なぜ社長は高齢になっても引退しない、出来ないのか?



清水直樹

今日は、「なぜ社長は高齢になっても引退しない、出来ないのか?」というテーマで社長の引退についてみていきます。主な対象読者は、現役社長とこれから社長を継ぐ予定の方になります。現役社長の方は、自分はどのように引退していくのがいいかを考えるきっかけに、社長を後継ぎ予定の方は今の社長との関係性をどうしていくかを考えるきっかけにしていただければと思います。

 

社長の引退イベントは全ての企業の大問題

中小企業にとって、社長がいつどのように引退するか?後継者を誰にするか?は大きな課題です。経営の承継は全ての社長がいずれ突き当たる課題なのです。承継問題が中小企業だけのものかというと、そうでもありません。豊富な人材、確立された仕組みがある大企業であっても、承継問題は付きまといます。特に現在、創業者が現役で経営をしている会社の場合、2代目を誰にするかは極めて重要な問題であり、間違った選択をする可能性も多々あります。なぜならば、いくらベテランの創業経営者であっても、経営の承継は初めて体験することだからです。

ワンマン社長は引退しない?

一般にワンマン社長と言われる人ほど引退しないとされています。ここでいうワンマン社長というのは、独裁者の事ではなく、社内で強い発言権を持ち、強いリーダーシップを持った社長のことを指します。現代におけるワンマン社長の代表格と言えば、日本電産の永守氏、ファーストリテイリングの柳井氏、ソフトバンクの孫氏でしょう。この3人とも強力なリーダーシップを持った社長であり、かつ、”なかなか引退しない社長”です。

日本電産永守氏のケース

日本電産では関氏が2021年6月にCEOに就任。現在78歳の永守氏の後継者とされていました。しかしその後、業績回復の遅れや株価の値動きを懸念して、自らCEOに復帰するという引退撤回劇を演じました。ただ、関氏への承継を止めたわけではなく、”まだ修行中”として、今後、育成&承継を進めていくようです。

ファーストリテイリング柳井氏のケース

柳井氏は親から継いだアパレルショップからスタートしていますので、正確には創業社長ではありません。ただ、いまのファーストリテイリングの形を創ったという意味で、ほぼ創業者と同じといってもいいでしょう。柳井氏は、2002年に玉塚元一氏を後継社長兼COOに指名しました。当時はかなり話題になりましたが、2005年には引退をあきらめて、柳井氏が会長兼社長に復帰しています。

ソフトバンク孫氏のケース

ソフトバンク創業者の孫氏は、後継者育成を目的にした”ソフトバンクアカデミア”開講するなど、後継者育成には力を入れていることでも有名です。しかし一方、2015年には、アカデミアとは関係なく、165億円もの大金をはたいてグーグルからニケシュ・アローラ氏を後継者候補として招き入れました。しかし、その翌年にはやはり自分が舵取りをしたくなったと言い、アローラ氏は退任、再度経営の最前線に復帰しました。

 

60歳で社長は引退するべきなのか?そうでないのか?

3人のワンマン社長のケースを見てみましたが、孫氏の復帰劇の際、永守氏と柳井氏もコメントをしています。以下にご紹介したいと思います。

以下、C-NET Japanの記事より。

孫氏:シリコンバレーだと60歳なんて化石のような扱い。Googleのセルゲイ・ブリンやFacebookのマーク・ザッカーバーグもまだ30~40代。友人である彼らにいつも触れていると、近々60になる人間が社長なんてやっていたら、僕自身がソフトバンクの成長を妨げてしまう。老害と言われる前に早くバトンを渡さないといけないと真剣に思っていた。

柳井氏:孫さんみたいな人はいない。次の後継者は孫さんみたいな人ではなく、チーム経営ができる人だろう。60(歳)にもなっていないのに引退?冗談じゃないぞと申し上げた。

永守氏:私は120になるまでやれと言われている。人の意欲と年齢は関係ない。孫さんが60になったらやめると言って、血迷ってるんじゃないかと思った。60になっても絶対辞めないし、(引退を予定している)69になってもまた10年はやりますよ。そういう経営者でなければ、こんな立派な会社はできない。孫さんが言うことは全部、ホラや嘘だから、あまり信用しないほうがいい。

こう見ると、各者の引退に対する見解が見えて面白いですね。

 

社長の引退年齢は?

東京商工リサーチのデータによりますと、2021年の社長の平均年齢は、調査を開始した2009年以降、最高の62.77歳(前年62.49歳)だったそうです。少し前の時代であれば、会社員は既に定年退職している年齢です。それが、社長の場合には”平均で”62.77歳ですから、社長の高齢化はかなり進んでいると言えるでしょう。

高齢になっても引退しない社長は業績悪化を招く?

社長の高齢は、日本全体の高齢化と当然ながら比例しているものです。人の寿命は延び、人生100年時代と言われています。そのため、働けるうちはいつまでも現役でいたい、という社長も良いでしょう。一方、同じく東京商工リサーチのデータによりますと、以下の通り社長の高齢化に伴い、業績悪化が進む傾向がみられるという悲しい事実もあります。

  • 直近決算で減収企業は、60代で57.6%、70代以上で56.8%
  • 赤字企業も70代以上が24.0%で最も高く、60代も23.2%

こうなってしまう理由は、イノベーションへの取り組みが弱く、成功体験に囚われやすいこと、また、長期ビジョンを描きにくく、設備投資や経営改善に消極的になる傾向があるとのことです。

 

なぜ社長は引退しないのか?

ではなぜ社長は高齢になっても引退しないのでしょうか?

まず、「引退しない社長」の中には、「引退できない社長」も含まれています。引退できない社長というのは、引退したくてもできない社長です。

 

「引退しない社長」と「引退できない社長」というのは、その理由は異なってきますので、別に考えることが大切です。

引退したくてもできない社長には、大きく分けると二つの要因があります。

  • 後継者候補がいない
  • 経営の仕組みづくりを行っていない

の二つです。

これら二つを怠ってきたことで今事業承継問題を抱えている会社はたくさんあります。この二つについては、以下の記事でも解説していますので、ぜひご覧ください。

社長の後継者育成がうまく行かない理由と正しい方法はコレ。

経営者の仕事とは?その内容を会社ステージ毎に解説。



 

社長が引退しないことによる悪影響

さて、今回の記事でテーマにしたいのは、「引退できない社長」ではなく、上図でいうところの「引退できるのにしない社長」です。既に資産もあり、社長を引退しても老後の生活に困らない、かつ、社内の体制も整っており、引退しても会社経営に問題ない。なのに引退しない。こういった社長です。

正直、社長業を引退するかどうかは、本人の考え次第なので、他者がどうのこうのいうことでもありません。しかし一方、社長が引退できるのにいつまでも引退しないことによって、実は会社組織や社員に悪影響を与えていることがあります。

主な悪影響としては

  • 社長が高齢になるにつれ、判断力が落ちたり、時代の流れについていけなくなり、業績悪化
  • 社長が突然死んだり、倒れたりして、後継者不在のまま会社も倒産へ。
  • ワンマン社長がいつまでも意思決定権を握っているので、次世代のリーダーが育たない。
  • 社長が自分に都合の良い経営陣を組織していて、上のポストがいつまでも空かないため、若手の動機づけ低下。

等です。

現役社長はこういった点も理解したうえで、ご自身の引退時期を考える必要があると思います。

 

できるのに「引退しない社長」の特徴

「引退できるのにしない社長」には特徴があります。それは、君主型経営者か、将軍型経営者のどちらかである、ということです。

経営者の4類型

「トップリーダーの引退」著者のジェフリー・ソネンフェルド氏は、膨大なリサーチの結果、社長のタイプには、以下の4つがあると指摘しています。

  • 君主型経営者
  • 将軍型経営者
  • 大使型経営者
  • 知事型経営者

それぞれ特徴を見てみましょう。

君主型経営者

優れたビジョンを持ち、会社を素晴らしく成長させる。就任当初に掲げたビジョンをもとに組織をリードするが、そのビジョンが時代の変化とともに、ビジョンが疑問視されるようになると困難し、成長も権限移譲もできない状況になる。そのため、他界するか、社内クーデターが起きるまで引退しない。一言でいえば、”死ぬまで現役でいることに何の疑問も持たない経営者”。

将軍型経営者

優れたビジョンを持ち、会社を素晴らしく成長させることは君主型と同じ。君主型と異なるのは、いつか引退しないといけないことはわかっており、後継者や人材の育成に力を入れている。しかし一方、新しいリーダーが登場すると、彼らが自分と対立しているように感じるようになり、組織内に自分の仲間を創るような行為を行う。表向きには引退に未練はないと言っているが、内実は引退したいと思っていない。そのため、引退したとしても、後任者の不適任などを理由に、もう一度経営の最前線へと返り咲こうとする。一言でいえば、”やっぱり自分がいないとダメだと考えている経営者”。

大使型経営者

君主型、将軍型と異なり、スムースに引退を迎える。多くの場合、会長職や相談役などにとどまり、新しい経営陣への助言役として会社に関わり続ける。また、対外的には会社の代表として活動を続けることもある。一言でいえば、”会社を子供のように育てる経営者”。

知事型経営者

スムースに引退を迎える点では大使型と同じだが、引退後には会社と関わることはなく、完全に新しい人生を送る。たとえば、地域活動に携わる、新しく起業する、コンサルタントとして活躍する、等。一言でいえば、”期間限定の経営者”。

 

君主型、将軍型は引退しない

ソネンフェルド氏は、上記4つのタイプのうち、君主型、将軍型は引退しない社長である、と言います。冒頭に例を出した、永守氏、柳井氏、孫氏は君主型まではいかないにしろ、将軍型に近いタイプかなと思います。

逆に大使型、知事型の経営者は引退することに抵抗がないわけです。しかし、だからといって、「君主、将軍ではいけないというわけでもない」のが難しいところです。なぜならば、たしかに君主、将軍は引退しないことによって会社に悪影響を与えることもあるのですが、同時にその高い実力によって、会社を素晴らしく成長させることもあるからです。

以下の表は、それぞれの経営者が会社に与える良い影響、悪い影響をまとめたものです。

タイプ 会社に与える良い影響 会社に与える悪い影響
君主型経営者
  • 人が混乱状態にあっても、社内に秩序をもたらす力がある。
  • 優れたビジョンを持ち、組織を築き上げる。
  • 業績を伸ばす力がある。
  • 株主の長期にわたる支持が得られる
  • 事業に完全にコミットしており、個人的な犠牲をいとわない。
  • 責任感があり、すべての問題に責任を持っている。
  • 平穏な時期がなく、社内は落ち着きを失う。
  • 古い戦略を頑固に守ろうとする。
  • 売上最大主義であり、収益性に重きを置かなくなる。
  • 突然の引退(死亡や健康問題等)によって、組織の不安定を招く。
  • 次世代を育てることを渋る。
将軍型経営者
  • 社内の派閥が解消される。
  • 引退後に経営危機に陥ったとき、職務に復帰でき、再度復活させることが出来る。
  • 強力なトップ・リーダーを育てることができる
  • 経営者の交代に慎重である。
  • 社内の抗争を煽る。
  • 後継者に抵抗する。
  • 最終意思決定権を手放そうとしない。
大使型経営者
  • 後継者にとって、”長老的”存在になれる。
  • 会社を代表する人間として、社外活動を熱心に引き受けてくれる。
  • 興味の幅が広く、地域社会の代表や社外重役として役立つ。
  • 社外の経営方法によく通じている。
  • いつまでもぎこちなく社に残り、自分の実績を守ろうとする。
  • 求められもしない忠告を与えたがる。
  • ときに、適切でない、気まぐれなことを答える。
知事型経営者
  • 在任期間が短いため、他の社員のチャンスが増す。
  • 組織は安定するが、形式的な官僚主義になる。
  • 社外の事業に広範な興味を持つ。
  • 後継者は戦略を手直しする自由がある。
  • 引退に際して会社と完全に縁を切る。
  • 会社に強い影響力を及ぼすチャンスがほとんどない。
  • 業績は在任期間中に低下する。
  • 職務上の責任から注意をそらすことがある。
  • 引退すると会社と関わらなくなるため、蓄積された英知が無駄になる。
  • 後継者が仕事を引き継 ぐ際、ほとんど指導しない。

 

これを見るとどれも一長一短ですね。個人的には”大使型”になるのが理想かな、と思いますが、あなたはどうでしょうか?

創業社長ほど引退しない

上記の分類とは別に、一般的に、創業社長ほど、引退しない傾向にあります。ソネンフェルド氏によると、これには理由があるそうです。それは、引退するかどうかは、その人のアイデンティティに大きくかかわっているからです。社長としての在任期間が長ければ長いほど、自分と会社を切り離せなくなります。若くして創業した社長の場合、在任期間は何十年にもなります。つまり、「会社=我が人生」となるわけです。そのため、引退して会社という存在を失うことは、”人生”そのものが無くなるのと同じになってしまうのです。

会社経営以外に自分のアイデンティティを見つけない限り、彼らは引退しようとしない傾向にあります。

 

引退しない社長へ

もしあなたが社長であれば、ご自身が先ほど挙げた4つのタイプのうち、そこに当てはまるか見てみるといいかも知れません。先に申し上げた通り、引退するしないは社長の考え方次第です。しかし、自分の考えはいったん置いておいて、ご自身が引退することによって会社に何が起こるのか?引退しないことによって会社に何が起こるのか?を良くシミュレーションしてみるのも大切でしょう。

引退した社長のその後は?

もしあなたが「引退できるのにしない社長」になってしまっているな、と感じるのであれば、引退後の人生を改めて考えてみると良いでしょう。これも先に申し上げた通り、社長引退によって起こるアイデンティティ喪失が引退を妨げる大きな要因だからです。引退後に自分のアイデンティティを見つけることがスムースな引退を実現させるのに役立つはずです。

 

会長職や相談役となる

社長を引退して会長職や相談役になるのは一般的なルートです。ただし、これらの役職には明確な仕事内容が決まっているわけではありません。そのため、社長と会長の二頭政治になり、社内が混乱をきたす可能性もあります。そうならないように、社長、会長の役割を明確にしておくことが大切です。

これについては以下の記事も参考にされてください。

会長と社長の役割の違いとは?



コンサルタントになる

会長職よりも一歩引いて、コンサルタントとして独立し、会社と契約を結ぶ方法もあります。これだと仕事内容が明確になり、二頭政治のようなことは起こりにくくなります。また、他の会社とも契約を結ぶことで、”引退した社長”ではなく、元ベテラン社長のコンサルタント”というアイデンティティを得ることもできるでしょう。

起業する

新たに起業する手もあります。これまでの人脈を生かして、引退した会社と競合しないようにビジネスを立ち上げる方法です。

趣味に没頭する

現役時代には出来なかった趣味に没頭し、その道の専門家を目指すのも良いでしょう。ただ、どんな趣味であっても会社経営と比べると刺激が少なく、退屈になってしまう、という人もいるようです。

 

引退しない社長に困っている方へ

この記事をご覧の方の中には、”引退しない社長(多くの場合、親)がいて困っている”という方もいるかもしれませんね。これまで述べてきたように、社長の引退というのは極めてセンシティブな問題です。社長本人にとってはアイデンティティ=自分の人生に関わる問題であり、社長の引退について話をすることは、社長の死について話すことと同義と捉えられてしまうこともあるからです。

本記事で述べたように、社長には引退したくてもできないジレンマがあったりするわけです。それを理解してあげたうえで、じっくりとタイミングを待ち、話をするのが良いでしょう。

外部の力を借りるのも手

また、引退しない社長に困っている場合、外部の力を借りることもひとつの手です。手前味噌になってしまいますが、実は私たちへのご相談の半分以上は、後継社長からなのです。社内では誰も社長の引退について触れることが出来なくても、外部の人間が入って経営に関して話を進めることによって、次のリーダー育成をどうしていくか、スムースに話を切り出せます。

また、家族経営の場合、家族間のコミュニケーションの問題も大きな影響を与えます。これについては別の記事でも書いていますので、合わせてご参照ください。

家族経営の会社がうまく行く方法をメリット&デメリットから解説

 


 

というわけで本記事では、「引退しない社長」について、データや事例、考察を述べてきました。特に明確な結論がある記事ではなかったですが、現役社長は自分の引退の仕方について考えるきっかけにしていただき、社長の周りの方は、社長の気持ちを理解するために活用していただければと思います。

 

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