「足るを知る」とは?
「足るを知る」という言葉、皆さんもご存知だと思います。辞書などを引くと「身分相応に満足することを知る」などと書いてあるわけですが、要するに自分の置かれた立場や状況に満足するということです。
そして、自分の人格や人間性を高めていくために、この「足るを知る」ことが大切だというふうに言われることがあります。そうは言っても、やはり現状に満足できない自分というのはいるわけで、ここにジレンマが生じてしまいます。
足るを知るの本当の意味
最初に、「足るを知る」の意味を改めて確認していきましょう。これは老子の「知足者富、強行者有志」という言葉を現代語訳したもので、「足るを知る者は富み、強めて行う者は志有り」ということになります。
要するに、現状に満足して感謝している人は、それほど多くのものを持っていなくても、幸せな人生を送ることができる、富がある者と見なされるということです。逆に、いくらお金があっても、いつまでも欠乏感を抱いて生きている人というのは、何を得ても幸せな人生は送れないということになります。
「足るを知る」が嫌われる理由
ただ、やはり経営者の方にとっては、「現状に満足しなさい」と言われても、「いやいや、これでは満足できませんよ」という気持ちになると思います。社員に対しても「現状に満足しないで、もっとチャレンジしていきなさい」とか、「もっと成長していきましょう」と言わることが多いはずです。
「足るを知る」とのジレンマ
ですから「足るを知れ」と言われても、欠乏感を抱いてどんどん自分を追い立てるということをしがちなわけです。つまり、現状に満足するという気持ちと、もっと達成したいという向上心は対極に位置するものであって、そこにジレンマを感じてしまうのです。
現状に満足して、いろいろなものに感謝をしていかないといけないということは頭で分かっていても、一方では、会社をもっと成長させたい、もっと収入が欲しい、あれが欲しい、これを達成したいという意欲は常にあるわけです。これが経営者にとって「足るを知る」を実践しにくく、ひいては敬遠されがちな理由になっているのです。
稲盛和夫氏の「足るを知る」生き方
京セラの創業者で、経営破綻した日本航空の再建に尽力した、カリスマ経営者として皆さんもご存知の稲盛和夫氏を例に挙げ、実際に経営者が「足るを知る」をどのように捉えてきたのかをご紹介します。
欲望にも節度が要る
稲盛氏が、いわゆる稲盛哲学を語る際に何度も口にしたフレーズが「日本人は、もっと『足るを知る』必要がある」です。稲盛氏は「足るを知る」について、「『もうそんなに強欲にならなくてもよいのではないか。欲望にも節度が要るのではありませんか』という、古来から東洋にある教えです」と説明されています。
また、2015年に行われたインタビューでは、「日本の経済というのは、国民が贅沢をしてくれなければ、国が発展しないと。つまり、消費に頼った経済発展といいますかね。地球上にある資源というのは有限ですから、無限じゃありませんから、そういうものを有効に使って、足るを知るというような生き方をしなきゃいけないのにも関わらず、経済という指標からいくと、贅沢をもっともっと。浪費をするべきだと。という論調になっていくので、今の経済のメカニズムそのものを根本から考えなければならないという時が来るんじゃないだろうかという気がしますね。果たして、今までの経済政策でいいのだろうかとそういう疑問が出てきてしかるべきじゃなかろうかという気がしますけど」と語っておられます。
成長重視からの転換
要するに、現在の日本経済は消費に支えられていて、国民が贅沢をすれば発展すると考えられているけれども、地球の資源は有限で、いつまでも浪費は続けられない。国民は贅沢をせず、身の丈に合った生き方を選択し、経済政策も成長重視から転換しなくてはいけないということになります。
もちろん、こうした考え方は、今日では特に目新しいものではありません。しかし、稲盛氏は1990年代からこうした提言をしておりました。経済の成長が前提であることを誰も疑わなかった当時から、「地球の資源は有限だ。身の丈に合った生活をしよう」と公言していたわけですから、これこそが稲盛哲学の真骨頂だと言えるのではないでしょうか。
足るを知るからこそ、向上心が生まれる
これらの発言は、景気浮揚一辺倒の経済界の論調の中にあっては、消極的なポリシーと聞こえかねません。しかし稲盛氏は「環境を改善するための産業は経済を活性化し、ダイナミックにするためにも重要です。環境を守るということは、経済を萎縮させることと同義語ではない」「成熟した巨大な天然杉が腐って倒れると、そこから新しい芽が出てくる。巨大になった産業は倒れ、後に若い産業が生まれる。こういう新陳代謝、淘汰が21世紀に向けた正しい姿です」とも語っておられ、実は正反対の向上心に満ちた理念であることがここからも分かります。
「足るを知る」と「向上心」を両立させるには?
ここからは、「足るを知る」と「向上心」との間に生じるジレンマを解決するにはどうすればいいのかをご説明していきます。
現実と理想のギャップ
時間は過去・現在・未来というふうに動いています。私たちが会社の計画や、自分の人生の計画を立てる時には、当然ながら、現在を起点にして未来への目標を立てていきます。例えば、現在の会社の売上が5億円だとすると、10年後には10倍の50億円というような目標を立てていきます。そこにギャップが生じるわけです。
10年後に50億円欲しいということは、つまり現状に満足していないわけで、このギャップに対して欠乏感や焦燥感、つまり焦りが生まれてきます。「本当はこうなりたい」「他の人はこうなっているのに、なぜ自分だけこんな状況なんだ」と、理想とのギャップに皆さん悩んでしまいます。これが社長にとってはストレスのもとになるのです。
悪いストレスを抱え込まないために
常に理想とのギャップに落ち込んでいる状態は良いストレスとは言えません。結果的に、経営の判断を間違えたり、社員につらく当たったり間違った意思決定をしてしまうということがあるわけですから、この状態は良くないのです。
そこで、今回のテーマである「足る知る」ということが必要になってきます。未来のことばかりを考えず、5億円稼いでいる現状に満足しようということで、「足るを知る」という言葉を実践しようというわけです。
そうは言っても「本当は50億円にしたいんだよね」という向上心もあるわけですから、それを何とか達成したいということで、またストレスを抱えてしまうのです。
過去を振り返ってみる
そこで、未来ばかりを見るのではなく、過去を振り返ることをお勧めしています。要するに、過去から現在に至るまでに皆さんが得たものを振り返って、そのことを祝って感謝するということです。
例えば、皆さんが10年後の目標を立てる場合、10年前を振り返ってみるわけです。すると、多くの方は「そう言えば、10年前は売上1億円だったし、社員も数人しかいなかったけど、今は売上5億円だし、社員も20人ぐらいいる」と、得たものがあるはずです。
もちろん、それは量的な成長だけではなくて、質的な成長も含まれます。ビジネス自体は成長していないけれども、様々な経験をして心の成長をすることもあるわけです。努力を続けていれば、必ずそういった得るものがあるのですから、まずこれについて考えてみましょう。
今の自分を祝うことで向上心が生まれる
過去10年の間にどれだけの変化が起こせたのかが分かると、次の10年でも同じぐらい、もしくはさらに大きな変化が起こせるのではないかということが分かってきます。過去を振り返ることで、自分の上げた成果を認めることができるようになります。
これがまさに「足るを知る」ということになるわけです。自分がやってきたことに対して、自分で祝って感謝をするということです。同時に、「10年間でこれだけできたなら、もっとできるよね」という向上心が生まれてくるのです。
ギャップだけに目を向けていると非常にストレスが溜まるのですが、過去から現在に至るまでに得てきたものを振り返ることで「足るを知る」ことができ、向上心を持つことができるようになるというわけです。これは精神的にも非常に安心感があって、ストレスがない考え方です。
GAPではなくGAIN
この考え方を提唱してる人は、ベンジャミン・ハーディーという心理学者で、彼は「残っているGAPではなく、GAIN(得たもの)で進歩を測ると、失敗の感情から解放されます。自分がどれだけ遠くまで来たかを感謝することで、ポジティブなエネルギーが得られ、将来的により多くのGAINが得られます」と言っています。
「残っているGAP」とは、要するに現在から未来のことです。ここではなくて、今まで自分が得てきたもので自分の成長を測りましょうということなのです。それによって失敗の感情、つまりストレスから解放されるということです。
これまでの登攀を振り返る
登山に例えると、最初は木が生い茂っている山の麓を登っていきます。そこは木が生い茂っていて景色が見えませんから、ただ坂道を登り続けるという苦行が続くわけです。ところが、そのうちだんだん木も少なくなってきて、視界が開けてきます。そうして振り返ると、苦労して登ってきた自分たちの道筋が見えるのです。
そこで初めて「こんなに登ってきたんだ」という、得たものが認識できるわけです。そうすると、「こんなに登ってきたんだから、もっと先に行けるよね」「もっと上に行けば、もっと良い景色が見られるかもしれない」という、ギャップを埋めるためのエネルギーも生まれてきます。
日々の仕事や経営も同じように、現実と未来のギャップばかりを見つめていると、ストレスが溜まってネガティブになってしまいますが、今まで得てきたものに焦点を当てることで、別の視点が得られるわけです。
「足るを知る」を経営に活かす
このように、目標を立てる時には過去を振り返り、自分が達成してきたことや得てきたことを知り、祝い、感謝するということをぜひ実践してみてください。「10年でここまでこれたなら、次の10年はもっといけるかもしれない」という向上心、つまりポジティブな感情が生まれ、これによって目標自体も変わる可能性もあるわけです。
「仕組み経営」では、皆さんが過去の成果を祝い、感謝しながら、次の10年に向けた目標設定をしていくご支援をしています。詳しくは以下のガイドブックからご覧ください。