安なら、まずはリスクの少ない小さな仕事から試してみましょう。「意外とちゃんとやってくれるな」「思ったよりスムーズに進んだな」というあなた自身の成功体験と、部下の「できた!」という達成感が、任せることへの自信を双方に与えてくれます。 - 自分自身の時間と心に「余白」を作る工夫をする:
忙しさに追われていると、どうしても視野が狭くなり、短期的な判断に陥りがちです。意識して自分のための時間を確保し、リフレッシュすることで、心に余裕が生まれ、長期的な視点で物事を考えやすくなります。
どうすれば上手く任せられるのか? ~仕事を任せる技術~ (技術面)
「任せたい気持ちはあるけれど、どうやればいいか分からない…」そんな技術面での課題も、「自分でやった方が早い病」を引き起こす大きな原因です。
仕事を任せる上での「技術的な課題」とは?
- 「任せ方」の具体的なやり方を知らない・慣れていない: どういう手順で、何をどこまで伝え、どのようにサポートすれば部下がスムーズに仕事を進められるのか、その具体的な方法論が分からない。
- 目標や指示がフワッとしている: 任せる仕事のゴール(何を、いつまでに、どのレベルで達成すれば良いか)が曖昧なため、部下は何をどうすれば良いか混乱し、期待外れの結果になりやすい。
- 部下の成長を促す関わり方ができていない: 任せっぱなしで放置してしまったり、逆に細かく口を出しすぎるマイクロマネジメントに陥ったり。また、効果的なフィードバックができず、部下の成長につながらない。
- 「何を」「誰に」「どのレベルで」任せるかの基準がない: どんな仕事を部下に任せるべきか、チームの誰に任せるのが最も適切か、どの程度の裁量(どこまで任せるか)を与えるべきか、といった判断基準が整理できていない。
- 仕事の進め方がその人頼みになっている(属人化): 「この仕事は〇〇さんしかできない」という状況が多く、他の人に任せたくても物理的に任せられない。
技術面の課題を乗り越えるには? ~「仕組み経営」の任せ方3つのコツ~
技術的な課題は、正しい「やり方」を学び、実践することで解決できます。ここでは、「仕組み経営」の考え方を取り入れた、効果的な仕事の任せ方・育て方の3つのコツをご紹介します。
コツ1:ミッションを定義する – 目的とゴールを明確に伝え、意味づける
上手な仕事の任せ方の第一歩は、「何を」「なぜ」「誰に」「どこまで」任せるのかをハッキリさせて、伝えることです。
- 考え方を変えよう:「任せる」=「育てる」ための投資と心得る
仕事を任せることを、単に作業を分けたり、自分の負担を軽くしたりするためではなく、「部下が成長するチャンスを作り、未来への投資をする行為なんだ」と意識を変えることが大切です。 - 「なぜ(Why)」をはっきり伝える:仕事の目的と意義
任せる仕事が「何のために必要なのか」「チームや会社の目標にどう貢献するのか」という目的や意義を具体的に説明します。目的が理解できれば、部下はより主体的に行動できます。 - 「何を(What)」をはっきり伝える:具体的なゴールと期待
その仕事で達成してほしい具体的な成果、品質基準、そして明確な期限を設定し、共有します。 - 「なぜあなたに(Why You)」を伝える:成長への期待
「なぜ他の誰でもなく、あなたにこの仕事を任せたいのか」その理由と、この仕事を通してどう成長してほしいかを具体的に伝えます。 - 「どこまで(Scope)」を明確にする:責任と権限の範囲
部下がどの範囲まで責任を持ち、どこまで自分で判断・決定して良いのかという権限の範囲を明確にします。「仕組み経営」では、「委任の7段階」というフレームワークを活用しています。これは、リーダーの関与度合いに応じて任せ方のレベルを「1.指示する」から「7.移譲する(基本的に任せる)」まで7段階で考える方法です。仕事の内容や部下の習熟度に合わせて、どのレベルで任せるかを意識すると、より具体的でスムーズな委任が可能になります。
コツ2:権限を与え、支援する – 信頼し、見守り、コーチとして伴走する
仕事を任せると決めたら、次は部下が安心して能力を発揮できるよう、信頼に基づいたサポート体制を築くことが重要です。「丸投げ」ではなく、かといって「マイクロマネジメント」でもない、絶妙なバランスが求められます。
- 信頼関係を作り、言葉で伝える: 日頃からコミュニケーションを取り、「あなたを信頼しているから任せる」と言葉で伝えましょう。質問や相談がしやすい、心理的に安全な環境を整えることが不可欠です。
- 必要なもの(情報、道具、時間など)を用意する: 部下が業務を遂行するために必要なリソースを確保し、提供します。
- 「見守る」姿勢で、細かすぎる口出しは避ける: 一度任せたら、基本的には部下のやり方を尊重します。ただし、放置ではなく、進捗状況を把握し、必要な時にサポートできるよう常にアンテナを張っておきます。
- 「監視」じゃなく「状況確認とサポート」のための進捗確認: 任せる段階で、中間報告のタイミングや方法を部下と合意しておきます。これは管理のためではなく、状況を共有し、必要に応じてサポートや軌道修正を行うための「チェックイン」です。「部下に質問ができた際の問い合わせの場を与える」こと、そして「仕事の進捗をあなたがチェックできるような報告の方法を決める」ことは、安心して任せるための重要な「仕組み」です。
- コーチとしての役割:答えではなく「問い」を与える: 部下が困難に直面したら、すぐに答えを教えるのではなく、質問を通して部下自身に考えさせ、解決策を見出す手助けをします。
- 失敗を受け入れ、学びのチャンスに変える: ある程度の失敗は起こりうるものとして受け入れ、失敗から何を学び、次にどう活かすかを一緒に考えます。
コツ3:成長を促進する – 未来につながるフィードバックを行う
仕事を任せっぱなしにするのではなく、その経験を確実に部下の成長につなげるためには、質の高いフィードバックが不可欠です。
- タイミング良く、具体的に伝える: 仕事の完了後や中間報告のタイミングで、速やかに、具体的な行動や事実に基づいてフィードバックします。
- 結果だけでなくプロセスと学びに着目: どのように仕事に取り組んだか、どんな工夫をしたか、そこから何を学んだか、といったプロセスにも焦点を当てて対話します。
- 承認と育成視点のバランス: まずは達成できたことや努力を具体的に認め、承認します。改善点については、一方的な指摘ではなく、「次はどうすればもっと良くなるか」という未来志向の問いかけで、部下自身が気づきを得られるよう促します。
- 未来への接続:次のステップへ: 今回の経験から得た学びを、今後の業務やキャリアにどう活かせるかを一緒に考えます。
- 感謝と承認の表明: 最後に、仕事を引き受けて努力してくれたことに対して、感謝の言葉を伝えます。
「任せる」ことで、こんないいことがある! (効果・メリット)
「自分でやった方が早い病」の心理的なブレーキを外し、技術的なコツを掴んで上手に仕事を任せられるようになると、あなた自身、部下、そして組織全体にとって、素晴らしい変化が訪れます。
リーダー(あなた)が得られるメリット
本来やるべき戦略的な仕事に集中できるようになり、時間的な余裕も生まれます。部下を育て、チームを動かすというリーダーシップの経験を通じて、あなた自身のマネジメントスキルも格段に向上するでしょう。安心して休暇を取れるようになるのも大きなメリットです。
部下が得られるメリット
新しい仕事への挑戦は、部下にとって最高の成長機会です。スキルアップはもちろん、「自分は信頼されている」「期待されている」という実感は、大きな自信と仕事への意欲につながります。自分で考えて行動する力や責任感も育まれます。
組織が得られるメリット
チーム全体の能力が底上げされ、生産性が向上します。特定の人に業務が集中するリスクも減り、変化に強い柔軟な組織になります。そして何より、人が育つことで、会社の未来が明るく開けていくのです。
仕事を任せることは、目先の時間や手間がかかるように思えても、長期的に見れば、これら全てのメリットを生み出す「未来への投資」です。「上手な任せ方」は「良い流れ」を作り出し、その流れが組織全体のパフォーマンスを高めていくのです。この「良い流れ」の元になるのが、「失敗しても大丈夫」と思える安心できる雰囲気と、上司と部下の間の信頼関係です。
結論:小さな一歩から、チームで遠くへ
「自分でやった方が早い病」は、多くのリーダーが直面する課題ですが、心理面と技術面、両方からの正しい理解と行動で、必ず克服できます。
アフリカのことわざにこうあります。
“If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.”(速く行きたいなら、一人で行きなさい。遠くへ行きたいなら、みんなで行きなさい。)
仕事を任せることは、最初は「自分でやった方が速い」と感じるかもしれません。
しかし、それは短期的な視点です。チームで協力し、「みんなで遠くへ行く」ことを目指すならば、今回お伝えしたような、
- リーダー自身の心のブレーキを外し、役割認識を新たにする (心理面のアプローチ)
- 「3つのコツ」で、効果的に仕事を任せる技術を磨く (技術面のアプローチ)
この両輪を意識して実践していくことが大切です。
まずは、今週、比較的小さな仕事から一つ選び、今回学んだことを意識して、部下に任せてみてください。それが、「自分でやった方が早い病」を克服し、あなたとチームが共に新たな高みへと進むための、確かな第一歩となるはずです。
なお、仕組み経営では今回ご紹介したような心理面のサポート、そして任せるための技術(仕組み)をご提供することで、リーダーが仕事を任せていき、自律的に成長する会社作りをご支援しています。詳しくは以下の仕組み化ガイドブックをご覧ください。