後進育成とは、いま自分が担っている仕事を、次の世代が担えるように育てることです。会社の中では、ベテラン社員が後輩に仕事を教える場面から、社長が幹部を育てる場面まで、広い意味で使われます。
後進育成がうまくいかない理由は、教える人の能力や熱意だと思われがちです。しかし実際には、もっと手前に原因があることがほとんどです。その仕事のやり方が、教える人の頭の中にしかない。言葉になっていないものは、どれだけ丁寧に教えても同じようには伝わりません。
この記事では、後進育成の意味と、後継者育成・部下育成との違いを整理します。そのうえで、後進が育たない原因と、自分の仕事の棚卸しから任せるまでの5つのステップを解説します。最後に、ベテランが「教える側」に回れるようにするための会社の仕組みもまとめました。
1. 後進育成とは?意味と後継者育成・部下育成との違い
後進育成の意味
「後進」とは、同じ道をあとから進んでくる人のことです。職場でいえば、自分より後に入った人や、経験の浅い人を指します。後進育成は、自分が身につけてきた知識や技術、仕事の進め方を、その人たちに引き継いでいく取り組みです。
ポイントは、引き継ぐものが「作業」だけではないことです。どこで迷い、何を基準に決め、どこで手を抜いてはいけないのか。仕事の質を決めているのは、こうした判断の部分です。後進育成で本当に引き継ぎたいのは、この判断のほうです。
後継者育成・部下育成との違い
似た言葉に「後継者育成」と「部下育成」があります。違いは、誰を、何に向けて育てるかです。
- 後進育成……自分のあとに続く人を育てる。上司と部下の関係に限らず、先輩と後輩、ベテランと若手の間でも使う。自分の仕事を手渡せる人を増やすことが目的
- 部下育成……上司が、自分のチームの部下を育てる。チームの成果を上げるための、管理職の仕事の一部として語られることが多い
- 後継者育成……特定の役職、とくに社長や事業の責任者を引き継ぐ人を育てる。対象は一人か少数で、事業承継とセットで語られる
後継者育成は「誰か一人に、あるポストを継いでもらう」話です。後進育成はもっと広く、「自分の仕事を担える人を、会社の中に増やしていく」話です。後継者を選ぶ基準や進め方は、後継者の選び方|5つの基準と後継者選定の進め方で解説しています。
ただ、この3つは別々のものではありません。現場で後進育成が回っている会社でなければ、幹部も後継者も育ちません。社長の後を継ぐ人は、ある日突然現れるわけではないからです。
後進育成が社長の問題になる理由
後進育成は人事部の仕事のように聞こえます。しかし中小企業では、社長自身の問題に直結します。
社長やベテランにしかできない仕事が多い会社では、その人が現場を離れた瞬間に仕事が止まります。だから休めない。新しいことに時間を使えない。気づけば、社長がいちばん忙しい現場の担当者になっています。
社長が現場から離れられないのは、社長の能力の問題ではありません。人が増えるほど一人に集まる判断は増え、いつか必ずあふれます。その判断を担える人を増やすことが、後進育成のいちばん実務的な意味です。一人にしかできない仕事がどう会社を止めるかは、属人化とは?意味と解消方法で詳しく整理しています。
2. 後進が育たない原因は「教え方」ではない
「下が育たない」と悩むとき、多くの人はまず自分の教え方を疑います。あるいは、若手のやる気を疑います。けれども、どちらも決め手にはなりません。教えるのが上手な人の下でも育たないことはありますし、やる気のある若手でも伸び悩みます。
原因は、人ではなく会社の構造の側にあります。よくあるのは次の3つです。
仕事のやり方が言葉になっていない
いちばん大きな原因です。ベテランの仕事は、長年の経験で身についた判断の積み重ねでできています。本人にとっては当たり前すぎて、言葉にしたことがありません。
すると教える場面では「ここは、こんな感じで」「ケースバイケースだから」という説明になります。後輩は、ベテランが何を見て判断しているのかが分かりません。分からないから同じように育たない。教え方の問題に見えて、実は「教える中身が言葉になっていない」問題です。
言葉になっていない知識は、暗黙知と呼ばれます。暗黙知を言葉にする方法は、暗黙知を形式知に変える方法で詳しく紹介しています。
教えることが仕事として扱われていない
二つ目は、教える時間が業務の外に置かれていることです。ベテランには本来の仕事があります。教えるのは「手が空いたら」になり、手が空く日は来ません。
さらに、教えた分だけ評価されるわけでもありません。こうなると、育成は担当者の善意と性格に頼ることになります。面倒見のいい先輩の下では育ち、そうでない先輩の下では育たない。人が育つかどうかが、配属先の上司の当たり外れで決まってしまいます。
その人が活躍できるかどうかを、その人や上司のせいにしてはいけません。人が育つかどうかは、会社がどれだけの環境を用意できるかで決まります。
任せる範囲と「できた」の基準が決まっていない
三つ目は、どこまで任せるのか、何ができたら一人前なのかが決まっていないことです。
基準がないと、任せる側は不安になります。結局ぜんぶ自分で確認し、口を出し、最後は自分でやってしまう。任された側は、何を期待されているのか分からないまま動き、やり直しを命じられて自信をなくします。「自分でやった方が早い」と感じる構造は、ここから生まれます。
3. 後進育成を始める前に確かめたい2つのこと
すぐに教え始める前に、確かめておきたいことが2つあります。ここを飛ばすと、教える側の苦労が何倍にもなります。
何ができれば一人前なのかを決めておく
育成とは、仕事に求められるレベルと、いまのレベルの差を埋めることです。求められるレベルが決まっていなければ、差は測れません。「まだまだだ」と感じても、何がどう足りないのかを本人に伝えられないのです。
その職務で何をする人なのか、どこまでできれば任せられるのかを、先に書き出しておきます。職務の中身を書き出す方法は、職務記述書とは?書き方5ステップとテンプレートにまとめています。
仕事そのものを簡単にできないか考える
もう一つは、教える前に仕事を簡単にできないか、という視点です。
著書『仕組み化の経営術』では、ハンバーガーのソースの例を挙げています。ちょうどよい量のソースをかけるのは職人技で、身につけるのに時間がかかります。ところが、ワンプッシュで適量が出る容器に変えれば、入社初日の人でも同じ仕上がりになります。求められる能力のほうを下げれば、育成にかかる時間は短くなります。
道具を変える。扱う品目や手順を絞る。チェックリストを用意する。難しい部分と簡単な部分を切り分け、簡単な部分から任せる。中小企業の社長やベテランは能力が高い人が多く、無意識に自分と同じ水準を後輩に求めがちです。その水準をそのまま教えようとする前に、仕事の側を変えられないかを考えます。
4. 後進育成の進め方5ステップ
ここからは、実際の進め方を5つのステップで紹介します。社長が幹部を育てる場合にも、ベテラン社員が後輩を育てる場合にも使えます。
ステップ1. 自分の仕事を棚卸しする
最初に、自分がいま抱えている仕事をすべて書き出します。毎日やること、月に一度やること、年に一度しか発生しないこと。頭の中で考えるより、1〜2週間ほど自分の仕事を記録してみると漏れが減ります。
書き出したら、仕事ごとに今の状態を見ます。目安は次の4段階です。
- 段階1……自分しかやり方を知らない
- 段階2……やり方を書き出してはあるが、自分の知識を並べただけ
- 段階3……目的やコツ、判断基準まで書いてあり、引き継げる
- 段階4……やり方を見直す場が定期的にある
これは『仕組み化の経営術』で使っている、業務の仕組み化の段階です。ほとんどの仕事は段階1にあるはずです。そのなかから、最初に手渡す仕事を一つ選びます。選ぶ基準は「ミスやトラブルが多い仕事」「自分が休むと止まる仕事」「近いうちに手放したい仕事」のどれかです。
ステップ2. 手順と判断基準を書き出す
選んだ仕事のやり方を書き出します。ここが後進育成の中心です。
手順だけを並べても足りません。それは段階2の状態です。迷う場面で何を見て決めているのか、なぜそうするのかまで書いて、はじめて段階3になります。書き出すときは、次の問いを自分に向けると中身が出てきます。
- この仕事は、何をきっかけに始まるか
- どうなったら「終わった」と言えるか
- 途中で迷うのはどの場面で、そのとき何を見て決めているか
- 後輩がよく間違えるのはどこか
- これだけはやってはいけない、ということは何か
書く時間が取れなければ、話して録音するだけでも構いません。文字に起こして整える作業は、後輩に任せてもよいでしょう。書き起こす過程そのものが、後輩にとっての学びになります。
大切なのは、書くのはその仕事をいちばんよく知っている人だということです。経験の浅い人に白紙を渡して「マニュアルを作っておいて」と頼むと、我流の手順書ができあがります。マニュアル全体の作り方は、マニュアルの作り方7ステップで解説しています。
ステップ3. 見せて、やらせて、確かめる
書き出したやり方をもとに、実際に教えます。基本の流れは次のとおりです。
- まず自分がやって見せる。書き出した手順を手元に置き、判断の場面では「いま何を見て決めたか」を口に出す
- 次に後輩にやってもらう。自分は横で見て、手順のとおりにできているかを確かめる
- できたところ、できなかったところを一緒に振り返り、手順書の分かりにくい箇所を直す
この流れは、OJT(職場で実務を通じて教えるやり方)の基本でもあります。ただ、OJTの名のもとに後輩を現場に置いたまま放っておく会社も少なくありません。計画を立てて意図的に教える方法は、OJTとは?社員を確実に成長させるポイントで紹介しています。
後輩がつまずいた箇所は、手順書の弱いところです。後輩の覚えが悪いと考えずに、書き足すべき箇所が見つかったと考えます。初めての人が読んで迷わない状態になれば、次の後輩には手順書を渡すだけで済むようになります。
ステップ4. 任せる範囲を段階的に広げる
いきなり全部を任せる必要はありません。任せる範囲は、次のように少しずつ広げていきます。
- 補助してもらう……自分がやる仕事の一部を手伝ってもらう
- 見守りのもとでやってもらう……後輩が主になってやり、自分は横で確認する
- 一人でやってもらう……結果だけ報告してもらう
- 人に教えてもらう……次の後輩に、その仕事を教える側に回ってもらう
段階を上げるときは、任せる範囲と報告のタイミングをはっきり伝えます。「ここまでは自分で決めてよい」「この金額を超えたら相談する」「週に一度、進み具合を教えてほしい」といった形です。これが決まっていないと、任せた側は不安で口を出し、任された側は何をしてよいか分からなくなります。
任せ方そのものの手順と、権限の渡し方は、仕事の任せ方|部下に仕事を任せる5ステップで詳しく解説しています。
ステップ5. 振り返りの場を決めておく
最後に、定期的に振り返る場を決めておきます。週に一度15分でも、月に一度30分でも構いません。
振り返りで話すのは、次の3つです。
- 任せた仕事で、迷った場面はどこだったか
- 手順書のとおりにやってうまくいかなかったところはどこか
- もっとよいやり方を見つけたか
3つ目が出てくるようになったら、育成はうまく進んでいます。手順書は、後輩が見つけたよりよいやり方で書き換えていきます。こうして仕事のやり方は段階4へ進み、教えた側も教わった側も、同じ手順書を一緒に育てる関係になります。
後進育成は、教える中身が言葉になってはじめて回り始めます。自分の仕事を書き出し、任せていく順番を、無料のガイドブックにまとめました。
5. ベテランが「教える側」に回るための会社の仕組み
ここまでの5ステップは、一人のベテランでも始められます。ただ、それを個人の頑張りに頼っている限り、育成は続きません。ベテランが無理なく教える側に回れるように、会社として用意しておきたい仕組みがあります。
書いた手順書を、育成のテキストにする
学校には教科書があります。会社で人を育てるときの教科書は、仕事のやり方を書いた手順書やマニュアルです。
手順書は、ミスを防ぐために見るものだと思われがちです。しかし本来は、人を育てるためにあります。テキストがあれば教え方がそろい、教える人によって育ち方がばらつくことも減ります。後輩が自分で読んで予習できるので、教える側の時間も減ります。
ステップ2で書き出した手順書は、そのまま次の後輩のテキストになります。一度書けば、二人目からは教える手間がぐっと軽くなります。
教えることを、仕事として評価する
教える時間を、業務の外ではなく業務の中に置きます。たとえば、ベテランの職務の中に「後輩の育成」や「手順書の作成と更新」をはっきり書き込みます。そして、それを評価の項目に入れます。
「教えた人が評価される」と会社が示さなければ、忙しいベテランが教える理由はありません。逆にこれが決まれば、ベテランは堂々と教える時間を取れるようになります。
「教える人」を育てる
教えるのが一部の面倒見のいい人だけでは、その人に負担が集中します。先輩が後輩に教え、その後輩が次の後輩に教える。教え、教えられる関係を屋根瓦のように重ねていくと、特定の人に頼らずに人が育つようになります。
ステップ4の最後の段階で「人に教えてもらう」を置いたのは、このためです。教える側に回ると、自分の仕事を説明し直すことになり、本人の理解も深まります。
社長やリーダーの仕事は、全員を自分で育てることではありません。人を育てる人を育てることです。管理職を育てる方法は、管理職育成が失敗する本当の理由でも扱っています。
やり方は、上から決めずに現場が作る
最後に一つ大切なことがあります。仕事のやり方は、社長が上から決めて配るものではありません。その仕事をいちばんよく知っている現場の人が書き出し、後輩と一緒に直していくものです。
社長の役割は、何を大事にするか、どこを目指すかという方向を示すことです。そのうえで、具体的なやり方はその仕事を知っている人が作る。外から型を持ち込むやり方と違い、自分たちで作ったやり方は自分たちで守り、直していけます。
こうして仕事が人から人へ手渡せる形になっていれば、社長がいつか現場を離れたあとも、会社はお客様の役に立ち続けられます。社員の方には「誰か一人に頼らず、この先も続いていく会社にするための取り組みだ」と説明できます。
6. 後進育成でよくある失敗
最後に、後進育成でつまずきやすい点を3つ挙げておきます。
「見て覚えろ」で済ませる
見て覚えられるのは、手の動きまでです。何を見て判断しているのかは、外からは見えません。職人の世界の仕事でも、判断の目安や勘どころは言葉にできます。ベテランのノウハウを引き継ぐときに確かめたい項目は、ベテラン社員のノウハウを伝承するためのチェックリストにまとめています。
一度に全部を任せる
忙しいときほど、まとめて手放したくなります。しかし段階を飛ばして任せると、後輩は失敗を重ね、結局は自分が引き取ることになります。一つの仕事を、補助から順に渡していくほうが、結果として早く手が離れます。
自分で考えさせるのを急ぐ
「指示待ちではなく、自分で考えて動いてほしい」と願うのは自然なことです。ただ、自分で考えられるようになるのは、基本のやり方を知り、何度か繰り返したあとです。手順も基準も知らない段階で「自分で考えて」と言われても、後輩は動けません。まずやり方を渡し、それを繰り返す段階を十分に取ります。
7. 後進育成についてよくある質問
後進育成と後継者育成は、どちらから取り組むべきですか?
後進育成から取り組むことをおすすめします。後継者は、現場で仕事を引き継げる人が育っている会社の中から出てきます。社長やベテランにしかできない仕事が多いままでは、後継者候補も現場の仕事に追われ、経営の仕事を覚える時間が取れません。
教える時間がまったく取れません。どうすればよいですか?
まず一つの仕事だけを選び、やり方を話して録音するところから始めてください。10分ほどで済みます。文字に起こして整える作業は後輩に任せられます。一度手順書ができれば、そのあとの教える時間はむしろ減っていきます。
手順にできない、感覚的な仕事はどう教えればよいですか?
手順に分けにくい仕事でも、判断の目安や「これだけは外さない」という点は書き出せます。良い例と悪い例を並べて見せるのも有効です。手順書がない仕事の任せ方は、マニュアル化できない仕事の任せ方で解説しています。
教えても、人によって育ち方に差が出ます。
差の多くは、教える中身が人によって違っていることから生まれます。同じ手順書をテキストにし、同じ順番で任せていけば、育ち方の差は小さくなります。それでも差が残るなら、その仕事に求める水準が高すぎないか、仕事そのものを簡単にできないかを見直します。
後輩が育つと、自分の居場所がなくなりませんか?
自分の仕事を手渡せた人は、次の仕事に時間を使えるようになります。社長であれば経営の仕事に、ベテランであればより難しい仕事や、教える人を育てる仕事に移れます。手渡すことは、自分の役割を一段上げることでもあります。
まとめ
後進育成とは、いま自分が担っている仕事を、次の世代が担えるように育てることです。後継者育成が特定のポストを継ぐ人を育てる話なのに対して、後進育成は自分の仕事を担える人を会社の中に増やしていく話です。
後進が育たないのは、教える人の能力や若手のやる気のせいではありません。仕事のやり方が言葉になっていないこと、教えることが仕事として扱われていないこと、任せる範囲と基準が決まっていないこと。原因は会社の構造の側にあります。
進め方は次の5ステップです。
- 自分の仕事を棚卸しし、最初に手渡す仕事を一つ選ぶ
- 手順と、迷う場面での判断基準を書き出す
- 見せて、やらせて、確かめる
- 補助から一人立ちまで、任せる範囲を段階的に広げる
- 振り返りの場を決め、手順書を一緒に直していく
そして、書いた手順書を育成のテキストにし、教えることを評価し、教える人を育てる。そうすれば、ベテランは無理なく教える側に回れます。社長も現場から一歩ずつ離れられるようになります。
まず一つ、書き出してみましょう。いま自分しかできない仕事を一つ選び、迷う場面で何を見て決めているかを、後輩に向けて10分だけ話してみるところからで十分です。自分の仕事を書き出し、任せていく順番は、無料のガイドブックにまとめています。


