針鼠(ハリネズミ)の概念はどのようにして生まれたか?
1953年に『ハリネズミと狐』を発表した思想史家のアイザイア・バーリンは、世の中には針鼠型の人間と狐型の人間がいると指摘しました。この本は古代ギリシアの詩人アルキロコスの断片、「狐はたくさんのことを知っているが、ハリネズミはでかいことを一つだけ知っている」を出発点にしています。
狐は様々な戦略を考え、針鼠を捕獲しようとします。しかし針鼠は身体を丸めて身を守り、いつも生き延びます。狐は針鼠より賢いのですが、勝つのはいつも、身体を丸めるというシンプルなことを行っているだけの針鼠なのです。
この寓話が人のキャリアにも、企業経営にも同じく当てはまるわけです。
ここで大事なのは、狐が劣っているという話ではないという点です。狐は多くのことを知っています。それでも勝つのは針鼠のほうです。理由は一つで、針鼠は一つのことに絞り込んでいるからです。能力の差ではなく、絞り込んだかどうかの差だという点が、この概念の核心にあたります。
「偉大な企業」はシンプルにひとつのことだけを行っているのに対し、「良い企業」は、様々な戦略を練り、エネルギーを分散させてしまい、どの事業もそこそこのレベルにとどまります。
「ハリネズミの概念」「法則」「理論」という呼び方の違い
検索していると、同じものがいろいろな名前で出てきます。整理しておきます。
- ハリネズミの概念(針鼠の概念)……『ビジョナリーカンパニー2』での正式な呼び方
- ハリネズミの法則・ハリネズミ理論……同じものを指す言い方。書籍にこの表記はない
- ハリネズミ経営・ハリネズミ戦略……この概念に沿った経営や戦略を指す言い方
指しているものはどれも同じなので、呼び方を気にする必要はありません。ただし社内で議論するときは、原典の言葉である「ハリネズミの概念」に統一しておくと、書籍を読んだ人と話が食い違いません。英語では「hedgehog concept」と表記されます。
心理学の「ハリネズミのジレンマ」とは別の概念
よく混同されるものに「ハリネズミのジレンマ」があります。これはまったく別の概念です。
ハリネズミのジレンマは、近づきすぎると互いの針で傷つけ合い、離れすぎると寒い、という寓話から来ています。人間関係における距離の取り方を指す心理学の言葉で、日本語では「ヤマアラシのジレンマ」と呼ばれることのほうが多いものです。
一方、本記事で扱うハリネズミの概念は、ジム・コリンズが経営の文脈で使った、絞り込みについての考え方です。同じ動物が出てくるだけで、内容にはつながりがありません。
針鼠(ハリネズミ)を見つける3つの円
では、どのようにひとつのことに絞り込むのか?そのために「ビジョナリーカンパニー2」では、次の3つの円が紹介されています。

最近では自分のキャリアを見つけるため、起業ネタを見つけるためなど、自己啓発系のシーンでもこれの亜流バージョンが使われています。ただし、世間で使われているものと、「ビジョナリーカンパニー2」で紹介されている内容とは少し違っていたりするので、正しく理解することが大切です。以下に解説していきます。
自社が世界一になれること
自社が世界一になれる部分はどこか?同様に重要なこととして、世界一になれない部分はどこか?この円のポイントは以下の通りです。
- ”世界一になれること”であって、自社の中核的な能力(得意なこと)ではない。
- 今現在、その分野に従事していない可能性もある。
- 世界一になれる部分はどこか?を理解することが大切。これは世界一になりたいと思うことや、世界一になるという意思でもない。
- 自社の中核事業に何十年と従事してきたからと言って、それで世界一になれるとは限らない。
やはり、世界一というところがポイントだと思います。
日本は幸か不幸か、言葉のバリアーで市場が守られていたり、内需があるおかげで世界一という概念を持っている企業は少ないと思います。日本一であれば、大成功した企業になれるわけですから。
それでも、これから世界一ということは大事だと思います。日本一になったとしても、世界一の企業が日本に参入してきたら、まさに黒船来襲状態ですからね。
例:キンバリークラーク
消費者向け紙製品で世界一。元々は製紙会社として様々な商品を作っていたが、消費者向け紙製品(クリネックス等)に特化した。
経済的原動力になれること
偉大な企業は当然ながら、稼ぐ力も他の企業と比べて高いです。興味深いのは、書籍に出てくるすべてのビジョナリーカンパニーは、「X当たり利益」というひとつの財務的指標を追求していたことです。
たとえば、
- 社員一人当たり利益
- 顧客一人当たり利益
- ひとつのエリア当たり利益
と言った感じです。
このXが何かを発見することが非常に大切です。業界ごとに標準的な指標というのはあるかもしれませんが、必ずしも業界内の他企業が大切にしている指標が自社にとって適切か判断するには熟慮が必要となります。
情熱をもって取り組めること
これはビジョナリーカンパニーの特徴でもあるカルト的文化にも通じるかもしれません。ビジョナリーカンパニーは自社の事業について、過剰なまでに情熱を持っています。
ここで大切なのは、その事業に情熱を傾けようとするのではなく、”どの事業であれば情熱を持てるか?”を理解することです。
3つの円を自社で考えるための質問
3つの円は、抽象的なまま考えていても答えが出ません。次の質問に置き換えると、社内でも議論しやすくなります。
- 世界一になれること……「うちが他社より明らかに上手にやれていることは何か。それを顧客はどう言葉にしているか」
- 経済的原動力……「何を1単位増やすと、いちばん利益が増えるか。その1単位は人か、顧客か、店舗か」
- 情熱をもって取り組めること……「お金にならなくても続けてしまう仕事はどれか」
3つのうちいちばん間違えやすいのが1つ目です。「得意なこと」を答えてしまうからです。書籍が言っているのは得意なことではなく、他の誰よりも上手にやれることです。長年やってきたという事実は、その根拠になりません。
自社に固有のものをどう見つけるかについては「独自性とは?ビジネスでの意味と自社の独自性の見つけ方」でも解説しています。
針鼠(ハリネズミ)の概念とBHAGの関係
針鼠(ハリネズミ)の概念と同じくらい有名なのが、BHAG(社運を賭けた大胆な目標)です。こちらは「ビジョナリーカンパニー1」で紹介されています。
詳しくは以下の記事でご覧ください。
BHAG(社運を賭けた大胆な目標)について解説。自己診断付。
これは本書に書いてあるわけではないですが、BHAGと針鼠(ハリネズミ)の概念は非常に関連性が高いと思います。なぜならば、BHAGも針鼠(ハリネズミ)の概念に一致するものでないと成り立たないからです。情熱が無かったり、儲からなかったり、世界一になれない分野でBHAGを設定しても達成は難しいでしょうからね。
「ビジョナリーカンパニー1」では、BHAGは、基本理念に沿っている必要があると解説されていますが、同時に、針鼠(ハリネズミ)の概念にも沿うものであることが必要でしょう。
どうすれば針鼠(ハリネズミ)の概念を実践できるのか?
では、どうすれば針鼠(ハリネズミ)の概念を実践できるのか?すなわち、どうすれば3つの円の中心を発見することが出来るのでしょうか?
ジムコリンズ氏は、針鼠の概念を確立するために、評議会を作って以下のサイクルを回し続けることを勧めています。

このように、針鼠の概念を確立するプロセスは、シンプルですが、簡単ではありません。ジムコリンズ氏によれば、ビジョナリーカンパニーは針鼠になるまでに平均4年かかっていると言います。ただし、ビジョナリーカンパニーが”良い企業”から”偉大な企業”へと変革をし始めたのは、この針鼠の概念を実践し始めてから、という調査結果もありますので、4年かけてでも発見する価値があるということでしょう。ぜひ実践してみてください。
針鼠(ハリネズミ)の概念に関するよくある質問
ハリネズミの概念はどの本に出てきますか?
ジム・コリンズの『ビジョナリーカンパニー2 飛躍の法則』です。BHAG(社運を賭けた大胆な目標)は『ビジョナリーカンパニー1』のほうで紹介されています。シリーズ全体の内容と読む順番は「ビジョナリーカンパニー要約|1と2の内容と正しい読む順番」にまとめてあります。
「世界一になれること」なんて、中小企業には無いのでは?
市場を広く取ればそのとおりです。ただしここでいう世界一は、範囲を絞ったうえでの一番を指します。「この地域の、この業種の、この規模の会社にとっての一番」でも構いません。範囲を絞らずに考えると、どの会社にも答えは出ません。
3つの円が重なる場所が見つかりません。
すぐには見つからないのが普通です。ジム・コリンズによれば、偉大な企業でも針鼠の概念にたどり着くまでに平均4年かかっています。1回の会議で決めようとせず、本文で紹介した評議会のサイクルを回し続けてください。
絞り込むと売上が減りませんか?
短期的には減ることがあります。ただし、絞り込まずに複数の事業をそこそこの水準で続けている状態は、どの事業でも一番になれないという状態でもあります。本文のキンバリークラークの例のように、絞り込んだ結果として大きくなった会社は少なくありません。
ハリネズミの概念と差別化は同じことですか?
近いですが、視点が違います。差別化は競合と比べて違いをつくることで、視点が外にあります。ハリネズミの概念は、自社が一番になれる場所を見つけて絞り込むことで、3つの円のうち2つ(経済的原動力と情熱)は自社の内側の話です。
何から始めればいいですか?
まず3つの円を、それぞれ紙に書き出してみてください。そのうえで、いま社内でいちばん時間を使っている仕事が、3つの円のどこに入るかを確認します。どこにも入らない仕事に多くの時間を使っているなら、それが最初に見直す対象です。
針鼠の概念を実践するなら仕組み経営へ
私たち仕組み経営では、針鼠の概念のように事業・商品・サービスを絞り込み、仕組み化して拡張可能にするご支援をしています。
詳しくは以下から仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。


