理念唱和・社訓唱和は意味がある?気持ち悪いと言われる理由と効果



清水直樹
今日は理念唱和は意味があるか?というお話をしたいと思います。あわせて、社訓唱和が「気持ち悪い」「パワハラではないか」と言われてしまう理由と、続けるなら何が必要かについても解説します。
動画でも解説しています。

唱和とは

唱和(しょうわ)とは、一人が唱えた言葉に続いて、その場の全員が声をそろえて言うことです。乾杯の音頭で「ご唱和ください」と言われるのが分かりやすい例です。

会社では、朝礼で経営理念や社訓を全員で読み上げることを指して使われます。呼び方は会社によって「理念唱和」「社訓唱和」「クレド唱和」などさまざまですが、やっていることは同じです。

この記事では、その理念唱和・社訓唱和に意味があるのかを扱います。なお、そもそもの言葉の違いは企業理念と経営理念の違いで解説しています。

理念唱和は日本独特の習慣

もしかしたら皆さんの会社において、朝礼などで理念が書かれた冊子などをみんなで声に出して読むということをやっている会社もあるかもしれませんし、皆さんの周りにもそういった会社があるのではないかと思います。

この理念唱和という習慣。これは日本企業独特かなと思います。

私も海外の企業等調べたりするのですが、あまりこれをやっているというのを聞いたことがありません。

ですから個人的にはこれは意味があるのかな?というのを常々思っています。

もちろん私のお客様の中でもやっているところがあるので、必ずしもこれが意味がないとか批判しているというわけではないのですが、ちょっと1回そこに疑問符を持ってみてはどうかという話をさせていただきます。

実は私も何社か会社員としてやっていたのですが、そのうちの1社でこれをやっていました。ただ、正直その内容をほとんど覚えていません。確かにやっていたのですが、どんな理念だったかというのを正直覚えていません。

そういった意味で、これは本当にやっている意味があるのかなというのを常々感じているわけです。

海外の会社は理念唱和をするのか

海外にも、企業理念や行動指針を強く打ち出している会社はたくさんあります。ただ、全員で声をそろえて読み上げるという形式は、私が見てきた範囲ではほとんど見かけません。

代わりに多いのが、次のような形です。

  • 会議の冒頭で、理念に沿った行動をした人の事例を1つ紹介する
  • 採用の面接で、理念に関する質問を必ず入れる
  • 評価の項目に理念に沿った行動が入っている

いずれも声に出す機会ではなく、理念が判断や評価に使われる機会を作っています。この違いは後の章でも触れます。

理念唱和の目的は、理念の共有

結論としては、理念唱和というのは理念を共有したいからやるわけです。でも、そのためにはもっとうまい別の方法もあるのではないかという投げかけをしてみたいと思います。

ここで1回洗脳方法という話なのですが、理念唱和というのは昔は確かにある程度は意味はあったのかなと思います。

人を洗脳するには?

ちょっとここで話がそれますが、人を洗脳するにはこんな方法になります。

先にお断りしておきます。唱和をしている会社が社員を洗脳しようとしている、という話ではありません。意図とは関係なく、結果として同じ構造に乗っていた時代があった、という話です。

人の考え方が変わっていく4つのステップ

既存の人間関係と隔離させる

まず、「既存の人間関係と隔離させる」ということです。例えばカルト宗教とか、私も昔ちょっと関わっていましたけれどもネットワークビジネスとか、その人の考え方を変えないといけないビジネスというのがありますが、そういったビジネスはだいたい最初にこれをやります。「既存の人間関係と隔離させる」ということです。

特にカルト宗教などのやばい宗教などというのは家族や友達とかとまず隔離させます。そして山奥にある修行をする施設のようなところに入ってもらうわけです。そして外部との情報を遮断するというのがまず第1ステップになってきます。

精神的、肉体的疲労を与える

次が、「精神的、肉体的疲労を与える」ということで、例えば修行で精神的に疲れさせたりだとか、肉体的に疲労を与えて疲れさせるということです。これは何かというと、考える力をなくさせるということです。

昔、ヒットラーが演説するということをたくさんやっていたわけです。そしてナチスドイツの思想をどんどん広めていきましたが、彼は演説の時間を夕方とか夜に設定したと言われています。これはなぜかというと、夕方とか夜になるとみんなが疲れているからです。そのためヒットラーの言葉がそのままスッと入りやすいというように言われています。

それを知っていたかどうかは分かりませんけれども、とにかくヒットラーはそういうことを意識してやっていたと言われています。

また自己啓発セミナーなどもこれに近いです。同じ集団の中で朝から晩までずっと過ごさせるという事です。家族とか既存のビジネスの仲間と離してセミナー会場というところに隔離して、朝から晩まで行い、肉体的な疲労を与えるということです。

既存信者と長時間共にする

次が、「既存信者と長時間共にする」ということです。今までの人間関係と分かれさせれば、当然既に信者になっている人達と長時間過ごすことになります。


新しい価値観を植え付ける

このようなステップを経たうえで、自分たちが植え付けたい新しい価値観を植え付けていきます。

昔は理念唱和で理念が共有できた?

だいたい人の洗脳はこういった感じで行われていくのですが、昔のようにインターネットがない時代というのは、理念唱和によってこの洗脳のステップにうまく回っていたかなと思います。別に社長が社員を洗脳しようと思ってやっていたわけではないと思いますが、おそらくこのステップにそのまま沿っているわけです。

昔は今のようにインターネットがないので、自分の会社以外の人と付き合う機会はそんなになかったのかなと思います。昔の会社員の人達が所属しているコミュニティというのは会社と家庭です。とくにバブル時代というのはとにかく同僚と過ごす時間がとても長いわけです。あとは家庭に帰って来て奥さんとか子供といるという感じで、非常に限られたコミュニティの中で過ごしていたわけです。

つまり会社に行くということは家庭と離されることになるわけです。そして会社で働けば精神的にも肉体的にも疲れます。そこで理念唱和ということを行うことで、新しい価値観を植え付けていくという手法がうまく機能していたわけです。理念唱和をすることによって、会社の理念を社員の人達が共有していくということができていたのだろうと思います。

一方で最近はどうかというと、なかなか家庭と会社だけのコミュニティに所属している人が少なくなってきていると思います。私なんかもそうですけれども、例えば地元の友人がいたりだとか、ネット上だけでつながっている友達がいたり知り合いがいたりします。そこからいろいろな情報が入ってきたりします。あとは地域社会の情報があったりします。

また昔と違うのは他社人脈が結構あるということです。同業他社の知り合いや、異業種交流会へ行けば他の会社の人達がたくさんいるわけです。そのような感じで1人の人が様々なコミュニティに所属しているというのが今の時代です。

現在は理念共有が難しい時代

そうすると、先ほどのステップがうまく機能しなくなるわけです。

まず、「既存の人間関係と隔離させる」ということ自体が難しくなります。会社に行ってもネットでつながっていますので、他の会社の人と話したりできます。自分の会社はこうやっているけれど、あの会社はこうやっているんだなという風にいろいろな情報が入ってくるわけです。

するとまずこの最初のステップが難しくなり、その次のステップもうまく機能しなくなるため、今は唱和することで理念を共有していくということが難しくなってきているのかなと思います。

理念唱和しても、理念に触れる時間は3.125%しかない

計算してみますと、例えば朝礼で理念唱和をしている会社があったとします。朝礼はだいたい15分くらいだと思います。その時に理念唱和をやっているわけですが、これだけの場合には会社の理念に社員の人が触れる時間というのは、全部の就労時間のわずか3.125%でしかないということになります。

他の時間は他の事を考えているわけです。これでは理念の共有というのは難しいというわけです。

効果がないとは言いませんけれども、理念唱和をして理念共有をしようというのは、なかなか今の時代では難しくなっているなという感じです。

社訓唱和が「気持ち悪い」「パワハラ」と言われる理由

検索してみると、「社訓唱和 気持ち悪い」「朝礼 唱和 パワハラ」といった言葉で調べている人がかなりいます。経営者としては受け止めにくい言葉ですが、なぜそう感じられるのかには理由があります。同じ心理は盛和塾が「やばい」と言われる理由にも表れています。

気持ち悪いと感じるのは、内容ではなく目的化しているから

社員が気持ち悪いと感じているのは、理念の中身ではありません。ほとんどの場合、書かれていること自体には反対していないのです。

引っかかっているのは、その理念で何かが決まった場面を一度も見たことがない、という点です。毎朝声に出しているのに、実際の判断はまったく別の理由で下されている。値引きの可否も、残業の扱いも、取引先の選び方も、理念とは関係なく決まっていく。それでも唱和だけは毎日続く。

このとき唱和は、意味を運ぶ手段ではなく、儀式そのものになります。中身と行動が切り離された儀式を毎日やらされると、人はそれを気持ち悪いと感じます。原因は社員の冷めた態度ではなく、理念が判断に使われていないという構造のほうにあります。

理念唱和はパワハラになるのか

厚生労働省は、職場のパワーハラスメントを次の3つをすべて満たすものと定義しています。

  • 優越的な関係を背景とした言動であること
  • 業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること
  • 労働者の就業環境が害されるものであること

理念唱和そのものが、ただちにこれに当たるわけではありません。就業時間内に、業務の一環として全員で行うのであれば、通常は業務の範囲内と考えられます。

問題になりやすいのは、唱和という行為ではなく、その周りに付いてくる運用のほうです。

  • 始業前や休憩時間など、労働時間として扱っていない時間に参加を求めている
  • 参加しなかった人に、評価や仕事の割り振りで不利益な扱いをしている
  • 声が小さいことを理由に、人前で叱責したりやり直しをさせたりしている
  • 宗教的な内容や、個人の信条に踏み込む内容を含んでいる

このあたりが重なってくると、3つの要件に近づいていきます。個別の判断が必要な場合は、社会保険労務士や弁護士に相談してください。

会社側が確認すべき3つのこと

法律の線引き以前に、続けるかどうかを決めるために確認したい点が3つあります。

  • 唱和の時間は労働時間になっているか。始業前に集合を求めているなら、まずここを整えます
  • 参加しない選択肢があるか。体調や信条で参加しない人に不利益がない状態かを確認します
  • その理念で決まったことが、直近3か月で1つでもあるか。答えられないなら、唱和より先に手をつける場所があります

3つ目が最も重要です。ここに答えられる会社では、社員は唱和を儀式だとは感じません。

リッツカールトンホテルは理念唱和をしているわけではない

理念唱和を朝礼でやっている会社が参考にしている、あるいは刺激されてやっているというのがリッツカールトンのラインナップという仕組みですが、これはリッツカールトンのいわゆる朝礼です。毎日同じグループの人達が集まって10分か15分ぐらい話し合うというのがラインナップというミーティングの仕組みなのですが、これをうちも取り入れようということで理念を朝礼で唱和するということをやっている会社が多いわけです。

リッツカールトンのラインナップの様子

このリッツカールトンのラインナップの様子がいくつか動画で公開されているので、ぜひ見てほしいのですが、ここでは別に理念を唱和しているわけではないのです。リッツカールトンのゴールドスタンダードと言われている、いわゆる会社の理念なのですが、それに関して社員のメンバーが何人かそれについて最近あった出来事や考えていることをシェアするという時間が5分くらいあるというのがラインナップの仕組みです。


他の時間は今日の出来事や予定、また共有しておくべき業務的な連絡をして、だいたい15分くらいで収まるというのがラインナップです。日本の会社はこれに刺激を受けて、朝礼で理念唱和をやっているわけですが、実はリッツカールトンでは理念の唱和はやっていないというのが実態です。

理念を唱和させるのではなく、考えさせる

ただここでやっていることで1つ参考になることがあります。単に言葉として理念を読み上げても頭に入ってこないですし、私がさっき言ったようにすぐ忘れてしまうわけです。そうではなくて、このリッツカールトンでやっているように、考えさせるということが大事かなと思います。

理念に基づいてこういうイベントがあったとか、こういう行動をしたとか、こういうお客様がいてこういう対応をしたとか、社員の人達が自分達で考えて発言するという機会を与えないとただ唱和しても意味がないというわけです。ぜひそれを取り入れてみるといいのではないかと思います。

理念唱和のやり方と、効果を出すための3つの条件

ここまで読むと、唱和はやめたほうがよいのかと思われるかもしれません。そうではありません。すでにやっているなら、やめるより先に、意味のある形に変えるほうが早く効きます。条件は3つです。

条件1:読み上げたあとに、一言を足す

唱和のあとに1〜2分だけ足してください。順番に一人が、その理念に関係する出来事を1つ話します。うまくいった話でなくて構いません。判断に迷った場面でもよいのです。

大事なのは、その日の話が具体的な出来事であることです。抽象的な感想が続くようなら、司会が「いつ、誰と、何があったか」を聞き返してください。

条件2:理念で決まったことを共有する

月に一度でよいので、その理念に沿って会社が決めたことを報告します。この取引は断った、この投資を優先した、この社員のやり方を全社の標準にした。判断の実例が言葉になっていると、理念は現実のものとして扱われるようになります。

言い換えると、理念の目的は覚えることではありません。迷ったときの判断基準になることです。ここがつながっていない限り、唱和を何年続けても共有されません。

条件3:やめる選択肢を残しておく

続けるかどうかを年に一度、話し合う場を作ってください。始めた理由が今も当てはまるのかを確認し、当てはまらなければやめます。

やめられない前提で続いているものを、人は儀式と呼びます。やめる選択肢があるという状態そのものが、唱和の意味を変えます。見直す仕組みが無いと形だけが残る構造は、社内でルールが定着しない原因と共通しています。

理念唱和ではなく、理念が自然と共有される仕組みを創る

理念を共有したいと思ったら大切なことがあります。

理念から方針・戦略・日々の活動までの一貫性

こちらはよく見る図ですけれども、理念があってそれが方針とか戦略に落とし込まれて、そして日々の活動があるということなのですが、この一貫性を保っていくことが大切です。

理念と戦略が結び付いていないとか、理念と実際の日々の仕事が結び付いていないということではさっき言った通り、理念は全く共有できないわけです。

理念唱和などしなくても、会社が決めた戦略とか方針とか活動の仕組みに沿って社員の人達が仕事をするだけで、自然と理念というのが共有されていくというモデルを作るのが理想です。進め方は経営理念の浸透方法にまとめています。

仕組み経営では、社長への判断集中から抜け出す段階で、各ポジションの役割を明確にすると同時に理念の共有を行い、判断基準そのものを共有することを勧めています。理念共有のゴールは、社員が理念を暗唱できることではありません。社長に聞かなくても、社員が自分で決められるようになることです。この考え方はベクトルを合わせるでも詳しく扱っています。

私達も仕組み経営で会社の仕組みづくりをお手伝いする時には必ずそれを意識しながらお手伝いをしているという感じです。理念と戦略の一貫性がどうかというところと、理念と社員の人達の日々の活動に一貫性があるかどうかということ。これをぜひチェックしてみるといいのではないかと思います。

理念唱和についてよくある質問

唱和の読み方と意味を教えてください

「しょうわ」と読みます。一人が唱えた言葉に続いて、その場の全員が声をそろえて言うことです。会社では朝礼で経営理念や社訓を全員で読み上げることを指します。

理念唱和に効果はありますか

唱和そのものに、理念を共有する効果はほとんど期待できません。朝礼15分のうち唱和に使う時間は、就労時間の3%程度にすぎないからです。効果が出るのは、唱和のあとに社員が自分の言葉で話す時間があり、その理念で実際に何かが決まっている場合です。

社員が嫌がっています。やめるべきでしょうか

やめる前に、その理念で直近3か月に決まったことを1つ挙げられるか確認してください。挙げられないなら、問題は唱和ではなく理念が使われていないことです。挙げられるなら、唱和のあとに一言を話す時間を足すだけで受け止め方が変わります。

朝礼の唱和はパワハラに当たりますか

唱和そのものがただちに当たるわけではありません。労働時間として扱っていない時間に参加を求めている、参加しない人に不利益な扱いをしている、声が小さいことで叱責している。こうした運用が重なると、厚生労働省が示す3つの要件に近づきます。個別の判断は専門家にご相談ください。

社訓を読ませる会社は時代遅れですか

やっていること自体が古いのではありません。読ませて終わりにしていることが問題です。海外の会社も理念を強く打ち出しますが、声に出す機会ではなく、採用・評価・会議での事例共有という形で理念に触れる機会を作っています。

理念唱和のやり方を教えてください

本記事の「理念唱和のやり方と、効果を出すための3つの条件」で解説しています。読み上げたあとに一言を足す、理念で決まったことを月に一度共有する、やめる選択肢を残す。この3つです。

理念が共有される仕組みづくりなら

というわけで今日は理念唱和に意味はあるか?ということで、私が日頃から疑問に思っていることをご紹介させていただきました。

最後にもう一度お伝えします。唱和が気持ち悪いと言われるのは、社員が冷めているからではありません。理念が判断に使われていないからです。直す場所は、社員の態度ではなく理念の使い方のほうです。


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