稲盛和夫は何をした人か?
稲盛和夫さんは起業家として、経営者として偉大な功績を遺しただけではなく、多くの経営者に人としての大切な哲学を伝え、日本企業の経営の在り方に大きな影響を与えた人です。稲盛さんともかかわりが深い雑誌「致知」では、稲盛さんのことを「新・経営の神様」と評しています。ちなみに、新が付くのは、松下幸之助氏が「経営の神様」として知られているからです。
稲盛氏さんの功績をまとめると以下のようになります。
- 京セラを創業、売上1.7兆円、時価総額2.6兆円に成長させる。
- KDDI(DDI)を創業、売上5.2兆円、時価総額9.8兆円に成長させる。
- JALが会社更生法の適用となった際、再建を請け負い、翌期には営業利益1,884億円、3年で再上場させる。
- 経営者向けの盛和塾を主宰し、1万5千人の会員数になる。
- 科学や技術、思想・芸術の分野に大きく貢献した方々に贈られる日本発の国際賞、「京都賞」を設立。
これだけ見ても常人ではない実績がわかります。以下に詳しく見ていきましょう。
稲盛和夫氏の功績①巨大事業を創業、再建した
稲盛さんは元々技術者でしたが、27歳の時に京セラ(京都セラミック)を創業し、経営者としての道を歩み始めることになります。
京セラ創業、売上1.7兆円、時価総額2.6兆円に成長させる
稲盛さんは松風工業という会社に入社しますが、この会社は銀行管理同然のひどい状況でした。稲盛さんは、同期たちと「早くこんな会社辞めよう」と話していたそうです。
実際、同期はどんどん辞めてしまい、稲盛さん一人だけが残されてしまいました。そんな時、気持ちを切り替えて、研究に没頭しようと決意します。すると不思議なことに成果が上がり始め、会社からも実績を認められ、出世していきます。しかし、新しくやってきた上司とソリが合わず、会社を辞める決意をします。
稲盛さんが辞めるなら、と言ってついてきた同僚らとともに、”京都セラミック”を創業します。この時、稲盛さんは27歳。まだ若造といえる年齢でしたが、周りの助けもあり、300万円を出資してもらい、社員28人でのスタートとなりました。
その後、1974年に東証一部に上場し、さらなる成長を遂げていきました。
KDDI(DDI)創業、売上5.2兆円、時価総額9.8兆円に成長させる
稲盛さん52歳(1984年)の時、京セラの経営をする傍ら、第2電電の構想を描き、京セラが中心となった企業グループでDDIの設立をします。当時、通信の自由化が始まり、NTTの独占状態を危惧した稲盛さんは、まったく門外漢の通信業界に参入することになるのです。稲盛さんは当時の京セラの首脳陣を説得し、2000億円あった手持ち現金のうち、半分の1000億円をDDIの設立に使うことになりました。
このとき稲盛さんが残した有名な言葉が、「動機善なりや 私心なかりしか」です。
その後、DDIは複数社が合併してKDDIとなりますが、京セラはまだ大株主のままです。
KDDIの時価総額は9.8兆円なので、もし稲盛さんが個人でKDDIの株を持っていたら、それだけでも相当な資産になっていたはずです。しかし、稲盛さんは、この事業はあくまで日本の通信インフラのために行うのだ、と考えており、あえて自分個人では一株も持ちませんでした。ここに稲盛さんの哲学が現れています。
稲盛さんがDDIの設立に踏み切れたのは、京セラに2000億円という潤沢な内部留保があったからです。稲盛さんはかつて、松下幸之助から”ダム式経営”の大切さを教わっており、それを忠実に実践し、2,000億円のダムを創り上げたのです。それがDDIの設立につながりました。
JAL再建
稲盛さんが設立した京セラという会社について詳しくない方であっても、JALについては身近な会社として知っているでしょう。JALは日本の翼として航空業界の最大手でしたが、その放漫な経営が災いし、2010年、2兆3,000億円という事業会社としては戦後最大の負債を抱えて、会社更生法の適用を申請しました。
その再建の依頼が稲盛さんに回ってきました。稲盛さんは任を引き受けるかどうか悩みます。第一に、当時すでに78歳であり、普通の人ならとっくに引退している年齢であること、門外漢の航空業界ということ、日本を代表する航空会社の再建という火中の栗を拾うような仕事であること。普通に考えたらどう見ても避けたほうが良い仕事です。しかしここで稲盛さんは自分の哲学に戻ります。もしJALが無くなれば何万という社員も職を失い、かつ、日本の航空市場は全日空の一社独占状態になり、これは国民にとっても良くないことである、と考え、任を引き受けることを決めます。
稲盛さんはJALにこれまで自分が培ってきたフィロソフィーを持ち込み、現場ではアメーバ経営を実践させました。その結果、翌年には営業利益1,884億円を生み出し、3年で再上場させるという偉業をやってのけました。
世界的に見ても稀な実績を持つ経営者
売上規模や時価総額だけであれば、稲盛さんより巨大な会社を創り上げた企業は世界にいるかもしれません。(グーグルやアマゾン等、ITの起業家達等)しかし、1社だけではなく、2社(それも異業種)をゼロから兆単位の会社に成長させ、かつ、門外漢の巨大企業をわずかな期間で再建に導いた実績にかなう経営者は世界で見てもいないと言っていいでしょう。なぜ稲盛さんには偉業が実現できたのか?それは稲盛さんが会社経営を成功させる普遍の法則を知っていたからに違いありません。その普遍の法則が次の功績になります。
稲盛和夫氏の功績②思想と仕組みを遺した
稲盛さんの2つ目の功績は、思想を仕組みを遺したことです。稲盛さんの経営で特徴的なのは、「フィロソフィー」と「アメーバ経営」です。この2つが両輪で回ることによって、会社が上手く行くようになるのです。
精神と実務の両輪を回した
私が多くの経営者と接する中で感じているのは、私も含め、多くの人が”精神や理念”または、”経営実務”のどちらかが強く、どちらかが弱いということです。”精神や理念”が強い社長は、志があり、立派な理念があり、組織内にもそれが浸透しています。一方、その志を実現させるための事業モデルや実務面での仕組みが欠けているケースが多いです。逆に、”経営実務”が得意な社長は、儲ける仕組みを創るのは上手いのですが、志や理念に欠けることがあり、組織のエネルギーや魂が欠けています。本来は、”精神や理念”があり、”経営実務”によってそれを実現する、というのが望ましいのですが、なかなか一人で両方を兼ね備えている人が少ないものです。
そんな中、稲盛さんは、”フィロソフィー”という精神の面、そして、”アメーバ経営”という実務面を両輪で回しています。そのことが他の経営者と一線を画している一つの要因かと思います。
フィロソフィー
フィロソフィーとは、稲盛さんが導き出した哲学です。自身の経験から経営者にとって大事だと考えることをまとめたものがフィロソフィーですが、その内容は経営者だけではなく、一般の人の生活にとっても非常に大切なものとなっています。たとえば、以下のような項目があります。
- 利他の心
- 誰にも負けない努力をする
- 素直な心を持つ
- 感謝の気持ちを持つ
- ガラス張りで経営する
稲盛さんは京セラ時代には「京セラフィロソフィー」としてまとめ、社内に徹底させました。さらに、JALの再建に携わった際にも経営陣にフィロソフィー教育を行い、その後、「JALフィロソフィー」として伝承されていくことになります。
アメーバ経営
稲盛流経営、もうひとつの車輪がアメーバ経営です。アメーバ経営は、会社組織を小さいアメーバのように分割し、小さい単位で採算を見ていく手法です。これも稲盛さんが経営に苦労する中で生み出した手法です。アメーバ経営は、小集団での採算を見ていくことによって、会社のムダを極限まで削減できるだけではなく、社員一人ひとりが自分の行動や仕事が会社の経営に影響を与えていることを実感でき、自立的な社員が育つ仕組みとなっています。
思想や哲学は事業よりも長く続いていく
稲盛さんが創った京セラやKDDIは素晴らしい会社です。しかし、会社である以上、世の中の流れとともに栄枯盛衰があります。数十年後にはどうなっているかわかりません。一方、素晴らしい思想というのは数百年、場合によっては数千年と時代を超えて伝承されていきます。たとえば、ギリシャ哲学や宗教的な教え、江戸商人の教えなどです。稲盛さんが提唱したフィロソフィーも、仕事をする人たちの原理原則として、時代を超えて伝承されていくでしょう。そういった意味で、稲盛さんの功績を語る際、残した事業よりも、残した思想のほうが価値が高いものと考えられるかもしれません。
稲盛和夫氏の功績③人を遺した
「財を残すは下 仕事を残すは中 人を残すは上」などと言われたりします。稲盛さんは、仕事を遺すだけではなく、人を遺す仕組みも作りました。
京都賞
京都賞は、科学や技術、思想・芸術の分野に大きく貢献した方々に贈られる日本発の国際賞です。京都賞受賞者の中から、のちのノーベル賞受賞者が何人も生まれるなど、権威ある賞として知られています。
盛和塾
全国に1万5000人の会員を抱えた盛和塾は、稲盛さんのフィロソフィーを学ぶあう会員組織です。稲盛さんの高齢化に伴い、2019年末に解散となりました。稲盛さんはボランティアでこの塾の講師を務めていました。私の周りの経営者にも盛和塾に入っていた人は多く、多くの経営者に薫陶を与えました。盛和塾はもともと稲盛さんがやろう、ということでスタートしたわけではなかったそうです。稲盛さんが事業を拡大させると同時に、教えを請いに来る経営者が増え、そういった人たちが中心となって、稲盛さんから学ぶ会を広げていったそうです。
盛和塾は解散しましたが、その後、日本各地に自主的にフィロソフィーを学びあう会合が発足しています。
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まとめ
以上、稲盛さんの功績についてみてきました。普通の経営者なら、1社を経営するだけでも精いっぱいだと思いますが、稲盛さんは巨大企業を2社も創業、1社を再建、さらにボランティアで人を育てる活動をしてきました。そう考えると、偉大な経営者、という枠にも入らない偉人と言って良いと思います。