今回のテーマは無印良品のマニュアル、MUJIGRAMについてです。
無印良品を経営する良品計画は、母体であった西友から独立後に右肩上がりの成長→38億円の大赤字→V字回復を経験しました。このV字回復を成し遂げられたのは、2,000ページにもわたる店舗マニュアル・MUJIGRAMと6,000ページにも及ぶ本部の業務をマニュアル化した業務基準書に他なりません。
現在も継続的に成長し続け、働きがいあるの企業国内25位以内に選ばれる無印良品。
本記事では、そんな無印良品の経営の根幹となるMUJIGRAMと業務基準書について、MUJIGRAM/業務基準書とは何か、MUJIGRAMの中身や運用方法、マニュアルを導入するメリットなどを完全解説していきます。
MUJIGRAMとは
MUJIGRAMとは、2,000ページに渡って無印良品の店舗に関するあらゆる業務のやり方を詳細に記載したマニュアルのことです。
MUJIGRAMの目的は、あらゆる”ムダ・ムリ・ムラ”の排除による生産性向上と、無印良品全店で同じやり方を徹底することで本部業務のスリム化を図ることです。
MUJIGRAMには店舗の売り場ディスプレイや接客、ハンガーの並べ方まで全ての仕事のノウハウが図や写真を用いて丁寧に説明され、全スタッフはこのやり方に沿って業務を行うため、全店舗でムラや無駄のない仕事が実現されています。
無印良品の業務基準書とは
業務基準書とは、店舗開発や企画室など、本部の業務のやり方を示すマニュアルです。
商品の名前をどうやって決めるか、新店舗出店の決断はどうやって下すか、などあらゆる業務のやり方が明示されています。
なぜMUJIGRAMが生まれたのか
MUJIGRAMが生まれた理由は、「個人の経験や勘に頼っていた業務を”仕組み化”し、ノウハウとして蓄積させる」ためだと、良品計画の前会長でありMUJIGRAMの生みの親である、松井忠三氏は語ります。
では、MUJIGRAMが生まれた背景を少し見ていきましょう。
2001年、右肩上がりに成長していたはずの良品計画は大きな赤字を計上しました。この苦しい時に社長に就任したのが松井氏でした。
通常、企業で赤字が出ると人件費削減や不採算事業からの撤退といった対策が取られますが、松井氏は良品計画に潜むより根源的な問題を洗い出し、解決する必要があると強く感じていたのです。そして様々な分析の結果、彼がたどり着いた結論は、仕事のノウハウを蓄積する仕組みがなかったため、担当者がいなくなったら一からスキルを構築しなくてはいけない「経験至上主義」でした。
これは当時の良品計画に蔓延っていた悪しき文化であり、企業文化を根本から変えるために、仕組み作りが不可欠だったのです。
そこで松井氏は、抜本的な解決策としてMUJIGRAMと業務基準書などのマニュアルを整備し、徹底的な業務の見える化と生産性の向上、更に経験をデータとして組織全体で蓄積・共有・改善する仕組みを構築することに決めたのです。
MUJIGRAM導入に至るまで
MUJIGRAMは、良品計画にとって非常に大きな改革でした。大きな改革には、常に抵抗する人がいます。
そんな中、無印ではマニュアル導入の反対派にどうやって立ち向かっていったのか。
当時の社長松井氏は、MUJIGRAM反対派を逆にマニュアル作成の実行委員に任命しました。責任者として積極的に作成に関わらせることで、反対勢力を強力な味方に変えることができるのです。初めは嫌嫌やっていても、人間任せられると知恵を絞るようになり、自分の作成した力作は社内に広めようと努力するものです。
そして、まず新入社員の研修でMUJIGRAMが使われるようになりました。新卒研修は毎年行われるので、続けるうちにMUJIGRAMのやり方が標準化していきます。
また、店長の教育も重要な課題でした。どんなに新人を教育しても、現場の店長がいい加減だと、店舗の文化全体が影響を受けてしまいます。多少の強制力を使っても、店長はしっかりと指導していったそうです。
MUJIGRAMの中身から見る優れたマニュアルの書き方
では、そんなMUJIGRAMの中身はどうなっているのでしょうか。
マニュアルは多くの企業で採用されていますが、形だけの陳腐化した冊子となってしまうことが多いのも事実です。そんな中、無印良品のマニュアルは全社員に浸透する、非常に実用的な内容になっています。
その理由は、書き方にいくつかポイントがあることです。
①表現をわかりやすく
MUJIGRAMでは、新入社員が読んでもわかるような言葉で具体的に説明しています。例えば、「POP」や「インナー」など簡単な単語も解説するページを設け、専門用語や社内用語を詳細に明記してあります。
②とことん定義する
曖昧な表現、人によって解釈の違いが生じる表現は全てとことん定義します。
例えば、「丁寧に説明する」という表現では”丁寧”の捉え方が人によって異なります。このように受け取り方が読み手によって異なる内容では、基準書とは呼べません。そのため、一般的に使われる表現でも、自社の捉え方を全て細かく定義しましょう。
③フォーマットを決める
マニュアルに記載する業務の一つ一つは、同じフォーマットで揃えましょう。無印良品ではMUJIGRAMはもちろん、業務基準書は異なる部署間でも同じフォーマット、書き方で記載してあります。
フォーマットを統一することで、誰もが理解でき、作成できるマニュアルを作ることに繋がります。
④良い例・悪い例をあげる
誰にでもわかるマニュアルを作るには、良い例・悪い例をあげるのも良いでしょう。
MUJIGRAMには店舗デザイン等に関して写真付きで良い例・悪い例を紹介し、より説明を具体化しています。
レジ対応の具体例
こちらが実際にMUJIGRAMに書かれている店舗業務の一つの例です。
参考記事:
MUJIGRAMから学ぶ正しいマニュアルの運用方法
マニュアルは、作って満足しがちですが、これは正しい運用とは言えません。マニュアルが陳腐化すると組織全体の生産性が下がり、やがてマニュアルに従う人はいなくなるでしょう。
その意味で、良品計画のマニュアル運用方法はかなり参考になります。MUJIGRAMは常に内容をアップデートする仕組みが整っており、リアルタイムで内容を改善し続けているのです。
顧客視点シート
マニュアルは使う人が作るのが一番です。そのため、現場の声をどれだけ反映できるかどうかが鍵となります。
これを実現しているのが、良品計画の「顧客視点シート」というソフトです。
顧客視点シートとは、お客様の声や店舗で困っていることなど店頭の現状を本部へ伝える仕組みです。具体的には、店舗スタッフが社内システムにお客様からのクレームや店舗の問題点と、それに対する自分なりの改善提案を入力します。改善提案も入力させることでスタッフの能動的な姿勢を促すことにも繋がります。
多い時では年間2万件もの顧客視点シートが提出されたそうです。
MUJIGRAMの更新フロー
顧客シートから上がってきた現場の意見は、以下の図の流れでMUJIGRAMに反映されます。
また、この流れを紙ベースではなくシステムで完結しているところも大きなポイントでしょう。いちいち紙に書いていては郵送や紙の整理だけで時間やコストがかかります。
このような効率的な仕組みによって、MUJIGRAMは常に現場の声を反映させた、非常に機動性のある内容を維持できるのです。
参考記事:
MUJIGRAMで仕組みを作ったメリット
日本企業においてマニュアルに対し、ネガティブなイメージを持つ人も多いでしょう。マニュアルを作ると応用力のある人間が育たないとか、創造性を阻害するとか。
しかし、実はマニュアル化・仕組み化には想像以上のメリットがあります。MUJIGRAMの生みの親である松井氏はその効果を5つ語っています。
①「知恵」を共有する
マニュアルによって、各人の知恵や経験をノウハウとして蓄積することで他の人に共有できるようになり、組織全体としてベストプラクティスを実現し、生産性の向上させることができます。
②標準なくして改善なし
MUJIGRAMは業務を標準化させます。誰がやっても同じようにできるようにする。そうやって一つのやり方を構築し、更に改善していくと組織全体が進化するのです。
何事も基本がないと応用が効きません。仕事の基礎となる標準を固めないと、社員が応用して自分の中で創意工夫することにも繋がらないのです。
③「上司の背中だけを見て育つ」文化との決別
上司が自分のノウハウを直属の部下だけに教えるのは一般的ですが、変化の激しい現代で上司が手取り足取り部下を指導する時間を取るのは難しいのも現実です。
目に見えるマニュアルという形をとれば、上司は部下をより効率的に指導することに繋がります。
④チームの顔の向きを揃える
業務を何の為にやるのか、その目的をマニュアルに明記するとそれぞれの判断で勝手に動くことがなくなり、仕事にブレが生じません。
また、マニュアルは組織の理念を繰り返し伝えるツールでもあります。マニュアルのやり方そのものが理念に沿って作られているからです。こうして理念を伝え続けることで、組織全体の向く方向を社員にも共有してもらえるようになります。
⑤「仕事の本質」を見直せる
マニュアルを作ることは、業務を見える化することです。見える化し、どんな手順でやっているのかを明記してみると、案外無駄や問題があることに気がつきます。
本当にやるべき仕事なのか、本当にそのやり方がベストなのか、業務の本質を見直すことができるのです。
最後に
いかがだったでしょうか?
無印良品のマニュアル、MUJIGRAMについて解説してきました。
重要なことは、仕組み化をしっかりと実行し、運用の時点ではアップデートを怠らないことです。組織は生き物のように成長していきます。それに合わせて仕組みも常に成長させていくことが、進化し続ける良品計画から学べることではないでしょうか。