多能工化の意味や事例、失敗しないための仕組みをご紹介



清水直樹
多能工化は生産性向上や人材育成に有効な方法です。今日は多能工化の意味や導入方法についてみていきます。

 

労働人口の減少や働き方改革の推進が背景となり、採用難により社員数を増やすことが難しい会社にとって、人手不足への有効な対策となるのが「多能工化」です。

今回は、この多能工化の意味や事例、導入を成功させるための仕組みづくりについてお話しします。

 

多能工化の意味とは

多能工化とは、1人で複数の業務を担当できる能力を持った人材=多能工を教育・育成し、社員が状況に応じて複数の業務を遂行することで、労働環境の改善や生産性の向上につなげる取り組みのことです。これを「兼任化・マルチスキル化・マルチタスク」という言葉で言い換えることもできます。

多能工化の反対は単能工

これに対し、多能工化が注目される以前は、多くの社員は単能工として1人が1つの業務を専門的に進めてきました。いわば業務のスペシャリストという存在であったわけですが、同時に業務が属人的となる傾向があります。そのため、担当者が不在になると業務が滞るなど、生産性を高めることが難しくなります。

 

多能工化するメリット

多能工化によってもたらされる、具体的なメリットしては次のようなものがあります。

業務の平準化

多能工化による最大のメリットが、業務負荷を平準化させられることです。一部の部署や社員に偏っていた業務を他の社員にも担当させられるようになり、業務量が平準化し、業務負荷が重かった社員の負担軽減が可能になります。また、繁忙期においても業務の進捗度合いによって人員を適切に配置できるので、一時的に業務の少ない部署と多い部署が発生するといった不平等な状況が生まれにくくなります。

リスク回避

複数の社員が業務を遂行できることで、業務の属人性が低減し、安定して業務を継続することができるようになります。また、多能工化の課程で手順や技能を教育する必要が発生するため、業務における課題や改善策が顕在化しやすくなるという側面もあります。これによって業務の合理化や手順の見直しも行うことができるため、会社としてはこれまで見えていなかったリスクを洗い出すことも可能になります。

柔軟性の高い組織づくり

社員が幅広いスキルを習得するため、会社の経営方針や戦略の変更があっても、スピーディーにその業務内容を合わせることがきる組織になります。結果として、ニーズの変化に対応した商品やサービスを柔軟に提供できるようになり、市場における競争力を維持できるようになり、優位に事業を継続できるようになります。

チームワークの向上

社員の他の部署や業務への理解が深まり、多角的な視点を持つことができるようになります。単能工の職場ではそれぞれが職人的な存在となり、担当外の業務に対する無関心が生まれがちですが、多能工化で複数の業務を担うことで、同僚の気持ちや立場も理解できるようになり、企業内に一体感とチームワークが生まれることが期待できます。

キャリア形成や働き方の改革

業務の標準化に伴い、一部社員に偏っていた労働時間の削減や、休暇がとりづらい環境の改善につながります。また、複数の業務を担当するために、社員は様々なスキルを習得することができます。多くのジャンルの業務に挑戦しやすい環境が整い、社員の可能性を広がることで、特に新人教育においてポジティブな動機付けにつながるという、キャリア形成の面でも多くの恩恵があります。

このような多くのメリットが会社にもたらされることで、サービスや製品の品質向上、納期の遵守といった結果につながり、より多くの利益を生み出すことが可能となります。

 

多能工化するデメリット

多能工化には大きなメリットがありますが、デメリットも事前に把握しておくことが必要です。

育成・教育に時間が必要多能工化では社員に複数の業務を習得してもらうための時間と手間がかかります。 当然、複雑な知識やスキルが必要な業務ではOJTなども行う必要もあり、育成時間は長くなります。このため、社員1人1人の適性を把握し、人材育成を長い目で見て計画的に行わなければなりません。

管理者に豊富な経験が必要

多能工化による業務の効率化を実現するためには、適切なマネジメントが必須となります。管理者側が多岐にわたる業務内容全体を把握し、状況に応じた最適な人員配置をできなければいけません。また、社員それぞれには経験値やスキルにバラつきがあり、慣れ・不慣れの差が生じる可能性があることも念頭に置く必要があります。

人事制度の改定が必要

多能工化に伴い、人事制度を改訂・整備する必要があります。これまでの単能工=スペシャリストとは異なる価基準を設けなければモチベーションの低下を招き、せっかく時間をかけて育成した多能工が早期離職してしまうといった事態も懸念されます。業務の幅に対する評価、それぞれの業務内における成果に対する評価など、貢献が正当に評価される人事制度の見直しが必要になります。

次の項目では、このようなデメリットを払拭し、多能工化のメリットを最大化する方法を説明していきます。

 

多能工化を推進する方法

多能工化するための適切な手順には、次のようなステップがあります。

ステップ1. 業務の棚卸しと課題の見える化

多能工化のための業務棚卸

まず、全体の業務を洗い出して、各社員の業務量や業務内容を把握していくことが必要です。各部門の状況が把握できれば、社員の仕事量や業務の流れを知ることができます。そのために、各部門で業務棚卸表を作り、部門の全業務を大分類、各自の作業単位を小分類として分けていきます。そして、業務棚卸表をもとに実際の作業時間を算出し、人手が不足しがちな業務を明確にしていきます。具体的な時間の算出が難しい場合は、社員が忙しいと感じる時間帯の負荷の高い作業を特定していきましょう。

 

ステップ2. スキルマップによる作業習熟度の定量化

次に、業務棚卸表の小分類をもとにスキルマップを作成していきます。 スキルマップとは、社員1人1人の持っている、業務に必要なスキルの習熟度をマトリックス化した一覧表のことです。これによって、属人化している作業がないか、特定の誰かに業務が偏っていないかが可視化され、改善の必要性が明確になります。

ステップ3. 業務の標準化、マニュアル化

多能工化するためには、業務が誰がやっても、ほぼ同じ成果が出るようにしていかなければなりません。つまり、標準化、マニュアル化が必要です。多能工化する業務を棚卸したら、それらについて、自社における標準作業を定義し、マニュアル化していきます。

マニュアル化についてはこちらをご覧ください。

マニュアル作成大百科。実例をもとにコツやツール、テンプレートまでを解説。



ステップ4. 多能工化の推進計画の立案・実行

スキルマップなどをもとに、想定した期間内で目指すべき計画を立案し、実際に多能工化へ向けた人材育成に取り組んでいきます。人材育成は「いつ」「誰が」「誰に」「何を」「どのように」行うのかを明確にし、計画的かつ継続的に行う必要があります。進捗状況を誰もが把握できるように、星取表のようなもので可視化していきます。

 

多能工化が失敗する理由

メリットやデメリットを理解し、適切なステップを踏んだにもかかわらず、「会社の問題」「本人の問題」が起因となって多能工化が失敗するケースがあります。

会社の問題

社員の適性を確認していない

社員の適性を理解しない、あるいは無視したまま強引に多能工化を進めると、社員のモチベーションを削いでしまう恐れがあります。適性テストを行ったり、スキルマップも併用して社員の業務内容を事前にチェックしておく必要があります。もちろん、ある社員が有能だからといって業務を押し付けすぎると精神的苦痛を感じますし、そもそもの目的である「業務の定量化」からも逸脱してしまいます。

教育期間が適正でない

人材育成には時間がかかることは前述した通りです。多能工化の実現を急ぐあまり、教育期間が短くなると、業務をしっかりと習得できず、モチベーションや士気の低下につながります。高度なスキルを要する業務ほど、OJTを含む長い教育期間が必要であることを理解し、業務に支障の出ないような育成計画を立案することが必要です。

定期的な評価や振り返りが行われていない

想定した期間内で多能工化を実現するためには、定期的に評価と振り返りを繰り返すことが必要です。計画通りに人材育成を進められることはまれで、さまざま問題が発生してきます。必要があれば計画の修正をしていかなければなりませんし、社員への定期的なフィードバックがあればモチベーションの向上にもつながります。また、多能工化した社員の負荷が高まっていないか、会社側の都合だけで業務の割り振りをして振り回していないかなど、社員の目線にも立って、コミュニケーションを取っていくことも必要です。

本人の問題

本人が育成を当たり前だと勘違いし、企業や周囲への配慮がない

多能工化へ向けた育成期間中は、業務に従事する時間が減ってしまうこともあり、周囲の社員によるフォローが必要な場面も発生します。そのことを理解しない振る舞いをすると周囲との軋轢を生み、チームワークを向上させるための取り組みでもあった多能工化が逆効果となってしまいます。現在は単能工であっても事前に業務全体を俯瞰させることで、育成期間中に周囲の社員がどのように自分の業務をフォローしていくのかを理解させなければいけません。

多能工化の目的を本人が理解していない

単能工から多能工へ移行する過程において、業務負担増加を懸念する社員からの反発が生まれるケースがあります。業務範囲は広がるものの、業務全体として見た場合、業務量の平準化が図れることやキャリア形成においても有益であることを理解してもらえるような説明をすることが必要です。さらに、前述したように、適切な人事評価制度を準備し、明示できるようにしておく必要もあります。

多能工化の事例

実際の導入事例を挙げておきます。皆さんの企業においてどのように実現できるのかをイメージする参考としてください。

多能工化事例①株式会社 ユニバーサルポスト(製造業、社員数150名)

以下、同社の資料より抜粋してご紹介します。

導入前の課題

作業が属人化し、スキルのある社員に業務が集中していた。チーム単位でのマネジメントができず、関連部署との連携も不足していた。業務領域が広がる中、社員からは人事評価制度の見直しを求める声が上がっていた。

取り組み内容

業務の棚卸しによって作業工程や技術レベルを可視化し、育成計画表を作成した。また、業務分析によるムダの洗い出しと改善策を実施した。さらに、経営トップ自らが、多能工化が会社の重要取組事項であることを宣言するとともに、働き方改革も評価対象に含めた、新評価制度への見直しを進めた。

取り組みの成果

担当以外の業務も経験したことで、新たな知識やスキルを習得でき、お互いをカバーし合える職場環境を実現した。生産性を念頭に置いて、効率的に業務を行う意識が部署内に芽生えた。社内全体では、会社の方針を全社員の9割が理解し、有給休暇取得率が約12%向上、月当たりの残業時間は約5時間削減、改革の進展度を全社員の7割が実感できるようになった。

多能工化事例②星野リゾート(サービス業、社員数2,000人)

星野リゾートはホテル業界では珍しく、多能工化を実現していることで有名です。

導入前の課題

ホテル経営において、清掃と調理に労働が集約し、昼間は待ち時間となる「中抜けシフト」が常態化して生産性を損ねていた。また、「大卒はフロント、料理専門学校卒業者だけがレストラン」という根拠のない固定観念から脱却し、顧客満足度の向上につながる改革が必要となっていた。

取り組み内容

全員がフロント・客室・ レストランサービス・調理(補助業務)をこなせるように教育した。それぞれのスキルの習得度と実践度を細かく数値化し、この数値が上昇するとどんなメリットがあるのかを理解させることに努めた。また、各部門の長を立候補制にするなど、社員の自立性を尊ぶ会社の理念の徹底化を図った。

取り組みの成果

多能工化の成功により、中抜けシフトの解消ができ、生産性、収益の向上につながった。また、社員が顧客と接点を持つ機会が増えたことで、「顧客満足度と利益の両立」というビジョンが全社員を深く浸透させることができた。その結果、日本を代表するリゾートホテルチェーンという評価を得られるようになった。

 

まとめ:多能工化推進のためには業務の仕組み化

多能工化を推進することで、業務量の偏りを解消し、幅広いスキルを習得することで生産性が向上し、同時に社員満足度も上がって社員定着率も高まります。特に人材難に直面する中小企業にとっては、多能工化がもたらす恩恵は非常に大きなものだということが言えます。

しかし、これまでご説明した通り、メリットと同時にデメリットもあるのが、この多能工化です。作業内容を可視化し、評価システムを見直し、業務へ影響を与えないように育成期間を短縮するためには業務の仕組み化が必須となります。

業務効率を上げて働きやすい環境をつくり、業績アップと社員の待遇向上につながる、多能工化に向けて、ぜひ皆さんの会社でも仕組みづくりに取り組んでいってください。

仕組みづくりについては、以下の仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。

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