「自分がいないと会社が回らない」
「毎日忙しいのに、なぜか事業が成長しない」
多くの経営者がこのような悩みを抱えています。その根本的な原因は、経営者に求められる「3つの人格」のバランスが崩れていることにあるのかもしれません。
世界的ベストセラー『はじめの一歩を踏み出そう』の著者マイケル・E・ガーバー氏も指摘するように、多くのスモールビジネスが失敗する理由は、経営者が「職人」として働きすぎてしまうことにあります。
この記事では、会社を持続的に成長させるために経営者が持つべき「職人」「マネージャー」「起業家」という3つの人格について詳しく解説し、それらを完璧に使いこなすためのヒントをご紹介します。
経営における「3つの人格」とは?
会社経営において、経営者は状況に応じて以下の3つの人格を使い分ける必要があります。
経営における「3つの人格」
- 職人 (Technician):
- 役割: 目の前の仕事を実行し、価値を提供する専門家。商品を作ったり、サービスを提供したりする現場のプレイヤーです。
- 特性: 実行者であり、現在に生きています。物事を「どうやるか」に関心があり、時給や単価で物事を捉える傾向があります 。
- マネージャー (Manager):
- 役割: 過去の結果を分析し、未来を予測し、秩序を保ち、仕組みを作り、管理・改善する管理者。「職人」が効率よく働ける環境を整えます。
- 特性: 現実主義者であり、過去に生きています。計画や組織化にこだわり、損益計算書を通じて会社の状態を把握しようとします 。
- 起業家 (Entrepreneur):
- 役割: 未来のビジョンを描き、会社が進むべき方向を示し、変化を創造するリーダー。常に新しい可能性を探求します。
- 特性: ビジョナリーであり、未来に生きています。創造力を発揮し、「どこへ向かうか」を考え、貸借対照表のような長期的な視点で会社を捉えます 。
表にまとめると次のようになります。
特性 | 職人 (Technician) | マネージャー (Manager) | 起業家 (Entrepreneur) |
---|---|---|---|
役割 | 目の前の仕事を実行し、価値を提供する専門家 | 仕組みを作り、管理・改善する管理者 | 未来を描き、会社を導くリーダー |
性格 | 実行者 | 現実主義者 | ビジョナリー |
時間軸 | 現在に生きる | 過去に生きる | 未来に生きる |
こだわり | (実行そのもの) | 計画、組織化 | 創造力 |
感覚 (金銭) | 時給/単価 | 損益計算書 | 貸借対照表 |
関心事 | どうやるか (How) | (秩序、効率) | どこへ向かうか (Where) |
偏った場合 | 先が見えない、属人化が進む | 機械的な会社になる、イノベーションが停滞 | 品質・組織の問題、混乱を招く |
人格の偏りが引き起こす問題
これらの人格はどれも重要ですが、特定の人格に偏りすぎると、会社は以下のような問題に直面します 。
- 職人の人格だけで働いている場合: 目の前の仕事に追われ、将来の展望が見えなくなります。
- マネージャーの人格だけで働いている場合: 管理や効率化ばかりを追求し、ルールや規則で縛られた、融通の利かない機械的な会社になってしまいます。
- 起業家の人格だけで働いている場合: 次々と新しいアイデアは出すものの、現場の実行が追いつかず、品質問題や組織の混乱を招きます。
成長段階によって、人格バランスが変わる
会社の成長段階によって、最適なバランスは変化します 。
- 幼年期: 職人 70%, マネージャー 20%, 起業家 10% (まずは事業を軌道に乗せる)
- 青年期: 職人 33%, マネージャー 34%, 起業家 33% (仕組み化を進め、成長を加速させる)
- 成熟期: 職人 10%, マネージャー 20%, 起業家 70% (更なる発展、イノベーションを目指す)
3つの人格を”やりきる”ことの大事さ
一方でそれぞれの人格をやりきれていない場合には次の問題が起こります。
職人としての仕事をやりきれていない場合
社長自身や社員の仕事ぶりが、まだ「まあ、こんなもんか」というレベルなのに、それを「ウチの標準」としてマニュアル化したり、仕組みにしてしまうケースです。すると、その中途半端なやり方や品質が会社全体に広がってしまいます。
結果として、お客様から見れば「なんかイマイチだな」「前と違うな」と感じる商品やサービスばかりになり、だんだんお客様が離れていったり、「前は良かったのに」といったクレームが増えたりします。
「仕組みを作ったはずなのに、なぜか評判が悪くなった…」なんてことになりかねません。
そして、やっぱり自分が現場をやらないとダメだ、ということになり、もとに逆戻りになったりします。
マネージャーとしての仕事をやりきれていない場合
ルールや会議、報告書といった「管理の仕組み」は一応あるけれど、それが現場の実態とズレていたり、ただ「やってるだけ」になっている状態です。
「マニュアルはあるけど、誰も見てない」「会議はするけど、何も決まらないし変わらない」といった感じです。
これでは、一見ちゃんとやっているように見えても、社員は結局、自分のやりやすいようにバラバラに動いてしまったり、逆に「言われたことしかやらない」指示待ちになったりします。
社内の風通しが悪くなり、なんだかギスギスした雰囲気になったり、「それは私の仕事じゃない」といった責任の押し付け合いが起きたり。結局、何か問題が起こると、社長が現場に入って尻拭いする…なんてことになりがちです。
起業家としての仕事をやりきれていない場合
社長が、日々の業務に追われてしまって、「この会社を将来どうしていきたいか」「次はどんな新しいことに挑戦しようか」といった未来を描くエネルギーや時間がなくなっている状態です。
そうなると、会社全体が「今のまま、なんとかやっていく」という守りの姿勢に入ってしまいます。世の中やお客様のニーズはどんどん変わっていくのに、自社だけ変化に対応できず、いつの間にか時代遅れになっていたり、元気なライバル会社にどんどん差をつけられたり…。
社員も「この会社、これからどうなるんだろう?」と不安を感じ、優秀な人ほど将来性のある会社を求めて辞めていってしまうかもしれません。
「気づいたら、売上がジリ貧になっていた…」なんてことにもなりかねません。
このように、どの役割も中途半端な状態だと、思わぬところで会社の成長が止まってしまったり、問題が起きたりする原因になります。
そこで、以下に3つの人格を完全にやりきるためのヒントをご紹介していきましょう。
①職人の人格: 価値提供を「やり切る」
「職人」としての仕事は、事業の根幹である価値提供を担います。その仕事は大きく「集客(見込み顧客を目の前に連れてくる)」→「成約(見込み顧客を顧客にする)」→「価値提供(顧客に商品・サービス、サポートを提供する)」という流れで構成されます 。
これを「やり切る」とは、この一連の流れにおいて、高い品質の製品・サービスを提供できる状態を作り上げることです 。
50回、自分で職人の人格をやり切ったガーバー氏
実際、マイケル・E・ガーバー本人も、自らの理論を現場で徹底的に実践していました。私が聞いた話ですが、後に私自身も日本で展開した「ドリーミングルーム」というプログラムを他人に任せられるようにするまでに、彼自身が50回以上も自分で開催して、内容を磨き上げたそうです。すでに当時の彼は70歳くらいでしたから、その忍耐力と努力は尊敬に値ります。
それだけの数をこなして初めて、「このやり方なら成果が出る」と確信を持てたわけです。
この姿勢こそが、仕組み化の本質だと私は思います。単に任せられるようにするためではなく、自社にしかない価値を再現できる形にまで昇華させる。ガーバーが体現したように、「人に任せられるレベルまで、自分が徹底的にやりきる」という段階を経なければ、本当の意味で仕組みとは言えないのです。
あなたの「職人」としての仕事は、やり切れていますか?
以下のチェックリストで、価値提供、集客、成約の各側面から現状を確認してみましょう。
- 製品やサービスの品質はどの程度安定していますか?
- どれくらいがリピーターになっていますか?
- 顧客に時間通りに価値提供されていますか?
- 対象市場に届く販促チャネルを選択していますか?
- 集客数と成約数を別に測定していますか?
- 理想の顧客を集客出来ていますか?
- 集客活動の投資効果を容易に判断できますか?
- 既存の顧客から紹介を受けやすいですか?
- 成約率を業界標準と比較するとどうですか?
職人の仕事をやり切って、人に任せられるレベルにする
点数が低い項目は、まだ「職人」の仕事がやり切れていない、つまり人に任せられるレベルに達していない可能性があります 。まずはこれらの業務を磨き上げましょう。やり切れている業務は、積極的に人に任せていくことが重要です 。
②マネージャーの人格:会社を動かす仕組みを「やり切る」
「マネージャー」としての仕事は、会社がスムーズに、かつ効率的に運営されるための「仕組み」を作り、管理・改善することです。その仕事領域は「ブランド(顧客への提供価値を明確にする)」→「財務(財務戦略の立案や予算管理、資金調達など)」→「組織(人を活かす組織を創る)」と多岐にわたります 。
標準化、数値化、マニュアル化などを通じて、誰がやってもほぼ同じ品質のアウトプットが出せる状態を作り上げ、安定した経営基盤を築くことが目標です 。
徹底したマニュアル化
ここで私自身の例を見てみましょう。ガーバーからトリミングルームの開催を日本で許可され、彼の作ったマニュアルに沿って講座を開催していきました。後に自分自身で作った仕組み経営実践講座というものを作る時にそのマニュアル化の仕方は役に立ったんですが、どうしても西洋のものだと作り込みに雑さが見えたのでそれだけではダメだと思いました。
そこで日本企業の様々なマニュアルを研究し、より講師の方々が自分で考えなくていいように、徹底して講座開催の方法を仕組み化しました。
マネージャーの仕事を増やすヒント:「キー・フラストレーション・プロセス」
- ステップ①:不満を一つ取り上げる: まずは具体的な小さな不満(例:「Aさんが交通費精算書をいつも遅れて出す」)を選びます 。結論(例:「社員教育の仕組みがない」)を急がないことがポイントです 。
- ステップ②:仕組み不在問題へ言い換える: その不満は「自分の責任(自己責任)」「他人の責任(他己責任)」「仕組みがないこと(仕組み不在)」のどれに起因するか考えます 。多くの場合、自己責任や他己責任に見える問題も、深掘りすると「仕組み不在」に行き着きます 。(例:「Aさんの仕事スケジュールを確認する仕組みが無いから」 )
- ステップ③:深掘りする: なぜその問題が起こるのか、それによってどんな影響が出ているのか、どのくらいの頻度で、誰が関わっているのかなどを問い、根本的な原因を探ります 。(例:「Aさんの遅延により経理の作業が遅れる」「他の社員の規律も緩む可能性がある」「上司が部下のスケジュールを管理する仕組みがない」など )
- ステップ④:汎用的な解決策(仕組み)を考える: 深掘りで見えた根本原因を解決できる、より汎用的な仕組みを考えます。
- ステップ⑤:取り組む価値があるか確かめる: その仕組みを作ることに、時間と労力をかける価値があるか、優先順位はどうかを判断します 。
- ステップ⑥:仕組みを創る: 責任者、手順、必要な文書などを明確にして、仕組みを具体的に構築します 。
このプロセスを習慣化することで、場当たり的な対応ではなく、根本的な問題解決につながる「仕組み」を効率的に生み出せるようになります 。まずは1日2時間でもマネージャーとしての時間を確保し、仕組みづくりに取り組むことを目指しましょう 。
③起業家の人格:未来を描き、会社を導く
「起業家」としての仕事は、会社の未来を描き、どこへ向かうべきかを示し、イノベーションを推進することです。ビジョンを掲げ、社員を鼓舞し、会社全体を前進させる原動力となります。
あなたの「起業家」としての仕事は、できていますか?
以下のチェックリストで、起業家の人格の現状を確認してみましょう。
- 創業のビジョンにどれだけ近づいていますか?
- 人生の目的と会社の仕事は一致していますか?
- 社員は会社の向かう先と自分の役割を理解していますか?
- 社員にインスピレーションを与え、導くことが出来ていますか?
- 時間の使い方は自分でコントロールできていると思いますか?
起業家の仕事をやりきるヒント:「Working ON it, Not IN it」
- 顧客、従業員、サプライヤー、金融機関(株主/資金提供者)の期待を常に上回る価値を提供する。
- 専門的なスキルを持たない人でも活躍できる。
- 秩序ある組織では全体がきっちり整理されている。
- すべての業務がオペレーションマニュアルとして文書化されている。
- サービスが完全に一貫しており、毎回同じように価値を提供できる。
- 使われる色、服装、設備が完全に統一されている。
▼これら6つのルールの詳細は以下をご覧ください。
清水直樹 今回は、マイケル・E・ガーバー氏の名著『はじめの一歩を踏み出そう』(原題:E-Myth Revisited)の第九章「自分がいなくてもうまく回る仕組み」について、より分かりやすく具体的に解説していきます。 執筆[…]
3つの人格をコントロールして成長する
会社の持続的な成長のためには、3つの人格をバランスよく育てていく必要があります。その基本的なステップは以下の通りです 。
- 卓越した職人になる: まずは事業の核となる価値提供のレベルを徹底的に高めます。
- マネージャーの仕事を増やす: 次に、仕組み化を進め、人に任せられる体制を整えます。
- 起業家の仕事を増やす: 最後に、未来を描き、更なる成長やイノベーションを追求します。
仕組み化しようと考えると、職人の仕事をおろそかにしがちですが、実はこれこそが大事です。職人の仕事がきっちり行われることによって繁盛するビジネスができます。それを仕組み化によって複製させていくという手順が大事です。「卓越した職人」としての基盤の上に、徐々に「マネージャー」「起業家」の仕事の比重を高めていくことが重要です。
まとめ
経営者は「職人」「マネージャー」「起業家」という3つの人格を意識的に使い分ける必要があります。どれか一つに偏ることなく、それぞれの人格の仕事を「やり切る」レベルまで高め、会社の成長段階に合わせてバランスよくコントロールすることが、持続的な成長を実現する鍵となります 。
特に、「仕組み化」は、職人・マネージャー・起業家すべての活動の根幹をなす重要な要素です。属人性を排し、再現性のある独自の仕事のやり方(仕組み)を創り上げることで、経営者が現場にいなくてもビジネスが成長していく状態を目指しましょう。
仕組み化についてより詳しく知りたい方は、以下から仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。