「人を見る目を養う」とはどういう意味か
先に言葉の意味を押さえておきます。「人を見る目を養う」とは、限られた情報とわずかな時間のなかで、相手の能力と人柄を見立てられるようになることです。「人物眼を持つ」とも言います。
ここで大事なのは、見抜くのではなく見立てるという点です。人の内面を完全に見抜くことは誰にもできません。できるのは、いくつかの場面での振る舞いから、この人はこういう傾向がありそうだと当たりをつけることまでです。
「見る目を養う」と「見る目がある」は違う
「あの人は人を見る目がある」と言うとき、多くの場合それは生まれつきの才能のように語られます。しかし「養う」という言葉が付いているとおり、これは後から身につけられるものです。
養い方は一つで、見る場面をあらかじめ決めておくことです。なんとなく話して印象で決めるのをやめ、「どういう場面で、何を見るか」を先に決めておく。この記事で紹介する八観六験は、その「見る場面の一覧」にあたります。
それでも、人を見る目だけに頼らないこと
最初に一点だけお伝えしておきます。人を見る目を養うことは大切ですが、採用や配置の判断を社長個人の眼力だけに委ねるのは危険です。
理由は単純で、社長の目が届く人数には限りがあるからです。社員が20人を超えたあたりから、社長が全員を直接見ることはできなくなります。そのとき「社長の目」しか判断の道具がない会社は、そこから先へ進めません。
だから本来の順番はこうです。まず自社が何を大事にしているかを言葉にする。次に、それを見るための場面と質問を決める。そのうえで社長自身の目を磨く。この記事は3つ目の話ですが、1つ目と2つ目が空欄のままだと、いくら目を磨いても会社の判断はばらつきます。判断の基準を言葉にする方法はコアバリュー、それを面接で見る方法はカルチャーフィット採用にまとめています。
経営者は人を見る目を養う必要がある
経営者として、あるいは人事担当者として採用面接をしてきた方なら、こんな経験があるかもしれません。「この人なら大丈夫」と感じて採用した人が、実際には期待と違う素質を持っていた、という経験です。
採用だけではありません。部下やパートナーを選ぶ場面でも、私生活の人間関係でも同じです。「人を見る目」を養っておくことは、経営者にとって欠かせない課題になります。
今回は「八観六験」をキーワードに、「人を見る目」を学んで身につける方法についてご紹介していきます。相手の本質的な人物像を見極め、採用面接でのミスマッチを未然に防ぐテクニックとして役立ててください。
他者を評価する前に、自分自身の姿勢をチェックする
一般に、人物を評価するときは「優劣」「善悪」という2つの軸を用意します。縦軸に「優秀」「平凡」という能力を、横軸に「善」「悪」という人間性を置いて見ていきます。
この4つの要素で見ていった際、「優秀かつ善」と分類される人材であれば、絶対に採用すべき理想のタイプとなります。一方、「優秀だが悪」に分類される人は、能力は高いものの、将来的に問題を起こす可能性を含んでいます。扱いが難しいタイプだと言えます。このようにして、人を見る際の基準を作っていきます。
ただし、すでに皆さんが経験されている通り、人物の優劣や善悪の判断は簡単ではありません。一般に、言葉が巧みで自信に満ちたタイプを優秀だと判断しがちです。しかし口数が少なく地味に見える人でも、粘り強さという優秀さを秘めているかもしれません。
また、学歴や経歴による先入観もあります。自分と異なるタイプの人の評価を下げてしまうこともあります。こうした知らないうちに生まれた偏りによって、優秀な人を見落とすことがあります。他人を評価する立場にあるなら、常に自分の内なるバイアスをチェックする必要があることを忘れないようにしましょう。
採用=選別ではない
人の見立てが評価と結びつく形については人事評価制度もご覧ください。
採用という言葉には「人を選ぶ」というニュアンスが含まれることは否定できません。しかし、人を選ぶ目的は、誰かを「選別する」ことではありません。本人もまだ気付いていない可能性や能力を見抜き、その人にふさわしい仕事を任せることができれば、社会にとってもプラスとなるのです。
また、たとえ欠点があったとしても、それを補うアドバイスやマネジメントによって、よりよい将来に導くこともできます。さらに、経営者にとっては、人を選ぶ技術を身につけることによって、自分自身を評価する力も養うことができるようになるわけです。
人を見る目を養うために、八観六験を学ぶ
みなさんは、「八観六験(はちかんりっけん)」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

これは「呂氏春秋(りょししゅんじゅう)」に書かれている、人物を見極めるための方法です。呂氏春秋は、秦の宰相であり始皇帝の実父とされる呂不韋(りょふい)が、莫大な財産をつぎ込んで作らせた書物です。始皇帝以前の大陸の叡智をまとめたもので、安岡正篤(やすおかまさひろ)氏の著書『経世の書「呂氏春秋」を読む』などによって広く知られるようになりました。
呂不韋は漫画『キングダム』でも強敵として登場します。同作から学べる組織づくりの話はキングダムから学ぶリーダーシップにまとめています。
安岡正篤氏は易学者、哲学者、思想家であり、政財界のリーダーの啓発・教化に努め、その精神的支柱となる存在でした。特に佐藤栄作氏から中曽根康弘氏に至るまで、歴代首相の指南役を務めました。さらに三菱グループ、東京電力、住友グループ、近鉄グループなど、多くの財界人からも師と仰がれています。その教えは人物学を中心として、今もなお日本の進むべき方向を示していると評されています。
また、玉音放送の草案作成にも関わったことでも知られ、皇室からも厚い信頼を受けていました。東洋学に裏打ちされた豊富な知識と魅力的な人物像によって、日本のリーダーたちに多大な影響を与えたことから、「昭和最大の黒幕」と呼ばれることもあります。
安岡正篤氏には、先ほどの『経世の書「呂氏春秋」を読む』のほか、『経世瑣言』『新憂樂志』『百朝集』など多くの著書がありますが、その基本は孔子、孟子、老子、荘子ほか東洋先哲の教訓に潜む普遍の真理に基づいた、人の道と指導者のあり方に関するものが多く、その教えは「安岡人間学(人物学)」とも言われています。
人を見る八観法とは
それでは、「八観六験」の具体的な内容についてご紹介していきましょう。まず、八種類の人間観察法である「八観法」は以下のようなものになります。
通ずれば其の礼する所を観る
順調に物事が進んでいる時に、金や地位、知識や技術、仕事など、どういうものを尊重するかを観察します。
貴ければ其の進むる所を観る
地位が上がるにつれて、どんな人間を敬うのかを観察します。「類は友を呼ぶ」と言われるように、周りの人物を見ればその人の好みや人格が垣間見えてきます。
富めば其の養ふ所を観る
お金に余裕ができた時に、そのお金を何に使うかによって、人間の本性が現れます。お金の使い方を見ることで、その人の人生観や倫理観まで分かります。豊かになった時に、どんな人間を養うか、どんな物を買うのかを観察します。
聴けば其の行ふ所を観る
知行合一させることはなかなか難しいことです。他人の助言を聞いて、それを実行するかを観察します。
止(いた)れば其の好む所を観る
「止(いた)る」とは「仕事が板についてくる」という意味です。仕事が一人前になった時に、どんなことを好むのかを観察します。
習へば其の言ふ所を観る
話を聞けば、仕事や学問がどの程度身についているかがよく分かります。ある物事に習熟した時、その人がどんな発言をするのかを観察します。
窮すれば其の受けざる所を観る
貧乏して何でも欲しがるようではいけません。生活に困っていても、受けてはいけない援助や利益があります。困窮した境遇に陥った時に、受けるべきではない援助や利益を受けているかを観察します。
賤なれば其の為さざる所を観る
人間は窮すれば「恥も外聞もかまわない」という状態になりやすくなります。しかし、弱い立場に置かれたとしても、利益や出世のためにやってはいけないことがあります。やるべきではないことを控えられるかを観察し、真に志があるかどうかを見極めます。
人を見る六験法とは
八観法で観察した、その人の行動から見いだされた人物像をさらに掘り下げる方法として、六験というものがあります。
之を喜ばしてめて以て其の守を験(ため)す
人間は嬉しくなると羽目を外してしまいますが、そんな時でも自分自身の生活やそれを維持
する原理原則を持っているかを調べます。つまり、その人物にだらしない部分があるのかを調べるということです。
之を楽しましめて以て其の癖を試す
「楽しむ」というのは、好むとか喜ぶという本能的な感情に理性や教養が加わったものです。理性や教養の部分にその人の偏りや独自の思想、ものの見方が現れるので、そこを調べるというわけです。
之を怒らしめて以て其の節を試す
人間はどんなに怒っても、締めるところは締め、抑えるところは抑えなければいけません。
怒らせてみて、その締まり方を調べます。
之を懼れしめて以て其の特(独)を試す
人間は恐れると何かに頼りたくなって自立性・自主性を失い、一本立ちができなくなります。その人を恐れさせて、強い自立性・自主性を持っているのかを調べます。
之を哀しましめて以て其の人を験す
ここでいう「哀し」は、慈悲の意味で使われています。人間は悲しい時にその人のすべてが表れます。悲哀の感情にその人の人柄全体を見ることができるといっても過言ではありません。
之を苦しめて以て其の志を験す
人は苦しいことにぶつかると、志が挫折することがあります。その人の志が苦しみに対して堅固かどうかを調べます。苦しみに耐えて理想を追求していける人間なら間違いはありません。
このように、八観法は行動を観察することが中心であるのに対して、六験法は喜怒哀楽のほかに、恐怖や苦しみといった状況におかれた時に現れる、その人物の隠すことのできない本質部分を調べるという方法だと言えます。
さらに人を見る目を養うなら、六戚・四隠
「呂氏春秋(りょししゅんじゅう)」には、これまで述べた八観法・六験法以外にも、六戚(りくせき)・四隠という方法も書かれています。
六戚(りくせき)とは
自分に近い6つの血族、つまり父母、兄弟、妻子のことです。
六戚との和、あるいは不和といった関係性を通して、その人の人柄が透けて見えてくるわけです。
四隠とは
・どういう友達と付き合っているのか
・どういう古いなじみを持っているのか
・どういう所に住んでいるのか
・どういう門構えの家に住んでいるのか
ということで、これらを調べることでその人の人柄を捉えようとする方法です。
八観六験で人を見る目を養い、社長力を上げる
「呂氏春秋(りょししゅんじゅう)」には、「八観六験と六戚四隠を用いれば、人の情偽(まことと、いつわり)・貪美・美悪を全て知ることができる」と書かれています。
八観六験と六戚四隠という観点から相手の人柄を見極めれば、採用でのミスマッチを減らせます。自社が求める能力を持った人を採用しやすくなるということです。社内の人材配置やビジネスパートナー選びでも同じです。相手の真意をつかめれば意思疎通が円滑になり、事業全体への貢献につながります。
さらに、人を見る目を養うことは、ご自身の経営者としてのあり方を見つめ直すことにもつながります。どういうリーダーであるべきか、どういう人間になるべきか。それが定まれば事業の将来像も明確になり、さらなる発展へと結びついていきます。
見立てたあとに、必ず書き残す
最後に、実務でこれを使うときのコツを1つだけ書いておきます。八観六験で見立てたことは、必ず言葉にして書き残してください。
面接や面談のあと、「なんとなく良さそうだった」で終わらせない。「どの場面で、何を見て、そう思ったのか」を1行ずつ書く。これをやると2つのことが起きます。
- 自分の見立てが当たっていたかを、あとで確認できるようになる……半年後にその人の働きぶりと突き合わせれば、自分の目のクセが分かります。これが目を養うということです
- ほかの人にも同じ見方ができるようになる……書いてあれば、幹部や採用担当も同じ場面を見られます。社長の目が会社の目に変わります
書き残さない限り、人を見る目は社長個人の中にとどまり続けます。それは会社の力ではなく、社長個人の力のままです。個人の技を会社の形に変えていく考え方は仕組み化にまとめています。あわせて、社長の右腕を選ぶときの見方はナンバー2とは、後継者を決めるときの基準は後継者の選び方をご覧ください。
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