衆知が集まる経営

衆知を集める経営の実践に向けて



清水直樹
衆知を集める経営とは、松下電器(現パナソニックグループ)の創業者である松下幸之助氏が大事にしていた考え方です。衆知(みんなの知恵)を集めて経営することで、間違いのない判断を下し、会社を発展させていくことを意味します。また、その過程において皆が経営者のように知恵を絞り、考える姿勢を身に付けること(社員稼業の実践)で、全員経営ともいえるような会社を創ることを目指しています。

松下幸之助氏はなぜ衆知経営を目指したのか?

松下幸之助氏が衆知を集めることを重視してきた背景には少なくとも三つ要因があると考えられます。

身体が弱く自分に依存させるのが危険であると考えていた

松下幸之助氏は子供の頃から体が弱く、常に健康に気を使う生活を送っていました。そのためか、自分に何かあっても会社に支障をきたさないようにと考えていたのだと思います。そのためには仕事や判断を人に任せないといけない。衆知経営を実践し、できるだけ仕事を任せて社員の自主性を生かすようにしていくことを考えていたのでしょう。

学歴が無く、学歴がある人の知恵を借りたいと思っていた

松下幸之助氏は学歴が無く、丁稚奉公から始めたことも良く知られています。その後、会社が大きくなってくると大学を出た優秀な人たちが入社してきました。彼らの知識を活かすためにも幸之助氏は人の意見を聞くことを重視したのです。氏自身は、自分を凡人だと考えており、その凡人が非凡な会社を創ることが出来たのは、人の知恵を借りたからだと認識されていたのです。

「私が、衆知を集めるということを考えたのは、一つには、自分自身があまり学問、知識というものをもっていなかったから、いきおい何をするにも皆に相談し、皆の知恵を集めてやっていくことになった面もある。いわば必要に迫られてやったことだといえなくもない」

ワンマン経営の危険性を感じていた

幸之助氏はワンマン経営の危険性を感じており、衆知の経営を大事にしました。

ワンマンはとかく失敗する場合が多い。成功する場合もありますが、究極において失敗する。

いかにすぐれた人といえども、その知恵にはおのずと限りがある。「三人寄れば文殊の知恵」という言葉もあるように、多くの人の知恵を集めてやるに如くはないのである。

パナソニックグループによる衆知経営の実践

現・パナソニックグループにおいても衆知を集めることは重要視されているようです。同社の経営基本方針の「9. 衆知を集めた全員経営」には以下のように書かれています。

パナソニックグループでは、「自主責任経営」の徹底にあたり、一人ひとりの社員が、自らを自らの仕事の責任者・経営者と自覚して仕事に取り組む「社員稼業」の実践とともに、一人ひとりの知恵を結集して経営を行うこと、すなわち衆知を集めて経営に活かすことを大切にしています。創業者も、「最高の経営は衆知による経営である」という言葉を残しています。​

引用:https://holdings.panasonic/jp/corporate/about/philosophy/9.html

 

衆知が集まる組織にする

関連会社の元社長を務めた有田健一氏が、「論叢 松下幸之助」に寄稿した内容によれば、衆知経営を実践するためには、組織構造から考え直すことが大切であることがうかがえます。

同氏は社長に就任後、組織構造を根本から見直すことに着手しました。具体的には、社員が持つ多様な技術を整理し、共通性のある技術者をグループ化しました。例えば、空調、建築、水処理などの技術者をそれぞれのグループに分類しました。これらのグループは、「エンジニアリング・ビジネス・ユニット(EBU)」と名付けられ、各ユニットが独立採算で経営し、利益を生み出すよう指示されました。これは、従業員に自主性と自立性を促し、サラリーマン根性からの脱却と「社員稼業」の精神を植え付けることを目的としています​​。

社長が号令をかけて知恵を集めるやり方 ではなく、「衆知のほうから集まって、それを皆 で共有し活用できる組織」を構築し、創造性あ ふれる環境ソリューション事業を展開していっ た。(有田健一氏)

このように衆知を集めるとは、単に人の意見を聞くことだけではなく、各々の持つ知識や知恵を生かし切る組織構造を作ることも大切だということです。

衆知を集める経営の実践に向けて

では、自社において衆知を集める経営を実践するにはどうすればいいのか。いくつかポイントを挙げてみましょう。

素直な心で取り組む

衆知経営を実践するには、松下幸之助氏が重視した素直な心が欠かせません。氏は、「素直な心」を次のように定義しています。

素直な心とは、寛容にして私心なき心、広く人の教えを受ける心、分を楽しむ心であります。また、静にして動、動にして静の働きのある心、真理に通ずる心であります。

ここに既に衆知と同義の事が書かれています。たとえば、いくら社員をあ集めて会議をしたり、意見箱を設置してみなの意見を集めようとしたとしても、その意見に聞く耳を持たなかったり、自分の意見のほうが正しい、というような心持ではとても衆知経営は実践できないわけです。

ちなみに私の師匠のマイケルE.ガーバー氏も、「初心者の心」が非凡な会社を生み出す起業家に必要なことだと考えていました。

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素直な心を養う

松下幸之助著「素直な心になるために」には、素直な心を養うための10カ条が書かれています。参考までにご紹介しておきましょう。

  • 第1条:つよく願う
    • 強い願いを持つことが素直な心を養う第一歩。適切な志を持ち、強く願い、努力が必要。
  • 第2条:自己観照
    • 常に自己観照し、客観的に自分を観察。他人の視点から物事を見ることが大切。
  • 第3条:日々の反省
    • 毎日の行動を反省し、成功や失敗から学び、良い未来に向けて進化する。
  • 第4条:つねに唱えあう
    • 日常的に素直になることを口に出して唱え合い、お互いに素直な心を意識的に保つ。
  • 第5条 自然と親しむ
    • 自然との親しみから素直な心を学び、動物や自然の姿勢からヒントを得る。
  • 第6条 先人に学ぶ
    • 過去の偉人たちの教えや行動から素直な心を学び、参考にして内面を豊かにする。
  • 第7条 常識化する
    • 社会的な常識として素直な心を広く認識し、教育や文化を通じて養う。
  • 第8条 忘れないための工夫
    • 素直な心を忘れないために工夫が必要。物理的な手段や習慣化を活用。
  • 第9条 体験発表
    • 素直な心の実践体験を発表し、多様な視点や意見を共有し合いながら成長する。
  • 第10条 グループとして
    • 仲間同士でグループを形成し、協力し合いながら素直な心を忘れずに保つ。

自分の哲学と方針を持つ

衆知経営を実践するには、他者の意見を聞きつつも、自分の主体性を保ち、経営者としての主座を守りながら衆知を集めることが大切です。

衆知を集めるといっても、自分の自主性というか主体性はしっかりともっていなくてはならないということである。こちらの人の考えを聞き“それはそうだな”と思い、また別の人から違う意見を聞かされて“それもそうだ”というように、聞くたびにふらふら揺れ動いているというようなことでは、聞いただけマイナスということにもなりかねない。あくまで自分の主体性をもちつつ、他の人の言葉に素直に耳を傾けていく。いいかえれば、経営者としての主座というものをしっかり保ちつつ衆知を集めていくところに、ほんとうに衆知が生きてくるのである。 -松下幸之助

論語で語られる”和して同ぜず”と若干近い考え方かもしれません。

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衆知が集まる仕組みにする

これは本サイト「仕組み経営」に関連するところではありますが、衆知経営を実践するには、人の意見を聞く姿勢を持つだけではなく、自然と衆知が集まる、衆知を活用する仕組みを作ることが大切かと思います。先ほどのパナソニックグループ有田氏の事例でもあったように、組織全体で取り組むことです。そのために必要なことを見てみましょう。

各部門を自主責任で運営させる

先述した通り、幸之助氏は人に仕事を任せることをどんどんやりました。任せると人は存分に創意と能力を発揮し、大きな成果を生むからです。これは衆知を活かす経営と言えます。事業部制が生まれたのもこのような背景があったからでしょう。多くの中小企業では、社長自身があらゆることに首を突っ込み、自分で判断、行動しているケースが多いと思います。これではいつまでも衆知を活かすことが出来ません。組織図を明確にし、然るべき人間に責任を持たせることが大切です。
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会議を整える

会議のやり方は、衆知経営にダイレクトに関係します。社長やリーダーが一方的に演説するような会議では、とても衆知経営は実践できません。各会議の目的や運営ルールをしっかり定め、必要な人が必要なことを言える仕組みにすることが大切です。
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心理的安全性が保たれた文化を作る

先に述べた素直な心を全社で実践するために、会社全体が、”言いたいことを言える文化”にしていくことが大切です。昨今では、このような文化を心理的安全性が保たれた状態と言っています。会社の文化はトップの価値観から始まり、その価値観を実践するための仕組みによって維持されます。
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まとめ

以上、衆知経営について見てきました。自身の在り方から組織構造まで、衆知を集めるためにやるべきことは多々ありますね。なお、仕組み経営では、上記で一部ご紹介したような仕組みを構築することによって、仕組みで成長する会社作りをご支援しています。詳しくは以下の仕組み化ガイドブックをダウンロードしてご覧ください。



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