マニュアル化できない仕事とは?
中小・成長企業では、業務の多くが単純にはマニュアル化出来ない、高度な職人技や個人に依存する能力で成り立っています。たとえば、
- デザインや企画などのクリエイティブな仕事
- イレギュラー対応が多い接客の仕事
- 各種コンサルティング等のプロフェッショナルサービス
- 製造や建設などベテラン職人の勘や経験が求められる仕事
こういった仕事では、社員を成長させるのに時間がかかり、創業メンバーや先輩社員の仕事を新人に委任するのに時間がかかるのです。そのため、業績の成長スピードに組織と人の成長が付いていかず、成長が停滞します。
そこでここでは、一見、マニュアル化出来ないと思われるような、高度な仕事にどう対処し、会社を成長させていくのかをご紹介していきます。
そもそもマニュアルがない会社は問題なのか
本題に入る前に、多くの経営者が気にしている点にお答えします。「うちにはマニュアルがないが、それはまずいことなのか」という疑問です。
結論から言うと、マニュアルが無いこと自体は問題ではありません。問題なのは、無いことによって何が起きているかです。
社員が3人で、全員が同じ場所で働いていて、判断に迷ったらその場で聞ける。この状態ならマニュアルは要りません。文書にするより口で言ったほうが早いからです。実際、創業期の会社にマニュアルはほとんど存在しません。
ところが人数が増えると、口で伝えられる範囲を超えます。ここを超えたかどうかは、次の3つのサインで判断できます。
マニュアルがない会社に出る3つのサイン
- 特定の人が休むと、その業務が止まる……代わりに動ける人がいないのは、やり方がその人の頭の中にしかないからです
- 教える人によって内容が違う……新人が「前の人はこう言っていました」と言い出したら、判断の基準がばらけています
- 退職者が出るたびに引き継ぎで大騒ぎになる……引き継ぎ書を退職の直前に作っている会社は、常にこの状態です
このうち一つでも当てはまるなら、マニュアルが無いことによる実害が出ています。これは属人化と呼ばれる状態です。
逆に、3つとも当てはまらないなら急いで作る必要はありません。マニュアルは作ること自体が目的ではないからです。
「マニュアルがないほうが自由に働ける」は本当か
マニュアルを嫌う人は少なくありません。決められた通りにやらされる、創意工夫の余地がなくなる、という受け取り方です。
この主張には一理あります。ただし、それが成り立つのは全員が同じ判断基準を持っている場合だけです。
判断基準が共有されていない状態でマニュアルも無ければ、起きるのは自由ではなくばらつきです。同じ問い合わせに対して、担当者によって答えが違う。同じ作業なのに、人によって出来上がりの水準が違う。これは自由とは呼びません。
このあと紹介する獺祭の事例が、この点をよく表しています。マニュアル化したことで、社員から創意工夫が奪われたのではありません。むしろ逆で、重要な部分に考える力を集中できるようになりました。
選択肢①マニュアル化できない仕事自体を「無くす」
逆説的ですが、高度な個人技が必要とされる仕事自体を無くす方法があります。
これには二つのパターンがあります。
- 1つ目は、サービスや商品の提供方法を変え、個人に依存する部分を無くす(減らす)ことです。
- 2つ目は、提供する商品やサービスを絞り込み、高度な職人技が必要な仕事を無くしてしまうことです。

基本的に、サービス・商品点数を増やし、多様な顧客に対応しようとすればするほど、仕事は複雑化し、それがマニュアル化を妨げることになるのです。
つまり、高度な仕事をマニュアル化しようとするのではなく、仕事を簡単にしたうえで、マニュアル化するわけです。
事例1:3日でキッチンリフォーム

これはマイケルE.ガーバー氏の書籍に載っている事例です。多種多様な工事に対応する会社から、キッチン専門の職人集団に変革することで、顧客への価値も高めながら、人の育成も加速させることが出来ました。
マリノサントスは、業界では有名な職人集団を率いていた。彼らはあらゆる地域で、あらゆる工事を請け負い、仕事をきっちりこなす会社として知られていた。
しかし、彼が仕事に行く途中、大きな交通事故を起こし、大怪我を負ってしまった。彼は体を動かすことが出来なくなり、6か月間、病床で酒を飲むくらいしかやることが無くなってしまった。
ある時、彼は気が付いた。今までの仕事のやり方が間違っていたと。自分たちの身体を酷使して仕事をするのを誇りに思っていたが、自分が動けなくなった今、それが問題になってしまっている。
彼は2年半をかけて、スタッフとともに、新しいビジネスモデルを考えることにした。その結果、生まれたのが、どんなキッチンでも3日間で工事が完了するキッチン専門のリフォーム会社である。新しいビジネスモデルは無事に離陸し、彼の会社は全く新しいものとして生まれ変わった。
事例2:特化して企業価値を向上
アメリカのとあるデザイン会社のオーナーは、創業した会社を売却したがっていました。創業から20年以上が経ち、後継者もおらず、今後の自分の人生を考えたとき、ビジネスを引退して家族と過ごす時間を増やしたいと考えたからです。
しかし、M&Aのブローカー(仲介会社)に相談したところ、「いまのままでは売れても大した金額にはならない」と言われてしまいました。原因は、ビジネスの運営がオーナーに依存しており、市場における競争力も無かったからです。
そこでオーナーは、これまでに提供した多種多様なデザインのサービスを絞り込み、ロゴデザイン会社として再スタートすることにしました。ロゴ制作のプロセスを仕組み化し、オーナーに依存せずデザインが可能になりました。
ロゴに特化したおかげで市場での認知度が高まり、これまでよりも高単価で案件を獲得できるようになりました。
再スタートしてから数年後、ビジネスは成長を遂げ、オーナーは希望する金額でビジネスを売却することに成功しました。
選択肢②マニュアル化できない仕事を細分化して分業する
一見、難しそうな仕事であっても、細分化してみれば、部分部分は自分以外でも出来るものだったりします。
細分化した仕事の中から、他の人でも出来るものはマニュアル化し、新人社員にも任せることが出来ます。
ベテラン社員は本当に難しい数パーセントの部分に意識を集中できます。
難しい仕事にも2種類あります。

ひとつは、スパゲッティのように様々な要素がこんがらがっている仕事。こちらは本当に経験のある人にしか解読できません。
もうひとつは、分解すれば一つ一つの作業は難しくないものです。
実際のところ、ほとんどの仕事は後者にあたります。
事例1:酒造りの98%をマニュアル化した獺祭
日本一有名といってもいいお酒が獺祭です。
1984年に現会長である桜井博志さんが旭酒造(獺祭販売元)の事業を継いだとき、年商は1億円弱でした。成長し続けて1億円ではなく、右肩下がりで1億円だったので、ひどい状況だったそうです。
ただ、2人目の杜氏(日本酒の醸造工程を行う職人)さんが優秀だったそうで、試行錯誤の上、13年くらいかけて年商2億円まで持ち直したそうです。
しかしその時、新事業に失敗し、大損をしてしまいます。杜氏さんは将来に危機感を感じ、会社を去ってしまいました。
普通に考えたら、杜氏さんがいなくなってしまってはもう酒造りが出来ません。
その逆境の中、酒造りを杜氏さんに頼らず、自分たちでやろうと決意します。
ここから勘と経験に頼らない仕組みによる酒造りをスタートさせ、獺祭というブランドが生まれます。
そして、2016年には年商が108億円に達します。
つまり、職人技に頼っていた時は13年かかって1億円から2億円がやっとだったのに対し、仕組みに変えてから2億円から108億円に急速に成長しました。
この杜氏さんに頼らなくていいように、仕組みによる酒造りを始めたことで、獺祭は技術を継承することに成功したのです。
桜井会長は「経験と勘」は言い逃れである、と言い切ります。
杜氏さんの経験と勘を排除し、酒造りの工程を徹底的に見える化・標準化しました。そのうえで、旨い酒を創るための20ページのマニュアルを完成させたのです。
このように仕組み化したことで、職人技の技術を持続可能なものにしただけでなく、3つのメリットが生まれます。
マニュアル化したメリット1.酒造りをデータ化したことで、常に改善していけるようになったこと。
勘と経験に頼っていては、改善が難しいです。何となく良くなったな、と感じられることはあるかも知れませんが、データ化すれば、今年はこの数字が何ポイント上がった、というように改善を可視化できます。
一般的に、酒造りは伝統を守り続けることが大切、と思われていますが、獺祭では、”今よりちょっと良い酒を”ということをビジョンに掲げ、常に改善を続けています。
このような考え方は、老舗でありながら変化を続けている虎屋さんなどとも通じると思います。
マニュアル化のメリット2.若手の経験量がベテラン杜氏さんを上回る
杜氏さんの平均的な年齢は60代~70代。一方の旭酒造の平均年齢は20代。
その20代の社員がベテランの杜氏さんを上回る経験値を身に付け、より良い酒を造っています。
なぜそれが出来るのか?
一般の酒蔵は一年に一度、冬に仕込みをします。
一方の旭酒造では、温度や室温の管理を徹底しているため、一年中酒造りをしています。(四季醸造)
まずこれだけでも旭酒造の20代社員は、普通の杜氏さんの数倍のスピードで経験を積み重ねることが出来ます。
さらに他の酒蔵とは生産量が違います。
桜井会長によれば、旭酒造の社員は、ベテラン杜氏さんが一生かけて行う量の酒造りをわずか1年で経験出来るそうです。
仕事の質の高さは、まずは量の積み重ねから始まります。
そういう意味で、旭酒造の20代社員は、圧倒的な量をこなすことで、質を高めることが出来るのです。
マニュアル化のメリット3.重要な2%に集中できる
酒造りはマニュアルで出来ると公言している桜井会長ですが、とはいえ、マニュアルで解明できるのは最大でも98%と言います。
残りの2%は知恵や考える力です。
その2%に旨い酒を造るポイントが眠っていると言います。
「なんだ、結局は人の力か」
と思われるかも知れませんが、ここでのポイントはそうではありません。
98%がマニュアル化されているからこそ、人は重要な2%に集中できるのです。
マニュアル化されていなければ、その他98%の仕事に試行錯誤をすることになり、社員が知恵や工夫をする暇も余裕もありません。
いつもお伝えしていますが、仕組み化は人をロボットにするのではなく、人の可能性を最大限に引き出すための手法です。
この点を間違って捉えると、間違った仕組みやマニュアルが出来てしまいます。
事例:分業化によって世界に飛躍したマッキンゼー
世界トップクラスのコンサルティング会社であるマッキンゼーは、まだ小さな会社だった1930年代に、ジェネラル・サーベイ・アウトラインと呼ばれる30ページの組織調査シートを完成させました。
そのシートに沿って組織を調査すれば、新人コンサルタントでもビジネスの問題点が診断できるというものでした。
ジェネラル・サーベイ・アウトラインの効果は、単に正確に診断ができるだけではありませんでした。
新人コンサルタントは、診断を通じてコンサルタントとしての経験を積むことが出来、ベテランコンサルタントは、診断を新人に任せることで、より高付加価値の仕事に集中することが出来るようになりました。
ジェネラル・サーベイ・アウトラインの完成を機に、マッキンゼーはワールドクラスの会社へと飛躍していくことになりました。
選択肢③マニュアル化できない仕事の教育システムを作る
私の師匠のマイケルE.ガーバーは、「すべてのビジネスは社員を生徒とした学校である」と言っています。
”ほとんどすべてのビジネスが人材についての問題を抱えている。新人がなかなか育たない、一人前になってもすぐに辞めてしまう、自主的に動いてくれない、優秀な人材が入社してくれない。これら全ての問題が起こるのは、彼らが求めているものをあなたが与えられてないのが原因である。彼らが求めているものとは、”成長”である。すべての人は成長を求める。成長こそ、すべての人類に備わっている本能である。だからあなたの会社では、彼らに成長できる機会を与えなくてはいけない。”
ステップバイステップの手順を明示できない仕事であっても、仕事のガイドラインとなるマニュアルは作れます。そのマニュアルをテキストとして、社員が自ら学び、訓練を繰り返すことで、成長が加速されます。
事例:仕組み経営コーチ

私たちが認定している仕組み経営コーチのトレーニングでは、様々なマニュアルを用意し、活用しています。
コーチングは非常に属人性が高い仕事です。
そこで、コーチが自習できるマニュアルを用意し、それをもとに訓練や演習を繰り返すことで、マニュアルが無く先輩コーチの背中を見て学ぶだけの状態よりも、はるかに早く成長できます。
マニュアルがないと動けない社員をどう見るか
ここまでとは逆の悩みもあります。「マニュアルがないと動けない社員がいる」という相談です。指示待ちだ、自分で考えない、と表現されることもあります。
ただ、この見立てはたいてい外れています。マニュアルがないと動けないのは、その人が受け身だからではありません。次の3つのどれかが起きているだけです。
- 判断してよい範囲が渡されていない……自分で決めてよいのか、確認すべきなのかが分からなければ、動けないのが当然です
- 間違えたときにどうなるかが分からない……過去に自分の判断で動いて責められた経験があれば、確認を待つほうが安全になります
- 全体像を知らされていない……自分の作業が何のためにあるのかを知らなければ、応用のしようがありません
つまり、マニュアルがないと動けないのではなく、判断の材料がないから動けないのです。この状態でマニュアルだけを渡すと、今度は「マニュアルに書いてないことはやらない社員」になります。渡すべきは手順だけではなく、判断のよりどころのほうです。
やり方は「仕事の任せ方|部下に仕事を任せる5ステップと権限委譲のコツ」で詳しく扱っています。金額や範囲で線を引いておくだけで、動けるようになる社員はかなりいます。
マニュアル化に関するよくある質問
職人技はマニュアル化するとダメになりませんか?
むしろ逆になることが多いと考えています。獺祭の事例のとおり、98%をマニュアル化したからこそ、残りの2%に人の知恵を集中できます。マニュアル化されていない会社では、社員はどうでもいい部分にまで毎回考える時間を使っています。
ただし、写した瞬間に価値がなくなる部分まで文書にする必要はありません。マニュアル化する対象は「他の人に渡したい部分」であって、すべてではありません。
ベテランがマニュアルを作りたがりません。どうすればいいですか?
よくある反応です。理由は2つに分かれます。ひとつは、自分の価値がなくなると感じている場合。もうひとつは、単に書く時間が業務のなかに用意されていない場合です。
後者のほうが圧倒的に多いというのが実感です。本人が悪いのではなく、通常業務をこなしながら空き時間に書け、と言われている状態が原因です。書く時間を業務時間のなかに確保してください。
前者の場合は、マニュアルを作った人が評価される形になっているかを確認してください。渡すと損をする仕組みのままでは、誰も渡しません。
マニュアルを作ったのに使われません。
別の問題です。作ることと使われることは、必要な条件が違います。「なぜ?マニュアルが活用されない【3つの理由】と、その壁を打ち破る方法」で詳しく解説しています。
どこから手をつければいいですか?
全部を一度にやろうとしないでください。まず1つだけ選びます。選ぶ基準は「いちばんミスが多い業務」か「その人が休むといちばん困る業務」のどちらかです。
具体的な書き方は「マニュアルの作り方7ステップ。テンプレートと種類別の実例つき」を参照してください。実際にどこまで書き込むかは、無印良品の「MUJIGRAM」の運用が参考になります。
マニュアルはどのくらいの分量が必要ですか?
獺祭の例では20ページでした。分量よりも、判断が分かれる場面について「どちらを選ぶか」が書かれているかどうかが大事です。手順だけを並べた100ページより、判断の基準が書かれた5ページのほうが役に立ちます。
マニュアル化が進むと社員が育たなくなりませんか?
逆です。マニュアルは教育のテキストとして使えます。マニュアルが無い会社では、新人は先輩の背中を見て学ぶしかありません。この方法は時間がかかるうえ、教える人によって伝わる内容が変わります。育成の仕組みについては「人を育てる仕組みとは?中小企業が実践すべき4ステップと失敗しない教育法」をご覧ください。
難しい仕事のマニュアル化と委任を進める仕組み
以上、マニュアル化出来ない仕事を人に任せる方法として、3つの選択肢をご紹介しました。ぜひあなたの会社に当てはめて考えてみてください。
3つに共通しているのは、「この仕事は難しいから任せられない」という前提を一度疑っている点です。難しいまま任せようとするから任せられません。仕事そのものを簡単にするか、分解するか、学べる形にするか。どれを選んでも、最初にやることは同じです。いま誰かの頭の中にしかない仕事を、外に出して見えるようにすることから始まります。
なお、仕組み経営では、マニュアル化のご支援から委任の方法まで、会社を成長させるための仕組み化をご支援しています。詳しくは以下から仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。


