徳治と法治

徳治主義と法治主義。ルールか人徳か?



清水直樹
徳治主義は、個人の道徳的な資質や美徳に基づいて社会を統治する考え方です。代表的な論者としては孔子がいます。一方、法治主義は、法律と法に基づいて社会を統治する原則です。代表的な論者としては韓非子がいます。会社経営においては、両者を活用することになります。本記事では、徳治と法治の成り立ちや双方の利点、落とし穴、現代における応用などついてみていきましょう。

 

徳治主義とは?

徳治主義は、リーダーシップにおいて徳と法の両立を強調する理念です。

徳治主義の由来は、古代の思想家や哲学者たちの教えに遡ります。特に、孔子の徳治思想が徳治主義の基盤となっています。孔子は、人間関係や感情面での徳の重要性を説き、これが個人や組織の基盤となると考えました。彼の教えは、善行や美徳を重んじ、これが個人や社会の健全な発展につながると信じています。

仁と礼の重要性

孔子の徳治思想の中心には、「仁(じん)」と「礼(れい)」という概念があります。仁は人間愛や思いやりといった概念を指し、礼は社会的な儀礼や規範を示します。孔子は、これらの徳を身につけることによって、個々の人間が善良であり、他者との調和が生まれると信じました。また、孔子は、「君子」と呼ばれる理想的な人物像を提唱しました。君子は仁や礼を体現し、自分の徳を高めることで、他者に良い影響を与え、社会を良い方向に導く存在とされています。君子の存在こそが、徳治の基盤となり、統治者や指導者は君子の徳を身につけるべきだと説きました。

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個人の徳が社会に影響を与える

徳治の重要性は、個人の徳が社会全体に及ぼす影響にあります。孔子は、統治者や指導者が徳を備え、その徳が広く社会に浸透することで、社会全体が調和と安定を保つことができると考えました。個人が徳を重んじ、他者との良好な関係を築くことが、社会の基盤を形成すると認識しました。

孔子は教育の重要性も説きました。彼は、個々の徳を向上させ、君子となるためには教育が不可欠であると考えました。教育を通じて個人の資質や徳を磨くことで、社会においても徳治が実現されると信じました。

 

徳治の落とし穴と対策

徳治は理想的な治め方のように思えますが、落とし穴が存在します。

客観的な視点の欠如

過度な徳に偏ると、主観的な価値観が優先され、客観的な視点が欠如する可能性があります。また、リーダーの徳が全ての課題に対応できるわけではなく、実効性が不足することが懸念されます。

カリスマ的指導者に依存する危険性

リーダーには人徳が必要です。しかし、リーダーの位についた人物が必ずしも人徳があるわけではありません。したがって、人徳のあるカリスマ的な人がリーダーになったときには組織が治まるものの、そうでない人物がリーダーになった場合、組織が崩壊する危険性があります。

私たち仕組み経営の考え方でいえば、過度な徳治志向は、”属人的な経営”であると言えます。そのため、後述する法治主義とのバランスが大切になってきます。

法治主義とは?

法治主義は、徳治主義を排斥し、法の強制による人民統治を強調する韓非子の思想を指しています。ちなみに、日本で「法治主義」と言った時、西洋的な「近代国家の政治原理」を想起することの方が多いですが、本記事では、孔子の徳治主義と比較しての法治主義を取り上げているため、主に法家(後述)の考え方を法治主義としています。

中国古代の法治思想は、多くの思想家や政治家によって築かれ、その中でも法家思想が大きな影響を与えました。法治主義に大きな影響を与えた人物としては、管仲、商鞅、申不害、韓非子などが挙げられます。

管仲の法治思想

管仲は、法家思想の淵源とされる人物であり、経済を基盤として国家を安定させるとともに、信賞必罰の原則を確立し、斉の富国強兵を進めました。管仲のアプローチは、経済的な安定が法治の土台であるという視点を示唆しています。

商鞅の法治思想

商鞅は秦で変法を断行し、身分などに左右されない信賞必罰の原則を推進しました。この時、法を制定・変更することが注目され、「立法」行為が行われました。これは時代の変化や現実の必要に応じて法律を作る考え方であり、古代の聖王の制定した規範や倫理規範とは異なる新しい法の制定が行われました。

申不害の法治思想

申不害は老荘思想に基づき、刑名の学を唱え、法の運用の仕方である「術」を重視しました。老荘思想は、自然の道に従う考え方であり、申不害はこれを法治に応用し、国力の強化に努めました。彼の影響により、法治思想は徳治主義とも結びついて発展していきました。

韓非子が法治主義を確立

韓非子は法家思想を大成させ、荀子の「性悪説」と老子の「無為」を学びつつ、儒家の仁愛や徳治主義を批判しました。商鞅の変法と申不害の術を統合し、法と刑罰による信賞必罰の仕組みでなければ社会秩序の維持や国家の統治はできないとする法治主義を説きました。これが『韓非子』としてまとめられ、法治思想が確立されました。

聖徳太子の十七条憲法と法治主義

坂本太郎著「聖徳太子」によれば、聖徳太子の十七条憲法には、法家思想の影響が見られます。十七条憲法の十一条では、「賞罰を明らかにすべし」とあり、これは当時の賞罰の不正確な実施を修正するための規定と考えられます。

同時に、「冠位十二階」は身分に関係なく優秀な人材を登用する制度を導入し、世襲的な特権を排除しました。これにより、聖徳太子は法に基づく国家運用を目指し、徳治と法治の両立を図りました。

聖徳太子の仏教的な慈悲深さと同時に、法家思想からくる厳格な法の執行も求められたことが分かります。

法治の落とし穴と対策

徳治と同様、法治にも落とし穴があります。

全てを法で治める難しさ

法は一般的かつ抽象的な原則であるため、具体的な状況や個々の事例に対処するのが難しいことがあります。あまりにも厳格で柔軟性がない法体系は、社会の変化や特殊なケースに適応できない可能性があります。また、法は複雑なシステムであり、その適用や解釈が専門的な知識を要することがあります。これが理解しづらいと、法に対する信頼性が損なわれる可能性があります。

悪徳な指導者による法の濫用

政治的な権力を持つ者が法を利用して、個人的な利益や権力の確立を図ることがあります。法を悪用すれば、公正さや平等が損なわれ、法治の原則が逆に社会不正義を生む可能性があります。 政治指導者が法を操作して、不当な支配を強化することがあります。これにより、法治の理念は形骸化し、制度が実質的な機能を果たせなくなる可能性があります。

 

徳治と法治のメリットとデメリットまとめ

以下に徳治と法治のメリットとデメリットをまとめてみましょう。徳治は主観的で柔軟性がありますが、一貫性が不足し、個々の権威者の倫理観に依存することがあります。一方で、法治は公平で予測可能であり、社会の安定を確保しますが、剛直で柔軟性が不足し、不正な法の濫用や公平性の喪失の可能性があります。どちらのアプローチも利点と課題があり、実際の社会制度ではこれらをバランスよく取り入れることが求められます。

徳治 法治
メリット – 倫理的な指針に基づく社会秩序の確立 – 公平で予測可能な法的枠組みの提供
– 社会の道徳的基盤を築く – 個々の権利と義務を定義
– 信頼と協力を促進 – 統制された社会秩序の維持
– 非常に柔軟で状況に適応可能 – 法の下での平等の原則
– インセンティブの形成 – 社会の安定と秩序の確保
デメリット – 主観的で解釈が難しい – 剛直で柔軟性に欠ける場合がある
– 一貫性が不足する場合がある – 不正な法の濫用や操作の可能性
– 権威者の倫理観に依存する – 公平性が維持されない場合がある
– 逆に倫理的な懸念が生じる可能性 – 経済的格差や差別の強化の可能性
– 柔軟性が過剰で不確実性が生じる可能性 – 法と倫理の齟齬が発生する可能性

 

 

解決策:徳治と法治の両立

良い徳が良い法を作る

さて、これまでの内容を踏まえて、現代における経営リーダーは、徳治(リーダーの人徳)と法治(会社の仕組みやルール)のどちらを優先させるべきかを考えてみましょう。

わかりやすく​言い換えれば、



組織の問題は、会社の仕組みを作れば治まるのか、または、やはり自分の人格が至らぬところに原因があるのか?

という質問です。

この答えは既に出ております。”経営リーダーが良い人格(徳)を身に付けることで、良い仕組み(法)が生まれ、良い仕組みが良い会社を創り上げます。”というのが答えです。

例:秦の始皇帝の失敗理由

漫画「キングダム」でも有名な秦の始皇帝。秦の始皇帝は、韓非子に感化され、カリスマリーダーに依存しない、法治主義を目指しました。漫画では英雄として描かれていますが、実際のところ、各国の統一後、わずか15年で滅んでいます。

秦の始皇帝が創り上げた法が、人民の生活を圧迫するものであったため、農民一揆が起こり、あっという間に崩壊してしまったのです。

この史実を見れば、徳治と法治を両立させる方法が見えてきます。

リーダーは、徳で法を作れ

​会社の仕組みは、その仕組みを作る人の意図が反映されます。そして、その意図は、その人の人格によって左右されます。人格者じゃなくても仕組みやルールを作れば会社は回る、というのは、少なくとも長期的にはウソです。

私の師匠のマイケルE.ガーバー氏は、魂の情熱と知性の情熱を高次元で融合させよ、と言っているのですが、魂が人格のことであり、知性が仕組みのことです。つまり、人格を高次に高め続け、さらに、仕組みを精緻に作り上げることで、素晴らしい会社が作れるというのです。

​もし始皇帝が愛に満ちた法を作っていれば、国はもっと存続したかもしれません。​

というわけで、本記事では徳治と法治の解説と、両者を統合させて組織を運営していく方法をご紹介しました。ぜひご参考にされてください。

 

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