店長の役割と仕事って何?店舗運営を属人化させない方法。



清水直樹
多くの経営者が「できる店長」の育成に悩み、個人の能力に期待をかけがちです。しかし、問題の本質はもっと根深い構造的な部分にあります。この記事では、国内外のデータや事例を基に、その「スーパー店長」という幻想を解体し、組織として成果を出すための「仕組み」について、徹底的に掘り下げていきます。

1店舗目が軌道に乗り、念願の2店舗目を出店。

もしあなたが店舗ビジネスの創業者なら、自分の手を動かし、お客様と向き合い、汗を流してきた努力が実を結んだ瞬間は、何物にも代えがたい喜びがあったはずです。

そして今、あなたはこう考えているのではないでしょうか。

「そろそろ自分は現場を離れて、経営に専念したい。2店舗目は、期待のあのスタッフに『店長』として任せてみよう。自分の右腕として、1店舗目と同じように店を切り盛りしてくれれば、俺も少しは楽になる…」

その期待を込めて、新たな店長を任命する。しかし、現実はどうでしょう。

新店長は、あなたが期待したほど主体的に動いてくれない。売上の報告はするものの、自ら店の課題を見つけて改善策を提案してくるわけではない。スタッフの管理も、どこか及び腰に見える。結局、店のことが気になって、あなたが口や手を出し、以前と変わらず現場に出ずっぱりになっていませんか?

「あいつには、まだ任せられないな…」

その落胆と焦り。痛いほどよくわかります。

しかし、一度立ち止まって考えてみてほしいのです。その期待外れは、本当に新店長だけの問題なのでしょうか。

もしかしたら、問題の根っこは、あなたが無意識のうちに「自分の分身」、つまりは超人的な能力で全てをこなす「スーパー店長」を求めてしまっていることにあるのかもしれません。

本記事では、この多くの経営者が陥る特定のスーパーマンに依存する旧来の店舗運営から脱却し、凡人でも成果を出せる「仕組み」を構築することで、組織全体を成長させるという、新しい視点を提示します。

店長の仕事は「不明確」なのが世の中の常識だった

社長の期待とは裏腹に、店長が思った通りに機能しない。この問題の根本原因は、非常にシンプルです。それは、社長であるあなた自身が、「店長の仕事とは何か」を明確に決めていないからです。

「いや、店の運営全部に決まっているだろう」と思うかもしれません。しかし、それは大きな間違いです。

世の中の書籍や研修をいくら調べても、「店長の仕事」にたった一つの決まった定義はありません。それどころか、その仕事内容は驚くほど多岐にわたります。

一般的に、店長の仕事は以下の5つの領域にまたがると言われています。

  1. カネの管理(財務): 売上・利益の管理、コスト削減など。
  2. ヒトの管理(人材): 採用、教育、シフト管理、評価など。
  3. モノと店の管理(運営): 在庫管理、発注、品質管理、店舗の清掃・メンテナンスなど。
  4. 客の管理(顧客対応): 接客、クレーム対応、リピーター育成など。
  5. ルールの管理(コンプライアンス): 法律や社内ルールの遵守、安全衛生管理など。

これら全てを完璧にこなせる人間など、いるでしょうか?

社長であるあなた自身でさえ、これら全てを100点満点でできていたわけではないはずです。得意なこともあれば、苦手なこともあったでしょう。

それなのに、新しく任命した店長には、これら全てを完璧にこなす「万能なスーパーマン」であることを、無意識のうちに期待してしまっているのです。

「店長の仕事」というものが、これほど曖昧で、広範囲で、明確な定義がない。 まずはこの事実を、社長であるあなたが認識することが、問題解決の第一歩です。

なぜ問題は起きるのか?会社を蝕む「構造的欠陥」と「属人化」のワナ

「店長の仕事が不明確」という問題の本質は、店長個人の能力不足ではなく、会社組織の「仕組み」や「構造」そのものに潜んでいます。

あなたの会社にもある、店長が育たない「構造」

多くの会社には、無意識のうちに店長の成長を妨げ、疲弊させてしまう構造的な欠陥が存在します。たとえば以下のような欠陥です。

店長の仕事を妨げる構造

  • 責任と権限の不均衡 店の全責任を負わされながら、実行できる権限はごくわずか。新メニューの考案も、スタッフの昇給も、社長の許可がなければ何も決められない。このアンバランスが、店長の主体的な行動を妨げます。
  • 「個人の問題」へのすり替え 売上が下がったり、問題が起きたりすると、仕組みの不備を棚に上げ、「あの店長は能力が低い」「努力が足りない」と個人の資質のせいにしてしまう。これでは根本解決には至りません。
  • 劣悪な労働環境 働き方改革のしわ寄せが店長に集中し、記録に残らないサービス残業が常態化。心身が疲弊しきった状態で、良いパフォーマンスなど発揮できるはずがありません。
  • 役割の曖昧さ 会社として「店長に何を最も期待するのか」が不明確なため、店長は何を優先すべきか分からず、手探りで動くしかなくなり、やがて疲弊していきます。
  • 教育・成長機会の欠如 日々の業務に追われ、店長自身が経営やマネジメントを学ぶ機会がない。これは、組織の未来への投資を怠っているのと同じです。

構造的欠陥が生み出す「属人化」という病

このような構造的な問題を抱えたままでは、店長は「何をすればいいか」を、自分自身の得意なことや過去の経験に基づいて判断するしかありません。その結果、会社にとって最も危険な病である「属人化」が進行します。

「属人化」とは、「あの人がいないと、仕事が回らない」という状態のこと。

例えば、あなたの店の店長は、どのタイプに近いでしょうか?


熟練販売員型店長

自らが店の「顔」となり、接客や販売の最前線に立つことで店舗を牽引します。顧客との対話に多くの時間を割き、その高い販売スキルで売上を直接的に作り出します。しかし、部下への指示や育成にはあまり時間を使いません。

指揮監督者型店長

部下への明確な指示、進捗確認、報告の受理といった「人を通じたマネジメント」に重点を置きます。朝礼やミーティングで情報を共有し、組織として計画的に動くことを重視しますが、自らがプレイヤーとして現場に出ることは少ないかもしれません。

段取り遂行役型店長

バックルームでの商品準備や陳列替えなど、現場のオペレーションがスムーズに進むための「お膳立て」に多くの時間を費やします。明確な指示を出すよりも、自ら作業環境を整えることで、部下が迷わず動ける状況を作り出します。

どのタイプも、一生懸命に店のために働いています。しかし、会社が「店長の役割」を定義していないため、その努力はバラバラの方向を向き、組織としての力になりません。

そして、その店長が辞めてしまったら、店の運営ノウハウは全て失われ、売上もガタ落ちしてしまう。会社の業績が、店長という個人の能力に完全に依存してしまうのです。

社長は、店長が自分の思うように動かないことにイライラし、店長は、何をすれば評価されるのか分からずに疲弊していく。これが、「店長の仕事」を決めない会社が陥る、負のスパイラルです。

解決策はただ一つ。会社独自の「店長の職務同意書」を作る

では、どうすればこの悪循環から抜け出せるのか。 解決策は、シンプルです。

世の中に答えを探すのをやめ、あなたの会社独自の「店長の仕事の定義書」を、社長であるあなたが自ら作ること。

「すごい店長」を探すのは、もうやめましょう。目指すべきは、「すごい仕組み」です。 仕組み経営では、この定義書を「職務同意書」という一つの書類にまとめます。これは、会社と店長の間で「あなたの役割はこれです」とお互いに約束を交わす、いわば「仕事の契約書」です。

この職務同意書は、以下の3つの要素で構成されます。

  1. 職務の目的(Why): あなたは、会社の中で、何のために存在するのか?
  2. 仕事内容(What): 目的を達成するために、具体的に何をすべきか?
  3. 基準(How): プロとして、どのように振る舞うべきか?

これらを、以下のステップで明確にしていきます。

ステップ1:「職務の目的」を決める(役割の存在意義を定義する)

最初に決める「目的」とは、具体的な売上目標などのことではありません。もっと大きな視点で、会社の理念やビジョンの中で、店長という役割が「なぜ存在するのか」を定義するものです。

  • 会社の理念が「食事を通じて、お客様の毎日を豊かにする」であれば…
    • 店長の職務の目的: 「お客様にとって、我が家のような安心感と、小さな幸せを感じられる空間を創造し、地域で最も愛される店を作ること」

このように、会社の「想い」と店長の役割を結びつけることで、店長は自分の仕事に誇りを持ち、日々の業務の判断軸を持つことができます。

ステップ2:「仕事内容」を決める(やるべき事と達成目標を明確にする)

次に、その「目的」を達成するために、具体的に「何をやるのか(What)」を決めます。ここには、達成すべき具体的な数値(KPI)も含めます。

職務内容の例:目的が「地域で最も愛される店を作ること」の場合
仕事内容 達成目標 権限
・スタッフ全員が、お客様の名前を覚えてお声がけできる体制を作る。
・お客様に最高の体験を提供し、店のファンになってもらう。
・リピート率を70%に引き上げる。
・顧客アンケートの満足度で95%以上を獲得する。
・スタッフの定着率を90%以上に維持する。
・お客様へのサービスとして、月3万円まで経費を自由に使ってよい。
・スタッフの採用とシフト決定に関する全ての権限を持つ。

やるべきことと、その達成度がわかる目標、そしてそれを実行するための権限。これらをセットで示すことが重要です。

【参考】一般的な店長の仕事内容リスト

  • 財務・売上に関すること
    • 売上・利益の目標設定と進捗管理
    • 人件費や原材料費などのコスト管理
    • 販売促進キャンペーンの企画と実行
    • 商品やサービスの価格設定
    • 売上データや顧客データの分析
  • 人材に関すること
    • スタッフの採用と面接
    • 新人スタッフへのトレーニングと教育計画の作成
    • スタッフのシフト作成と人員配置
    • スタッフの業績評価と面談の実施
    • チーム内の人間関係の調整と、働きやすい職場環境づくり
  • 店舗運営・商品に関すること
    • 在庫管理、発注、棚卸の実施
    • 商品の品質管理と、鮮度や状態のチェック
    • 商品のロス(廃棄、万引きなど)の管理と対策
    • 魅力的な売り場作り(VMD、ディスプレイ)
    • 店舗設備のメンテナンスと資産管理
    • 店内の清掃と衛生管理
  • 顧客に関すること
    • 質の高い接客サービスの提供と、スタッフへの指導
    • お客様からのクレームやご意見への対応
    • 常連客の把握と、顧客との良好な関係づくり(CRM)
  • 安全・ルールに関すること
    • 労働基準法や衛生管理法などの法令遵守
    • 金銭管理(レジ締め、売上金入金など)
    • 防犯・防災対策と安全管理
  • 本社や上長への業務報告と情報共有
  • 地域イベントへの参加など、地域社会への貢献

このように、店長の仕事は無数にあります。だからこそ、社長は「うちの店長には、この中から特にコレとコレをやってほしい」と具体的に示してあげる必要があります。

ステップ3:「基準」を決める(プロとしての行動規範を定める)

最後に、仕事に臨む上での「姿勢」や「立ち居振る舞い(How)」を定めます。これは、会社の価値観を体現するプロフェッショナルとして、守るべき行動規範です。

基準の例:

  • 常にスタッフの模範となる、前向きな言動を心がけること。
  • 失敗が起きた時、他人のせいにせず、まず解決策を探すこと。
  • 会社の売上や利益といった数字を、自分事として捉え、責任を持つこと。
  • 問題や懸念点は、一人で抱え込まず、速やかに社長に報告・相談すること。

この「基準」があることで、店長は人間的にも成長し、社長も安心して仕事を任せることができます。

なお、基準は、会社の価値観:コアバリューから導き出します。コアバリューについては以下をご参照ください。

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ステップ4:会社と本人が「同意」し、署名を交わす

こうして作り上げた「職務の目的」「仕事内容」「基準」を一枚の「職務同意書」にまとめます。 そして、その内容について会社と店長本人が話し合い、お互いに納得した上で、署名を交わします。

これは、単なる業務命令ではありません。会社と個人が対等な立場で交わす「約束」です。

この一枚の紙があるだけで、全てが変わります。 店長は「自分は何をすべきか」が明確になり、迷いなく仕事に集中できます。 社長は「なぜ期待通りに動かないんだ」というイライラから解放されます。なぜなら、期待は「職務同意書」に全て書かれており、それに基づいて話ができるからです。

これが、「すごい店長」に頼るのではなく、「すごい仕組み」で会社を成長させるための、具体的な第一歩です。

「職務同意書」を絵に描いた餅にしない。「マニュアル」という教科書

さて、「職務同意書」で店長の仕事が明確になりました。しかし、これだけではまだ不十分です。 なぜなら、「何をすべきか(What)」は決まりましたが、「どうやってやるか(How to)」が、まだ個人の能力に任されたままだからです。

例えば、仕事内容に「リピート率を70%に引き上げる」と書かれていても、それを達成するための具体的なやり方が分からなければ、店長は動けません。


そこで必要になるのが「マニュアル」です。

マニュアルと聞くと、「アルバイト用の簡単な作業手順書」をイメージするかもしれません。しかし、ここで言うマニュアルは全く違います。「職務同意書」に書かれた仕事内容の一つひとつを、誰がやっても同じ品質で実行できるようにするための、会社の公式なやり方をまとめたものです。

  • 「お客様の名前を覚える」という仕事には… →「お客様カルテの作り方・管理方法マニュアル」
  • 「アンケートで満足度95%以上」という仕事には… →「クレーム対応マニュアル」「感動サービス事例集」
  • 「スタッフの定着率90%以上」という仕事には… →「新人スタッフ研修マニュアル」「面談マニュアル」

このように、社長であるあなたや、過去にいた優秀な店長の「頭の中にあるノウハウ」を全て書き出し、会社の資産として共有するのです。

「職務同意書」が仕事のゴールを示す地図だとしたら、「マニュアル」はゴールまでたどり着くための具体的な乗り物や道具です。この二つが揃って初めて、仕組みは機能し始めます。

マニュアルについては以下の記事をご参照ください。

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店長が機能するかどうかは会社の仕組み次第

「店長が育たない」という悩みの本質は、店長の能力不足ではありません。社長であるあなたが、「店長の仕事」を明確に定義し、そのための「仕組み」を用意してこなかったことにあります。

一人のスーパーマンに頼る経営は、その人がいなくなれば終わってしまいます。 これからの社長の仕事は、普通の人が、安心して、情熱を持って、その能力を最大限に発揮できる「仕組み」を創り上げることです。

その中核となるのが、会社と社員の約束の証である「職務同意書*です。

この記事を閉じた後、自問してみてください。

「私の会社には、店長が何をすべきかを示した、明確な『職務同意書』があるだろうか?」

もし、すぐに「はい」と答えられないなら、今が変革のチャンスです。まずは、あなたの会社の店長の「職務の目的」を、会社の理念から考えてみることから始めてみてください。

それこそが、社長であるあなたのイライラを解消し、会社を永続的な成長へと導く、最も確実で、最も価値ある第一歩となるはずです。


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