稲盛和夫は何をした人か?
稲盛和夫さんは起業家として、経営者として偉大な功績を遺しただけではなく、多くの経営者に人としての大切な哲学を伝え、日本企業の経営の在り方に大きな影響を与えた人です。稲盛さんともかかわりが深い雑誌「致知」では、稲盛さんのことを「新・経営の神様」と評しています。ちなみに、新が付くのは、松下幸之助氏が「経営の神様」として知られているからです。
稲盛氏さんの功績をまとめると以下のようになります。
- 京セラを創業、売上1.7兆円、時価総額2.6兆円に成長させる。
- KDDI(DDI)を創業、売上5.2兆円、時価総額9.8兆円に成長させる。
- JALが会社更生法の適用となった際、再建を請け負い、翌期には営業利益1,884億円、3年で再上場させる。
- 経営者向けの盛和塾を主宰し、1万5千人の会員数になる。
- 科学や技術、思想・芸術の分野に大きく貢献した方々に贈られる日本発の国際賞、「京都賞」を設立。
これだけ見ても常人ではない実績がわかります。以下に詳しく見ていきましょう。
稲盛和夫は何がすごいのか
「すごい」と言われる理由は、大きく3つに整理できます。
- 異業種で2社をゼロから兆単位に育てた……セラミックスと通信という、まったく違う業界で同じことをやってのけました。1社を大きくした経営者は他にもいますが、2社は稀です
- 門外漢の巨大企業を短期間で再建した……78歳でJALの再建を引き受け、翌年には営業利益1,884億円、3年で再上場させています
- やり方を言葉と仕組みにして遺した……フィロソフィとアメーバ経営という形で、他社が使える状態にしました。本人がいなくなっても残ります
3つ目がいちばん大きいと私は考えています。成功した経営者は多くいますが、その成功のさせ方を他人が再現できる形にまで落とした人はほとんどいません。
稲盛和夫のプロフィールと経歴
先に基本的な情報をまとめておきます。
- 読み方……いなもり かずお
- 生年・出身……1932年1月、鹿児島市生まれ
- 学歴……1955年3月、鹿児島大学工学部を卒業
- 主な肩書き……京セラ創業者・名誉会長、KDDI(第二電電)創業者、日本航空(JAL)元会長、盛和塾塾長
- 逝去……2022年8月24日(90歳)
稲盛和夫の経歴(年表)
- 1955年3月……鹿児島大学工学部を卒業
- 1955年4月……京都の碍子メーカー、松風工業に入社
- 1959年……京都セラミック株式会社(現・京セラ)を設立。資本金300万円、社員28人
- 1974年……東京証券取引所第一部に上場
- 1983年……経営塾「盛和塾」の塾長をボランティアで務めはじめる
- 1984年……第二電電企画株式会社(のちのDDI)を設立し、代表取締役会長に就任
- 1997年……京セラ取締役名誉会長
- 2000年10月……DDI・KDD・IDOの合併によりKDDIが発足
- 2005年……京セラ名誉会長
- 2010年……日本航空(JAL)会長に就任し、再建にあたる
- 2019年末……盛和塾を閉塾
- 2022年8月24日……逝去
技術者として社会に出て、27歳で創業し、52歳で通信事業に参入し、78歳で航空会社の再建を引き受けています。年齢で自分の可能性に線を引かなかった人だと言えます。
稲盛和夫はどんな人だったのか
この記事で挙げる事実から人物像を読み取ると、次の3つが見えてきます。
一つ目は、自分の取り分にこだわらなかったことです。KDDIの株を個人では一株も持ちませんでした。時価総額9.8兆円の会社ですから、持っていれば莫大な資産になっていたはずです。
二つ目は、教えることに時間を使ったことです。盛和塾の塾長はボランティアでした。全国1万5000人の経営者に、報酬を取らずに教え続けています。
三つ目は、判断を情緒でしなかったことです。DDIを設立するときには「動機善なりや、私心なかりしか」と自分に問い続けました。JALの再建を引き受けるかどうかも、好き嫌いではなく「日本の航空市場が一社独占になってよいのか」という基準で決めています。
稲盛イズムとは
「稲盛イズム」という言葉が使われることがあります。明確な定義がある用語ではありませんが、多くの場合、稲盛氏の経営哲学(フィロソフィ)と経営手法(アメーバ経営)をあわせた考え方全体を指しています。京セラ、KDDI、JALで実際に運用され、いまも各社に残っている点が特徴です。
なお、稲盛氏が導き出した「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」という方程式については、「考え方」×「熱意」×「能力」の成功方程式の記事で詳しく解説しています。
稲盛和夫氏の功績①巨大事業を創業、再建した
稲盛さんは元々技術者でしたが、27歳の時に京セラ(京都セラミック)を創業し、経営者としての道を歩み始めることになります。
京セラ創業、売上1.7兆円、時価総額2.6兆円に成長させる
稲盛さんは松風工業という会社に入社しますが、この会社は銀行管理同然のひどい状況でした。稲盛さんは、同期たちと「早くこんな会社辞めよう」と話していたそうです。
実際、同期はどんどん辞めてしまい、稲盛さん一人だけが残されてしまいました。そんな時、気持ちを切り替えて、研究に没頭しようと決意します。すると不思議なことに成果が上がり始め、会社からも実績を認められ、出世していきます。しかし、新しくやってきた上司とソリが合わず、会社を辞める決意をします。
稲盛さんが辞めるなら、と言ってついてきた同僚らとともに、”京都セラミック”を創業します。この時、稲盛さんは27歳。まだ若造といえる年齢でしたが、周りの助けもあり、300万円を出資してもらい、社員28人でのスタートとなりました。
その後、1974年に東証一部に上場し、さらなる成長を遂げていきました。
KDDI(DDI)創業、売上5.2兆円、時価総額9.8兆円に成長させる
稲盛さん52歳(1984年)の時、京セラの経営をする傍ら、第2電電の構想を描き、京セラが中心となった企業グループでDDIの設立をします。当時、通信の自由化が始まり、NTTの独占状態を危惧した稲盛さんは、まったく門外漢の通信業界に参入することになるのです。稲盛さんは当時の京セラの首脳陣を説得し、2000億円あった手持ち現金のうち、半分の1000億円をDDIの設立に使うことになりました。
このとき稲盛さんが残した有名な言葉が、「動機善なりや 私心なかりしか」です。
その後、DDIは複数社が合併してKDDIとなりますが、京セラはまだ大株主のままです。
KDDIの時価総額は9.8兆円なので、もし稲盛さんが個人でKDDIの株を持っていたら、それだけでも相当な資産になっていたはずです。しかし稲盛さんは、この事業はあくまで日本の通信インフラのために行うのだと考えていました。だから、あえて自分個人では一株も持ちませんでした。ここに稲盛さんの哲学が現れています。
稲盛さんがDDIの設立に踏み切れたのは、京セラに2000億円という潤沢な内部留保があったからです。稲盛さんはかつて、松下幸之助から”ダム式経営”の大切さを教わっており、それを忠実に実践し、2,000億円のダムを創り上げたのです。それがDDIの設立につながりました。
JAL再建
稲盛さんが設立した京セラという会社について詳しくない方であっても、JALについては身近な会社として知っているでしょう。JALは日本の翼として航空業界の最大手でした。しかし放漫な経営が災いします。2010年、2兆3,000億円という事業会社としては戦後最大の負債を抱えて会社更生法の適用を申請しました。
その再建の依頼が稲盛さんに回ってきました。稲盛さんは任を引き受けるかどうか悩みます。当時すでに78歳で、普通の人ならとっくに引退している年齢でした。門外漢の航空業界でもあります。しかも日本を代表する航空会社の再建という、火中の栗を拾うような仕事です。普通に考えたらどう見ても避けたほうが良い仕事です。しかしここで稲盛さんは自分の哲学に戻ります。もしJALが無くなれば何万という社員が職を失います。さらに日本の航空市場は全日空の一社独占状態になる。これは国民にとっても良くないことだと考え、任を引き受けることを決めます。
稲盛さんはJALにこれまで自分が培ってきたフィロソフィーを持ち込み、現場ではアメーバ経営を実践させました。その結果、翌年には営業利益1,884億円を生み出し、3年で再上場させるという偉業をやってのけました。
世界的に見ても稀な実績を持つ経営者
売上規模や時価総額だけであれば、稲盛さんより巨大な会社を創り上げた企業は世界にいるかもしれません。(グーグルやアマゾン等、ITの起業家達等)しかし稲盛さんは、1社だけではなく2社を、それも異業種でゼロから兆単位に成長させています。さらに門外漢の巨大企業をわずかな期間で再建に導きました。この実績にかなう経営者は世界で見てもいないと言っていいでしょう。なぜ稲盛さんには偉業が実現できたのか?それは稲盛さんが会社経営を成功させる普遍の法則を知っていたからに違いありません。その普遍の法則が次の功績になります。
稲盛和夫氏の功績②思想と仕組みを遺した

稲盛さんの2つ目の功績は、思想を仕組みを遺したことです。稲盛さんの経営で特徴的なのは、「フィロソフィー」と「アメーバ経営」です。この2つが両輪で回ることによって、会社が上手く行くようになるのです。
精神と実務の両輪を回した
私が多くの経営者と接する中で感じていることがあります。私も含め、多くの人は”精神や理念”か”経営実務”のどちらかが強く、どちらかが弱いのです。”精神や理念”が強い社長は、志があり、立派な理念があり、組織内にもそれが浸透しています。一方、その志を実現させるための事業モデルや実務面での仕組みが欠けているケースが多いです。逆に”経営実務”が得意な社長は、儲ける仕組みを創るのが上手です。ただし志や理念に欠けることがあり、組織のエネルギーや魂が足りません。本来は”精神や理念”があり、”経営実務”によってそれを実現するのが望ましい形です。ただし一人で両方を兼ね備えている人はなかなかいません。
そんな中、稲盛さんは”フィロソフィー”という精神の面と、”アメーバ経営”という実務面を両輪で回していました。そのことが他の経営者と一線を画している一つの要因かと思います。
フィロソフィー
フィロソフィーとは、稲盛さんが導き出した哲学です。自身の経験から経営者にとって大事だと考えることをまとめたものがフィロソフィーですが、その内容は経営者だけではなく、一般の人の生活にとっても非常に大切なものとなっています。たとえば、以下のような項目があります。
- 利他の心
- 誰にも負けない努力をする
- 素直な心を持つ
- 感謝の気持ちを持つ
- ガラス張りで経営する
稲盛さんは京セラ時代には「京セラフィロソフィー」としてまとめ、社内に徹底させました。さらに、JALの再建に携わった際にも経営陣にフィロソフィー教育を行い、その後、「JALフィロソフィー」として伝承されていくことになります。
アメーバ経営
稲盛流経営、もうひとつの車輪がアメーバ経営です。アメーバ経営は、会社組織を小さいアメーバのように分割し、小さい単位で採算を見ていく手法です。これも稲盛さんが経営に苦労する中で生み出した手法です。アメーバ経営では、小集団での採算を見ていきます。会社のムダを極限まで削減できるだけではありません。社員一人ひとりが、自分の行動や仕事が会社の経営に影響を与えていることを実感できます。自立的な社員が育つ仕組みなのです。
思想や哲学は事業よりも長く続いていく
稲盛さんが創った京セラやKDDIは素晴らしい会社です。しかし、会社である以上、世の中の流れとともに栄枯盛衰があります。数十年後にはどうなっているかわかりません。一方、素晴らしい思想というのは数百年、場合によっては数千年と時代を超えて伝承されていきます。たとえば、ギリシャ哲学や宗教的な教え、江戸商人の教えなどです。稲盛さんが提唱したフィロソフィーも、仕事をする人たちの原理原則として、時代を超えて伝承されていくでしょう。そういった意味で、稲盛さんの功績を語る際、残した事業よりも、残した思想のほうが価値が高いものと考えられるかもしれません。
稲盛和夫氏の功績③人を遺した
「財を残すは下 仕事を残すは中 人を残すは上」などと言われたりします。稲盛さんは、仕事を遺すだけではなく、人を遺す仕組みも作りました。
京都賞
京都賞は、科学や技術、思想・芸術の分野に大きく貢献した方々に贈られる日本発の国際賞です。京都賞受賞者の中から、のちのノーベル賞受賞者が何人も生まれるなど、権威ある賞として知られています。
盛和塾
全国に1万5000人の会員を抱えた盛和塾は、稲盛さんのフィロソフィーを学ぶあう会員組織です。稲盛さんの高齢化に伴い、2019年末に解散となりました。稲盛さんはボランティアでこの塾の講師を務めていました。私の周りの経営者にも盛和塾に入っていた人は多く、多くの経営者に薫陶を与えました。盛和塾はもともと稲盛さんがやろう、ということでスタートしたわけではなかったそうです。稲盛さんが事業を拡大させると同時に、教えを請いに来る経営者が増え、そういった人たちが中心となって、稲盛さんから学ぶ会を広げていったそうです。
盛和塾は解散しましたが、その後、日本各地に自主的にフィロソフィーを学びあう会合が発足しています。
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稲盛和夫についてよくある質問
稲盛和夫の読み方は?
「いなもり かずお」と読みます。「稲森和夫」と表記されることがありますが、正しくは「稲盛和夫」です。
稲盛和夫の学歴は?
1955年3月に鹿児島大学工学部を卒業しています。学部は工学部で、社会に出た当初は技術者でした。経営を学んで起業した人ではなく、現場の技術者から経営者になった人です。
稲盛和夫は何をした人ですか?
京セラと第二電電(現KDDI)という2社をゼロから創業し、それぞれ売上兆円規模の会社に育てました。さらに2010年、経営破綻した日本航空(JAL)の会長として再建を引き受け、3年で再上場させています。あわせて盛和塾で経営者を育て、京都賞を創設しました。
稲盛和夫が遺した考え方は何ですか?
中心にあるのがフィロソフィです。利他の心、誰にも負けない努力をする、闘争心を燃やすといった項目からなります。実務面では、組織を小集団に分けて採算を見るアメーバ経営があります。この2つを両輪で回した点が特徴です。
盛和塾はなぜ解散したのですか?
稲盛氏の高齢化に伴い、2019年末に閉塾しました。全国に1万5000人の会員がいました。解散後も、各地で自主的にフィロソフィを学び合う会合が続いています。
稲盛和夫の本は何から読めばよいですか?
経営者であれば、考え方の全体像がつかめるものから入るのが分かりやすいと思います。当サイトでは成功方程式、値決めは経営、有意注意、自燃性など、フィロソフィの主要な項目を記事ごとに解説しています。
まとめ
以上、稲盛さんの功績についてみてきました。普通の経営者なら、1社を経営するだけでも精いっぱいだと思います。稲盛さんは巨大企業を2社も創業し、1社を再建しました。さらにボランティアで人を育てる活動まで続けています。そう考えると、偉大な経営者、という枠にも入らない偉人と言って良いと思います。














